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二度目の人生はロリ女神とともに  作者: 楽観的な落花生
第3章 患い少女は祈らない
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第22話 『する者とされる者』


 智悠ちひろ唯乃莉いのりが天下分け目のランデブーへと繰り出した直後。


 二人が待ち合わせた時計台———そのちょうど裏側に、三人の女子高生の姿があった。


「……行ったわね」


「……行きましたね」


 時計台の裏から二人の様子を覗き見、そう頷き合うのは、篠宮しのみや雪菜ゆきな桜井さくらい紗織さおり


 そして————、


「すいません、遅れましたー!」


 金色の髪をたなびかせ、手を振り振り向かってくるのは、真白ましろハナだ。


「真白さん、しぃー。二人に気づかれてしまうわ」


 大声で謝罪の言葉を口にするハナの唇に、雪菜が人差し指を押し当てる。


「あっ、すいません。……それで、二人は?」


「ついさっき行ったところ」


 視線を智悠と唯乃莉の二人に固定したまま、紗織が手短に状況を説明する。


 ハナも二人の姿を捉えると、先に来た雪菜と紗織に倣って時計台の裏に身を隠した。


 ———何故、花の女子高生たちがこんなストーカーめいた真似をしているのか。


「……それにしても、何で私たちがデートの尾行なんか……」


 コソコソと物陰に隠れる自分たちの姿を見て、紗織が首を傾げる。


「だって、いくら男子が智悠君しかいないとはいえ、全部を彼一人に任せるわけにはいかないもの。せめてこの作戦が上手くいくよう、私たちが見届けないと」


 一応、発案者は私だしね、と雪菜。


「だからって、わざわざ跡をつける必要あります?」


「そうは言いつつ、あなたも気になっているのでしょう? お友達がどんなデートをするのか」


「私と唯乃莉は友達じゃないです」


「あなたも強情ね……」


 頑として唯乃莉との仲を認めない紗織に、雪菜は苦笑を漏らす。


 そのやり取りを眺めていたハナが、


「でも、何だかイケないことをしているみたいで、ワクワクしますね」


「真白さん、これは遊びではないのよ。れっきとした部活動の一環なの」


「それを言うなら、私別に部員じゃないんですが……」


 おずおずと手を挙げた紗織の抗議は、ものの見事にスルーされた。


 二人とも、遠ざかる智悠と唯乃莉の後ろ姿に夢中である。


「……うーん」


 釈然としないが、作戦に乗っかって唯乃莉を呼び出したのは紗織だ。


 ならば、これくらいの時間の浪費は甘んじて受け入れるしかないだろう。


 それに———さっきは咄嗟に否定したけれど、あの子があの男とどんなデートをするのか、全く気にならないと言えば嘘になる。


「さて、二人を見失うといけないし、そろそろ私たちも動きましょうか」


 そう言うと、雪菜はバッグから三人分の帽子とサングラス、それからマスクを取り出した。


「篠宮さん、これは?」


「私が用意した変装グッズよ。尾行と言ったらこれでしょう」


「準備がいいですね……」


 紗織が若干引いていた。


 一斉に装着すれば、立派な尾行三姉妹の出来上がり。


 それから、整った顔面を見事に隠し切った女子高生たちは、しゃがみ込んで顔を突き合わせる。


「いい、二人とも? これは極秘のミッション。くれぐれも、智悠君と水卜みうらさんにはバレないようにね」


「……わかりました」


「ラジャー!」


 神妙に頷く紗織に、小声で元気よく敬礼するハナ。


 こうして、智悠のハートキャッチ作戦の裏で、女子高生三人による尾行大作戦がスタートした。




* * * * *




「つけられてるな」


「つけられてるね」


 待ち合わせ場所から本日最初の目的地まで歩く道すがら。


 智悠と唯乃莉は、時計台を離れた時から、背中に突き刺さる熱い視線をビンビンに感じていた。


 人間、自分に向けられる他人の視線には敏感なものである。


