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二度目の人生はロリ女神とともに  作者: 楽観的な落花生
第3章 患い少女は祈らない
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第32話 『患い少女の後日談』


「……いや、最後の方、僕、空気じゃね?」


「急にどうしたの? お兄ちゃん」


 六月九日。火曜日。


 水卜みうら唯乃莉いのり桜井さくらい紗織さおりが、二ヶ月という、長いんだか短いんだかよくわからない期間に及ぶすれ違いに決着をつけた、翌日。


 その夜のこと。


 智悠ちひろ真綾まあやの私室にて、彼女のお勉強を見てあげていた。


 いつも通りハナと三人で夕食を食べていた折、唐突に「お兄ちゃんには私のお勉強を手伝う義務があります」と宣言されたのだ。


 それはもう、提案するとか誘うとか、そういう類のものではなく、それが当然であると断言するような、有無を言わさぬ強制力があった。


 やけにむすっとしていたのを覚えている。


 何か気に障るようなことでもしてしまったのだろうか。


 そんなことを言われても、そもそも最近は唯乃莉の件につきっきりで、妹へ意識を割くほどの余裕自体がなかったのだが。


 喧嘩どころか、その火種すら生まれていない。


 まさか、それが発端とは考えにくいだろう——かまってちゃんでもあるまいし。


 と、こうなった経緯に多少の怪訝の念を抱きつつも、馬鹿正直に付き従っている次第である。


 兄という生き物は、すべからく妹に甘いものなのだ。


 死んでも生き返ってしまう程度には、甘々なのである。


 そんなどうでもいいことをつらつらと考えながら、昨日の出来事を回想していた折の、先の台詞。


 因数分解の問題で手を止めた真綾は、シャーペンのノックボタンをぷにっと頬に当て、


「どうしたの、お兄ちゃん。急に大きな声なんか出して」


「いや、最後の方、あまりにも僕の扱いがおざなりだったんじゃないかと思ってな。絶対に存在忘れられてただろ」


「最後も何も、お兄ちゃんはいつどこで誰と何をしていても空気なんじゃないの?」


「おっと、余計なことを言ったのはこの口か?」


 何を当たり前のことを、とでも言いたげな顔で首を捻る真綾。


 そんな妹の両頬を軽く引っ張ると、彼女は「いひゃいいひゃい」と大して痛くもなさそうに棒読みで言ってくる。


「阿呆なこと言ってないで、さっさとやれ。さっきから全然進んでないぞ」


「お兄ちゃんが急に変なこと言うからじゃん……」


 頬から手を離すと、真綾は不満たらたらにジト目を向けてくる。


 肩を竦めてとぼける智悠に、「はぁ」とため息を一つ、再び数学のテキストに向き直った。


 それから真綾は黙々と問題を解き、わからないところは適宜兄に質問する。


 時折混ざる他愛のないやり取り。


 時刻は深夜の一時過ぎ。


 年頃の女の子の夜更かしは看過しにくいところがあるが、阿呆な妹が自主的に勉強しているのを見ると、ついつい許してあげたくなってしまう。


「……何か、久しぶりだな、この感じ」


 計算式に頭を悩ませる妹の姿を眺めながら、智悠は口の中だけで呟く。


 ハナがやって来てから、兄妹二人だけで過ごす時間はめっきり減った。


 そのことに対して不満などあるはずもないが、それでも日常の変化は見えないところで気持ちの変化を生む。


 いくらハナが我が家に馴染んでいるとは言え、その関係性まで完成しているなんてことはない。


 そう思うと、真綾の不可解なわがままにもどこか納得がいくような気がした。


 仕方ない。


 心優しき兄として、今夜はとことん妹のわがままに付き合うことにしよう。


 と、思っていたのだが——、


「……すぅ……すぅ……」


「……こいつ、速攻で寝やがった」


 再開してからものの数十分で、真綾は限界を迎えた。


 腕を枕にしてテーブルに突っ伏し、安らかな寝息を立てている。


「自分で手伝えって言ったくせに……」


 いっそ引っ叩いて起こしてやろうかと思う心優しき兄だったが、気持ち良さそうに眠る寝顔を見ていたら、そんな気も失せてしまった。


 正直なところ、彼女がおねだりしてきた時から、遅かれ早かれこうなる予感はしていたのだ。


