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二度目の人生はロリ女神とともに  作者: 楽観的な落花生
第3章 患い少女は祈らない
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第28話 『ねじれの位置』


 ハートキャッチ・アンド・メタモルフォーゼ作戦がものの見事に失敗に終わった、翌々日。


 六月八日。月曜日。


 二日ぶりの登校日である。


 人生初となる女の子とのデート(仮)が何とも後味の悪い結果に終わろうと、そんなことは世間には何の関係もなく。


 尖った不良でもない一般生徒は、今日も変わらず学校へ行かなければならない。


 そんな戯言を頭の片隅で思いながら、智悠ちひろは二年B組の教室で、こっくりこっくりと船を漕いでいた。


 瞼がやけに重い。開けていられる気がしない。


 今日は、今朝からずっとこんな調子である。


 ホームルームでは担任教師のありがたいお言葉を聞き流し、その後の授業もひたすらに居眠りのための時間。


 一応ノートを広げてはいるけれど、そのページが文字で埋まることはなく、先生が奏でる無機質なBGMだけが右から左に流れていく。


 とは言え、これは退屈な一週間の始まりだからやる気が出ない、なんて今更な理由ではなく。


 単純な話、ここ二日間、まともに寝ていないのだ。


 ただでさえ同居人ならぬ同居神・真白ましろハナのロリおっぱいの暴力で日頃から寝不足気味なのに、この土日は輪をかけて眠れていない。


 床に就いても、ふとした瞬間に頭をもたげるのは、無論、水卜みうら唯乃莉いのりのことだ。


 不遜な態度を崩さず、くどい台詞回しを好む喋々しい中二病を患った少女。


 そんな彼女がデート(仮)の最後に見せた、あの表情、あの態度。


 それらが、あの日から脳裏にこびりついて離れない。


 おそらくだけれど、今回の依頼、単純に唯乃莉の中二病云々だけが問題ではない。


 それだけでは、何かが足りないのだ。


 何かもっと大事なことを見逃している気がする。


 だが、いくら頭を回しても、一向にその答えが導き出せない。


 その解が得られない言い知れぬ気持ち悪さが、この二日間もの夜、智悠の脳から睡魔を追い払っていた。


「——はい。じゃあ今日はここまで。次回までにしっかり復習しておくように」


 四時限目。


 数学担当の教師がそう言うと、程なくして授業終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。


 その音で、手放しかけていた意識が、半ば無理やりに引き戻される。


 先生が教室から出ていくと、クラス内には一気に弛緩した空気が流れ始めた。


「もう、昼休みか……」


 結局何一つとして授業の内容を理解しないまま、気がつけば昼休みになってしまった。


 周りでは仲の良い連中同士で机をくっつけたり、財布を握り締めて購買へと飛び出して行ったりと、それぞれがそれぞれの昼食の準備を始める。


 その様子を後ろから眺めつつ、智悠も真綾まあやお手製の弁当を広げ、いつも通りのぼっち飯と洒落込もうと————、


「……っと、忘れるところだった」


 する直前で、ぴたりと動きを止める。


 そうだ、こんなことをしている場合ではない。

 今日この時間、智悠にはやるべきことがあるのだ。


「……よし」


 広げていた弁当を再び仕舞い、眠気覚ましに頬を叩いて立ち上がる。


 そして足早に教室を出て行こうとしたところで、


「智悠さん? どうされたのですか?」


 ふと、横合いから声をかけられた。


 このクラスで智悠に話しかける奴など一人しかいない。


「……ハナ」


 真白ハナが、隣の席で不思議そうに智悠を見つめていた。


「どこかに行かれるのですか?」


「ああ、まあ、ちょっと」


「……もしかして、水卜さん関連ですか?」


 この女神、意外に鋭い。

 とは言え、別に隠すようなことでもないので、


「ああ」


 と手短に肯定の返事を返す。


 それを聞いたハナは、ふむと一度頷くと、


「そうですか。では、私もお供します」


 きっぱりと言って、同じように席を立った。


 あまりに自然な流れの同行宣言に、少々面食らう。


「いや、別にハナまで来ることはないぞ。構わずに弁当食べてて大丈夫だ」


 ハナの分の弁当も、ちゃんと真綾が作ってある。


