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二度目の人生はロリ女神とともに  作者: 楽観的な落花生
第3章 患い少女は祈らない
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第19話 『ねがいごと』


唯乃莉いのりの病気を治して欲しいんです」


 それが、待ち望んだ一人目の相談者、桜井さくらい紗織さおりが告げたお願いの内容だった。


 病気を治して欲しい。


 ここだけを切り取るなら、何だかまるで病院を訪れた患者の台詞のようだ。


 側で二人のやり取りを眺めていた智悠ちひろは、反射的に「では、まずは心臓の音を聴きますねー」とボケたい衝動に駆られたが、流石に無粋すぎるのでやめた。


 間違っても同年代の女の子にやって良いボケではあるまい。


 案外、心臓が小さい男子高校生である。

 小さすぎて、聴診器でも聴こえないかもしれない。


 ここは病院の診察室ではないし、そもそも有志部の三人は医者ではない。


 なんの変哲もない高校の教室で、どこにでもいる普通の高校生である。


 若干一名、普通の高校生じゃない金髪幼女風の女神が混じっているが、それはご愛嬌。


 と、部長である雪菜ゆきなが応える前に、その普通の高校生じゃないハナが横から口を挟んだ。


「それは、水卜みうらさんの、その、ちゅーにびょうを治すということですか?」


 中二病のイントネーションが可笑しかったが、別段それを笑うこともなく、紗織は神妙な面持ちでこくりと頷いた。


 それは、雪菜が用件を尋ねた際、紗織が「唯乃莉に関すること」と前置きをした時点で半ば予想していた内容ではあった。


 だからこそ、


「ふーん……」


 背もたれに背を預け、虚空を眺めながら智悠は諦観めいた呟きを漏らした。


 木製の椅子がギシっと嫌な音を立てる。


 その音に反応したわけではないのだろうが、紗織がちらと智悠に視線を向けた。


 ここにきて初めて二人の目が合う。


 だが、智悠を見つめる彼女の瞳は、とてもじゃないが友好的と呼べるものではなかった。


 表面上は軽く「何か?」と問うているものの、その眼光からは威圧的な態度が伝わってくる。


 それは、元々の狐目や化粧によるものだけではないだろう。


 智悠はあまりこの手の輩が得意ではない。

 何なら普通に苦手である。


 ———こと、学校という空間には暗にヒエラルキーなるものが存在する。


 スクールカーストと呼びかえても良いが、要はクラス内における階級制度のようなもので、暗黙の上下関係といったところだ。


 生徒たちは自意識や周囲からの圧力によって定められた階級に属し、自らの階級にふさわしい行動を求められ、そして実際そのように振る舞う。


 となれば、より上の存在になりたいと願うのが人情というもの。


 どれだけ上位の階級に属せるかを決定づける要因は多種多様で、主なものと言えば、コミュニケーション能力の高さ、感情表現の豊かさ、ノリの良さなどである。実質一つと言ってはいけない。


 ただし、これらの他に———生まれ持った容姿もまた、求められる要素なのだ。


 容姿。外見。見た目。ルックス。


 言い方は何でも良いが、それらが優れているか否かも、上位階層に入るためには必須の審査項目となっている。


 その点で言えば、桜井紗織の容姿は、間違いなくカースト上位に入れるだけの資質を備えていると言えるだろう。


 顔の可愛さはもちろんのこと、何よりも目を惹くのは、その派手さだ。


 あるいは華やかさと言い換えても良い。


 明るく染められた茶髪は快活な印象を与え、薄いメイクもくどくなく、程良い抜け感がある。


 制服の着崩しも、行きすぎると不快感が生まれてしまうものだけれど、彼女のそれは最小限、しかしながらしっかりとイマドキの女子高生らしさが出ており、良い感じに垢抜けた雰囲気になっていた。


