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婚約破棄しようと思っているのですが

作者:

また婚約の話してる

「婚約破棄いたします」


 という言葉を思い浮かべて、心の中で呟く。これだと突然過ぎね。前置きが必要だわ。

 少し考えて、


「本日はお日柄もよく」


 よくあるスピーチの出だしを思い出す。外はひゅーひゅーと冷たそうな風の音がしていてあまり良いお日柄ではなかった。

 ここからどう続けたらよいのかしら。

 というよりも、婚約破棄にお天気の話は必要なものなのかしら……。

 はぁ、台詞を考えるのって意外と難しいものね。



 ある日、婚約者であるジェード様にとってこの婚約が不本意であることを知ってしまった。

 とても驚いたが、一方でどこか納得ができた。それならば、いつも難しい顔をしていて、何だか話が弾まないのも当然ね。


 もうここ何年も彼の笑顔なんて見ていない。


 婚約する前、何も知らなかった頃は兄弟姉妹以上に仲良くしていた。

 わたくしは、国王である父の子供、一応、王女である。上に六人もいる末っ子で、しかも、年がすごく離れていた。物心付いた頃には、既に遠くへ嫁いで会ったことがないお姉様もいて、他の兄弟姉妹もお勉強や公務などをされていて、実の兄弟姉妹とはいえ、会う機会はとても少なかった。

 そんな頃に、ジェード様に出会ったのだった。交流を持てる位の貴族の中で、比較的年齢が近いのは彼くらいだったのだろう。

 あの頃はおてんばで、いろんな場所に行きたがり、危ないこともしたがって侍女や護衛たちを困らせていたが、彼は上手に気を逸らして、静かにお花を見たり、本を読んでもらったり、大人しく過ごすことを覚えていった。

 当時は、彼を愛称で呼び、一緒に遊んでいたつもりであったが、実際は面倒をみていただいていた状態に近かったのだろう。


 やがて彼も勉強などで忙しくなったが、こちらも同じように礼儀作法などを学ぶようになって忙しくなっていて、季節ごとのお手紙と年に数回会うくらいになった。


 気が付くとジェード様が婚約者として内定していた。

「ジェードのことは好きか」と父親から問われ、大きく頷いて答えたあれが婚約への意思の確認だったのだろう。


 やがて、この関係が公のものとなり正式に婚約という形になった。他に候補となりうる人物もいなかったのか、割とスムーズに決まっていった。


 しかし、気がついたら、いつの間にか大きな距離を感じていた。

 ジェード様は高位の貴族の長男で跡取りとしても期待されるとても優秀な方。文でも武でも、引く手数多と聞いたことがある。その実力は国王であるお父様も、王太子であるお兄様も認めていた。

 一方、わたくしは一応の王女であった。お兄様もお姉様も優秀で容姿も優れているので、あまり出番がない。深窓の……と言えば聞こえは良いだろうか。

 ジェード様が第三王女わたくしの婚約者でなければ、と残念がる声は直接は聞いたことはないが、囁かれているであろうことは想像に難くない。


 お互い敬語で話すようになり、愛称でも呼ばなくなった……。


 今から思えば、恐らくそんな頃に好きな方が出来たのね。

 

 ある日、わたくしは、彼が他の方とそのようなお話をされているのを耳にしてしまった。

「ずっと想っていた」人がいて「結婚を夢見ていた」らしい。

 その言葉を聞いた途端、頭の中は真っ暗になり、無音のひとりぼっちの世界に入ってしまった。


 衝撃が大きすぎて、数日間は何も考えられなかった。自分の存在が彼の人生の邪魔をしているとは。

 しばらく悩んで悩んで悩み抜いて、出した結論は、婚約破棄だった。

 何か本で読んだことがあった。婚約というのは、破棄したら取りやめることができるらしい。これしかないと思った。


 こちらは末席を汚しているとはいえ王家、あちらは優秀であっても貴族、身分の差があるため、恐らく、向こうから言い出せないのだろう。

 だからわたくしから婚約破棄を申し出さなければいけないのだ……。


 と決めたのが数カ月前で。

 皆が結婚の準備を進めたがるのを

「もう少し考えたいわ」

とわがままを言い続けている。

「人生で一度きりのことでございますものね」

と理解をしてくれている。


 取りやめになるとはっきりと言えれば良いのだけれど。でも、嬉々として、明るい未来を思い描いているのを聞いていると途端に何も言い出せなくなってしまう。


 本来であれば、父にジェード様との婚約破棄する旨を申し上げるべきなのだろうが、国内外のことでお忙しく、このような些事で煩わせるのも、と、機会を見計らっているうちに数カ月が過ぎてしまった。


