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二度目の人生はロリ女神とともに  作者: 楽観的な落花生
第4章 ゼロ距離少女ははなせない
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第42話 『レッツ・スタディ!』


 進学校たるもの、生徒が心置きなく勉強に精を出せるよう、環境整備には余念がない。


 それはいつだったか話題にのぼった空調設備のみならず——そのまま、『学習場所の提供』という意味合いをも含んでいる。


 特別棟の西側、グラウンドへと続くコンクリートの通路を挟んだ、向かいに位置する場所。


 そこに——その建物はそびえ立っている。


 本棟や特別棟と比べるとやや年季の入り方が浅い、一面ガラス張りの真白い建築物。


 二階建ての構造をしており、一階には開放的なラウンジと扉を隔てた大広間、そして二階には一般的な教室程度の大きさの学習室が、合計五つ点在している。


 学習室——そう、ここは言わば、生徒のための自習スペースだ。


 本校の生徒であれば予約なしで自由に使用でき、集中して勉学に励める『会館』。


 意識の高い——特に受験を控えた三年生などは、放課後になるとここに来て自習をする者が多い。


 その他にも、受験生を対象とした課外が開講されたり、少人数のセミナーが開催されたり、一階の大広間にいたっては夏休みには部活の合宿所になったりと、様々な用途で使用される本校の名物の一つである。


「——まあ、とか何とか色々高々と言いつつも、実質わたしみたいなJKたちの放課後の溜まり場になってるんですけどね!」


「いつだって現実は非情だよな」


 そんな進学校ならではの施設、その二階——第三学習室にて。


 後輩女子からのリクエストを二つ返事で快諾してみせた頼れる先輩こと小日向こひなた智悠ちひろは、善は急げということで、翌日の放課後、早速勉強会に取り掛かろうとしていた。


 参加者は教師役を務める智悠、そして生徒役の真綾まあやかえでの三人。


 長机を間に挟み、今日の役割ごとに分かれて座っている。


 会館内の部屋の中でもこの第三学習室の大きさは割と狭めで、収容人数はおよそ三十人といったところ。


 それでも普段なら受験勉強やテスト勉強に励む生徒がちらほらと見られるのだけれど、今日は運の良いことに、三人以外に人の姿はなかった。


「これは風に聞いた噂なんですけれど、この前一年のバカップルが二人っきりで隠れてキャッキャウフフしてたらしいですよ、この快感」


「漢字変わっちゃってるじゃねえか。感じちゃってるじゃねえか」


「おかげさまで使用ルールやら監督やらが厳しくなって、根城にしていたわたしたちとしてはいい迷惑です」


「勉強しろよ」


 我が校の風紀は大丈夫なのだろうか。

 まだ見ぬ風紀委員の苦労が偲ばれる。


「そこはかとなく不安だけれど、まあ、それは今はいい。そんなことより、そろそろ始めるとしようぜ、勉強会」


 ぱんと手を打ち、勉強会の開会を宣言した智悠。


 すると対面に座る真綾が頬杖をつきながら、


「それにしてもお兄ちゃん、これは一体どういう風の吹き回し?」


「うん? 何のことだ?」


「いやさ、あんなに渋ってたくせに急に教えてくれる気になるなんて、どうしたんだろうって」


「渋ってた? え、この僕が? いつ? どこで?」


「いやいや、はっきり『面倒くさい』って言ってたでしょーに」


「おいおい、何言ってんだ妹よ。僕が、この小日向智悠が、可愛い可愛い後輩からの頼みを断れるわけがないだろう?」


 爽やかな笑顔で髪をかきあげる智悠に、真綾の隣に腰掛けた楓が心配げに眉を寄せる。


「先輩、手のひらぐるんぐるんですけど大丈夫ですか? ちゃんとくっついてます?」


「心配しなくてもこの通り、ばっちりくっついてるよ。君たちに差し伸べるための手のひらがね」


「せ、先輩が壊れた……!」


「……まあ、うちのお兄ちゃん、割とこんな感じだから。意外とボケたがりってゆーか」


「せっかくの厚意をボケと受け取られて、お兄ちゃんちょっとショックだよ」


 なんて言いつつも、実際は百パーセント軽口なのだが。


 普段から個性豊かな女の子たちの個性豊かなボケを華麗に捌いているこの男、実は妹の言の通り、なかなかのボケたがりでもある。


 周囲を固めるボケ要員が強烈過ぎるのでやむなくツッコミ役に回ることが多いけれど、隙があれば、こうしてぶっこむ気概もあるのだ。


「ボケとツッコミのハイブリッドとはこの僕、小日向智悠のことさ」


「こっちから勝手に頼んでおいて何ですけど、すっごく不安になってきましたよ。雰囲気とか言動とかで頭良さそうって思ったのに、もしかしてこの人、実は結構馬鹿なのでは……?」