 校則云々は完全に度外視しているものの、自身が持つ魅力を正しく理解し、最大限に引き出すための努力が感じられる。


 智悠にはC組の内情はわからないが、ぱっと見の印象として、おそらく桜井紗織は限りなく上位のグループに所属している女の子だ。


 だからこそ、彼女は智悠とは相容れない。


 特級グループの紗織に対し、智悠のクラスでの立ち位置と言えば、ご存知の通り、あるいはご存知でない通り、空気である。


 いや、人様に酸素と言う名の恩恵をもたらしている空気に比べれば、クラスメートに何も与えてやれない彼は空気よりも軽い存在かもしれない。


 あだ名もつけられず、名前も呼ばれないカースト最底辺、ともすればカーストにも入らない男子高校生にとって、彼女のような存在は言わば天敵だ。


 睨まれたら秒で目を逸らしてしまうくらい天敵である。


 本能に則って、紗織の眼光から逃れるように視線をずらすと、今度はいつの間にか目を開けていた唯乃莉と視線がぶつかった。


「………」


「………」


 無言のまま見つめ合うことしばし。


「………ん?」


 吸い込まれるような隻眼の赤眼を見ていると、不意に違和感が脳裏を過ぎった。


 何だろう、何かが引っかかる。


「………ふう。やれやれ」


 と、違和感の正体を探っている間に、その唯乃莉が沈黙を破った。


 ふるふると首を振り、外国人ばりの大袈裟なジェスチャーで肩を竦めている。


「さっきから黙って聞いていれば、やれ人のことを病気だの治すだのと失礼じゃないのかな。紗織、君はそんなことを頼むために無理やりボクをここに連れて来たのかい?」


 問われた紗織は、先程智悠に向けていたのと同種の視線で唯乃莉を一瞥し、苦々しげに呟いた。


「……ええ、そうよ。この人たちにあんたの馬鹿を治してもらうの」


「馬鹿とは心外だな。心外だし、侵害だな」


「ほら、それのことを言ってるのよ!」


「というか、そもそもボクはそんなこと頼んだ覚えはないんだけれど」


「はぁ? あんた、まさか今のままで良いとか思ってんじゃないでしょうね? あんたのそれは病気よ、病気」


「ボクはボクだろ。それを変えるなんて、たとえ神でも出来はしない。どうしてもって言うから仕方なくついて来たけれど、どうやら無駄足だったみたいだ。それじゃあ有志部の皆さん、お邪魔しました。じゃあね、ハナ。またどこかで会おう」