 お兄様やお姉様も悩みがあればいつでも相談するよう言ってくれているが、気軽に相談できる内容でもない。一度口に出してしまえば、言い方一つ間違えただけで大問題になってしまう。

 落ち着いた緑を「良い色ね」と言っただけで部屋中がその色になっていたことを思い出す。その色のドレスも十数着増えた。小物はその倍は優にあった。身につける体は一つなのに! それ以来、もしも嫌いなものを言ったらどうなってしまうのかとどきどきしている。

 万が一、優秀な彼の将来に何か支障が出てしまうのは、全く本意ではない。心変わりというのは、誰にでもあるものだもの。ましてや、幼い頃の想いなど。


 それで、物語のように何かの最中に皆様の前で発表してみようとおもったのだけれど…………それって、いつ言えばいいの?!


 序盤や中盤では、イベントの邪魔をしてしまうし、かといって、終盤、これをもちましてと終わるところを遮ることはできない。実際やろうと声をあげようとしたのだけれど、タイミングを見計らっているうちに、普通に終わってしまった、ことが数回。


 これまではああいう場で婚約破棄を言い出すなんて周りのことを考えない方達なのねと思っていたけれど、実は綿密な計算された上のことで、度胸があって自分の力で状況を打破できる素晴らしい方達だったのね。

 優柔不断で意気地のない自分にため息が出てしまう。


 元々人前で何かするのが得意ではない。挨拶やスピーチなども、人の何倍も練習をしなければ人前になど立てない、そんな機会もほとんどないのだけれど。

 お兄様やお姉様はアドリブでも立派なご挨拶をされるが、わたくしは、そんな時の為に、数パターンも準備して、イベント参加すると決まったらすぐに練習している。この温室で。

 ここはわたくし専用となっているので用がなければ誰も来ることはない。そして、わたくしに用がある方などいないので練習にはうってつけなのだった。


 それで、しばらくの間ここに籠もって婚約破棄の練習をしているのだけれど……。


 さすがに、どのマナーの本を見ても載ってないわね……。


 とペラペラとめくる。皆の前で婚約破棄を申し上げる時のことなんて。

 物語ではどうだったかしら。思い出そうとするが、そこでは同時に事件の全貌を明らかにするという、今回の状況とは大きく異なっているのであまり参考にはならなそうだった。


「ふう」


 と本を置いて、大きくため息をつく。もたれかかった籐の椅子がぎぎぎと音を立てる。

 そもそも、皆の前で言うべきことなのかしら。それを考えたら前提が全てひっくり返ってしまうのだけれど。もう公表されてしまっているものだからそうするしかないわよね。

 嫌なことから逃げようとするのはよくない。


 とりあえず、別なことをしよう。そうだ、発声練習をしよう。

 椅子から立ち上がって聴覚に集中するために目をつぶる。


「あーあー」


 実際に声に出してみる。少し小さいかしら。


「あー! あー!」


 と音量や音程を変えて、何度か繰り返してみる。

 音が反響してふと気が付く。

 狭い温室と、広くて人がたくさんいる会場では声の通り方が全然違う!

