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異次元レストラン

作者: 伊藤政一

異次元レストラン        

第1話 

未来からの訪問者

 生暖かい空気に肌を刺す冷たい風が、突如入り乱れ吹き始めた。加奈子と総一郎の若い2人は、ある地方の県境に程近い、奥深い高原を目指して登山を続けていた。山の天気が変わりやすい事は、2人は十分承知していた。ところが然にあらず、途中激しい雨にみまわれ、やむなく下山することになったのである。

 ゴールデンウィークという時節柄、多少の天候の崩れはやむなし、と高を括っていた。だが自然の猛威は、容赦なく2人に襲いかかった。

折からの雨と強風で、森は『ゴーゴー』と激しくうねりを伴って揺れた。雨具は持っていたものの、風と雨に叩かれ、まるで用を成さない。随分長い道のりを2人は歩いた気がした。

横殴りの雨は次第に勢いを増して、芽生えたばかりの木々の枝葉が、風になぎ倒され、2人の行く手を阻んだ。

「ごめんね、加奈子。僕が誘いさえしなければ、こんな事にはならなかった・・・」

「あっいいよ、そんな事は気にしていないから。それより私もう限界。どこか泊まれる場所があればいいのにね」

 総一郎と2人きりで居られるこの時間が、加奈子には掛け替えのない、大切なものに思えた。2人は同じ会社の先輩と後輩の関係にある。北村総一郎(24)は中肉中背でやや面長、髪は短く端正な顔立ちだ。一方吉村加奈子(23)はやや長目の髪の毛を、後ろで纏めている。小柄な体形で目が大きく、可愛らしい女性である。

 今まで2人は会社で顔を合わせても、軽く会釈する程度で、会話など交わした事が無かった。初めて話をしたのが、昨年5月の新入生歓迎会の時だった。偶然席が隣り合わせになったのがきっかけだ。以来2人は、度々デートを重ねるようになったのである。

「ねえ総一郎さん。この道で間違いないの?なんだか来た道とは随分違う気がする」

 加奈子は辺りをぐるりと見回すが、同じような景色が続くばかりで、これといった目印になるものなど、何処にも無かった。

 雨の方は少し小康状態となったものの、代わりに靄がかかり始めて、目の前の視界は悪くなるばかりだ。

「道が全く分からないよ。雨と風が吹き荒れたせいで、本来の道が何処なのか、まるで見当がつかない。そろそろ急がないと本当にやばいかも・・・」

 まだ夕暮れ時には、時間が有ったにも拘らず、厚い雲と靄のせいで、辺りは薄暗くなっていた。下り坂だった道が、少しなだらかになり始めたころ、遠くの方に小さな明かりが見えてきた。

「やった!建物がある。これで助かった!」

 総一郎は跳び上がって喜んだ。地獄で仏とはこの事を言うのだろう。しかしそれと同時に、ある不安が頭をよぎった。それは明かりが近くなれば近くなるほど、段々と不安が増していった。

「あんな所に建物が有ったなんて、ここに来たときには気が付かなかった。なんだか嫌な予感がする」

「大丈夫?総一郎さん。気を付けた方がいいよ」

「うん、分かっている」

 雨はすっかり止んで、森は静まり返っている。2人は辺りの様子を確かめながら、ゆっくりと建物に近づいて行く。足元にはいつの間にか、芝生のような短い草が生い茂っていた。周辺には、他に民家などは見当たらない。

「やっぱり変だよ。あり得ない、こんな山の中に・・・なんで?」

 首を傾げ警戒しながら、一方では安堵の気持ちが、心の中で交錯していた。2人はゆっくりと足を進めた。

 やがて、ぼんやり建物のシルエットが見えてきた。ドーナツの様な丸い建物が、何本かの脚で支えられ、宙に浮いている様にも見える。

「あれっ?なにか看板みたいな物が有る」

 後ろを行く加奈子がそれに気が付いた。2人は立ち止った。入り口付近には階段の様なものが下され、建物には、レストラン『未来』と書かれた看板が取り付けられている。

「なんか変だよ。ここ?」

 総一郎は正面から少し右に回ってみたが、どの方向から見ても、建物は一様に同じ形に見える。何の因果で、こんな人里離れた場所に、レストランが有るのか、2人には理解できなかった。

