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二度目の人生はロリ女神とともに  作者: 楽観的な落花生
第4章 ゼロ距離少女ははなせない
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第47話 『真相は窓の中』


「——なんと。ということは、昨日のお二人からの依頼はたった今遂行中なのですか?」


「そうなんだよ。真綾まあやに関しては言わずもがなだけど、樋渡ひわたしの方もかなり酷くてさ……雪菜ゆきな先輩に頼み込んで、これからどうしようか検討してるところ」


「なるほど……。ちなみに智悠ちひろさんから見て、私とあのお二人とではどちらが酷いですか?」


「……ノーコメントで」


「智悠さん!?」


 そんなやり取りを間に挟みながら、二人は学習室へと帰還した。

 ドアを開けると、音に気づいた三人がちらとこちらに目を向ける。


 雪菜が長い黒髪をはらりと揺らして尋ねてきた。


「二人とも、話は終わった?」


「はい、恙なく。それで、ちょっと先輩に相談があるんですけど……」


「相談?」


 怪訝な顔をする彼女に、先ほど聞いた事情を手短に説明する。


 ハナの学力の問題と、彼女のお願い。


 発端となった英単語テストを見せながら、頬を羞恥に染める張本人を尻目に報告を終え、


「——というわけで、一人増えて馬鹿が三人になったんですけど、ハナも勉強会に参加して構いませんか?」


「智悠さん?」


 こちらを見るハナの目が若干冷えた気がしたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。事態は急を要するのだ。


 教えていた手を止めて話に聞き入っていた雪菜は、


「年頃の女の子を形容するにふさわしい台詞とは思えないところを除けば、問題ないわ」


 的確なツッコミを入れた回りくどい言い回しながらも、要望自体は快く受け入れてくれた。


 もとより他人、それも可愛い後輩からの頼みを無碍に出来るような彼女ではない。


 それは、 『人助け』を生業とする部活動の部長を請け負っている時点で証明されている。


 部活停止期間だろうが何だろうが、その信念は決して揺るぎはしないのだ。


「というか、もとはあなたが始めたことなのだから私の許可はいらないでしょうに」


「まあ、それはそうなんですけど……、一応こっちが協力を頼んでいる身ですし、ホウレンソウの義務は果たすべきかと思いまして」


「包茎・連続・挿入」


「報告・連絡・相談です」


 そんなおねショタ系エロ漫画みたいな社会人の常識があってたまるものか。


「包茎・練習・想像」


「何だか悪意を感じるぞ……」


「包茎・連日・相談」


「切実過ぎる……」


「ところで、よくよく考えてみると『包茎』……『包まれた茎』というのも何だか不完全な日本語よね。だって、包茎だろうがそうでなかろうが、いわゆる茎の部分は誰もが包まれているものでしょう?」


「直属の先輩が男性器の事情に詳し過ぎてドン引きなんですけど」


「保健の教科書は女子高生のバイブルよ」


「怖いもの知らず過ぎる! せめて所有格は個人名義にしてくれ!」


「話を戻しましょうか。私としては、先端云々の話なのだから呼称もそちらに合わせるべきだと思うのよね。例えば『包頭』とか」


「山梨への熱い風評被害……というか、さっきから包皮ネタ多くありません?」


 雪菜の下ネタ好きはいつものことだけれど、これでもこの先輩は学年二位を誇る才女。


 国語の成績でもトップ集団を走り続ける彼女は、そのボキャブラリーの豊富さにも定評がある。


 あらゆる意味で女子高生離れした語彙力は下ネタにも及び、むしろ下ネタにこそ及び、そのふっくらとした形の良い唇からは百花繚乱千紫万紅、バラエティーに富んだ猥語が飛び出るのが常なのだ。


