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二度目の人生はロリ女神とともに  作者: 楽観的な落花生
第4章 ゼロ距離少女ははなせない
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幕間 『月のみぞ知る』


 ——そこは、真っ白な空間だった。


 否、もはや『空間』と呼ぶにふさわしい場所、あるいはものなのかも不明である。


 見渡す限り、遮蔽物の類は何もない。


 屋内——ではあるのだろう。


 ただし上空を見ても本来あるはずの天井は視認できず、左右はおろか奥行きすらも知覚することは難しい。


 まさしく、字面通りの意味で前後不覚の世界——亜空間にして、異空間。


 視認できるのはただひとつ、『白』のみ。


 はるか悠久の昔、かの偉人はこういった。

 曰く、『白って二百色あんねん』と。


 なれば、この純粋で、純朴で、純潔な『白』は、はたして如何様に表現され得るのだろうか。


 不純物など何もない、ひたすらに真っ直ぐなまでの白——、


「『真白』ねえ——まあ、別にあの子は純粋でも純朴でもないと思うけれど」


 ——否、一人だけいた。


 何も存在しないはずのその場所に、何者も立ち入ることを許されないその世界に、ただ一人だけ——人の姿がある。


「純潔に関しては——まあ、ノーコメントとしておこうか。あの子の名誉のためにもね」


 そう呟いて、誰にともなくくつくつと微笑む。


 美しい女性だ。

 いや、それだと彼女を表す言葉としては不十分である。


 より表現に慎重を期すのであれば——美が洗練されている。


 古今東西、名だたる芸術家たちが彼女の美しさを表現しようといくら苦心したところで、彼女を目の前にすれば即座に引退を余儀なくされてしまうだろう。


 足元どころか、距離一万三千キロメートルにも及ぶまい。


 誤解を恐れずに言うならば、彼女が美しいのではない——美しいのが彼女なのだ。


 美しさとは、彼女なのだ。


 それは、何も容貌に限った話ではない。


 その声が、息遣いが、佇まいが——彼女が存在することそのものが、全身全霊をもって、圧倒的な『美』を体現している。


 魂が震えるほどの——美しさ。


 誠に遺憾ながら、これ以上の語彙で彼女の姿を詳細に描写することは叶わない。そこいらに転がる陳腐な美辞麗句を並べ立てる行為は、彼女に対する不敬と受け取られかねない。


「——さあて」


 そんな『美』そのものは、いつのまにかそこに出現していた椅子にゆっくりと腰掛けた。肘掛けに頬杖をつく姿勢はいつもの癖である。


 そして、これまで幾度もそうしてきたように、眼下——()()()()()()()()()()()に瞳を凝らす。


 その宝石を嵌め込んだような瞳に映るのは、最近彼女が懇意にしているとある国のとある町。何の変哲もない一戸建て、その食卓を囲む三人の少年少女たちの姿。


 覗いてみれば、何やら『中間考査』とやらの出来不出来を肴に皆で盛り上がっている様子である。


 だが、そんなことはどうでもいい。そんな仲睦まじい光景が彼女の見ている世界ではない。


 彼女の興味をそそるのは、そのさらに深奥——、


「——ほほう、悩んでいる迷っている悔やんでいる。まったく、人間って奴は何故こうも自分を虐めることが好きなのだろうね。理解に苦しむよ」


 言葉とは裏腹に、くつくつと嗤う横顔は心の底からこの状況を愉しんでいるように見えた。


 実際、可笑しくてたまらないのだろう。


 自虐とは自信のなさの表れだ。自身に自信がないから先んじて己を卑下し、己以外の他者から否定される余地を奪う。


 そうすれば、彼奴らは何も言えなくなるからだ。何も言えなくなるから、自分はこれ以上傷つかない。これ以上傷つかないから、自尊心プライドだけは保つことができる。


 弱い自分を認められない弱さを。

 無視することができる。


 この論理は、しかし弱者の論理だ。

