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二度目の人生はロリ女神とともに  作者: 楽観的な落花生
第4章 ゼロ距離少女ははなせない
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第55話 『お馬鹿たちの宴』


「「——かんぱーい!」」


 小日向こひなた家のダイニングに、美少女二人の歓喜の声が響き渡った。


 それに遅れること数秒。


「……かんぱーい」


 可愛らしい少女たちの華やかなテンションに乗り損ねた男子、この場で唯一の太い声が虚しく響く。


 七月二日。木曜日。


 篠宮しのみや雪菜ゆきなと部室で此度のあれこれを答え合わせした本日——その夜のことである。


 今この場には、すっかりお馴染みとなった三人の姿があった。


「どうしたのですか、智悠ちひろさん? 何だか元気がないみたいですけれど……ひょっとして、どこか具合でも悪いのですか?」


 形の良い眉をハの字に曲げ、心の底から他人を慮った表情で覗き込んでくる少女は、真白ましろハナ。


「どしたん? 話聞こうか? あー、それは彼女が悪いね。私だったら絶対そんな思いさせないのになー。ああ、いや、あなたは兄みたいな存在だから絶対手は出さないけど。ところでこれから飲みに行かない?」


 どこぞの黒髪巨乳痴女に仕込まれたのだろうか、そんなDQNのごとき戯言を宣う少女は、小日向真綾。


「いや、別に調子が悪いわけじゃあないんだけれど……ちょっと、この光景に圧倒されちゃってな」


 肉親の言葉を完全にスルーして、隣に座るハナに苦笑を漏らすのは、小日向智悠。


 彼の言の通り、今宵の小日向家のダイニングテーブルには、小日向家史上稀に見る絶景が広がっている。


「ああ、そういうことですか。それは仕方がありませんね。——何せ、今夜は『祝いの席』ですから」


 ハナは納得して微笑むと、智悠の視線を辿るように眼前の光景に手を広げた。


 ——そこにあるのは、まさに『祝宴』と形容するにふさわしい豪勢な夕食の数々だ。


 これまでの共同生活で培ってきた各人の好みがふんだんに盛り込まれ、眩いほどに色鮮やかな品々がテーブルを彩っている。


 手の置き所もないほどに並べられた豪奢な料理たちは、普段の夕食の席とは比べるべくもない。


 かつて、ハナが初めて家に来た時にも似たようなことがあったけれど——あの時とは毛色が違う。 


 目の前のこれは、真の意味で『催し』のための食卓だった。


「一体全体、なんだってこんなことに……?」


 部室で雪菜と別れて一人で帰宅すると、玄関で満面の笑みを浮かべたハナと真綾まあやが待ちかまえていた。


 挨拶も待たずに二人に手を引かれ、帰宅後のルーティンもそこそこに強引に座らされて。


 あれよあれよとシャンパン、もといノンアルコールの炭酸飲料を握らされ、事ここに至る。


 昨日の今日ならぬ、夕方の夜でこの超展開。


「からの『催し』——いや『祝いの席』ってことは……もしかして、お前ら……」


 平々凡々な頭脳がとある可能性に思い当たり、期待を込めた眼差しを送る智悠。


 それを受けた二人はお互いに目配せしたかと思うと、


「「じゃーん!」」


 そう言って、手元に隠していた小さな紙を一斉に掲げてみせた。


 ——それは学生にとってはお馴染み、中間考査の結果が載った個票だ。


 各科目の点数と学年順位、そして学年全体の平均点が細かく記載されている。


 目の前に突き出されたそれらを、智悠は順番にひとつずつ眺めていって——、


「二人とも、全科目平均点以上……!」


 両の目を見開き、そう驚嘆の声を漏らした。


 それに呼応するように、少女二人は大きさの異なる胸をこれでもかと張ってみせる。


 ——全科目、平均点突破。


 それが、このお馬鹿さん二人が今回のテストで叩き出した成果である。


 小日向真綾と真白ハナ。


 数週間前の彼女たちでは到底考えられないような偉業だろう。


「私、やりましたよ! こんなに大きな数字を見たのは初めてです」


 大きな瞳を爛々と輝かせながら、隣のハナが鼻息荒く迫ってくる。


「落ち着け落ち着け。ジュースが溢れる」


 どうどうと宥める智悠だが、彼女が興奮するのも頷けるというもの。


 何せ、少し前の彼女は英単語の小テストですら最低点をとるような生徒だったのだ。それよりも難易度の上がる考査、しかも全科目で平均点以上。小さい鼻の穴を膨らませるのもご愛嬌だろう。