 なんだか力が抜けて椅子に座りこむと、ぎしりと椅子の音が響く。


「難しいのね、婚約破棄って」


 つい呟いてしまう。


「貴女は婚約破棄したいのですか。」


 突然、植物の向こうから声がする。驚き過ぎて固まってしまう。

 じーっと見ていると婚約者がきていた。表情がいつもよりも険しく明らかに緑色の瞳が怒っている。


 なぜ、どうして、いつのまに、疑問の言葉が頭の中を駆け巡るが言葉に出せなかった。


「ジェード様」


 しばらくしてようやく挨拶しなければと、慌てて椅子から立ち上がって、礼を取ろうとするが


「それよりも問いに答えてください。貴女は結婚をしたくないのですか。」


 その問いは、同一であるようで、少し違う。婚約破棄をしようとは思っているが、結婚したくないわけではない。この国で王家に生まれた以上、婚姻は義務であるから。

 どのように答えようか迷っていると更に新たな問いが追加される。


「私は嫌われてしまったのでしょうか。」


「それは違います。」


 自嘲する響きを断ち切るように、つい衝動的に答えてしまってから気が付く。ジェード様を嫌いになってしまったことにした方がお互い良かったのかもしれない、と。でも、口から出てしまったものは仕方がない。


「ならばどうして。」


 どうしてって、なぜ、責められているのだろう、ジェード様にとってもこの方が良いはずなのに。じわじわと涙腺が緩む。


 そっと見ると、険しかった表情が、困ったように変わっている。


 どうしようどうしようと焦る気持ちと驚きと、もう色んな感情がごちゃ混ぜになって、よくわからない。

 俯いたらポツリと涙が落ちる。


 泣いてはいけないと思うのに、止めようとすればするほどあふれていく。


 無言でそっとハンカチが差し出される。


 感謝の言葉が出せないまま受け取る。


 そのまま立ち去ろうとするのをぎゅっと裾を掴んでしまう。はしたない淑女とは言えない行動だと言うことはわかっている。

 離すように訴えるような視線を無視してぎゅっと掴み続ける。無言の攻防を続ける。やがて、諦めたようにこちらに向き直るのをみて、そっと、手を離す。


「ジェード様は」


震える声で紡ぎ出す。静かに続きを待っている表情を見ながら、続ける言葉を迷う。「わたくしのことを嫌いになってしまわれましたか」と聞いて肯定されたら、もうこの先、生きていけない気がする。

 かといって、好きになった方について聞いてよいものか。今の気持ちのままでは笑顔で応援など到底できそうにない。ますます泣いてしまって困らせるだけだ。


 もうこの後、何を言っても取り繕えない程、不自然な間が空く。


「とりあえず、何を悩んでいるのかを教えてくれませんか。」


助けてくれるように手を差し伸べるような言葉が降ってくる。

その言葉に頷いて答える。


「悩んでいるのはこの婚約について?」


正直に頷く。


「私を嫌いかという問いには違うと言ってましたね」


それにも頷く。


「ならば、結婚が嫌なんですか。」


首を横に振る。その様子を見て首を傾げる。


「時期が悪い?」


それにも首を横に振る。少し考えてから呟くように、


「ああ、私を嫌っている訳ではないけど結婚したいというわけでもないということか」


「違います。」つられるように言ってしまう。少し迷ってから思い切って、「むしろ、結婚をお望みではないのは、ジェード様ではないですか。」


その言葉に驚いたような表情をしている。


「なぜ……」


知っているのか、と聞かれるのだろうと覚悟を決めて


「お好きな方がいらっしゃるのでしょう。」


 その言葉に首を傾げてしばらく考えているようだった。それをどうやって知ったのかを考えているように見えた。

 これでもう終わりねと、もう悩まなくて済む安堵に漬りながら、この先のことを考える。どう説明すれば、彼の責任にならずに済むのか。

 それから、自分の将来を。ジェード様がいたからよかったけれど、もうもらってくださる方なんてきっといないだろう。

 明るいとは思えない未来を想像していると、


「こういうことか?」


と首を傾げている。そして、わたくしの視線に気がつき、


「ああ、先程の問いですが”いる”とお答えしましょう。」


やはり、と俯く耳に続けて言葉が入る。「目の前に」と。


 その言葉に思わず顔をあげると緑色の目と合う。右を見て左を見る。もちろん人などいるはずがない。後ろを振り返ってみる。後ろには籐の椅子があった。考えてみれば、ここはわたくしの温室で他に誰かいるはずがなかった。ということは……。