「人の気配がまったくしないよ」

 耳を澄ますも物音一つしない、『シーン』と静まり返っていた。

 その時建物の表面に、黄色く輝く文字が突然現れた。

「えっご自由にお入りくださいだって。どうする加奈子」

 加奈子は大きく首を横に振った。こんな人気のない山の中に、レストランが有る事自体怪しい。何かあってからでは遅すぎる。どうしたものかと思案した。同時に加奈子は今来た道を振返って、大きくため息をついた。

「山を下りる体力もないし、どうしよう総一郎さん」

「うん、ここが山の中の、何処らへんなのかも分からないし、この霧の中を歩く、気力も体力も、もう無いよ」

 レストラン『未来』、と書かれた建物の前で、2人はしゃがみこんでしまった。

「よし、今夜はここに泊めさせてもらおう」

「えっ、何を言うのよ、総一郎さん?」

 加奈子は小首を傾げた。総一郎は何か確信めいたものを感じ取った。

(こんな人気のない山中で、なんの因縁があって、こんな建物を造ったのか? もしも自分がこの建物の持ち主で、人を陥れようと考えたなら、もっと人気のある路地裏などを選んだはずだ。ここはひとつ騙されたつもりで、入ってみる事にしよう)

「鬼が出るか蛇が出るか・・・」

 その時『カチャ!』と音がして、扉が開いた。2人が草むらの中で、立ち上がろうとした正にその時だった。

 ドアの向こうは、眩い光に包まれて何も見えない。扉の前の人影さえも、明るい光にかき消されて何も見えなかった。すると突然!

「遠い所をよく訪ねて来てくれました。さぞかしお疲れでしょう」

 低音で温かみがあり、しっかりして落ち着いた声が、奥深い山中に響き渡った。

 現れたのは、蝶ネクタイに黒いスーツ姿の中年男性だった。突然の事に、加奈子も総一郎も言葉が出ない。

「この嵐の中、大変でしたね。ささ遠慮はいらない、中の方にどうぞお入りください」

 静かで温かい物腰のこの男性に、2人は安堵とやすらぎを感じた。

 進められるがまま、階段を上り中に入った。すると中にはホールが有り、10席ほどのテーブルとイスが、整然と並べられていた。壁側には大きな窓が幾つかあり、正面には開きの扉が5つ程あって、落ち着いた感じがした。総一郎はその時扉の奥が、どうなっているのか、少し気になった。

「奥の扉が気になる様ですね。あそこは宿泊出来る部屋となっております。もしよろしければ、お泊り頂いても構いませんよ」

 願ってもない言葉に、総一郎と加奈子は、お互いに目と目を合わせて頷いた。

「助かります! ぜひお願いします」

 総一郎は思わず深々と頭を下げた。考える余裕など無かった。兎に角体を休めたい。それだけだった。

「気を遣わなくてよろしいですよ」 そう言いながら、中年の紳士は端っこの部屋に2人を案内した。中に入ると、そこはカプセルホテルを大きくした様な、機能的な空間が広がっていた。体を包み込むようなベッドと、天井や壁などが薄っすらと光り、部屋全体が照明の様な優しい光に包まれていた。その中で、壁の一面だけが洞穴の様に真っ黒で、中が見えない、光を反射しない空間が有った。その男性によれば、それは3次元テレビというもので、(3Dではない)今は電波が届かない為に、映像が映らないと言った。

「ただいまお風呂のご用意を致しますので、少しお待ち下さい」

 そう言うと、男性は部屋を出ていった。神経の緊張と、体の疲れが限界点に達した。2人はリュックを下ろすと、畳んである布団に寝転んだ。

「あーっ、ほっとしたぁ」

 深く息を吸い込み、ゆっくりと吐く。その後総一郎は静かに目を閉じた。

「よかったね。総一郎さん。一時はどうなるかと思った」

 加奈子も目を閉じた。そのすぐ後、『コン、コン』と扉をノックする音がした。

「お風呂の用意が出来ましたので、お入りください」

 ドア越しに声がした。

「はい、有難う御座います」

 言われるがまま、2人は入浴室に足を運んだ。さっきまでの苦難が、まるで嘘のように思えた。柔らかい感触の廊下を歩くと、突き当たりに、そのお風呂が有った。少し小ぶりのお風呂は、至る所に押しボタンが設置されており、それがどんな機能が有るのかは知れない。分からないものは、触らないに越したことはない。体が休まれば、それでいいと考えた。

