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二度目の人生はロリ女神とともに  作者: 楽観的な落花生
第4章 ゼロ距離少女ははなせない
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第54話 『試験対策は十全に』


 明らかになってしまえば、至極簡単な話だった。


 奇しくも雪菜ゆきなはこれを『謎解き』と称したけれど——そう、こんなものは謎でも何でもない。


 そんな大層な代物ではない。


 これは重厚なミステリーでもなければ鬼気迫るサスペンスでもなく、どこにでも存在する学園生活の一幕なのだ。


 試験。

 それは古来より学園生活とは切っても切り離せない、学生の本分。


 だからこれから語られる真相は、その延長線上——あくまで一学生の『テスト対策法』の話だと理解していただければ幸いである。


 彼彼女らが解くべきは謎ではなく、問題なのだから。


 真白ましろハナと樋渡ひわたしかえで


 どうして彼女たちが、一週間という短期間で、高得点を予感させるほどの急成長を遂げることができたのか。


 この問いに対する答えは——、


「『問題の出し方』にヤマを張った……?」


 智悠ちひろが提示した事の真相に、雪菜は顎に手を当てて首を捻った。中央に寄せられた端正な眉根が、彼女の無理解を物語っている。


 無理もない。


 この手の話は、彼女のような人間にとっては意識の範囲外のことだろうから。


 どれだけ優秀だろうと——あるいは()()()()()()()


 智悠は一度喉の調子を確かめてから、再び手元のテスト範囲表を指し示してみせた。


「順を追って説明しましょう。まず、この学校の範囲表には科目ごとに『テスト範囲』と『担当教員』の二つが記載されています」


「それは知っているわ。見慣れているもの」


 もっとも、私は毎回範囲を確認するだけだけれど、と雪菜は続けた。


 対する智悠はピッと指を立てて、


「そこが今回の肝なんですよ」


 勉強会初日。楓とハナの学力は致命的だった。


 一人は中学校の学習内容すら忘却の彼方へと放って捨て、もう一人、否もう一神はそもそも学習すらしていないのだ。


 そんな二人を相手取った勉強会。


 いくら目標が赤点突破とはいえ——それが全教科となると、とてもじゃないが彼女たちのレベルではカバーしきれない。


 使命が果たせない。


 だから新米講師、小日向こひなた智悠は考える必要があったのだ。この限られた期間で、勝負が可能なまでにお馬鹿二人を仕上げる対策法を。


 彼女曰く、考えるのは得意分野だから。


「と言っても、事はたかがテスト対策ですからね。もちろん不正はできないですし、やれることは限られています。そのひとつがテスト範囲にヤマを張ることでした」


 それについてはそう難しいことではない。


 先にも言った通り、進級して最初の中間試験の範囲などたかが知れている。


 それに、いくら義務教育ではない高校のテストとはいえ、進学校である以上、教師側は『絶対に出さなければいけない問題』をいくつか抱えているものだ。


 それらを精査していけば、自ずとある程度の問題予測はつけられる。


「でも、それだけだと不十分なんですよ。事前に出題範囲を把握していたところで、覚えたことをそのまま書けば当たるほど試験の構成は甘くない」


 範囲はあくまで範囲でしかない。問題とは別なのだ。


「だからそれ以外の要素も盛り込んで、十全を期す必要があったんです」


「それがさっき言っていた、問題の出し方にヤマを張るということ?」


 雪菜の問いかけに、智悠はこくりと首肯する。


 話はここからが本題だ。


 一度紅茶で喉を潤してから、智悠は再び口を開いた。


「先ほども言いましたけれど、この表の『テスト担当教員』とはすなわち『テスト問題の作成者』を指します。高校ウチはひとつの学年の中でも同じ教科を担当する先生が複数いるので、テストごとに作成者を替えているんですね」