『びっくりするほど解けた』『手応えしかない』


 テスト終了直後に言っていたこと、雪菜の疑惑を生む原因となった台詞が、無事現実のものと相なった。


「それでもまだ平均レベルってのが世知辛いところではあるけど……」


 二人に聞こえないように、小さく苦笑する智悠。


 いくら事前に問題の種類と形式を把握していたとはいえ、もともとの素養ではそこまでが限界だったということか。


 それでも勉強会初日の惨状から考えれば、この結果は間違いなく大躍進と言える。


 それに何より——、


「……? どうしたの、お兄ちゃん? そんなに超高校級わたしの顔をじっと見て」


「調子に乗る早さはマジで超高校級だな……いや、何でもない。よく頑張ったなと思って」


「えへへー」


 向かいの妹の頭にポンと手を置き、ぐりぐりと慣れた手つきで撫で回す。真綾は猫のように目を細め、甘えた声でそれを受け入れた。


 ——そう。ハナ以上に驚嘆すべきはこの妹にある。


 女神という出自ゆえに『勉強』という概念を知らなかっただけで、ハナには物事を理解する力自体は備わっていた。だからこそ智悠が考案した勉強法にも無意識下で適応し、これだけの成績を収めることができたのだ。


 しかし、真綾は違う。彼女の阿呆さはそれ以前の問題だ。それは、これまで積み上げてきた彼女のテスト遍歴が証明している。


 そんな愚妹が、高校初のテストで平均点以上。これに驚かずして何に驚く。


 そして、その立役者こそが——、


「——雪菜先輩」


 美しき黒髪の才女、篠宮雪菜その人である。


 智悠がその名を口にすると、それに追従するように真綾が口を開いた。


「いやー、それもこれも全部、篠宮先輩に教えてもらったおかげだよ。あの人本当に凄いよ。美人で頭も良くておっぱいも大きくて、あとおっぱいも大きいもん」


「ほとんどおっぱいしか見てねぇじゃねえか」


 ぐへへと危ない笑みを浮かべ出した妹にドン引きし、撫でていた手を慌てて引っ込めた。


「篠宮さんって、そんなに凄い人なんですか?」


 言外に「私はふざけている姿しか見たことがないんですけど……」と含ませたハナに、真綾は何故か我が事のように鼻の穴を膨らませた。


「すっごいよ! 例えば古文を教えてもらった時なんかね——」


 そして、二人はそのまま篠宮雪菜の完璧超人ぶりを褒め称える談笑へと洒落込む。


 仲睦まじく話す彼女たちを眺めながら、智悠は誰ともなしに呟いた。


「本当に、あの人には敵わないな……」


 此度の少女たちからの依頼、確かに智悠は達成することができた。これでまた一歩、完全なる蘇生に近づいたことだろう。大いなる目的を考えればこの成績は重畳、他の思考が入り込む余地などない。