 先にお風呂に入いた総一郎は、加奈子が出るのを待って部屋に帰ると、間もなく食事が部屋に運ばれてきた。運んできたのは同じ年恰好の中年女性であった。

「こんなに良くして頂いて、本当に申し訳ありません」

 総一郎が深々と頭を下げると、女性は礼には及ばないと言う。あれ程までに警戒したこの建物さえも、今では親しみさえ感じられるものに思えた。

「お2人は恋人同士なのですか?」

 その女性は微笑みを浮かべながら、優しく囁いた。

「えっ・・・ええ」

 加奈子の顔が真っ赤に染まった。総一郎は、はにかむようにしてじっと俯いていた。

食事の支度を終えた女性が立ち去ると、すぐさまそこへ、あの中年男性が現れた。

『コンコン』

「失礼します」

 総一郎は慌てて姿勢を正した。

「実はあなた方に、どうしても話しておかなければならない事がありまして・・・」

「はい。何でしょうか?」

 総一郎は小首を傾げた。中年男性は話を続けた。

「これからお話しする内容を、どうか驚かないで聞いてほしい、そしてこの事を、絶対に口外しないと約束してほしいのです」

 話が長くなりそうな予感がした。

「あのう・・・それって今話さなければいけない事なのですか?」

 少しだけでも、ゆっくり過ごせる時間が欲しかった。総一郎は疲れ切っていた。

「お手間は取らせませんので」

「そうですか」  

 中年男性は、名前を永山幸一と名乗り、その先の会話を次の様に語り始めた。

「これからお話するのは、私達が実際に体験した話です。どうか驚かないで聞いてほしい。じつは私達はこの時代の住人では無いのです」

「えっ」 2人は唖然とした。

「今より80年程先の未来から、訳あってこの時代にやって来たのです」

 突然の衝撃に、加奈子の顔が真っ赤に紅葉した。

「嘘でしょう!そんな事、信じられない」

 SF小説じゃあるまいし、現実にそんな事が起こるはずは無い。と言うよりは、やっと手に入れた安らぎの場を、再び混乱の渦中に晒されたくないと言うのが本音だった。加奈子の大きな目が、何かを訴えるかの様にそのまま総一郎に向けられた。

「でもよく考えたら、変なことばかり起こったよね、僕たち。ここへだって、何かに導かれるようにしてやって来た」

 あながちあり得ない事ではないと、その時総一郎は思った。

「その先のお話、ぜひ聞かせて下さい」

「よろしいのですか?」

 永山幸一と名乗る中年男性は、やや小太りではあるが、背はすらりと高い。白髪交じりの長めの髪を、左手の指さきで掻き上げながら、話を更に続けた。

「私達のこのレストランは、西暦2097年4月迄は、国家機密研究機構、国立重力場研究所の敷地内にあった。そこで私と妻は研究所員の皆さんに、食事を提供していたのです。ところがなんらかのアクシデントが発生し、私達のこの建物は、巨大なエネルギーにさらされ、時間と空間の壁を突き破り、この時代に運ばれたものと考えています」

 永山幸一氏によれば、その研究施設は八ヶ岳高原の一角に、20万平方メートルという広大な敷地を有しており、大きな建造物を一気に宇宙へ運ぶ事の出来る、反重力波を発生させるという、壮大な研究がなされていたと言う。そして次のように語った。

「その研究施設が、その後どうなったのか私達には知る由もない。勿論施設内には他にも民間の関連企業や、作業着などを洗い提供する店舗や、清掃業者の出張所などが多数参入していたのです。時空の彼方に飛ばされたのは、自分達だけではない筈・・・」 と永山氏は言う。


第2話

レストランの隠された秘密


 総一郎と加奈子は、遠い未来で起こったとされる、研究所の事故の話を聞きながら、一種独特の不思議な感覚に陥った。自分達は、話の中から想像を膨らませる事でしか、未来を感じられない。なのに、それぞれの異なった時空を体験したとする人物が、目の前にいるのだ。永山幸一と名乗るこの人物は、自分自身その身を持って、それぞれの異なる時代を体験した事になる。つまり、まったく別の世界の出来事を、現実のものとして見てきた訳である。