「それは……まあ、そうでしょうね」


「そうなんです。……そして人間が作る以上、そこにはどうしても()()が出てしまう」


 生徒曰く、あの人の授業は面白い。あいつの授業は退屈だ。


 この通り、普段の授業スタイルですら千差万別、先生ごとに色があるのだ——況んやその集大成である試験をや、である。


 さらに智悠は続けた。


「そして、彼らの個性それ()()()()という形で顕現するんです」


 設問自体がある程度固定されている以上、教える側としての個性、その発露はそこしかない。


 それこそ5W1H——WhatとHow。


 何が——どのように出されるか。


 この二つを組み合わせることで、初めて対策法は完成する。


「例えば英語です」


「英語は確か……文型と時制を教えたのよね?」


 頷く代わりに、智悠は持っていた範囲表を裏返して見せた。


 そこには、あの時の講義の名残——SVOCからなる五文型とその訳し方、その下に時制の模式図が書かれている。


「僕はこれらを英語の根本的なところ、ひいては英文読解のための知識として教えました。それは確かに間違ってはいませんが、だからって完全に正しいわけでもない。……じゃあ、何のために教えたのか」


「——今回の英語を担当する先生が、()()()()()()()()()()()()を好んで出す人だから?」


「正解」


 黒髪美女の寸分違わぬ推測に指を鳴らす。


 そう——これこそが小日向智悠流のテスト対策法。


 ハナと楓は疑いもしなかったけれど、そもそもの前提からしておかしかったのだ。


 いくら全部オールがわからないとはいえ、それだけで『英文読解が苦手』と断ずるのは横暴に過ぎる。人それぞれ、苦手を感じる分野にも個性があるのだ。


 それでもあの時、文型と時制の教えを強行した理由はただ一つ。


「——その形式こそが、今回の考査で点を取るための最短の道だったから」


 智悠の手元にある範囲表を手繰り寄せ、雪菜は英語の担当教員の名前を今一度確認する。


「……言われてみれば、私が一年生の時、この人の出す長文に随分と悩まされた記憶があるわ」


「僕もですよ。まあ、そのおかげで読解力がついたのも確かですから、一概に責める気はありませんけれど」


「ということは、その他の科目も同様に?」


「はい」


 例えば社会と理科、暗記系の四科目。


 後輩女子の頭を撫でる発端となった課題で、智悠は彼女に頻出用語とその周辺知識をまとめるよう指示を出した。


 その真意も単純にして明快——範囲が狭いゆえに好んで出される、論述問題対策だ。


 文章を書かせる類の問題に対しては、周辺の情報もまとめて書き出すのが効率がいい。インプットとアウトプットの同時並行。


 ()()()()()以上に、()()()()()()()()()()が肝要だった。


 実際、彼女は予想以上の働きを見せてくれた。


「もしかして、前日にやったという模擬テストも?」


「そうです。あれは参考書の問題を引っ張って作ったんですけど……その選別基準は一つ、『各先生にその形の問題を出題する傾向があるかどうか』でした。まあ、一応難易度は考慮しましたが」


 それもこれも全ては、出題者に合わせたテスト対策のため。


 以上、Q.E.D.——証明終了。


 これが、此度の勉強会で智悠が画策した事の顛末である。


「……ふぅ」


 話し終えた智悠は人心地つき、手にしたカップに口をつけた。


 思えば、試験対策の話題だけで長々と喋り過ぎた。含んだ紅茶もとっくに冷めている。


 残ったそれを一息に飲み干して、智悠は静かにカップを置いた。


「……ひとつだけ。まだ納得いかないことがあるのだけれど、訊いてもいいかしら?」


 と。


 おかわりをお願いしようとしたタイミングで、雪菜が難しげに組んでいた腕を解いた。


 目だけで先を促すと、黒髪の上級生は指を一本立てる。


「あなたの勉強法、理屈はわかったわ。確かに効率的ね。だけれど……現実的かどうかは承服しかねるわね。現実を考えて妥当でなければ、それは論理的とは言えない」


 彼女はさらに続ける。


「第一、全科目分の先生の特徴を把握することに無理があるのではないかしら。いくら一年間のデータがあるとはいえ、八人もいるのよ。中には智悠君が知らない人もいるでしょう?」


「……まあ、確かにそうですね。この表の中には、僕が授業を受けたことがない先生の名前もあります。でも、彼らについても心配はいりませんでしたよ」


「どうして?」


「僕には真綾まあやがいますから」


 唐突に出された名前に、雪菜は小首を傾げた。彼女は自分の生徒だったはずである。


「真綾さん? 彼女がどう絡んでくるの?」


「直接教えた先輩は痛感していると思いますが、ウチの妹は馬鹿なんですよ。つい最近まで、テストは毎回一夜漬けで臨んでいたくらいの馬鹿なんです。そして、当時のあいつの口癖はこうでした—— 『私の短期記憶——舐めないでよね』」