 そんな彼女だから、こうして同じネタを引っ張り続けるのは割と珍しい。


 彼女らしからぬ台詞回しに首を傾げていると、当の本人は肩にかかった長い黒髪をさらりと払い、


「あら、ごめんなさい。聞いたばかりの単語だったから、つい乱用してしまったわ」


「聞いたばかりって……まさか」


 彼女の言葉を聞いた瞬間、学年二十位の頭脳は一つの可能性に思い当たった。


 そうだ。思い返してみれば、そのワードは雪菜が学習室ここにやって来る前にも一度耳にした記憶がある。


 確かその発端となったのは——、


「……おい。そこの馬鹿二人」


「「……ぎくっ」」


 いつになく低い智悠の声に、それまでずっと(おそらく意図的に)黙っていた馬鹿二人——真綾とかえでが肩をビクッと震わせた。


 そのまま二人仲良く、未だ人が来る気配のないドアの方へと視線を逸らす。まるで助けを求めるように。


 だがしかし、現実はそう甘くない。タイミングよく乱入者が現れて場の空気が変わるなんてことはない。


 尚もガンを飛ばしていると、やがて観念したのか、まずは真綾が指と指を突き合わせて訥々と語り出した。


「いやー……。思いの外、篠宮しのみや先輩が親しみやすくって……」


 すると同じように楓も苦笑いを浮かべて、


「ついつい興が乗りましてですね……」


 そして流れる、世界が音を失ったかと錯覚するほどの気まずい沈黙。


 それを打ち破るように、雪菜がそれはそれは素敵な微笑みで告げた。


「智悠君。——私は被っていても気にしないわよ?」


「お前らあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 思春期男子の絶叫にも似た怒声が、狭い第三学習室に木霊した。


 ——その後、運悪く巡回に来ていた教師が騒ぎを聞きつけ、こっ酷く叱られた五人の勉強会は、そこでお開きとならざるを得ず。


 尚その日の夜、穢れを知らない純粋無垢な女神様に「包茎って何ですか?」としつこく迫られたのは、語るに値しない余談である。






 * * * * *






 ——翌日の放課後。


 本日の説教の予定はないらしいハナと連れ立って、智悠は特別棟の二階、その最奥に位置する図書室を目指していた。


 その目的は本を借りるため——ではない。

 無論、喫緊のテスト勉強のためである。


「あれ? 昨日の場所で勉強するんじゃないんですか?」


 不思議そうな顔で訊いてくるハナに、智悠は歩調を緩めないままに答える。


 その横顔は何とも言えない微妙なものだ。


「そのつもりだったんだけどな……、今朝、雪菜先輩から連絡があってさ。しばらくあそこの学習室は出禁にされたらしい」


「なるほど……え、出禁?」


「出入り禁止。僕たちはしばらくあそこを使えないってことだ」


「いや用語の意味は知ってますけど……智悠さん、昨日から私のいじり方が阿呆の子寄りになってません? 確かに気軽に接して欲しいと言ったのは私ですが、あまりに行き過ぎるようなら天罰を当てますよ?」


「洒落になってないからやめてください」


 そんな女神ジョークはさておき、問題は今朝の一件である。


 部長曰く、朝のホームルーム終了後に昨日の先生に呼び出され、勉学のための空間で馬鹿騒ぎした代償として会館使用禁止令が通達されたらしい。


 しばらくの間、あの場にいた智悠、雪菜、ハナ、真綾、楓の五人は会館への立ち入りが認められないそうだ。


「樋渡が言ってたことはどうやら本当だったみたいだな……」


 彼女みたいなJKやバカップルがあんなことやこんなことをしていたせいで、最近あの場所は管理が厳しくなっていると聞いた。


 真面目に勉学に励む生徒もいる手前、このくらいの処置は当然と言えば当然だろう。


 それに学習室が使えなくとも、目的地の図書室然り、学校には他にいくらでも自習スペースは確保されている。


 それよりも智悠が承服しかねるのは、ついでとばかりに雪菜に告げられた別の言葉の方だ。


 以下回想。


「——というわけで、これからしばらくの間、学習室は使えなくなったから」


「わかりました」


「ああ、それと」


「まだ何か?」


「あの先生、別れ際にこんなことを言っていたわ。『これは小日向こひなたに伝えてくれ。……何もそう焦ることはない。男の価値はそこでは決まらないからな。かく言う先生も』」


