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二度目の人生はロリ女神とともに  作者: 楽観的な落花生
第4章 ゼロ距離少女ははなせない
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第45話 『それでも勉強は始まらない』


 かくして学年トップレベルの秀才、篠宮しのみや雪菜ゆきなを巻き込む——もとい招き入れることに成功したまでは良かったのだけれど。


「——さて智悠ちひろ君。どういうことなのか、詳しく教えてもらえる?」


 それが、彼女が発した次なる言葉だった。


 他の教科の実力も見ておきたいから、とりあえず各自自習に励むように。


 そんなもっともらしい指示を出し、真綾まあやかえでに引き続き問題を解かせている間。


 戸惑いながらもシャーペンを走らせる彼女たちとは対角線上、学習室の隅へと追いやられた智悠は、美人部長からの厳しい追及を受けていた。


「あら、追及だなんて人聞きが悪いわ。私はただ事実を確認したいだけよ」


「事実、というのは……」


「それはもちろん、『どこにでもいるぼっち男子』を自称しているにもかかわらず、妹の友達でしかない後輩の女の子(巨乳)と仲睦まじく話し、あまつさえ『智悠先輩の智悠先輩による智悠先輩のための後輩』なんて案件一歩手前の肩書きを堂々と名乗らせている件について」


 最後の自己紹介文の部分だけ、やけに語調が強かったのは気のせいであると信じたい。


「あ、案件は言い過ぎでは?」


「そう? 私には『あなたにこの身も心もわたしの全てを捧げます』って意味に聞こえたけれど」


「偏見が凄いですし、たとえそうだとしても、それはあいつが勝手に言っているだけなんですが……」


 むしろこちらが訊きたいくらいだ。


 確か憧れの先輩だ何だと言っていたような気がするが、何故あの赤茶髪の少女はそんなにまで智悠に執心するのだろうか。


 成績トップクラスでも美少女でも巨乳でもない小日向こひなた智悠など、下級生の憧れの的になり得るとは到底思えない。


「況んや一目惚れをや、だもんな……」


 それだったらどれだけ楽だったか、自分がそういう類いに属する人間でないことは一番よくわかっている。


 だとしたらやはりそうなるだけの何かがあったと考えるのが自然なのだけれど、しかし何度も言うように、智悠の側には全く心当たりがないのだ。


 こうなったら本人に直接確認するのも一つの手ではあるが、ここまで堂々と振る舞われると、自分の方がおかしいのではと感じて、どうしても尻込みしてしまう。


 たった数日の間に重ね続けるフランクな会話、何なら昔から顔見知りだった気さえしてくる始末。


 真綾も知らないと言っていた——樋渡ひわたし楓。


 智悠の智悠による智悠のための——後輩。


 では、ないけれど。

 それだけは確かだけれど。


 思い悩んだ様子の智悠を見て、雪菜は己の腕を抱いた。


「……何だか予想以上に複雑そうね。後輩の女の子を傅かせて悦ぶプレーボーイになった男の顔とは思えないわ」


「傅かせてもないし悦んでもいませんって」


「まあ別に? 私はあなたの恋人じゃないし? ただの先輩だし? あなたがいつどこでどんな子と一緒にいようと私が口を出せる義理はないし? おっぱいが大きい女の子と何をしていても、それはあなたの性欲の自由だけれど?」


「……先輩、もしかしてちょっと怒ってます?」


「べっつにー。ただ、公の場で『妹の友達』と……一人を間に挟んだ関係の子と忠犬プレイをするのはどうなのかなぁって思っただけだしー? 怒るよりも叱るだしー? 然るべき叱るだしー?」


「いつもの口調が崩れてるし、音声オンリーで寝取られプレイをしてきた人に言われたくないんですが……」


「……私には一向に靡いてくれないのに」


「いやそれは……」


 どうやら我が部の部長は結構御冠のようだった。


 膨れた頬から不機嫌オーラがビシビシと伝わってくる。


 思い出すのは数分前。

 楓が奇怪な自己紹介を投下した直後、まるで天敵を威嚇するように交錯した熱い視線。


 纏う雰囲気は全くと言っていいほど似ていない二人だけれど、卑猥なネタを好み、性に関して開けっ広げな部分は共通していると言えなくもない。


 キャラ被りとまではいかないが、何かしら譲れないものがあるのだろう——相性最悪。


 故の、嫉妬ジェラシー


 とはいえ、彼女の言う通り、智悠と雪菜は恋人関係でもなければ愛人関係でもない。


 あくまでも部活の先輩と後輩。

 それ以上でもそれ以下でもない。


 なので正直に言えば、黒髪美女の可愛いヤキモチはお門違いもいいところなのだが——しかし。


 それを盾に反論するつもりも、ましてや開き直るつもりも、智悠にはない。


 そんな選択肢ことばなどあり得ない。


 それが智悠が負う責任であり、そうしなければならない理由が、彼にはあるのだから。


 智悠は言う。


「先輩——雪菜先輩。さっきも説明しましたけれど、あいつとは昨日カフェで真綾と一緒にいるところに偶然出くわして、そのままテス勉の面倒をみる流れになったってだけです」