 さりげに酷いことを言う後輩だった。


 だがしかしそこは流石の愛妹、真綾がしっかりと間に入ってフォローしてくれる。


「そこは心配しなくていいと思うよ、楓ちゃん。この馬鹿にぃ、定期テストの点数だけはいいから」


「ツンデレ妹キャラみたいな呼び方で僕を呼ぶな。ちゃんといつもの通りに『お兄ちゃん♡』と呼べ」


「デレデレ妹キャラみたいな呼び方になってるよ、愚兄」


「愚兄って」


『相対的』すら知らない阿呆な妹が『愚兄』なんて難しい単語を知っていた事実に驚いたけれど、その冷めた鉄のような表情を見るに、そこに本来の謙遜の意はなさそうだった。


 と、兄妹のやり取りを聞いていた楓が突然牙を剥き、


「ちょっと先輩、何言ってるんですか。語尾にハートマークはわたしの特権ですよ、誰にも譲る気はありません! ……あっ、いや、ありません♡」


「使いこなせてねえじゃねえか……。ていうか、本当にそろそろ勉強始めようぜ。本編をスタートさせようぜ。いい加減前座が長すぎる」


 言って、実質貸し切り状態で良かったと心の中で安堵の息を吐く。


 こんな騒々しい、はっきり言ってうるさい集団、もし他に人がいれば確実にクレーム案件、即座に出禁の刑に処されていた。


「図書室とかにしなくて本当に良かった……」


 そういう選択肢もあるにはあった。

 けれど——小日向真綾と樋渡ひわたし楓。


 この元気っ子二人の組み合わせ、むしろこんな喧しい展開にならない方がおかしい。


「まあそれは結果オーライとして、だ。お前ら、ちゃんと勉強道具は持ってきたか?」


「もっちろん!」


「久しぶりに筆箱より重いものを鞄に入れたよ」


 妹の聞き捨てならない発言を問い質すより先に、二人は本日の勉強道具一式を取り出した。


 楓は数学の問題集、翻って真綾は古文の問題集。


 各自が用意したテキスト類が机上に並べられる。


 ——今回の依頼、その内容はいたってシンプルなものだ。


 定期試験まで残すところ一週間。


 この限られた期間で彼女たちのテスト対策、およびそれに付随した学力の向上。


 それが、今回の智悠が果たすべき義務。


 正直、先日楓が言っていたように高校に入って一回目のテストで大袈裟だと思わなくもないが——否、むしろ、だからこそだ。


 こういうのは初っ端こそが肝要。


 勉強に限った話ではないけれど、こういう類のものは始めにズッコケると、二回目、三回目と、後はズルズル行ってしまう。


 堕ちて行ってしまう——負け癖というのは、一度付いてしまうとなかなか簡単には払拭できないものだから。


 まして学力レベルの高い進学校なら尚のこと。


「だから、初回からそれなりの点数は取っといた方がいい」


「ほぇ〜、なるほどぉ」


 わかっているのかわかっていないのか、楓は呆けた返事を返す。


 智悠はそれには取り合わずに話の続きを優先し、


「んで、だ。これから教えるに当たって、まずはお前たちの現時点での学力を知っておきたい。それがわからなきゃあ対策の立てようがないからな」


 そう言って、目の前に広げられた問題集を手で示した。


「だからとりあえず、二人とも、テスト範囲のところだけを軽く解いてみてくれ。一年の最初なら割り方範囲は狭いし、三十分くらいで終わるだろ」


 指示を出すと、二人は「はーい」と元気良く手を挙げて、一斉に問題集にかかり出した。


 いそいそとシャーペンを走らせる後輩たちを尻目に——智悠は思案する。


 何故かこの場にいない女神の言葉通り——これこそまさに、智悠がやるべき『人助け』なのだと。


 だって、そうだ。


 後輩の勉強を見てあげるだなんて、何とも普通の高校生らしいお手伝いイベントじゃないか。


 思い出すのは先月のこと。


 頭のおかしい中二病の矯正とか、素直になれないギャルの救済とか、拗れた少女たちの友情の仲立ちとか。


 そんな、一介の男子高校生が務めるには荒唐無稽で分不相応な役回りとは、今回は違う。


 まさにお誂え向き、うってつけの存在理由——学年二十位。


 ストーカーもとい雪菜ゆきなにバレていたように、そして先ほど真綾が言っていたように、智悠の成績は——少なくともテスト前に心強い存在と言っていい程度には——決して悪くはないのだから。


 それに、智悠の自信の源はそれだけではない。


 何しろこちとら阿呆な妹がいる身——これでも人に教えることに関してはちょっとしたものなのだ。


「こいつは案外、楽勝ムードかもしれないな……」


 窓の外、テスト期間で人の気配がしないグラウンドの風景に目を細めながら、智悠はそんな呟きを漏らした。


 ——それが世間一般では『フラグ』と呼ばれる台詞だなんて、愚かにも自覚することなく。

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