 弱い己は誤魔化せても、強者には到底通用しない。


 まして『彼女』には、振りかざすことすら不敬極まりない戯言である。


 たかが戯言に踊らされる姿など、彼女にとっては道化と呼んで相違ない。


「まあ、あの子のソレは、他とは少し毛色が違うようだけれど」


 相変わらず頬に手を当てたまま、彼女は三人のうちの一人——その場で唯一の少年へと視線を注ぐ。


 特徴のないことが特徴とも言うべき冴えない顔。少し目を離した瞬間に忘れてしまいそうなほど存在感がない。


 そんな平凡を絵に描いたような少年は、盛り上がる少女たちとは裏腹に何やら浮かない表情をしていた。


 時折思い出したように相槌を打ってはいるが、心ここにあらずなのはたとえ彼女でなくとも明白だ。


 そんな少年の様子を観察しながら、彼女は静かに独りごつ。


「……ふふっ。人間は考える葦、それは結構。どんどん考えてくれていい。むしろ考えるべきだ。……問題なのは、()()()()()()()だよ」


 それは、例えば。


「そう——何が()()かなんて、君が決められることじゃあないんだ。そこを履き違えているようでは、君もまだまだだね」


 細くしなやかな指を少年へと向け、彼女は容赦なく落第のレッテルを貼った。


 誰かを救うのは難しい。

 それは行為そのものという意味だけではなく、定義付けの話にまで言及しなければならないからだ。


 果たして何をもって——人は救われるのか。


「それに、そもそもあの娘の()()()()()が何だったのか、という問題もある。思考停止なんてしている場合じゃないんだよ。まったく……彼はともかくとして、あの娘はそこのところをちゃんとわかっているんだか」


 他人に興味があるくせに、他人の心理にはとことん疎い。そんな調子でこの先やっていけるのだろうか。というか、俗世に染まって自分の役目を忘れてはいないだろうか。


 彼女が見つめる先にいるのは、ご馳走を頬張る金髪碧眼の少女。先よりも幾分温度が上がった視線は、近しい存在に向けるそれを感じさせた。


 それはさておき、今は少年の話である。


「まあ、たらればだって結局は結果論だ。矛盾しているようだけれど。最善策なんて私にはさっぱり()()し、皆目()()()()()が、それは残念ながら君の中にはない。君の中にあるのは——心だ」


 再び少年を映す瞳が、わずかに細められる。


「何故、君は自分の目的を口外しなかったのか。何故、君は自身が用いる手段をそのまま伝えなかったのか。何故、君は正攻法に拘泥するのか」


 学生の本分は勉強なんだろう?


 ならば、彼女たちの試練はこれからも続いていくはずだ。長い人生、むしろこれからが本番だと言える。


「意識的であれ無意識的であれ、そこまで考えた君の心に答えは存在している。あの女子は薄々勘付いていたようだが」


 何とも皮肉なものだね——愉悦の笑みはそのままに、彼女は時空を超える。


 場面は切り替わり、彼女の眼下には一糸纏わぬ女子が自宅で入浴を楽しむ光景が広がった。


 湯船に浸かって何やら物思いに耽っている様子なのは、黒髪ロングの巨乳美少女。


 呑気なものである。その物思いの対象は、自分のせいで思い悩んでいるというのに。


 ちなみに名は知らない。

 否、知ってはいるが、覚えていない。


 彼女にとって、人の名や年齢などは瑣末事なのだ。たかが個人を表す記号、そんなものは等しく無価値である。かろうじて男女の別くらいはつくが、それ以上の関心はない。


 それはさておき——、


「さてさて、お楽しみの時間はここまでだ。私一人で全てを物語るのも面白くあるまい。ヒントは提示した。あとは君たちの領域だ」


 存分に考え、察し、悩み、間違えたまえ。


 生きるとは——つまりは、そういうことなのだから。


 そうして彼女は、慈愛の中に多分の好奇を滲ませて、採点リザルトの時間をこう締め括った。


「期待しているよ——小日向こひなた智悠ちひろ君」

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