「一つ質問して、いいですか?」

 総一郎は事の重大さを感じ取り、かける言葉を慎重に選んだつもりだった。

「この時代にやって来られた瞬間、どう思われました?」

「そ、それは・・・」

 突然の質問に、返す言葉に窮した。永山氏の苦しい胸の内を、総一郎は瞬時に感じ取った。

「あっ、触れてはいけない事でした」

 自分がもし同じ立場に居たとしたら、果たして尋常で居られるのだろうか。大切な親族や親しかった友人、知人など、それら全てを一瞬で失った事になる。

その時加奈子の目に、微かに涙が光った。

「総一郎さん、私達は大変な誤解をしていたみたいね」

 この建物を初めて見た時、一瞬でも怪しく不気味に感じた自分が、加奈子は恥ずかしく思えた。なのに、この人達は自分の不幸も顧みず、こんなにも温かく迎えてくれた。

「私このレストランが、すごく好きになりました。永山さんにもお会いできて嬉しいです」

 加奈子のその一言で、場の緊張感が和らいだ。

「貴方方にこうしてお会いできたのも、きっと何かの縁に違いない」

 普通なら、絶対にあり得ない状況である。永山幸一氏は、感慨深く思いに浸った。

「ところで、あなた達のお名前をお聞きしていませんでした」

 永山幸一は大切な事に気が付いた。総一郎は慌ててお辞儀をした。

「申し遅れました。僕の名前は北村総一郎、そして彼女が吉村加奈子。よろしくお願いします」

「私は永山幸一、それから先程食事をお持ちしたのが、妻の裕子です」」

 総一郎はその時、二人に起こった出来事に、思いを巡らした。(前代未聞の事態に遭遇した。不思議な縁で繋がっている)と実感した。 

その時・・・

「お2人共お疲れの様だし、今日のところはここまでにしましょう。どうぞごゆっくりとお休み下さい」

 夜も更けたというので、永山氏はそう言い残し、部屋を出て行った。


 焦げた雑草


 翌朝6時半ころ、2人は目が覚めた。部屋の扉をそっと開けてみると、ホールには誰もいない。整然と並べられたテーブルと椅子に、眩いばかりの朝日が差し込めている。

「永山さん、いないみたいだね・・・」

「うん、外へ出てみようか。雨も上がった様だから」

 総一郎は、この場所が、一体どこなのか、とても気になった。表の扉をそっと開けると、今朝はよく晴れていて、昨日の事が嘘のように、空一面真っ青に染まっていた。

 昨夜は相当吹き荒れたのだろう、あちらこちらに木の枝や葉っぱが散乱している。2人が裏手のほうに回ってみると、5~6メートル程下がった場所に大きな池があり、レストランと称する建造物から、70ミリ程の太さのホースが、池の中に引き込まれていた。レストランらしき建造物は、金属の様な物質で出来ているらしくて、銀色に輝いている。・・・と次の瞬間、加奈子が総一郎の肩を忙しくたたいた。

「総一郎さん。あれ見て!草村が、数か所焼け焦げている」

 それを聞いた総一郎が、振り向いて驚いた。

「わ~、でか!なんでこんなに大きく焦げている訳?」その時背後に人の気配がした。

「お早うございます。お2人さん、何かお探しですか?」

 2人は仰け反って驚いた。

「いや別に、そうではありません。ただ、その・・・」

 突然声を掛けられ、あまりの驚きに、返す言葉が見つからない。

「このレストランに、興味をお持ちの様ですね。よろしければ昨夜の続きをお話ししましょうか?」

 永山氏は、昨日の服装とはうって違って、近未来風のコスチュームに身を包んでいた。肩、肘、腰、膝には、それぞれにプリンのカップを伏せた様な、突起物が付いていた。永山氏によればそれらは筋力補助装置であり、作業するときの服装だという。

「貴方がたが先程から気に掛けていらした、大きく焼け焦げた雑草について、なぜそのような焼け焦げが付いたかというと・・・」

 永山氏の話によれば、簡易浮遊装置として、レストランにはジェットエンジンが内蔵されているという。そして次のように永山氏は言う・・・

「重力場研究所内に入居する業者には、反重力波照射実験の際、輻射エネルギーの影響を受けないように、研究所施設外に自主避難する事が義務付けられている。その為の簡易浮遊装置なのです」