「心底ほっとけ」


 どうやらドア越しにあの時の会話を聞かれていたらしい。

 本当に余談である。余談でしかない。


「ていうか、もしかして『そういうこと』をしていたと勘違いされたわけじゃないだろうな……」


 断片だけを拾われればそういう誤解もあり得る。


 そのあたりは雪菜が上手いこといなしてくれたと思いたいけれど、どうだろう、お茶目な先輩のことだから悪ノリで既成事実をでっち上げた気がしないでもない。


 一抹の不安を覚えつつも、程なくして図書室に到着。


 室内に入ると、そこには既にあとの三人——雪菜、真綾、楓の姿があった。


 窓際、グラウンドが一望できる位置にある八人掛けテーブルの一部に、ちょうど学年で分かれる形で座っている。


「お疲れ様です」


 近づいて声をかけると、二人に気づいた雪菜がにこりと微笑みかけてきた。


「お疲れ様、智悠君、真白ましろさん。そんなに心配しなくても、流石に濡れ場シーンだとは思われてなかったわよ」


「地獄耳ですか」


「濡れ場シーン?」


 純朴女神の疑問の声は聞こえなかったことにして、さっさと空いている雪菜の隣席に腰掛ける。


 怪訝な顔をしていたハナも対面に座り、これで昨日の五人が勢揃いした形だ。


 ——雪菜からの報告を受け、本日の勉強会はここ図書室での開催と相成った。


 図書室の利用者数は年々減少傾向にあるようで、智悠たち五人以外に生徒は数人しかいない。


 コアな利用者だろうか、難しげな洋書と睨めっこしているメガネ女子やライトノベルを読み耽る一年男子の他、遠くには智悠たちと同じように熱心にテスト勉強をしている生徒がちらほら。


 テスト前のこの時期に借覧目当ての客はいないようで、カウンター奥に座る図書委員の子が欠伸を噛み殺しているのが見えた。


「——さて。全員が揃ったことだし、早速始めようと思うのだけれど……その前に、私から一つ提案があるの」


「提案?」


 パチンと手を打った部長の言葉に、カウンターから意識が引き戻される。


「二人が来る前に協議した結果、マンツーマンで教えた方がいいってことになってね。もし智悠君が良ければ、それでもいいかしら?」


「はぁ、僕は別に構いませんけど……」


 確かに彼女たちの出来を考えれば、二人で一気に教えるよりも、むしろマンツーマン形式でみっちり教えた方が効率がいい。


 それに、智悠と雪菜にも自分の勉強がある。

 教える相手を最小限に絞れば、空いた時間でそっちを進めることも可能だ。


 懸念は講師側の成績に多少の差があることだが——目標が赤点回避である手前、能力の差が露骨に影響することもないだろう。


「となると、問題は割当ですね。ハナに関しては同学年の僕が担当するとして……」


 あとの問題は——問題児は、図書室の柔らかい椅子がしっくりきていないのかしきりにお尻を動かし、何だかトイレを我慢しているみたいになっている一年生二人組。


 腕組み視線を向けると、ハッと気づいた妹の方がビシッと勢いよく手を挙げた。


「はいはい、それなら私は是非とも篠宮先輩に教わりたいです! お兄ちゃんよりも教えるの上手そうなので」


「おいおい、兄妹関係に亀裂が入る台詞を簡単に言ってくれるじゃあないか。これまで僕がどれだけお前の勉強の面倒を見てきたと思ってるんだ」


「でも全然成果出てないじゃん。私ずっと馬鹿なまんまじゃん。この現状に教え方が悪いこと以外の理由がある?」


「お前が馬鹿だからだろ」


「まあまあ、いいんじゃないですか? たまにはいつもと違う方の教えを乞うてみるというのも」


 一触即発の雰囲気をとりなしたのは、柔らかく微笑むハナだった。


 家ではこのくらいの兄妹喧嘩もどきは日常茶飯事なので、同居人である彼女も扱いには慣れている。


「それじゃあ私が真綾さん、智悠君が樋渡さんと真白さん担当ということになるけれど……」


 結論をまとめようとした雪菜が、そこで斜向かいの楓に気遣わしげな視線を向ける。


 彼女は一瞬キョトンとした後、その意図を察し、快活な笑顔でこう答えた。


「わたしは全然大丈夫ですよ。教え方が悪い先輩でも」


「お前も言うか」


「わたしは友達の言うことは全部信じちゃう系女子なのです」


「そこまで言うなら見てろよ。僕が必ずお前を東大に合格させてみせる!」


「趣旨変わってるっ!?」


「問題はなさそうね。——では、始めましょうか」


 最上級生の開会宣言に、楓以外の三人が闘志も露わに頷いた。


 本日は木曜日。中間テストまで、あと六日。


 予断を許さぬ勉強会ほんだいの、始まり始まり——。

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