 ——しかし一方で、諸手を挙げて喜べない自分がいることを、智悠は確かに自覚していた。


 妹の成績が上がって嬉しい。これは本心だ。心の底からそう思う。


 けれど——それと同時に、チクリと痛む小さな棘が、胸の内を突いてくるのだ。


 今回の依頼において、真白ハナと樋渡ひわたしかえで、二人の少女の成績を上げるため、智悠は己の勉強法を秘密裏に伝授した。


 その選択が間違いだったとは思わない。少々姑息ではあるが不正ではなし、一週間という期間を考えれば妥当な判断だったろう。


 だが——本当にそれが()()だったのか。

 彼女たちは本当に救われたのか。


 あの日の部室で、こんな話をした。


『結果が良いから過程が好きなのか——過程が好きだから結果が良いのか』


 結果は見ての通り。では——その過程はどうだったか。


 講師役が平凡だから、時間がないから、難易度が高いから。


 そんなもっともらしい理由を論って、安易な『答え』を求めはしなかったか。


 それは神様に——女神様に、誇れるものか。


 例えば、篠宮雪菜。

 真綾の担当講師は()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 奇を衒わず、真っ直ぐに。

 ただ、己の実力の赴くまま。


 一人の少女の願いを、叶えてみせた。


 智悠に()()してくれた彼女が——である。


 数時間前、彼女が見せた切なげな表情が思い出された。


「……いや、やめよう」


 これ以上考えるのは危険だ。

 それは、その行いは、彼女たちの頑張りを冒涜する愚挙に他ならない。


 嫌な思考を振り払うように、智悠は軽く頭を振った。


 それから、


「……おい、真綾。喋るのも結構だけど、そろそろ食べようぜ。せっかくのご馳走が冷めちまう」


 努めて明るい声で呼びかけると、雪菜の話で盛り上がっていた二人が同時にこちらを向いた。


「あ、うん、そうだね。そろそろ食べよっか」


 兄の複雑な心境など露知らず、パンと手を打った真綾が早速サラダをかき混ぜ始める。


「そうですね。私もお腹が空きました!」


 そう言って、ハナも手近な料理へと箸を伸ばした。


 これでいい。女神の言う通り、今宵は祝いの席。

 彼女たちの功労を讃える、三人だけの祝宴だ。


 それから妹は、智悠の皿にも色とりどりの野菜をよそってくれて——、


「……おい。何故トマトがこんなに大量に入っている?」


「だってお兄ちゃん、トマト嫌いでしょ? だからいっぱい入れといた」


「お前は超高校級の鬼畜か」


「残さず食べてね♡」


「頑張ってください、智悠さん!」


 こうして乾杯の音頭もそこそこに、お馬鹿たちの宴が始まる。


 グジュッと奇特な効果音を炸裂させる兄。

 そんな彼を指差して笑い転げる妹。

 そして、二人を温かく見守る女神。


 いつも通りの他愛ない応酬を繰り広げ、いつもとは違う豪勢な料理に舌鼓を打つ。


 小日向家のテスト祝勝会は、大層賑々しい雰囲気で進んでいくのだった。






 * * * * *






「……あー、食べた食べた。もうしばらく何も入らない……」


 リビングのソファーでパンパンに膨れたお腹をさすりながら、真綾が苦しげに呻いた。


 宴が始まって小一時間ほどが経ち、すでに今夜の食卓はお開きとなっている。


 あれだけテーブルを彩っていた料理の数々は綺麗さっぱり姿を消していて、今やそのほとんどが彼女の胃袋の中に収められていた。


 横になる真綾を気遣ってハナは先にお風呂に入っており、今ここには兄妹二人しかいない。


「おいおい、大丈夫か? お前、かなり食べてたけど……」


「いやー、ここ最近は勉強漬けであまり食べてなかったからね……。ついつい食べ過ぎちゃった」


「どうでもいいけど、食べてすぐ寝るなよ。牛になるぞ」


「えー、それは困る。乳牛ならともかく」


「……一応言っとくが、乳牛は『乳がある牛』って意味じゃないからな」


「え、そうなの?」


「乳がいっぱい出る牛だ。外見おっぱいじゃなくて中身ミルクを指す。つまりお前に当てはめると……」


「やめてやめて。『お乳がいっぱい出る』って表現を妹に当てはめないで」


「お前が蒔いた種だろうが……」


 呆れたため息を漏らす智悠は、キッチンで後片付けの真っ最中。といっても、テーブルから皿を回収して目立つ汚れを洗い流し、食洗機に突っ込んでいくだけの簡単なお仕事だ。


「ごめんねー、全部やってもらっちゃって」


「別にいいよ、これくらい。お前の方こそ、あんなに作るの大変だっただろ?」


 兄の助言に従って身を起こす真綾、その申し訳なさそうな声に智悠は手を止めることなく答える。


 食事中に聞いたところによると、宴を盛り上げた料理は全て真綾が腕によりをかけてくれたらしい。


 テスト結果が返却されてすぐに祝勝会を開こうと思い立ち、ハナと企画して放課後に食材を買い込んだそうだ。


「今日は部室に来ないと思ってたら、そんなことをしてたんだな」


「二人で準備して待ってたんだよ。サプラーイズ」


「だから、二人ともあんなにウキウキだったのか……って、ハナも作ったのか?」


 意外な裏話に眉を上げる。


 失礼なことだが、文字通り浮世離れした彼女に料理スキルが備わっているとは思っていなかった。智悠もたまに手伝うけれど、小日向家の炊事はほとんど真綾が請け負っている。毎朝のお弁当も真綾頼りが小日向家クオリティーだ。