 永山氏によれば、下請け業者全てが、こうした認可基準に適合する設備を付けなければならないらしい。尚実験の際、研究所の建屋はそのまま地下に収納されるという事だ。

「このレストランには、上部一面にソーラーパネルが付いている。勿論今のこの時代のものとは、比較にならない程大容量の物だ」

 総一郎と加奈子には、永山氏の話があまりにも壮大すぎて、ただ頷くだけで精一杯だった。

 さっきから総一郎は、一つだけ気になる事があった。

「あのホースは、水を吸い上げる為のものですか?」もしそうだとすれば、昨夜食べた食事は、池の水で調理した事になる。総一郎は思わず吐きそうになった。

「あのホースは、勿論水を汲み上げる為のものなのですが、調理する為の物ではなく、水を電気分解する為のものなのです」

 ソーラーパネルで蓄えた電気により、水を酸素と水素に電気分解したものを、超低温で液化して圧縮し、ボンベに蓄え、ジェットエンジンの燃料にするのだと永山氏はいう。

「・・・という事は、推進燃料は自給自足という事ですか?」

「その通りですよ。だからどんな山奥でも、長く暮らす事ができる」

「ふ~ん、ハイテクですね」

「まあね・・・」


 第3話

 山岳警備隊との遭遇


 レストランが、突然この時代にワープして来たのは、2017年2月の事だった。おりしも冬真っ盛りの山岳地帯。今から丁度3ヶ月程前の事だった。

 その時、永山幸一と妻の裕子は、客の居なくなったテーブルの後片づけしていた。

『ガタガタガタ!』

 突然! 建物が猛烈な振動に見舞われ、床やテーブルが、音を立てて激しく揺れた。次の瞬間、目が眩む様な、激しい閃光が目の前を走った。その間、時間にしておよそ2~3分の出来事に思えた。その後2人は気を失った。気が付いた時、床に倒れていた。

”何が起きたのだ!“ 

 ・・・どれ位時間が過ぎたのだろう。すぐには立ち上がる事が出来ず、それから暫くして、ゆっくりと立ち上がる。窓の外に目をやるも、暗くて何も見えない。此処が何処なのか、一体自分たちの身に、何が起きたのか、2人にはまったく見当がつかなかった。

窓から見えるはずの景色も、その時は真っ暗闇で何も見えず、外がどうなっているのか、

不安で、恐怖心さえ覚えた。

 妻である裕子がドアを開けると、猛烈な勢いで雪が吹き込んできた。あわててドアを閉める。

「わーっ、何なのよ! これ。一体何が起きているの?」驚いた彼女は思わず叫んだ。

「雪だって? ここ何処だよ!」

 永山氏は混乱した。自分たちの身に非常事態が起きた事を察知した。次の瞬間! 建物の外で人の声がする。大勢の人の気配がした。

『ドンドンドン!』と扉を叩く音がする 

「誰か居るのか! 居るのなら此処を開けてくれ! お願いだ! 誰か・・・」

 “頭の中が真っ白になった” 永山幸一は、その時言われるままに、慌てて扉を開けた。

『ガチャ』・・・

「助かった!」と叫ぶ男の声がした。

「あなた方は???」

「我々は山岳救助隊です!」

「えっ!」

 男の名は、梶田と名乗り、「山で遭難した2人の男女を救出し、下山する途中に猛吹雪に遭遇した」と言った。

救助された男女の内、女性の方はストレッチャーに乗せられていた。永山幸一は一瞬混乱したが、気を取り直し、全員建物の中に招き入れた。

「まさかこんな所に建物が有るなんて、思ってもみませんでした。でも助かりました!」

 隊長の梶田のその一言で、8名程の彼らの置かれた境遇が、極限の状態であった事が窺われた。

「どうぞ皆さん。自由に椅子にお掛け下さい。今部屋を暖めますので」

 此処へ来る迄が春だった為、永山幸一は空調を暖房に切り替えた。すぐに部屋は温まった。妻の裕子が、用意したコーヒーを全員に振舞った。救助されたという若い男女も、元気を取り戻した様子だった。

「ところで、ここは何処ですか?」と永山幸一が訊いた。

「何の事です?」隊長の梶田は、いささか面食らった。 永山幸一は続けて・・・

「今日は何月何日ですか?」

「えっ、ああ、今日は2月4日の土曜日ですよ」

「何年のですか?」

「今日は2017年、2月4日です。それがどうかしました?」

「嘘でしょう、そんな馬鹿な!」

 “何が起きたのだ!”