 この阿呆な妹が勉強に対して集中力を発揮することなどありはしない。


「……ちゃんは、私の……」


 半開きになった唇から、何やら寝言が聞こえてくる。


 小さくて全部は聞き取れない。一体どんな夢を見ているのだろうか。


 きっと、ロクな夢じゃないだろう。


「……明日は僕が起こしてやるか」


 呟き、ベッドに敷いてあったタオルケットを掛けてやる。


 それからそっと頭を撫でて、


「……ありがとな、真綾」


 何の気なしに感謝の言葉を残し、智悠は部屋を後にした。






 * * * * *






 自室の扉を開けると、目の前にはハナがいた。


 どういうわけか正座の姿勢で、ベッドの上にちょこんと座っている。


 ハナはドアの方を見つめて、


「もう、真綾さんの方はよろしいのですか?」


 と、気遣わしげな表情で訊いてきた。


 智悠は肩を竦めて、


「ああ、問題ない。今頃はどっぷり夢の中だろうぜ」


 言ってから、何だか睡眠薬を飲ませた奴の台詞みたいだな、なんて世界観錯誤も甚だしいことをふと思った。


 ハナもそれに気づいたのか、はたまた単純に言い回しが面白かったのか、


「ふふっ、そうですか」


 口元に手を当て、クスクスと薄い笑みを漏らす。


 智悠も苦笑いを返し、彼女の座るベッドに腰掛けようとしたところで、ふと思い留まった。


「……」


 しばし黙考。


 それから、智悠はベッドの上ではなく、そのまま彼女の前の床にどかりと腰を下ろした。


 自然、下からハナを見上げる形になる。


「……? どうされました?」


「いや、別に。あんまり眠くないだけ」


 怪訝な顔を向けるハナに、その場で胡座をかきながら答える。


 それは本音だが、それだけが全てではない。


 言葉では言い表せない、思春期の男の子なりの葛藤や苦悩。


 出会ってからもう一ヶ月弱も経っているのに、未だに同じベッドに入るのは躊躇してしまう。


 多分これからも慣れることはなさそうだ。


「そんなことよりも、正座なんかしてどうしたんだ? ベッドの上とはいえ、足が痺れるだろ」


「ああ、これですか。特に何があるわけではありません。ただ、頑張った人を労う時にはそれにふさわしくあるべきかと思いまして」


「頑張った人? 労う?」


 意味がわからずに疑問符を浮かべる。


 ハナは「はい」と一言呟き、次いでぺこりと唐突に頭を下げた。


 手はついていないのに、それは見事なまでに整った座礼だった。


「——小日向こひなた智悠さん。改めて、お疲れ様でした。そしておめでとうございます」


「え……?」


「水卜唯乃莉さんに、桜井紗織さん。友情に悩める彼女たちを助けた手際、お見事でした。今回の一件で、あなたは完全なる蘇生に一歩近づいたことでしょう」


 そう言って、真白ましろハナは——女神ハナ=エンジェライトは、慈母のごとく朗らかに笑んだ。


「——」


 思わず息を呑む。


 窓から射し込む淡い月明かりが、薄暗い室内に彼女の姿を映し出した。


 月光に反射して煌めく金髪、透き通るような浅葱の瞳、筋の通った鼻梁。


 ぴんと伸びた背筋に極上の微笑み。


 目に映る彼女の全てが、いっそ神秘的と表現してもいいくらいに、美しかった。


 とても直視していられなくて、ふいっと目を逸らしてしまう。


 それからぽりぽりと頭を搔き、


「いや、そんな大袈裟なもんじゃあ……。それに、あれが人助けかって言われると、正直微妙だ」


「というと?」


 首を傾げるハナに、智悠は部屋の隅を見つめたまま答える。


「結局、僕はあの場にいただけだから。あの二人が二人で和解しただけで、僕が何かをしたってわけじゃない」


 真綾に言ったことと似たような台詞を口にする。


 突き詰めてしまえば、今回の件は唯乃莉と紗織が勝手に仲違いして、勝手に仲直りしたに過ぎない。


 言い方は悪いけれど、それが事実だ。


 智悠は二人の仲を取り持ったわけでも、ましてや手と手を握り合わせたわけでもない。


 果たして、それを人助けなんて呼べるだろうか。


 しかしハナは首を横に振る。


「でも、その場を誂えたのはあなたでしょう? あなたがあの二人の問題を探り当てて、あのような状況を作り上げなかったら、二人はこうしている今もすれ違ったままだったと思いますが」