「でも、それにしてはあんなに馴れ馴れしく……」


「それは、あいつがそういう……人との距離感が近いというか、パーソナルスペースが狭い人間だってだけでしょう。そういう奴もいるんですよ、世の中には」


「……本当に?」


「本当です」


 そのまま見つめ合うことしばし。


 頬を膨らませ、半眼で睨め付けていた雪菜は、彼の瞳に宿る真摯な光を見て取り——、


「……はぁ、わかったわ。あなたを信じます」


 不承不承といった感じではあったが、とりあえず矛を収めてくれた。


 乙女の逆鱗に触れずに済んだことに、ほっと安堵の息を吐く。


「なら、事情説明はこれでおしまいですね。あいつらも一通り解き終わってる頃合いでしょうし、そろそろ戻りましょう」


 そう言って後輩たちの方に足を向けると、雪菜もこくりと頷いた。


「ええ、そうね。……本当なのよね?」


「だから本当ですって。この小日向智悠、やましいことなど何もありません」


「そう……うん、良かった。もしあの距離感で抱きつかれたり、勢い余って押し倒されたり、あの巨大な乳房を押し付けられたりなんてしていたらどうしようかと思ったわ」


「……やましいことなど何もありません」


 大事なことなので二回言いました。






 * * * * *






「とりあえず、目標は全教科赤点回避にしましょう」


 それが、彼女が発した次の次なる言葉だった。


 やって来てから結構な時間が経っているにもかかわらず、未だに誰も他の生徒が入ってくる気配のない学習室。


 一人の男子生徒と三人の美少女の根城と化したその場所で、有志部部長の凛とした声が響き渡る。


 ——事情説明が終わった後にまず彼女が行ったのは、二人の答案の確認作業だった。


 事前に智悠によって行われていた古文と数学に加え、その他六科目の学力チェック。


 どうやら先の二科目がそれぞれの最大の苦手科目だったようで、残りの科目に関しては全問不正解という第二次の大惨事には至らなかった。一安心。


 だけれど、だからと言って、決して成績が良いなんてことはなく、テスト得点に換算すればどの科目も十点、良くて二十点のレベルだろう。


 楓はともかくとして、兄として妹の頭がここまでのレベルだった事実は深刻に受け止めねばなるまい。


 割と本気で将来が心配過ぎる。


「もうこれまでみたいに『しょうがないお馬鹿さんだな、こいつめ♡』なんて悠長なことは言ってられないな」


「一回も言われたことないけどね」


 お馬鹿兄妹のやり取りには取り合わず、雪菜はふむと考え込む。


 そこに先ほどまでの拗ねた様子は感じられず、表情は真剣そのもの。


 そして赤に塗れた二人の答案全てをつぶさに吟味し、やがて覚悟を決めたように顔を上げた彼女が口にしたのが、冒頭の台詞であった。


 全教科赤点回避。

 今回の依頼——その達成目標。


 なるほど、テスト勉強を頑張るにしても、具体的な目標があれば彼女らのモチベーションも上がるだろう。


 ただし問題なのは——、


「……いけますかね?」


 雪菜の立てた目標に、智悠は難しげに眉を寄せる。


 思い出すのは、基礎問題の寄せ集めをものの見事に全問間違えた惨劇。


 あれを生み出してしまう学力の持ち主たちを相手に赤点回避——それも、全教科。


 ちなみにこの高校、赤点ラインの点数は明確に定められていない。


 毎回学年の平均点の半分と設定されており、テストの難易度によって如何様にも変動するシステムだ——もっとも、教師側はある程度平均点を計算した上で問題を作るものだが。


 大体の予想で平均を六十点として、目指すのは三十点以上。


 テストは来週の水曜から三日間の予定だ。


 今がちょうど一週間前だから、つまり今日を合わせても猶予は七日間しかない。


 土日を含むとはいえ——目標達成には圧倒的に時間が足りない。


 言外に事態の困難さを滲ませた智悠だったが、しかしその提言を雪菜は棄却する。


「少なくとも不可能じゃないわ。私の見立てでは」


「いや先輩、あなた最初にあいつらの答案見た時、『……これは酷い』って言ってたじゃないですか」


 解かせていた参考書を回収した際、彼女が発した第一声がそれだった。


 何せ自分はトップレベルなのだ、こんな出来の悪いものを目にしたのは初めてだったろう。


 初対面の有名人ということで智悠の時みたいに強気に出るわけにもいかず、真綾も楓も「ははは……」と苦笑いしていた。


「高過ぎる目標は自分の首を絞めることもありますよ」


「あなたも大概酷いわね……、でも、大丈夫。心配いらないわ」


「その心は?」


「時間はないけど人間はいる。だからあなたは私を呼んだのでしょう?」


「まあ、それはそうなんですけど……」


「それに」


 そこで彼女はこちらを向いて。


「——それに何より、あなたがいるもの」


 断言するようにそう言って、にこりと微笑んでみせた。


 その微笑は——その美しい笑顔は。


 あの時の不服そうな信用とは百八十度違う、全幅の信頼の証で。


「……はぁ、わかりましたよ」


 しがない男子高校生を納得させるには、充分以上の説得力を持っていた。


「先輩には遠く及びませんけどね」


「そういうことじゃないけれど……、まあ、そういうことにしておきましょう」


 それから雪菜は後輩二人に向き直ると、


「あなたたちも、それでいいかしら?」


「はい! よろしくお願いします」


 真綾が元気良く答え、楓は黙ってこくりと頷いた。


 かくして紆余曲折はあれど今回の目標が定まり、教師役と生徒役、双方役者は出揃った。


 あとはスタートの合図を待つのみ。


「それじゃあ早速はじめ——」


 その合図を雪菜が口にしようとしたタイミングで、ガラリと勢いよく学習室のドアが開け放たれた。


「——」


 自習目的の生徒がやって来たのか、それとも一向に勉強会を始めないうるさい集団に苦情が舞い込んできたのか。


 四人が同時に振り返る。


 視線の先にいたのは、金髪に浅葱色の瞳をした小柄な少女。


「智悠さん。——私を助けてください!」


 ——真白ましろハナが、涙で瞳を濡らして立っていた。

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