「え、あ、ちょ、ちょっと」


 急にさようならを言われて戸惑うハナをよそに、唯乃莉は踵を返そうとする。


「ちょっとあんた、何勝手に帰ろうとしてるのよ! まだ話は終わってないでしょ!」


 ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった紗織が、唯乃莉の裾を掴んだ。


「………」


「………」


 一触即発の雰囲気。


 何故に相談に来たはずの二人が、こんな喧嘩一歩手前の言い争いを繰り広げているのだろうか。


「……ああ、今日は紅茶がおいしいなぁ」


「智悠さん、とっくにカップは空ですよ」


「智悠君、現実を見なさい」


 両隣から一斉にツッコまれてしまった。

 普段あれだけふざけている雪菜からの辛辣なツッコミは、割とショックである。


「それに、あなたたち二人もちょっと落ち着きなさい。とりあえず座って」


 険悪な雰囲気を感じ取り、雪菜は冷静な声音で二人に着席を促した。


 この場で唯一の三年生の言葉に、紗織と唯乃莉は不承不承ながらも素直に従った。


「……どうやら、二人の間で意思の疎通はされていなかったみたいね」


 雪菜は浅いため息を吐くと、紗織に視線を向けた。


「一つ、こちらから質問しても良いかしら?」


「……はい。何ですか?」


「あなたたち二人はどういう関係なの?」


 雪菜が発した質問に、智悠は先に感じた違和感の答えを得た。


 そうだ————水卜唯乃莉と桜井紗織。


 二人が部室にやって来てからこっち、智悠にはこの組み合わせがどこかしっくりきていなかったのだ。


 クラスでもトップのグループに属しているであろう見た目ギャルの紗織に対し、唯乃莉は絶賛中二病発症中で、クラスどころか学校中で変人扱いされている存在。


 そんな二人がお互いをファーストネームで呼び合い、経緯はどうあれ一緒に部室を訪れている。


 こんな奇妙な光景があるだろうか。


「気を悪くさせてしまったらごめんなさい。でも、私には二人に接点があるとはどうしても思えなくて」


 同じことを雪菜も感じていたらしく、わからないという風に眉尻を下げた。


 紗織は横目に唯乃莉を見ながら、


「………唯乃莉とは小学校からの同級生で、今は同じクラスなんです」


 ぼそぼそと、まるで内緒話をするかのように口を開いた。


「この子、中学までは割と普通の子………というか、どちらかと言うと大人しめの子だったんですけど、高校に上がった途端に急にこんなんになっちゃって」


「つまり、こいつの中二病は高校デビューってことか。ややこしいな」


 智悠の合いの手に唯乃莉が噛み付く。


「おいおい、高校デビューだなんて失礼なことを言ってくれるな。ボクは恐竜が誕生する前からこうだと言うのに」


「三畳紀から生きてんじゃねえよ。お前何歳だよ」


「あんた、小中ってそんなキャラじゃなかったでしょ」


 智悠と紗織が、期せずして一斉にツッコんだ。


 しかし唯乃莉は意に介さず、どころかニヤリと不遜な笑みを浮かべ、


「これはキャラではない。ボクだ。ボク自身だ」


 まるでそれが当然の事実であるかのように、会心のドヤ顔で言い切った。


 なまじっか顔の造作が可愛いだけに、その得意満面の笑みは余計に腹が立つ。


 本人以外の皆が「駄目だこいつ……」という顔をしたところで、紗織がバッと勢いよく頭を下げた。


「この部活って、生徒の問題を解決してくれるんですよね? だったらお願いします———この子の中二病を治して、元の姿に戻してください」


 願いに込められた痛切な響きに、有志部三人は顔を見合わせた。


 待ちに待った初めての依頼が予想の遥か斜め上を行くもので、当惑しているのがありありと伝わってくる。


 イエスともノーとも返せない三人を見て、唯乃莉がため息をこぼした。


「紗織、だから言っただろう。そんなの無理に決まっていると」


「そ、そんなこと……」


「あるよ。———君は理解しているようだけどね」


 そう言うと、唯乃莉はその赤目に向かいに座る少年を映した。


 この場に少年は一人しかいない。


「………気づいてたか」


 片目に射抜かれ、見抜かれていた居心地の悪さに、智悠は苦々しげに嘆息した。


 その場にいる全員の視線が、智悠一人に集中する。


 困惑、好奇、苛立ち、期待。


 それぞれにそれぞれの感情を宿した女性陣の視線を受け止め、智悠は淡々と告げた。


「……正直、僕は無茶な相談だと思う」


 ———批判を恐れずに言えば、紗織がこの依頼を持ち込んだ時点で、智悠の脳内には『不可能』の文字が浮かんでいた。


 中二病を治療し、水卜唯乃莉を普通の女子高生としてあるべき姿に戻す。


 それはつまるところ、『人一人を変える』ことに他ならない。


 実績もなければ経験すらない、実態も知れない一部活が背負うには重すぎる荷物。


 出来るわけがない。無理に決まっている。


 そう思ったからこそ、智悠はあの時、ため息とも取れる呟きを漏らしたのだ。


 そして、唯乃莉はその諦めを見逃さなかった。


 彼女の言い分はごもっとも。現実的に考えれば、反論の余地はない。


 ハナと雪菜、そして何よりも依頼者である紗織には悪いけれど、ここは「お役に立てず申し訳ございません」とお引き取り願うべきなのだ。


 そして実際そうしただろう———今までの智悠ならば。


「智悠さん……」


 依頼の拒否とも取れる智悠の言葉を聞き、ハナが不安そうな顔をした。


 浅葱色の瞳が儚げに揺れている。


 ———ああ。わかってるさ、ハナ。


 その瞳に込められた想いを感じ取った智悠は、反対側、雪菜へと向き直った。


「………雪菜先輩。この依頼、引き受けても良いですか?」


「………は?」


 突然の智悠の言葉に素っ頓狂な声を上げたのは、問いかけた雪菜ではなく、唯乃莉だった。


 それはそうだろう。


 彼女からしてみれば、味方だと思っていた奴に急に裏切られたようなものだ。


「ちょっと待ってくれ。ボクの記憶が正しければ、君はさっき、ボクの意見に賛成してくれたと思うんだけど」


「あー、まあ、そうだな」


 誰かが誰かを変えるなんて、そんな大それたこと出来るわけがない。


 心の底からそう思う。


「だったら……」


「確かに難しいし、上手くいく保証はない。でも、こっちにもそう易々と突っぱねられない理由があるんでな」


 それは、智悠とハナがこの部活に入った目的。


 長らくぬるいティータイムが続いていたので危うく忘れそうになっていたけれど、智悠はこの身の完全なる蘇生のために、困っている人々を救わねばならないのだ。


 たとえそれが無理難題だとしても。


「理由?」


 もちろんそんな事情など知る由もない唯乃莉は、智悠の意味不明な発言に眉を顰める。


 それに、智悠は盛大に嘯いてみせた。


「ああ。必要な生徒の自己変革こそが、この部活のモットーらしいからな」


 ですよね、雪菜先輩? と、智悠は雪菜に視線を送る。


 有志部の部長は満足げに頷いてくれた。そして、


「智悠君。さっきの質問、私の答えはイエスよ」


「ありがとうございます。ハナは?」


「もちろんおーけーです!」


 待ちに待った活動にやる気を漲らせている慈愛の女神は、二つ返事で了承してくれた。


 先程とは打って変わった可愛らしい笑顔とOKサインのおまけ付き。


「というわけだ、桜井。お前の依頼、受けるよ」


「……そ、そう」


 向き直って紗織に声をかけると、彼女はきまりが悪そうな顔で素っ気なく返す。


 今まで負の感情を向けていた手前、どう返事をしたら良いのかわからない様子だった。


 一方、俯いていた唯乃莉は絞り出すように、


「………ボクは頼んでいないのに?」


「お前は頼んでなくても、お前の連れが願ってる。大事な大事な一人目のお客様だ。クライアントの意向を尊重するのは当然だろ」


 そして、一度大きく息を吸い。


「———僕たちがお前を更生させてみせる」


 口の端を吊り上げて、そう宣ってみせた。


 やや上からで仰々しい物言いになってしまったが、これで良い———彼女にはこれで伝わるはず。


 やがて、唯乃莉は面を上げると。


「…………面白い。その勝負、受けて立とうじゃないか」


 片方だけ覗く紅眼を爛々と輝かせ、ニッと不敵に笑ったのだった。

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