「そんなのたまたまさ。偶然に偶然が重なっただけ。偶然ヒントになる情報があって、偶然閃きがあって、持ってる手札の中で取れる策があれしかなかっただけだ」


 それに、その策とやらも半ば騙し討ちみたいなやり方だった。


 こうして言葉にすればするほど、自分が彼女たちにとって助けとなったのか否か、わからなくなる。


 紗織の前であれだけ大見得を切っておきながら、何を今更な話だが。


 腕を組んで唸る智悠を見下ろして、ハナは深々とため息を吐いた。


「何というか……。薄々気づいていましたけれど、智悠さんって結構面倒な性格してますよね」


「いや、面倒って」


「変に理屈っぽいって言うか、頭でっかちって言うか、融通が利かないって言うか……」


「ちょっと? 言い過ぎじゃない?」


「……もう、しょうがないですね」


 すると、ハナは「よいしょ」とベッドから立ち上がった。


 そして智悠の眼前にしゃがみ込む。


 もはや見慣れてしまったぶかぶかのパジャマから、ちらりと艶かしい鎖骨が覗く。


「え、ちょっ……」


 動揺する智悠に構わず、ハナは柔らかく微笑んで、言った。


「——汝、自らの行いに悩める者よ。慈愛の女神ハナ=エンジェライトの名において、ここに宣言します。——あなたの行いは間違いなく、彼女たちを救ったのだと」


「——」


 それはまるで、フィクションの世界の女神様のような。


 深い慈愛のこもった優しげな声で、ニコリと笑うハナ。


 その花の咲くような笑顔に——不覚にも。


 見惚れてしまった。


「さあさあ、他でもない女神のお墨付きです。これでもまだご不満ですか?」


 一転してニヤニヤと楽しげに言いながら、ハナは徐々に顔を近づけてくる。


 それが無性に照れ臭くて、思わず顔を仰け反らせた。


 それから出てきた言葉は、まったく可愛げのない皮肉で。


「……まだ見習いじゃなかったっけ?」


「そ、それは今言わなくてもいいじゃないですか!」


 頬を膨らませ、「まったくもう」とぷりぷりし出す女神見習い。


 そのいじらしい様子に一気に毒気を抜かれ、数秒前のあれは幻覚だったのだな、と自分を納得させた。


 それと、もう一つ。


「……まあ、でも、何だ。女神様にそう言われちゃあ、しょうがないか」


 頷き、納得する。


 全てが綺麗に片付いたわけではないけれど——とりあえずは、そういうことにしておこう。


 智悠の呟きを聞いたハナは、


「……もう大丈夫みたいですね。では、本題に入りましょうか」


 そう言って、再びベッドに腰掛けた。


 スプリングが音を立てて跳ねる。


「え? 本題って?」


「それはもちろん、水卜さんと桜井さんのことです」


 そこでハナは人差し指を一本立てた。


「私、ずっと気になっていたんです。どうして桜井さんは、わざわざ水卜さんのちゅーにびょうを治して欲しいなんて依頼をしてきたのでしょう?」


「……それはまた、随分今更な話だな」


 本題と言われて身構えたが、正直拍子抜けだった。


 けれどハナにとっては重要な疑問のようで、立てた指に力がこもる。


「だって、水卜さんと仲直りがしたかったのなら、最初からそう言えば良かったじゃないですか。それなのに何でわざわざあんな回りくどいことを……。きっと、何か理由があるはずです。智悠さん、考えてください」


「僕が考えるのか……」


 若干の投げやり感は目に余るが、きっと考えてもわからなかった問いなのだろう。


 だったら、少しばかり知恵を貸すに吝かではない。


 智悠は考えた。


「そうだな……。桜井に直接聞いたわけじゃないから、これはただの推測だけれど」


「何か思いついたのですか?」


 嬉々として訊いてくる好奇心旺盛な女神。


 智悠は一度咳払いし、話し始めた。


「やっぱり、一番は立場的な難しさじゃないか。仲直りはしたいけれど、クラスでの立ち位置を考えると、どうしても桜井の方から歩み寄るわけにはいかなかった。あの二人の目があるからな」