 永山幸一と裕子は、目を丸くして見つめ合った。と次の瞬間・・・

「大変だわ。まあどうしましょう! 沙紀に連絡しなきゃ」と言いだした処で、矛盾に気が付いた。

「私達、もしかして過去に来てしまったの?それなら此処は何処かしら?」

 裕子は混乱していた。 目の前で展開された事態に、全員が『ポカン』とした表情で、身動き出来ない。

 しばらく重苦しい雰囲気に包まれた。ようやく事態が理解できたようで、隊長の梶田が口火を切った。

「私たちは最初此処を見つけた時、何でこんな所に建物が有るのか、とても気になりました。でも人命が掛かっているので、必死でした。どうやらあなた達は、この時代の人では無いようですね・・・」

 梶田隊長は事の重大さを察知して、掛ける言葉を失った。

「此処は、一体何処なのですか?」

 永山幸一は、豹変した自分を取り巻く境遇が、一体どうなっているのか、兎に角知りたかった。

「此処は中央アルプス、駒ケ岳です」

「なんだって! 八ヶ岳では無いのですか?」

 梶田隊長他7名は、一様に驚いた表情になっていった。

「私たちのこの建物は、2097年4月までは、八ヶ岳高原の一角に、20万平方メートルを有する、国立重力場研究所の敷地内に有った」

 永山幸一氏の表情には、混乱と焦りが見て取れた。少しばかり興奮気味に、言葉を荒げながら・・・

「そうか・・・ 何らかのアクシデントが発生し、巨大エネルギーにさらされ、私たちは此処に飛ばされたに違いない! それにしても、なぜ駒ケ岳なのか? 理解できない」

 永山幸一は気が動転していた。勿論こんな経験は初めてである。だが、それにも増して隊員たちはもっと驚いていた。ただ、今はそんな事を考えている余裕は無かった。

「ところで、今何時頃ですか?」

 気を取り直して、永山幸一が時刻を訊いた。

「そういえば今何時なのか、忘れていた」

 隊長の梶田が分厚い手袋を外し、腕の裾を弄り、腕時計を見ると、時計は午後9時半を指していた。

「我々が遭難者救助指令を受けて、緊急出動したのが午後5時半だったから、もうすでに4時間は経過したことになる」

 氷点下の山岳地において、長時間極限状に晒されることは、隊員の命にも係わる事態である。梶田は決断した。

「無理を言って申し訳ないです。我々を一晩泊めさせてください」

 永山幸一氏に二言もない。

「勿論いいですよ。こんな状況では下山しろとは言えないですからね」

 永山幸一はにっこりと、ほほ笑んだ。

 自分たちを取り巻く事態の全貌が、ようやく見え始めた。と同時に、その後の重力場研究所がどうなったのか、永山幸一は気がかりだった。だがそんな事を考えている余裕はない。事態は急を要する。今日のところは遭難者と、救助隊の命の安全が大優先なのだ。

 急きょ用意された各部屋に、救助者と隊員が体を休めた。


消えたレストラン 


 翌朝目が覚めると、自衛隊のヘリが、遭難者2名を救助するべく、やってきた。すぐ近くには、別のヘリが飛んでいたが、それが何であったのかは分からない。

自衛隊の救助ヘリは、レストラン上空でホバーリングしながら、ワイヤーが下され、自衛官が支える様にして、遭難者二名をヘリの中に収容した。間もなくして、救助隊も下山の途に就いた。

 その日のうちに、報道特番が組まれ、各放送局はこぞってこのニュースを大々的に取り上げたのだ。焦点になったのは、雪山に佇む謎のレストランである。

 合間をぬって、いち早く永山幸一はレストランを別の場所へと移動した。どこでも良かった。人目に晒されたくなかったのである。

 報道局各社による、駒ケ岳周辺の取材が数日間行われたが、レストランの足取りは要として掴めない。救助隊員への取材からも、謎は深まるばかりだった。彼らが何処からやって来た人物なのかが、最大の焦点となった。

 レスキュー隊隊長の梶田の証言が、連日各テレビ局の報道番組を賑やかせていた。

 やがて時が過ぎ、新たなスキャンダルが発生すると、報道各社はこぞって報道特番を組み、謎のレストランの事など、まるで無かったことの様に人々の間から、忘れ去られていった。


得体の知れない搖動

 

 永山幸一氏と総一郎達3人は、レストランの窓から、池の周辺を眺めていた。その時加奈子は、ある事をふと思い出した。 

「そういえば、今から3ヶ月ほど前、テレビで、謎のレストランという報道番組をやっていたけど、あれってこのレストランの事だったのですね」

 加奈子に言われて、総一郎もその事に気が付いた。

「そういえばあの時、僕もあのテレビを見ていた。空からの映像で、確かにこの建物が映っていたのを覚えている。でもその後、忽然と姿を消した。あの時、この簡易浮遊装置を使ったのですね」