 朝から三人分の弁当を一気に作る妹には感謝しかないが、その気持ちは家に帰ってから伝えるとして。


 転入当初から着々と友達の輪を広げつつあるハナは、昼休みはとりわけ仲の良いクラスの女子グループとランチタイムを謳歌している。


 今日も今日とて同じ面子が集まってくるはずなので、それをこちらの都合で邪魔するのは忍びない。


 そう思って断ったのだが、ハナはゆるゆると首を振った。


 それから優しい微笑みを浮かべると、


「そうはいきません。あなたが誰かのために動くのなら、私にはそれを見届ける義務があります。呑気にお弁当を食べている場合ではありません」


「いや、別にそんな大層なことじゃあ……」


「ありません」


「……わかったよ」


 にこやかに毅然と言われては、そう答えるしかない。


 仕方なく、ハナを連れて教室を後にする。


「それで、どこに行くんですか?」


「すぐ隣」


「なるほど、隣ですね……え? 隣?」


 ハナの素っ頓狂な声とともに、ものの数秒で目的地に到着。


 二人がやって来たのは、二年B組のすぐ隣、C組の教室である。


 二年C組。

 唯乃莉と紗織さおり、そして、本屋で出会ったあのギャルたちが所属するクラス。


「どうして急にC組の教室に……?」


 ハナは目的がわからないようで、訝しげな視線を向けてくる。


「一昨日、ハナも、僕たちが本屋で派手めな女子に絡まれてたところ、見てたんだろ?」


「それは、まあ、はい。見てましたけれど」


「あれを見て、どう思った?」


「……あまり、見ていて心地の良い光景とは思えませんでした」


 それは『慈愛』を司る女神らしい、少しばかりの気遣いを含んだ控えめな表現だった。


 とは言え智悠は女神ではないので、直截的な表現をあえて使わせてもらうが。


「だよな。僕も胸糞悪いって思った」


 あのギャル二人組は明らかに、蔑みの目で唯乃莉を見ていた。


 唯乃莉の服装や智悠の存在など、イレギュラーな要因が絡んでいた可能性は否定できない。


 でも、あの時、彼女は確かに言っていた。


 ——『慣れてるものだと思っていたけれど』と。


 確かに言っていたのだ。


 つまるところ、その言葉が意味するのは————、


「水卜さんは、日常的にあのような扱いを受けている……?」


「可能性はある」


 とにかく今は情報が欲しい。


 この鬱然とした気味の悪い思考を前に進めるための、ヒントとなる情報が。


「何にせよ、実際に見て色々と確かめる必要があるってわけだ」


「……なるほど。わかりました」


 智悠の説明を聞き、ハナは納得した様子で頷いてくれた。


 意思の疎通が為されたところで、二人揃って教室後方のドアからC組を覗き込む。


 昼休み。


 それは、高校で過ごす一日の中で、一番如実にクラス内の人間関係が表れる時間。


 机を合わせて談笑する者、スマホを弄る者、普段の智悠と同じくぼっち飯に興じる者。


 思い思いの休み時間を過ごす生徒たちの中に、目的の人物の姿を探して————、


「…………は?」


 そこに広がっていた、目を疑う光景に。


 教室を行き来する生徒の不審げな視線も顧みず、智悠は間の抜けた声を漏らした。




 * * * * *




 ——スマホのホーム画面のデジタル時計には、十六時三十分と表示されていた。


 どこかから聴こえてくる吹奏楽団の重層な音色、運動部の荒々しい掛け声、どこかの教室から響いてくる談笑。


 日中、全生徒入り乱れての喧騒とは少し違う、放課後独特の賑やかさが学校にはある。


 そんな放課後の音楽とは隔離された特別棟の四階、その片隅。


 もはやお馴染みとなった有志部の部室で、智悠は一人、とある人物を待ち続けていた。


 六月に入り、日も長くなっている。

 この時間では、窓から見える空の色も、昼時とあまり変わらない。


 暇潰しがてら、窓からグラウンドを見下ろした。

 サッカー部がシュート練習をしている。

 キャプテンと思しき三年生が、特大ホームランを放った。

 ゴールを大きく外れ、明後日の方向に飛んでいくボール。

 それを見て、部員たちが揃って爆笑している。


 皆、顧問がいないひと時を楽しんでいるようだ。


 しばらくそんなキラキラした光景を無心で眺めていると、コンコンとドアをノックする音がした。


「……どうぞ」


 振り返り、ドアの向こうに呼びかける。


 スマホをポケットに仕舞い込んだと同時、ガラリと音を立てて戸が開かれた。


 現れたのは一人の女子生徒。