「あの二人?」


「あのギャルたちだよ。名前は確か……えっと……カコとマナだっけ」


 何かが違う気がする。


 だけれど、どこが違うのかわからない。


 大した問題ではないだろうと切り捨て、智悠は続けた。


「水卜をネタにするあの二人組がいる以上、桜井は面と向かって和解なんてできなかったはず。負い目だってあるだろうしな。でも、また友達に戻りたいって気持ちに嘘偽りはない。歩み寄りたいけど歩み寄れない、言わば高葛藤状態だ。……さて。この場合、桜井はどうすると思う?」


 自分ばかり一方的に喋るのも何なので、クイズ形式にしてハナに問いかけた。


 ハナは腕を組んで唸っていたが、やがて降参とばかりに肩を落とした。


「……すいません。私では見当もつきません」


 申し訳なさそうにこぼすが、常外の存在に人間の心理を理解しろと言うのも酷な話だろう。


 気にするなと声をかけ、智悠は説明を再開する。


「仲直りしたいけど立場的にできない。ならその立場を取っ払えばいいなんて考えもあるだろうけれど、当時のあいつからしたら、それはそう簡単にできることじゃない。……なら、あいつがとれる方法は一つだ」


 そこで一度言葉を切り、智悠は言った。


「そもそもその立場を作った大本を断てばいいんだよ」


 至極簡単な話。


 そもそも唯乃莉があのギャルたちの標的になったのは、唯乃莉のわけのわからない中二病じみた態度のせいだ。


 で、あるならば。


 その病さえ克服してしまえば——中二病さえ治してしまえば、二人が彼女を攻撃する理由も口実もなくなる。


 水卜唯乃莉が、どこにでもいる普通の女子高生になる。


 そして——、


「……そうすれば、桜井も気兼ねなく水卜とまた友達になれる」


 もちろんこれはただの推測だ。


 断片を繋ぎ合わせて無理やり論理に落とし込んだだけの、推理とも言えない戯言。


 現実はそうトントン拍子にはいかないだろう。


 それに何よりも、人には感情がある。


 どうしようもないほどに追い詰められて強硬手段に出たのかもしれないし、あの頃の彼女の姿を取り戻したかったのかもしれない。


 本当のところは桜井紗織にしかわからない。


 いや、もしかすると紗織自身にすらわからないのかもしれない。


「……人って不思議ですね」


 智悠の推論を聞き終わった後、ハナがしみじみとした様子で嘆息した。


 その言葉には同意せざるを得ない。


「確かに、側から見たら意味不明だよな。さっさと仲直りすればいいのに」


「ああ、私が言ったのはそのことではなくて……いえ、そのことでもあるんですけれど……」


「ん? どういうことだ?」


「……何でもありません」


 怪訝な顔をする智悠に、ハナはゆるゆると首を振った。


 何か含みがある言い方だったが、本人に教えるつもりはなさそうだ。


 ハナは咳払いを挟み、話題を切り替えた。


「でも、そうなると桜井さんが心配ですね」


「心配? 何で?」


「だって、桜井さんはこれまで、あの派手なお二人の目があるから仲直りできなかったのでしょう? それなのにこうして仲直りしてしまったら、その、桜井さんの立場が……」


「ああ、それについては問題ない」


 断言した智悠に、ハナが瞳を丸くする。


「え、どうしてですか?」


「本人が言ってたからだよ。もっとも、言ってたのは桜井じゃなくて水卜の方だけれど」


 聞いても理解が難しかったらしく、頭の上に疑問符を踊らせるハナ。


 彼女の不安を払拭するために、智悠は今日あった出来事を話すことにした。






 * * * * *






「——まあ一言でまとめると、『ブームが去った』ってことだろうね」


 水卜唯乃莉は、あっけらかんとそう言った。


 時は遡り、六月九日の火曜日——桜井紗織からの依頼を達成した翌日、その放課後のことである。


 部室のある特別棟へ向かおうと智悠が教室を出たところで、ちょうど隣のクラスから出てきた唯乃莉とばったり出くわした。


 軽い挨拶を交わした後、折角だからと途中までご一緒することに。


 並んで階段を降りる途中、何の気なしにその後の紗織の様子を訊くと、冒頭の返事が返ってきた。


「ブームが去ったって?」


「そのままの意味だよ。今日、紗織がそれとなくさりげなく、あの二人にボクと知り合いだって話をしたらしい」