「つまり、貴女は私が他の女性に懸想していると勘違いして、それで、婚約破棄を考えていたということですか。」


 呆れたような口調で言う。

 小さく頷くと大きくため息をつかれる。


「そんな訳ないでしょう。」


「だって……」


 と言い訳を連ねようとするのを、


「貴女以外を想うわけないでしょう。」


 と遮られる。あまりの衝撃に、言おうとしたつまらない言葉が全部吹き飛ぶ。


「本当?」


「それで、ずっと浮かない顔をしていたんですね……」


 もう何度目かわからないため息をつく。「正直焦りましたよ、貴女が他の人を好きになったのかと思って」


「ありえませんわ! 小さい頃からずっとジェード様だけを見てきたんですもの!」


 どのくらい想ってきたのかを説明する。小さい頃から、ジェード様に相応しい立派な淑女になれるように努力してきたこと、手紙もずっと待っていたし、どこかで見かけたら、とても安心して、つい走り出して駆け寄りたくなるけど、見る度に格好良くなっているから近くにいるとどきどきしてしまって……と積年の想いを語るのを少し笑いながら見ていた。

 よく考えてみたら、好きな人に好きな所を説明しているこの状況、とても恥ずかしい!


と思わず口をつぐんでしまう。


「こ、こんなわたくしをもらってくださる奇特な方なんてジェード様くらいですもの」


「貴女の唯一になれて光栄ですよ。」


と手を差し出す。

 だいぶ大きくなったその手を取って温室を出た。


 外は意外と暖かく、ふと見上げた木はもう少しで春の花が開きそうだった。

 【ジェード視点+後日談】


「まさか、婚約破棄されるところだったとは」


大きくため息をついた。

 彼女を小さい頃から知っていたが…… 彼女は少しでも目を離すとあらぬ所に行ってしまっていつも慌てて追いかけていた覚えがある。

 俺にとっては、少し年下の女の子に振り回されていた気持ちだったが、大人達からは上手に面倒をみているように見えたらしい。


 国王陛下も王妃様も殿下もそれはもう大事にお育てになって、厄介な虫がつかないようにと交友関係まで細心を尽くされていた。俺が出会えたのも本当に運がよかっただけに過ぎない。

 公の場でもほとんど姿を表すことはなく、姿を拝めただけで奇跡と、いつしか幻の妖精姫と称されるようになっていた。


 大人たちと王女の信頼を得たお陰で、彼女の婚約者という立場に収まった。

 その時の同じような立場の者からのやっかみはすごかった。人間不信になりかけるくらい、ありとあらゆる様々な形で“制裁”を受けた。まあ、やり返したが。

 相応しい者だと認められるためにも、努力し続けて、全て蹴散らした、時には武力や権力を使ってでも。

 そうまでしてでも彼女を得たかったのだった。


 それなのに、なぜ、婚約破棄などということになったのか。

 

 後でじっくりと話を聞いてみると、数ヶ月前の会話を聞いて誤解をしていたらしい。


 あの時か、第四王子から急に呼び出されたと思ったら、

「お前のような朴念仁がうちの妹を本当に幸せにしてやれるのか」という意味のわからないプレッシャーをネチネチとかけてきたので、

 ”ずっと想っていた” ”結婚を夢見ていた” 

と答えたそれを自分ではない別な人のことだと思ってしまうとは! ここまで結婚の準備が進んでいる段階で! 俺はそんな非常識な人間だと思われていたのか。


 愕然としていたら、

「わかりにくいお前が悪い」と第四王子がわざわざ言いにやってきた。「お前が信じられるよう努力を怠っていたのではないか」と。


 何を言うか、ついうっかり見とれたり、普通に会話をしているだけで、ねちねちと言ってくる癖に、と言えたら良いが……。

 この方は、妹である第三王女の恋路の邪魔をすることに余念がないのだった。


「殿下は難しいことをおっしゃる。」


と笑う程度でこの場は済ませる。後で彼の兄である王太子にそれとなく言い付けてやる。彼女を悩ませた数カ月の代償はきっちりと払ってもらおう。


 こんなやりとりもきっとあともう少し。


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