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二度目の人生はロリ女神とともに  作者: 楽観的な落花生
第4章 ゼロ距離少女ははなせない
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第53話 『答え合わせ』


「あなた——いったい、あの子たちに何をしたの?」


「——」


 突如として、篠宮しのみや雪菜ゆきなが放った一言。


 先の流れからすると荒唐無稽とも思えるその一言に、しかし小日向こひなた智悠ちひろは、さしたる反応を示さなかった。


 精々、片方の眉を少しばかり動かした程度だ。


 それは彼女の発言に面食らったがゆえの反応でなければ、その意図するところを掴みかねて困惑しているわけでもない。


 むしろ、その真意は解っている。

 心当たりはある。


 頭の体操などせずとも——当たりをつけずとも。


 見当はついている。


 だから、彼のこの無反応なる反応を、あえてここで具体的に表現しようと試みるのであれば——そう。


 それは一言、『ああ、やっぱりか』であろう。


 頭の中に茫洋と存在していた推測が見事に的中したとでも言えばいいのか。とにかくそんな、ある種の諦念にも似た妙な心地だった。


 だが——悪くない。全くもって、悪くない。


 むしろそうでなくては困るというものだ。


 やはりと言うべきか、そこは彼女——篠宮雪菜。

 学年二位、無冠の女帝。


 この黒髪ロングの巨乳美女は、相当に——優秀なのだ。


 呆れるくらい——笑えるくらい、優秀なのだ。


 だがしかし、そこは智悠も格好つけたい年頃の男の子。


 こういう場面クライマックスでの自身の役割は心得ているつもりだ。伊達に本読みを自称していない。


 ここは作法に則って、知らぬ存ぜぬ道化を装ってみせよう。


 そう思い、智悠はやや大袈裟に肩を竦めた。


「……言っている意味がわからないですね。僕があの二人に何をしたって?」


「格好つけたい年頃なのはわかるけれど、この場合、もったいをつけるのはむしろ逆効果よ」


 バレバレだった。裏の裏まで見抜かれている。


 数日前にかかずらってくれた、紅い瞳をした患い少女の気持ちが少しだけわかった気がした。


 彼女のように格好よくはいかなかったけれど。


 見事に機先を制されてしどもどしていると、雪菜ははあと呆れたようなため息を吐く。


 それからおもむろに肘を抱いて、


「……まあ。そうは言っても尋ねたのは私なのだし、ここは大目に見てあげることにするわ」


「え、あ、はい。すいません、ありがとうございます……あれ? 何故に僕が謝っている?」


「では、気を取り直して」


 そう言うと、雪菜はこほんと軽く咳払い。


 そして細く長い指先をピッと立てた。


「私が腑に落ちなかったのはたった一つ。どうして真白ましろさんと樋渡ひわたしさんが、それほどまでに急成長を遂げることができたのか——ということよ」


 やや芝居がかった台詞を聞くに、どうやらこれから始まる茶番劇に付き合ってくれるらしい。つくづく憎めない先輩である。


 おかげで智悠も元の余裕を取り戻すことができた。


「それは……ちゃんと勉強したからじゃないですか?」


「一週間よ。あの子たちが本格的にテスト勉強をしたのは、わずか一週間」


 嘯く智悠には取り合わず、雪菜は続けた。


「そんな短期間で身につけられるほど、学力とは安いものじゃあない。それは智悠君、あなたも十分わかっているはずよ」


「……」


 上級生の正論に押し黙る下級生。


 確かに彼女の言う通りだ。現にかえでに『誠意』を見せるよう迫られたあの日、智悠自身がそういう思考を持つ人間であることを自覚している。


 たかだか一週間やそこらで学力が身につくなら誰も苦労はしないのだ。


 だがしかし——それとこれとは話が別。


「……今回の場合、あの二人の目標はあくまで『全教科の赤点回避』でした。赤点を突破できるレベルに限定すれば、短期間での学力向上も得心がいくと思いますけれど」


 思い出すのは約一週間前。


 樋渡楓専用に智悠が用意した模擬テスト、それを彼女はしっかりと突破してみせたではないか。


 それは、あのゼロ距離の少女がその程度の学力を身につけたことの何よりの証明。


 さらに智悠は畳みかける。


「それに、そもそもあの目標を立てたのは先輩自身じゃないですか」


 彼女たちの惨憺たる学力を思い知ってなお、強気な課題を打ち立てたのは他でもない雪菜だったはずだ。


 流石は成績優秀な才女、そこらの凡人とは見えている世界が違うと密かに感服したものだが——、


「そこなのよ」


 雪菜は言った。その口調は、どこまでも凛としていて揺るがない。


「確かに私は『全教科赤点回避』という目標を立てた。それはもちろん、そうできるだけの勝算があったからよ」


 それに、と黒髪の上級生は続ける。


「さっきあなたが言ったことも、おそらくは本当なのでしょう。試験の前日に一日だけ真白さんを請け負ったけれど、確かにあなたが言うだけの学力は身についていたわ」


「なら……」


「でも、それだとおかしいのよ。筋が通らない。だって」


 彼女は唇を湿らせた。


「——()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、『びっくりするほど解けた』『手応えしかない』なんて台詞を口にするはずがないじゃない」