 短期記憶の意味内容を履き違えている点には目を瞑るとして。


「短期——記憶」


 雪菜がその言葉を反芻する。


 その様子はどこか記憶を探っているようでもあった。二人きりの勉強会でも度々口にしていたのだろうか。


「この口癖の通り、あいつの勉強法は昔からひたすらに暗記でした。一夜漬けでとにかく暗記、暗記、暗記」


 そして覚える作業である以上、そこには脳にインプットする『対象物』がなくてはいけない。


 彼女の場合、その対象物とは——、


「もしかして……()()?」


 聡明なる学年二位の才女が、これまでの話の流れから正解を言い当てた。


「その通り。正確に言うと、板書を写したノートってことになりますけど」


『久しぶりに筆箱より重いものを鞄に入れたよ』


 勉強会初日。真綾はそう言って、鞄から重たい問題集を取り出していた。ここだけを切り取るならば、お馬鹿な妹の戯言のように思える。


 しかし、その前日に彼女はカフェでテスト勉強をしていたのだ。そんな奴の言動として、先の発言はどこか不自然。


 勉強会の前日、あの場で真綾が勉強をしようと思っていたのなら、その時点で()()()()()()()()——現実的に考えて、教科書や参考書など、テキストの類を入れていなければおかしい。


 もちろん、彼女が戯言ならぬ虚言を吐いた可能性も除外する。わざわざそんなことをする道理もない。


 では、それらが確かに存在しない状況下で、あの妹は一体何を暗記しようとしていたのか。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()——つまりは板書を写したノートを暗記しようとしていたのね」


 得心がいったように、雪菜が長い指を鳴らした。


「はい。あいつは板書はちゃんととるタイプの馬鹿なんです。むしろそれで満足しているから、テスト勉強に身が入らないんでしょうね」


「これさえ見とけば大丈夫!」とドヤ顔でサムズアップする妹の姿がありありと思い浮かぶ。


 実際、家で真綾に見せてもらったノートには、各科目の先生たちの展開してきた授業の跡がそのまま記されていた。


 それらを調べれば、授業を受けたことがない先生の個性にも見当がつけられる。それぞれのクラスの教科担当とテスト担当が合致していたのは、運が良かったとしか言えないが。


「……なるほど。真綾さんと樋渡さんは同じクラスだものね。真綾さんのノートを見れば、自ずと樋渡さんの方の対策も立つと」


「そういうことですね。あとはまあ、ハナの方も全部同じ要領です。僕のものをそのまま伝えればいいだけなので、むしろこっちの方が楽なくらい」


 長い、長い講釈が終わった。これで大方の説明はついただろう。


 雪菜の疑問も解消されたようで、二人して目の前のカップに手を伸ばす。既に中身は空だった。


 気づいた雪菜が席を立ち、新しいものを淹れ直してくれた。ご厚意に甘えておかわりを頂戴し、再びほっと一息ついていると、


「……不思議なものね」


 楚々と腰を下ろした雪菜がおもむろに呟く。


 怪訝な顔を向ける智悠に、黒髪の上級生はゆるゆると首を振った。


「あなたのことだから、何かしてくれるだろうとは思っていたけれど……、まさか、それがこんなことだとは夢にも思わなかったわ」


 整った顔は切なげに揺れ、瞳にはどこか悔恨が滲んでいるようにも見えた。


「……まあ、無理もないですよ」


 篠宮しのみや雪菜は優秀だ。智悠のような凡人では逆立ちしても敵わないくらいに。


 そんな彼女だからこそ、盲点だったのだろう。優秀な彼女は、こんな姑息療法じみた手を使わずとも、普通に勉強するだけで点が取れるのだから。


 対して楓やハナのような人間は、そもそもそんな発想すら浮かぶまい。


 だからこれは、小日向智悠のような()()()()()()()()()()試験対策法。


「それに僕、国語は結構得意なんですよ。伊達に本読みを自称していません」


「? 国語?」


「はい。それが幸いしたのかもしれませんね」


「というと?」


「ほら、よく言うじゃないですか——『作者の気持ちを考えなさい』って」


「……ふふっ」


 雪菜は笑った。


 その微笑みは推し量るまでもなく、百点満点の苦笑だった。

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