「そうです。何故なら私たちにとっては、この時代は未知の世界なのです。遠い昔の歴史上の出来事でしかない。つまり歴史の教科書を通して知ったに過ぎない。この時代の人々の人間性については、少し不安もありますからね」

 永山幸一は考えていた。それはこの時代がどの程度の文明で、法の秩序がどれ位守られているのか、まったく見当がつかなかったのである。

「この時代は紛争を繰り返す年代と認識しています。それに教科書に書かれた文面からは、人々の心情迄は伝ってこないですからね。でもあなた達にこうして会えて、変わらない優しさを感じました」

 永山氏からは、安堵の言葉が訊かれた。総一郎は思った。自分達から見れば、未来は文明と秩序に守られた鮮麗されたものに思える。でも未来人から見たら、この時代は愚かで野蛮なものに見えるのかも知れないと・・・

「実は私達のこの建物は、連日おかしな振動に見舞われて居るのです」

 総一郎と加奈子の二人に、レストランの異常事態を説明した。

 永山幸一氏によれば、時間の異なる空間に居ることで、何らかの歪がレストランに影響を与えているのではないかと言うのである。

空かさず総一郎が返した。

「それはもしかして、元の時代に戻そうとする自然界のエネルギーが、このレストランに働いているという事ですか?」

 総一郎はその時、朝の暖かな日差しを体いっぱいに受けながら、周りの風景から緩やかに視線を永山氏に向けた。

「まあ、これは私の想像ですが、ここに建物が飛ばされた事により、時空間に何らかの歪が生じて、空洞が開いたのではないか、たとえばブラックホールとホワイトホールのような、目に見えないトンネルのような物が」

 もしかしたらこの建物が、2097年4月の時代に繋がっているのではないかと総一郎は思った。彼らがこうして2017年のこの時代に居ること自体が、空間の歪を形成して居る要因かも知れないと・・・

 総一郎と加奈子は、永山幸一氏の話を聞きながら、遠い未来を想像していた。

 永山幸一氏は感じていた。大自然の摂理により、元居た時代に強制的に、引き戻されるのではないかと。

「もうあまり時間が無いようです」

 その時、ビビビーといった軽い唸りの後、建物内の照明が激しく点滅を繰り返した。

「うわっ! この建物、どうなっちゃうの!」

 加奈子が叫んだ。

「大丈夫ですよ。そうだ、こうしてお目に掛かれたのも、何かの縁でしょう。私達との思い出に、この国の未来がどうなっているのか、少しお話しましょう」

 永山幸一氏によれば、未来は各国が協力しながら、分業で成り立っているらしい。たとえば研究機関はアメリカを始め、EUや日本など、数か国で行われ、それぞれの国の研究者が国境もなく、自由に情報交換しながら研究出来るらしい。

製造業務もあらかじめ決められた国がそれぞれ担当して、世界レベルで平等に分担されているという事だ。

「研究機関の一部は、火星に拠点を移し、そこで活動しています。他にも1万人規模の居住区があり、上流階級の人々が暮らしています」

「それは凄いですね。でも不便じゃないですか、地球から遠いし・・・」

 総一郎は思った。常識的に考えたなら、現代の宇宙船では、片道だけでも数か月掛かってしまう。現実問題として、絶対にあり得ない事と・・・

「もちろん火星と地球を行き来する為の、超高速移動が出来る乗り物も、すでに出来ています。最先端技術として、プラズマイオンを加速して大きな推進力を得る、ロケットエンジンが開発されたのです。ですから片道、おおよそ20時間程で行く事が出来ます」

「えっ、そうなのですか。それは凄い」

 永山幸一は、得意げに語った。

総一郎も加奈子も、まるで夢を見ている様で、返事に窮した。

「実は未来は、決して明るいものではないのです」

 永山氏の表情が、何かを訴えようとして、暗く沈んだ。

「明るいものではないとは、尋常ではないですね」

 総一郎は怪訝な表情を浮かべた。

「異常気象が、あなた達の時代よりも更に深刻化しています。人類は強力な紫外線にさらされ、そのうえ病原菌が蔓延していて、地上では暮らせなくなっています。一部の研究機関や工場以外は、すべて地下都市となり、移住空間も地下となっています。勿論工場などの大型施設は地上に有るのですが、建物の外に出ることは、短時間でなければ出来ないのです。そのうえ海水の温度も高くて、生態系が狂い、クラゲが異常繁殖しています。海に入る事が出来ない為、食用の魚は全て養殖です」