 毛先を緩く遊ばせた明るい茶髪に、薄らと施された化粧。


 着崩したブラウスに短いスカートは、まさに『JK』を体現したような、垢抜けた印象を抱かせる。


 ——今回の依頼人、桜井さくらい紗織が、ドアの前に立っていた。


 紗織は部室に足を踏み入れると、開口一番、


「急に呼び出して、何?」


 やや不満げに言いながら、持っていたスマホの画面を見せてきた。


 そこに表示されているのは、LINEのトーク画面。


 ただし、その相手は『水卜唯乃莉』ではなく、『小日向こひなた智悠』である。


 白い吹き出しに、『水卜のことで大事な話があるから、放課後部室に来てくれ』と書かれている。


 間違いなく、智悠が送ったメッセージだ。


「何であんたが私の連絡先知ってんの?」


「一昨日、水卜と交換した時に、ついでに教えてもらった……、いや、教えられた」


 一応、映画を観た後に流れで交換していたのだ。


「あの馬鹿……」


 忌々しそうに愚痴る紗織。


 智悠としても驚きだ。

 家族と雪菜ゆきなの連絡先しかなかった『友だち』欄に、まさかこの短期間で二人の女子の連絡先が追加されるなんて。


「……はぁ、まあいいや。で、大事な話って何? というかあの二人は?」


 後でブロックすれば良いとでも思ったのだろうか、紗織は諦めたようにそう言って、切れ長な瞳をこちらに向けてきた。


「ハナと雪菜先輩なら、頼んで先に帰ってもらった。今、ここには僕しかいない」


 事情を説明すると、雪菜は「あなたに任せるわ」と快諾してくれた。


 ハナの方は「私には使命が……」と渋っていたけれど、説得の末に何とか帰宅してもらえた。


 あの二人にここにいてもらうわけにはいかない。

 多分、これは智悠が一人でやるべきことだろうから。


 紗織はつまらなさそうに毛先を指に巻きつけながら、


「ふーん……、じゃあ、話って何? もしかして、あの子を治す方法でも思いついたの? デート作戦、駄目だったもんね」


 最後の発言には、チクリと刺すような、微量の棘が含まれているような気がした。


 あれを考案したのは雪菜だったはずだが。


「……いや。期待を裏切るようで悪いが、有効的な方法は思いついてない。と言うか……」


 そこで智悠は一拍置くと。


「——多分、あいつのアレは治せない」


「……はあ?」


 試合放棄とも取れる智悠の唐突な発言に、紗織が目を剥いた。


 それから睨むように眉を寄せて、


「ちょっと待ってよ。何それ?」


「あいつのアレは筋金入りだよ。外部からちょっと介入しただけじゃあ、治しようがない。そもそも中二病自体、自然治癒するのが一般的だ。ほっとけばその内治る」


「勝手なこと言わないでよ。あんたたち、生徒の悩みを解決してくれるんじゃないの?」


「そうだけど、だからって別に僕たちは何でも屋ってわけじゃない。出来ないことだってある」


「な……、あ、あんたがやってくれるって言ったんじゃん! だから私は信用して」


「それについては本当に申し訳ないと思ってる。だけど……」


 そこで一度、言葉を区切ると。

 

「桜井、一つ訊きたい。——お前さ、何でそんなに水卜の中二病を治したいんだ?」


「……は?」


 紗織は間の抜けた声を漏らした。

 その表情は、何を言われたのかわからないとでも言いたげだ。


 それもそのはず。智悠の質問はあまりにも今更で、これまでの文脈を盛大に外している。


 でも、構わない。

 他でもない彼女が、それを知らないはずがないのだから。


「お前が依頼を持ち込んだ時から、どこかでずっと引っかかっていたんだ。何でこいつは、こうまでして水卜の中二病を治したいんだろうって」


「何でって……、それは、あの子が病気だから……」


「それはあいつの都合であって、お前には関係ないことだろ」


 二人が部室にやって来てからこっち、頭の片隅に蟠っていた、得体の知れない違和感の正体。


 ——桜井紗織の願い事には、肝心な『動機』が抜けていた。抜け落ちていた。


「水卜がああなったのは、高校からなんだよな?」


「そう、だけど……」


 紗織は声を震わせながら答える。


 彼女自身が言っていたことだ。


 小学生、中学生の時の水卜唯乃莉は、どちらかと言うと大人しめの子どもだったと。


「多分、僕は無意識に納得していたんだ。高校に入って変わってしまった、小学生来の仲の良い同級生に、元に戻って欲しい。そう思うのは自然なことだって、勝手に動機をこじつけていた」