「ボクが感じてる視線は全部で三つだ」


「お前凄いな。ハンターかよ。僕も気配は感じるけれど、流石に数まではわからんぞ」


「なぁに、些細な日常の一コマだよ」


「お前の日常は誰かにつけられるような日常なのか」


「で、君はどう見る?」


「……まあ十中八九、雪菜先輩たちだろうな。いかにもあの人の興味をそそりそうな状況だし」


 私生活が気になる唯乃莉からの端的な問いに、確信を持ってそう答える。


 智悠が持つ印象として、篠宮雪菜は、自分が面白そうだと思ったものには首を突っ込まずにはいられない人間だ。


 このデート作戦は、そんな彼女が自ら嬉々として提案したもの。


 だとすれば、隠れてコソコソ観察してやろうと考えても不思議ではない。


「なるほどね。ハナについては?」


「ハナは好奇心の塊みたいな奴だから、雪菜先輩に唆されてついてきたんだろうな」


 なにせ、好奇心から大義名分をでっち上げて、人間界にのこのこやって来るような女神だ。


 面白そうなことに目がないところは、あの二人の共通項だと言える。


 とは言え、彼女らの姿を実際に目にしていない以上断言はできない。


 確認すべく、チラと後ろを振り返った。


「……水卜」


「ん?」


「やっぱお前凄いな」


 彼女が言った通り、数十メートル後方、そこに見知った三人の姿を見つけた。


 中二病患者の第六感、なかなかどうして馬鹿にできない。


 予想した通りの三人は、帽子にサングラスにマスクと、いかにも見つけてくれと言わんばかりの不審者のような格好をしている。


「女の子三人があんな格好をしていたら、尾行どころか周りの注目集めまくりだよね」


「そう言うお前も、さっきから注目集めまくりだけどな」


 なにせこの少女、駅前の往来でゴスロリファッションである。


 と、そこで尾行三姉妹は、智悠の視線に気づいたらしく、慌てて建物のかげに引っ込んだ。


 が———身体が隠し切れていない。


 ほとんどは見えなくなったけれど、今日も今日とて絶好調のたわわが、思いっきりはみ出していた。


 頭隠して胸隠さず。


「尾行者は、やっぱりあの三人だったかい?」


「ああ。あの巨乳は間違いなく雪菜先輩だ」


「胸の大きさで女性を判別するなんて、君もなかなか鬼畜な男だね」


 自身の平たい胸に触れつつ、唯乃莉が目を細めた。


 それから、ニヤニヤとからかうように、


「もしかして、君と篠宮先輩はそういう関係なのかな? だとしたら浮気は感心しないけれど」


「ちげぇよ。単純に日常的に見慣れてるってだけだ」


「先輩の胸を見慣れている後輩ってのもどうなんだろうね」


 唯乃莉は呆れ顔でそう言うが、あの巨乳の吸引力を舐めちゃいけない。


 気がつけば視線が吸い寄せられているのだ。


「あの現象には、何かしらの目に見えない不可思議な力が働いているに違いない」


「どう考えても、働いているのは男子高校生の性欲だと思うけど」


「そんなことはさて置くとして」


「さて置くんだ」


「僕はお前の友達の方が意外だったぞ。あのギャルっぽい見た目からして、こんな阿呆なことに付き合うとは思えない」


「ボクと紗織は友達じゃない」


「お前も言うのな、それ……」


 部室で紗織も同じことを言っていたのを思い出す。


 何が彼女たちにそう言わせているのか、今の智悠にはわからない。


「ていうか、そもそも紗織はギャルじゃないよ。一緒にしてはギャルの子たちに失礼だ」


「そっちに失礼なのかよってツッコミはさて置くとして、あいつがギャルじゃないって?」


 どこをどう見ても、あの煌びやかなリア充雰囲気はギャルそのものだと思う。


 だが、智悠なんかと比べれば、明らかに彼女をよく知っているであろう少女はこう続ける。


「ああ———あの子は偽物なんだよ」


 偽物。

 本物ではない、紛い物。


 その言葉を言った時だけ、彼女の表情が真に迫っていたのは、果たして智悠の気のせいだろうか。


 余人が立ち入ることを許さない、隔絶された二人だけの何かがそこにはあった。


 だから、智悠は何も言うことができず。