 真綾はソファー越しにこちらに頷いて、


「うん、色々手伝ってくれたよー。ご飯炊いたり、ドレッシング混ぜたり、冷蔵庫から食材出したり」


「それは料理とは呼ばない」


「最初に包丁渡したんだよ。でも握り方が完全に『殺りにいく』感じだったから、すぐに取り上げた」


「英断だな……」


 予想は間違っていなかったらしい。正直、あのフワフワした金髪幼女が包丁を振るっている姿は想像できない。


 そのあたりのことも含めて、今度天界での暮らしについて訊いてみようか。


「まあ何にせよ、お前は色々と頑張ってくれたからな。せめてこれくらいはさせてくれ」


「えー、そんな、いいってー。お兄ちゃんに背中流したりベッドメイキングしたり明日の朝起こしたりなんてさせられないよー」


「急に図々しいな」


 とはいえ、背中流しやベッドメイキングは論外だが、朝起こすくらいのことはやってあげてもいいかもしれない。食べる間も惜しむほどに、彼女は頑張ったのだから。


 頑張って成果を上げたのだから。


「さて、これで残るは樋渡の結果だけだな……」


 あの後輩の結果はまだ聞いていない。一抹の不安はあるけれど、本人も手応えは感じていると言っていた。おそらく大丈夫だろう。


 兎にも角にも、これにて一件落着——、


「——と、そうだ。樋渡で思い出した。真綾、お前に訊きたいことがあったんだ」


 ハッとした表情で皿洗いの手を止めた智悠に、真綾が怪訝な顔を向ける。


「どうしたの、お兄ちゃん?」


「いや、樋渡のことなんだけど……お前、あいつに僕の事故のこと話しただろ」


「事故って……お兄ちゃんの部屋に置いてあった二十二冊のエッチな本のこと? それならちゃんと背表紙が見えやすいように並べておいたよ」


「あのエロ本は関係ない。というか、参考書を片付けてくれた母ちゃんみたいに兄のエロ本を語るな。流れがスムーズ過ぎて全く恥ずかしさを感じなかったぞ、今」


「学校でも読むのかなって思って、こっそり最新巻を鞄に入れておいた」


「あれお前の仕業だったのかよ……いや、そうじゃなくて。二ヶ月くらい前の交通事故のことだよ」


 中間試験の前日。不本意な感謝の言葉を告げられる最中で、その話を引き合いに出してからかわれた記憶が蘇る。


 あの時、楓は事故の話を真綾に聞いたと言っていた。あの件は色々な意味で黒歴史だ。無関係の人間に気軽に吹聴していい話題ではない。


 厳しく叱責するつもりはないが、釘は刺しておくべきだろう。


『てへぺろ♡』と頭に手をやる妹を想像し、その態度を窘めようと身を乗り出す智悠——しかし。


 当の本人から返ってきた反応は、想像の範囲外のものだった。


「え? 私、そんな話してないけど」


「——え?」


 一瞬、思考が止まった。


「いや、でも、あいつが聞いたって……」


「? 何のことかは知らないけど、私は言ってないよ。……大体、自分の兄がいきなり道路に飛び出した、なんて話せるわけないじゃん。いくら私でも、それくらいはわかるよ」


 そう言って少しムッとする真綾。

 膨らんだ頬が「心外だ」と告げている。


 そんな妹に一言「悪い」とだけ返しつつ、一方で智悠の頭の中には多数の疑問符が乱舞していた。


 楓は、確かに真綾から聞いたと言った。

 しかし、当の真綾は話した覚えはないと言う。


 両立し得ない矛盾。成立しない論理。


 だとすると——つまり。


「——」


 まだ考えはまとまっていない。わからないことが多い。


 でも、それでも、ひとつだけわかっていることは——、


「……僕は、樋渡楓あいつと話さなければいけない」


 ——クライマックスは、まだ先にあるということだった。

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