 新米講師が作った拙い模造品ではない、本来のテストとは、その倍——『平均値』を考えて作られるものなのだから。


「それはもっと別の人間が口にする台詞よ。そうね、例えば——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とか」


「——」


 確信めいた言葉に、智悠はもう何も言わない。


 これがトドメとばかりに、雪菜はニコリと微笑んだ。


「さて、もう一度訊くわ。智悠君——私の愛しの後輩君。私があの時信じたあなたは、あの子たちに一体何をしたの?」


 ——それに何より、あなたがいるもの。


 篠宮雪菜から小日向智悠へ——胸いっぱいの信頼の証。


 彼女の『勝算』。


「……やっぱり、遠く及ばないなぁ」


 思わず見惚れるほど艶やかな微笑を目の当たりにして、智悠は長く深く嘆息した。


 なるほど、これは確かに『そういうこと』ではない。彼女には初めからわかっていたのだ。


 わかった上で、乗せられていた。


 もはや盤面は完全なるこちらの詰みだった。


 思い出したように手元のカップに口をつける。中身の紅茶は大分温くなっていた。茶番劇もここらが潮時だろう。


 琥珀色の水面から顔を離す。

 黒髪の美女と視線が絡み合う。


 程なくして、智悠は苦笑交じりに語り出した。


「……自分で振っておいて今更なんですが、そんなに大したことはしていませんよ」


 それから一拍置くと、


「僕がやったのは……これです」


 そう言って、智悠は足下に置いた鞄からあるものを取り出した。


 エロ本だった。


 懐かしきエロ小説、『エッチが好きで何が悪いっ!!』だった。


「……」


「……」


「……」


「……間違えました」


 息を忘れるほどの静寂の後、あくまでシリアスを貫いて、何事もなかったかのように鞄に手を戻す智悠。


 制服の胸元を大胆に露出したヒロインが表紙を飾り、『23』の文字が踊るそれを鞄に戻そうとした途端、


「ちょっと待って」


 これまた雪菜の凛々しい声が、彼の手を遮った。


「智悠君、一体それはどういうこと? 何故あなたが私の愛読するエッチなライトノベルの最新巻を持っているの? あなたに貸したのは、私が持っている二十二巻までだったはずだけれど」


「いや、別にこれは本筋には関係ないので……」


「もしかして、私が貸したものを読むうちにすっかりハマってしまって、ついには貸し借りを待たずに最新巻を自分で購入したってこと?」


「察しが良すぎる!」


「ああ、何てこと。まさかその本の魅力をわかってくれる同志が身近に現れるなんて。しかもそれがあなただなんて……」


「あの、先輩? 僕の話を……」


「もう謎解きなんてどうでもいいわ。あの子たちはすごく頑張ったのね。良かった良かった」


「解決しちゃった!?」


「それよりも、ここからは『エッチが好きで何が悪いっ!!』の魅力について存分に語り合いましょう」


「いや、あの、先輩……」


「智悠君はどのシーンがお好み? 私は七巻終盤、屋上での性行為中、主人公とヒロインが二人同時にタイトルを回収したシーンが」


「頼むから種明かしさせてくれ——!」


 それから、あのプレイが興奮しただのこの濡れ場の心理描写が秀逸だの、にっちもさっちもいかない問答を繰り返し。


 ようやく雪菜を落ち着かせて本題に戻る頃には、すっかり三十分が経過していた。


 閑話休題——TAKE2。


「僕がやったのは……これです」


 改めてそう言って、智悠は足下に置いた鞄からあるものを取り出した。


 それは——、


「——試験の、範囲表?」


 一瞥した雪菜が形の良い眉を顰める。


 智悠の手に握られたそれは、一年生用のテスト範囲表だった。


 勉強会を開催する前に真綾まあやに頼んでコピーをとった、何の変哲もない普通の範囲表。裏面には英語の講義の痕が今も残っている。


「そうです、範囲表です。これが、あの二人の快進撃の正体です」


「ということは、つまり……問題にヤマを張ったってこと?」


 エロ以外でも察しが良い雪菜は、そう言って首を傾ける。


 その表情はいささか拍子抜けしたようであり、どこか不満そうでもあった。さながら「その程度か」と嘆息せんばかりに。


 確かに彼女の推測は的を射ている。流石だ。


 ただし——それは半分は正しいけれど、もう半分は正しくない。正答率は五十パーセント。これでは平均点は超えられない。


 智悠は言った。


「先輩の言った通り、僕はヤマを張りました。……ただし、それは()()()()()()()()()()()()()。新学期最初の中間考査なんて出る範囲は限られていますし、大体の予想はつきますから」


 そして、彼の手は範囲表のある部分を指し示す。


 その先にあるのは当然『テスト範囲』——ではなく。


 その下——『テスト担当教員』の欄だった。


「——僕は、各試験科目の担当教員……すなわち()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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