女王さまと暗殺者系勇者
数年ぶりに更新。
かと思えば短編ww
ゆっくり ゆっくり ゆっくりと、
確実に毒されていく体。
今か今かと産声をあげようと待っている。
それはもう、止められない。
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静かに目を開けると、そこはいつもと変わらない部屋だった。
自分が腰を下ろす玉座、その眼下には長い階段。階段の先には長い絨毯があり、絨毯の終わりには素晴らし意匠の大扉。
自分ーー女王のみが座ることを許された部屋で、女王の間と呼ばれるここには、あまり人が訪れない。たった一人を除いて。
「よい、夜ですね。」
何の音も気配もなく、いつの間にか玉座にしなだれかかるようにその闇のように深い紫の双眸を向けるこの男、ユルゲンだけが頻繁に訪れる。
この部屋唯一の扉の潜ることなく、数多の衛兵や腕の立つ“潜む者”を掻い潜りこの部屋に現われる。それは朝だったり、昼だったり、こうして夜だったり、その時々によってまちまちではあるが。
「……おやおや、何だかお疲れ気味ですか?」
ユルゲンがするり、と玉座から離れ前に立つと、顎に片手を当ててそう言った。なぜなのか分からない、というその様相に心の中でそっと溜息を吐く。
立っている者と座る自分、身長差があるため見上げながら口を開いた。
「そうね、貴方の相手をするのは疲れるわ。」
「これはこれは。はっきりとおっしゃる。」
「いつも言ってるじゃないの。」
「そうでしたっけ?」
とぼけるユルゲンには溜息しかでない。こんな男ではあるが、神に選ばれし勇者なのだ。
この世において魔が生まれる時、神によってその御力とかつての勇者たちの記憶とともに体のどこかに御印を与えられる。それまでの性別も年齢も、地位も身分も人柄も、何もかも関係なく選定され、害悪を倒すべく神の代行者として存在することになる。
神の代行者なのだから、当然女王よりも身分は上なのだが、ユルゲンが勇者になるよりも前から彼とは知り合いであり、また勇者であるということを隠しており、以前と変わらない関係を望んでおり、こうして昔と変わらない接し方をしている。
「ほんと、よくこの玉座までやって来れるわね。」
ユルゲンは、自身が勇者だということを公にしていない。曰く、仕事を受けにくくなるから目立ちたくないとのこと。
勇者ということを公にしていなければ、ただの民、どころか暗殺者なわけで、この部屋に近づいた時点で衛兵に呼び止められるだろうし、どこからか室内に忍び込もうとしても裏の仕事を生業とする“潜む者”に何かをされているはずなのだ。それなのに、毎度毎度ケロリとした顔でいつの間にか音もなく傍にいるのだ。
勇者だから暗殺者だから為せる技と言われればそれまでなのだが、やはり詳細は気になる。うちの防衛は大丈夫なのか、と。
「やー、まあ、愛があれば何のそのというヤツですよ。」
そう言ってにっこり笑うユルゲンに、またかと小さく溜息を吐いた。
この男は割と高頻度で愛だの恋だのと言ってくる。それは昔から変わらずなのだが、冗談なのか本気なのか、そして本気だとしてそれがどういう愛なのか未だに謎である。
とはいえ、自分は愛だの恋だのとは無縁の位置にいるため、どういう気持ちで言われたとしてものらりくらりと躱すのみ。
「そういえば、貴方、討伐依頼をしていたはずなのだけど…」
瘴気が凝り、魔のモノが生じる。そうやって生じた魔は例外なく強い。そのため強さに応じて勇者や討伐隊を派遣するのだが、今回は濃い瘴気であり強い魔のモノが生じるため、ユルゲンを派遣したのだ。
「大神官が、勇者でも今回は多少骨が折れると言っていたわ。」
だから、帰るまで時間が多少かかるだろう。
そう思っていたのだが。
「ええ、今回のは骨のあるやつでしたよ。」
涼しい顔して言う言葉ではない。
「でも、まあ、女王さまへの愛で頑張りましたとも。」
そしてきりりとした表情でそんなこと言わなくていい。
民のため国のためと言わないあたり、この男らしい。
歴代の勇者の中で最も勇者らしからぬ人格でありながら、もっとも魔を屠る力を持った勇者。
「貴方、いつもそればっかりね」
ため息をつき、呆れたようにそう言うと、また一つ、にこりと笑ったユルゲンが膝を折り、下から見上げてくる。
「ねえ、女王さま」
「何かしら?」
「ボク、がんばりましたよね。」
「ええ、貴方は今回も頑張ってくれました。」
「でしたら……」
そしてゆっくりと近づき、耳に触れるか触れないかのところにこの唇をよせ、まるで秘め事のように小さく囁いた。
「ごほうび、くれません?」
その言葉が合図となり、先ほどまで表情を変えるぐらいで氷のように微動だにしなかった体が嘘のように、その両腕を伸ばしユルゲンを抱きしめ、その肩口に顔を埋めた。
するとユルゲンはふふ、と笑って頭を優しく撫でてくる。
「私はこの国を守る義務がある。だから、かつての王達がそうだったように、勇者たる貴方に魔のモノを討伐せよと命令するわ。全ての魔が滅ぼされるまで何度でもそうするわ。」
「ええ、そうですね。」
「もちろん、貴方を信じているわ。貴方は歴代で最も人格破綻者でありながら強き力を持つものだと。」
「んー、否定しません。」
「信じていても、やっぱり怖いものは怖いのよ。」
何が、とは言えない。
本当はこの男を送り出すのが怖くて仕方がない。人外の敵なのだ、何があるか分からない。想像もつかない。どれだけ強くても、いついかなる不測の事態が起きるとも限らない。
だが、女王なのだ。だから感情を凍らせ、討伐せよと命を下す。
「お願いだから、必ず私のもとに帰ってちょうだい。」
けして逝かず来てほしいと言う。これくらいの我儘は許されるはずだ。
そっと腕の力を抜きユルゲンから離れるも、頭にまわっていた手に力が入ったかと思うと、瞬く間にユルゲンの顔が目の前いっぱいになり、唇が塞がれた。そして目を閉じる間も無く、離れていく。
「こういうときは目を瞑るものですよ。」
「あっという間だったじゃない。どうともできなかったわ。」
ムッとして見せると、軽くすみませんと言われ、優しく抱きしめられた。
「まあ、貴方の気持ちわかってますから。女王でもある貴方ごと愛してます。」
「愛を囁き返さない女でも?」
「だとしてもです。まあボクはご奉仕得意なので、どんとこいですよ。」
奉仕が得意なのか、そうなのか、という感想はこの際おいておくとして。
きっとこの男は、ご褒美と言われないかぎり自ら抱きしめることができないということを分かっているのだろう。
ただの女であれば何も考えず隣にいることができたが、そもそもただの女であったならこうして会うこともできなかっただろう。
「ボクは愛する女王さまのためならどんなことだってやりたいんです。」
「おばかな人ね。」
「ふふ、何とでも」
そして、今度はゆっくりと近づいてくるユルゲン。
今度こそそっと目を閉じるのだった。
数年前のネタを本日掘り起こし肉付けした次第。
粗は見えるが、後悔はしてない。
誤字脱字、大目にみてくださいorz