「……」


「……」


 しばらくの間、お互いに無言の時間が続いた。


 土曜日の駅には、中学生や高校生のグループが多い。


 こうやって喋らないでいると、やれショッピングがどうだのカラオケがどうだの、聞いているだけで胃もたれがするような充実した会話が耳に届く。


 かく言う智悠たちも名目上はデートをしているわけなのだが———、


「……と、デートで思い出した」


「ん? どうしたんだい?」


 思いついたような顔をすると、唯乃莉はキョトンと首を傾けた。


「いや、今更な話なんだけど、お前がこの作戦に付き合ってくれたことが驚きでさ」


「ボクが?」


「ああ。正直、阿呆極まりないだろ、この状況。だって、お前の中二病を矯正するために無理やり僕に惚れさせようとしてるんだぜ? 構図としては無茶苦茶だ」


「それを、他でもない君が言うのか」


「いやまあ、僕らとしては願ったり叶ったりなんだけれど、どうも事が上手く運びすぎている気がしてな……」


 智悠は続ける。


「それに、僕とお前、一週間前に知り合ったばっかじゃん。だから、今日会ったら、どうして乗ってくれたのか訊こうと思ってたんだ」


「なるほどね。君の疑問ももっともだ。でも、その問いに対しては、ボクはすぐに答えを返すことができるよ」


「と言うと?」


「なぁに、簡単な話さ。ボクは君に言ったはずだよ———その勝負、受けて立つと」


「……ああ、そういうことか」


 その言葉だけで納得がいった。


 彼女にとっては、今のこの状況も勝負の一環なのだ。


 察しのいい彼女は、こちらの意図を見透かした上で、そんな稚拙な思惑には屈しないと、そう告げている。


「紗織から連絡をもらった地点で、君たちの狙いはおおよそ見当がついたからね。だから敢えて素直に君とデートした上で、あの子の依頼がいかに無謀かわからせてやるんだ」


「大分歪んでんなあ、お前ら……」


 昔馴染みの闇に恐れ慄きつつも、唯乃莉の腹積もりはこれで理解できた。


 そして、やはりこの依頼が一筋縄ではいきそうにないことも。


「まあ、いきなり紗織から『あのー、えーっと……こ……こ…………有志部にいたあの男子とデートして』って連絡がきた時は、流石のボクも驚いたけれど」


「ちょっと待て。桜井の奴、僕の名前覚えてないのかよ。本当だとしたらちょっとショックだぞ」


「ああ、いや、確か『篠宮先輩の胸を見てダラダラ涎垂らしてるあの男子とデートして』だったような」


「それは嘘だ。二つの意味で嘘だ」


 涎なんか垂らしていないし、流石に紗織もそこまでの文面は送るまい。


「胸を見ていることは否定しないんだね。男らしいよ、二つの意味で」


 心底馬鹿にし腐った目を向けられた。


 彼女を惚れさせるどころか、さっきから好感度がだだ下がりしている気配を感じる。


 これはまずい。


「む、胸の大きさで女性の価値は決まらないと思うぞ、うん」


「……いや、別にそんなフォローを期待していたわけではないんだけど」


「え、そうなのか? てっきり……」


 チラと唯乃莉の胸元に目を向ける。

 フリルが豪奢にあしらわれた、されど膨らみの寂しい胸へと。


「……君は本当にボクを惚れさせる気があるのかな?」


「い、一応あるつもりではある」


「……やれやれ。これはボクの勝ち確かな」


 彼女の中では既に勝敗が決まったようだった。


 勝利を確信した余裕からか、唯乃莉は一転して上機嫌に歩き始め、


「何にせよ、君も頑張っておくれよ。あんまり張り合いがないと、勝った気がしないからね」


「……まあ、善処するさ。正々堂々と、な」


「あまりボクをチョロい女だと思わないことだね。ボクを好きなのはボクだけだ」


「随分と自己愛の強いキセキの世代だなぁ……」


 そんなことを言われたら形無しだ。


 と、こんな感じで。


 好き合っていない二人の男女は、隙が多い三人の尾行者を引き連れて、思惑絡まるデートを遂行するのだった。

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