 それはおそらく、篠宮しのみや雪菜も、真白ハナも。


 唯乃莉の中二病にばかり気を取られて、それを暗黙の前提としてしまっていた。


 彼女たちの会話の節々から感じる印象だけで、二人の関係性を勝手に曲解していた。


「そして、この依頼は正当なものだって思い込んでいた」


「……」


 紗織は何も言わない。

 黙って、智悠の話を聞いている。


「でも、それだとおかしい。おかしいんだ。辻褄が合わない。だって——」


 だって。


「桜井————お前は、あのギャルたちと同じグループなんだろ?」


「——ッ」


 ゴクリと。


 二人しかいないこの教室で、この距離で、紗織の息を飲む音が聴こえた気がした。


 今日の昼休み。


 ハナと二人で覗き見た、C組の光景————C組の内情。


 水卜唯乃莉は一人で昼飯を食べていた。

 廊下側前方の自分の席で、一人。

 それ自体は何の問題もない。智悠も常日頃からやっていることだ。


 だがしかし、そんな中で。


 唯乃莉の席とは対角線上、窓側後方の席。


 ——そこで、本屋で唯乃莉にちょっかいをかけてきたギャル二人組と紗織が、一緒に弁当を広げていたのだ。


 あの目をして。あの笑い声を上げ。


 華やかな雰囲気を周囲に撒き散らし、自分たちだけの世界を作っていた。


「まさかお前があいつらとつるんでるなんて、予想してなかった。水卜を馬鹿にしていた、あいつらと」


「……」


「今日も盛り上がってたな。『一昨日、駅で冴えない彼氏連れてる水卜さんに会ってちょーウケた』とか何とかって。遠くからでも聞こえたよ」


「……」


「お前ら、いつもクラスではあんな風にお互いに距離をとってるのか? それとも僕が見たアレは、今日限りの偶然か?」


 クラス内の人間関係が如実に表れる時間。


 唯乃莉と紗織の間には、確かに見えない壁が存在していた——隔絶と表現してもいいほどに。


 物理的な距離だけではない。

 心理的な距離もまた、側から見てもわかるくらい、遠く、遠く感じられて。


「……」


 紗織は尚も口を閉ざしたままだ。

 だけれど、それで構わない。

 その沈黙が、何よりも答えを雄弁に語っている。


 紗織も、そして唯乃莉もちゃんと言っていたではないか————『あの子は友達じゃない』と。


 頑なに。認めようとしなかった。


 あるいは——認める必要すらなかった。


「僕にはわからないんだよ」


 考えた。思考した。熟考した。


 考えて、考えて、考えたけれど————、


「あいつをああやって嗤うような奴らとクラスで一緒にいるお前が、どうしてあんなことを僕たちに頼んできたのか、僕にはさっぱりわからない」


 わからない。わからないことだらけだ。


 小学校からの同級生。

 高校でのクラスメート。


 水卜唯乃莉と桜井紗織。


 この二人の歪な関係が、その背後にある物語が。


 おそらく、全ての答えはそこにある。


「……もう一度訊くぞ、桜井。お前は、何で水卜の中二病を治したいんだ? あいつの問題を解決したいんだ? ————お前の本当の願いは、何だ?」


 夕方の部室に、静寂が訪れる。


 時計が秒針を刻む音だけが、耳鳴りのように響いてくる。


 一秒、二秒、三秒。


 果たして、どれくらいの時間が経っただろうか。


 待ち望んだ桜井紗織の第一声は、おもむろに吐いた深いため息だった。


「はぁ……、もう、仕方ないか」


 そして、まるで全てを諦めたような表情で、唇を震わせる。


「ねぇ。……あ、えっと……こ……こ……」


「小日向」


「そう、小日向」


「まだ覚えてないのかよ」


「仕方ないでしょ。あんたが覚えにくい奴なのが悪いのよ」


「否定はしない」


「で、小日向。その質問に答える前に、ちょっとだけあんたに聞いてもらいたい話があるんだけど、いい?」


「……何の話だよ?」


 彼女は薄く、儚い微笑を浮かべて。


「昔の話。私と————そして、あの子の」


 こうして、語られる。

 彼女たちの物語が。

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