 唯乃莉はいたって平坦な調子で続ける。


「そしたらあの二人、何て言ったと思う?」


「何て言ったんだ?」


「考える気ゼロだね……まあいいや。ただ一言、『ふーん、そうなんだ』だってさ。それから数秒後には駅前にできた新しいスイーツ店の話をし出したらしい」


「……」


 JK、恐るべし。


 彼女たちの興味の移り変わりの早さに恐れ慄く智悠だった。


「……てことは何か? 結局は全部桜井の思い過ごしだったってオチか?」


 紗織と唯乃莉が知り合いだろうがそうでなかろうが、あのギャルたちにとってはどうでも良かったということだろうか。


 だったら骨折り損のくたびれ儲けどころの話ではないが。


 唯乃莉は腕を組んで渋面を作った。


「うーん、それはどうだろうね。タイミングの問題でもあるだろうし、一概にそうとは言えないんじゃないかな。でもまあ、一つ確実に言えるのは、あの子たちにとって、今のボクは最早何の価値もないただのクラスメートに成り下がった——成り上がったってことだ」


「……何というか、釈然としないな」


「そんなものだよ、現実なんて。往々にして釈然としない」


 唯乃莉は苦笑する。智悠もつられて苦笑した。


 いやはや、まったくもってその通りである。


「そういや、こうして丸く収まった今、そのキャラをやめるつもりはないのか?」


 何の気なしに尋ねた。


 口にしてから、ひょっとしたらキレられるかもしれないと危惧したが、唯乃莉は別段気分を害した様子もなく、ゆるゆると首を振った。


「ないよ。確かにもう必要のないものかもしれないけれど、ボクは割と今のボクを気に入っているんだ。それに」


 すると中二病少女はニヤリと笑い。


「これはキャラではない。ボクだ。ボク自身だ」


 ボクらしさではない。ボクなんだ。


「……さいですか」


 そんなカッコいいことを言われてしまっては、そう返さざるを得ない。


 元より強制するつもりなどないのだから。


 それからは例によって他愛のないやり取りを交わし、二人は昇降口へと辿り着いた。


「じゃあ、ボクはここで」


「部室、寄ってくか? ほら、ハナと雪菜ゆきな先輩への事後報告とか色々あるし」


 それとはなしに提案したが、唯乃莉からの返答はノーだった。


「いや、今日は帰るよ。これから紗織と映画を観に行く約束をしてるんだ」


「昨日の今日でか。行動が早いやっちゃな」


「昨日の夜に誘われたんだよ。何でも、ボクが好きそうな『シリーズ史上最恐』のホラー映画がやっているらしくてね」


「史上最恐……」


 彼女の発した謳い文句に妙な引っかかりを覚え——やがて思い出したように背筋に悪寒が走った。


 この身体の芯からゾクゾクするような悪寒は、身に覚えがある。


「……なあ。もしかしてその映画って……」


「それを言うのは野暮ってものさ、小日向君」


 智悠の無粋な言葉を遮り、唯乃莉は片方だけ覗く赤目を瞑る。


 それだけで、智悠は悟った——彼女たちは疑いようもなく、親友なのだと。


 上履きを履き替えた唯乃莉が振り返り、二人は向かい合った。


「じゃあね。またどこかで会えたら会おう」


「隣のクラスだけどな」


「それもそうか」


 とはいえ、依頼が達成された今、彼女とこうして話す機会は少なくなるだろう。


 なので最後に、智悠は餞別代わりにこんな言葉を送ることにした。


 仮とはいえ——人生初デートの相手に、こんな言葉を。


「なあ、水卜」


「何だい、小日向君」


「僕の好感度はどれくらいだ?」


 それはいつだったか、他でもない彼女にしたのと同じ質問。


 虚を突かれた唯乃莉はしばらくキョトンとしていたが、やがてあの時と同じように、顎に手を当てて考え込んだ。


 そして——数秒後。


 彼女は言った。


「三点だよ」


 もっとも。



「——何点満点かは、秘密だけどね」



 そうして、患い少女は——やはり不敵に笑んだのだった。

お読みいただきありがとうございました。

これにて第3章『患い少女は祈らない』は完結となります。

次回からは第4章が始まります。新キャラも登場する予定なので、これからも読んでくださる方はお楽しみに!

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