「えっ、本当ですか? 信じられない。未来は絶望でしかありませんね」

 加奈子が悲しげに訴えた。

「実はもっと深刻な問題が起きています。地球外生命体の存在が、明らかになりつつあります」

「エイリアンですか?」

「まだはっきりと断言できないのですが、世界中の有識者達が、地球外生命体による侵略の危険性を指摘しています」

「なぜそう言い切れるのですか?」

 総一郎は暗い表情を浮かべた。人類がそうであるように、地球外生命体といえども、高等生物であるならば、相手を尊重し、友好的に交流できるはずだ。と考えた。

「実はプレアデス星団の方向から、超強力な電磁波が地球に届いています。非常に荒々しい音声成分が含まれていて、各国が分析しているところですが、まるで解析できないでいます」

 “地球外生命体による脅威が、世界各国を一つにまとめていると考えられる” 共通の敵が目前に居ることで、各国が手を組もうとしている。かつてなかったような協力体制が出来上がっていると永山氏は言う。


レストランが残した足跡


 3人は窓際のテーブルの椅子に、腰を掛けた。昨日の天気がまるで嘘のように、空一面が青一色に染まった。総一郎と加奈子は、たった2日間の出来事なのに、長い歳月が過ぎた様に思えた。永山幸一氏は、椅子から立ち上がると・・・

「ちょっと待って下さい。今コーヒーをいれます」

 すぐにコーヒーとトーストが出され、厨房には妻の裕子が掃除をする姿があった。

 テーブルに暖かい日差しが差し込む・・・

「時間と言う概念で捉えれば、永山さん達の時代と今のこの時代は、途切れることなく繋がっていると感じます。不思議ですね。時は一寸たりとも立ち止ってはくれない」

 総一郎は感慨深そうに言った。

 永山幸一は深く頷いた。

「そうですね。人類が何処へ向かっているのか現時点では解からない。あなた達のこの時代が、終焉までの通過点と考えるなら、人間の歩みは留まる事が無い。地球が消滅する日まで、この世界の営みは永遠に続く事になる」

「僕も、そこのところは良く分からないのです。地球や宇宙が将来消滅するのなら、人類が生きている意味が無い。本当にこの世界は疑問だに感じます」

「うむ、確かに・・・」

そうこうしている内に、時刻はもうすでに昼下がりにでもなろうかとしていた。その時『ガタガタガタ・・・』とレストランがまた大きく揺れだした。揺れの大きさは次第に強くなっていると、永山幸一氏は言う。

「私たちがここに居られるのも、後僅かなようですね。もう少しお話がしたかったのですが、そうはいかない様です」

「あのう、またお会いできますか?」

 加奈子が、食い入るように永山幸一氏を見つめるのだが・・・

「多分無理でしょうね。私たちの時代でさえ、まだタイムマシンは出来ていない。この時代にワープしたことも、意図したものではなく、偶然のたまものです。なので、残念ですがお別れとなります」

「折角お知り合いになれたのに・・・」

 加奈子が呟いた瞬間、立って居られないような大きな揺れが、レストランを襲った。

『ガタガタガタ。ゴゴゴー』

 窓の外が突然暗くなり、稲光の様な強烈な閃光が走った。

「うわーっ!」 と誰かが叫んだ。

次の瞬間4人は床に叩きつけられ、気を失った。

 どれくらい時間が過ぎたのだろう。やがて、さわやかな風が頬を撫でて、小鳥の囀りに加奈子が目を覚ました。すでに、陽は高く上り、お昼近くに思えた。

「あれっ、私、何をしているの? ここは何処?」

 暫くの間、加奈子はぼんやりしていたが、すぐに気を取り戻した。

「まあ大変。あれ、レストランは何処? 私何をしているのかしら。そうだ、総一郎さんは何処?」

 辺りを見渡すと、草むらの中に総一郎が倒れているのが見える。加奈子はすぐに駆け寄った。

「総一郎さん。起きてよ! 大変なの」

 総一郎はすぐに目を覚まして、辺りをきょろきょろと見回した。

「あれ? レストランは?」

「私も今気が付いたけど、レストラン、消えちゃった」

「えっ、そんなぁ」

 振り向くと、2人はレストランがあったはずの、草原に取り残されていた。すぐ下には

池が有り、草むらには2メートル位の焦げ跡が四か所残されていた。2人は永山幸一夫妻が、無事に元の時代に帰って行けることを祈った。    


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