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元最強冒険者の喫茶店

作者: なす月

「いらっしゃいませー!」

 少女の快活な声が店内に響き渡る。

 大きな街の一角に立つ小さな喫茶店、ワイゼンヒューエル。元冒険者の若者でありながらもマスターのルードとそこで働くリエンナの二人が経営している。


「マスター! サンドイッチひとつ!」

「はいよー!」

 来客は少ないものの、店内は活気にあふれている。


「はい、ごゆっくりどうぞー!」

 リエンナが客前にサンドイッチを出す。

「お、ありがとう! そうだ、マスター聞いたか? 最近喧嘩騒ぎが増えてるって話」


「喧嘩? そんな話聞いた覚えはないが……」

 いつものように他愛のない世間話が始まる。

「なんでも他所から来た図体のでかい男が最近腕を鳴らしてるんだと。それも殴り合いでだぜ? 自分が気

に入った奴から決闘を申し込んでるらしい」


「そんなことしたら騎士団が黙ってないんじゃないか?」

 この国では犯罪を犯すと騎士団が犯人を捕まえ、罪を裁く仕組みになっている。もちろん、街中などでの暴力も犯罪に当たる。


「それが不思議なことにまだ捕まってないんだよ、そいつ。騎士が相手でも圧勝しちまうとか、目を付けられる前に皆逃げてくとかで結局名前も種族も曖昧なままらしい」

「へぇー……。そんな奴も世の中にはいるのか、気を付けねぇとな」


「マスターも昔は冒険者やってたんだろ? もし見つかったら決闘を申し込まれるかもな! ハッハッハ!」

 冗談交じりの会話に笑いが飛び交う。いつもの光景である。

「おっとそろそろ仕事の時間だ! じゃあお代はここに置いとくぜ、ごちそうさん!」


「おう! 行ってらっしゃい!」

「ありがとうございましたー!」

 賑やかだった店内が少し静まる。


「マスターも気を付けないとだめですねーさっきのお客さんの話」

「ああそうだな。騎士でも手を出せない程の男か……」




 次の日、定休日の今日は二人で買い出しに来ていた。

「えーと、パンもあるし野菜もあって――よし! あとは買い忘れないですか?」

「よし、大丈夫だ! あとは飯でも食って帰るか!」


「あっ! 私今日はお肉が食べたいです、お肉!」

「肉か! えーと、ここの近くに酒場か食堂は――」

 そんな会話をしながら二人が店を探していると人気が急に少なくなった場所に来ていた。


「おい、あいつじゃないか? 早く逃げたほうが……」

「こんな真昼間からいんのかよ……」

 その場はヒソヒソとした声に包まれていた。


「ん? みんなどうしたんだ? なんか事件でもあったか?」

「マ、マスター。もしかしてあの人……」

 リエンナの視線の先にはルードより身長が倍近くあろうかという巨漢が歩いていた。


「おお……大きいな。 あれは人間、いや獣人か?」

「あ、あんまり見ると気づかれますって! 早く行きましょう!」

 リエンナが必死にルードの手を引っ張ろうとした時だった。


「……おい」

「はい!?」

 飛び上がるようにリエンナが反応する。


「違う、そこの隣の男だ」

「俺か? 何の用で?」

「俺と戦え、今なら誰も居ないだろう」


「嫌だといえば?」

 その瞬間ルードは片手で獣人の拳を受け止めていた。

「んなっ!?」


 獣人は目を丸くして固まっていた。身長が自分の半分ほどしかない男が片手で全力の拳を止めたのである。

「ッ……!!」

 急いで獣人は拳を振り上げるが、ルードの目を見た瞬間、全身を震わせ腕を下した。


「……時と場所を改めたい。いや、改めさせては頂けないだろうか」

 そこにはルードに頭を下げる獣人の姿があった。リエンナとルードは驚いた顔をしていたが、その場でルードは一枚のメモを渡した。


「明日にでもここに来てくれ、それでいいか?」

 そのメモにはワイゼンヒューエルの住所が記されていた。




 雨が降った次の日、ワイゼンヒューエルは臨時休業になっていた。

「マスター、本当に良かったんですか? 店まで閉めてここに呼んでくるなんて……」

「悪いな、迷惑かけちゃって。でも心配はしなくてもいい、あいつにも何か訳があるはずだ」


「……マスターがそういうなら信じますけど……」

 その後、すぐに獣人の男が訪ねてきた。

「待たせたな。早速だが……」


「ああ。決闘をしに来たわけじゃないんだろう?」

「そうか、もう見抜かれていたという訳か……。降参だ」

 獣人の目は諦め、そして期待という感情にも満ちていた。


「まあそこに座ってくれ。コーヒーくらい出すさ」

「いいのか?いきなり殴りかかってきた男だぞ?」

「今は大切なお客さんだからな、気にするな。それよりもあんなことをしていた訳を聞かせてくれない

か?」


「ああ。そのために今日ここに来た」

 重苦しい雰囲気の中獣人は口を開く。

「自分より強い者を探していたんだ。俺を倒せるほどの……」


「どうして?」

「奴隷売買で有名な男がこの街に居るんだ、――そいつを止めたい」

 その言葉に反応してリエンナとルードの動きが固まる。もちろん奴隷売買は犯罪に当たる行為だ。


「……奴隷売買?どういうことだ?」

「俺の住んでいたところは元々貧乏な場所でな。弱肉強食の世界だ、弱いやつは奴隷にされていた」

「だからあんなに力が強かったのか」


 ルードはあの拳を受け止めたときの感触を思い出す。

「ああ。だが俺はそれに耐えられなかった。何人もの知り合いが奴隷商人に連れていかれたところを見ている」

「…………」


 店内の空気は更に重々しいものになっていた。

「いつの日か俺は家を捨てて故郷を牛耳っている奴隷商人を探し始めたんだ」

「そして探していた奴がこの街に居たってことか?」


「ああ。そこでお前の協力が欲しい。」

 獣人は立ち上がり、頭を深く下げる。

「あいつに辿り着くのには遠い……、腕利きの護衛も多くいるはずだ。俺一人では到底解決できない! どう

か、力を貸してくれはしないだろうか!」


 ルードの視線はしっかりと獣人の方へと向けられていた。

「俺の拳を受け止めたあんたの眼を見たとき、こいつならできる、いや、こいつにしかできないと思ったんだ……。頼む、あんたが最後の希望だ……」


 ルードがゆっくりと口を開く。

「……リエンナ、その時は頼めるか?」

「……はい、お店のことは任せてください」


「ありがとう。――顔を上げてくれ。」

 顔を上げた獣人の目は涙で溢れていた。  

「わかった。協力しよう」


「いいのか!?」

「ああ。詳しい話を聞かせてくれ」

「ありがとう……!」

 いつの間にか雨は止み、店内には温かな空気が流れていた――。  




「このブラックコーヒー、今まで飲んできた中で一番だ……」

「そりゃどうも。うちの自信作だ」

 涙を流しながらも、笑顔で獣人はコーヒーを飲んでいた。


「そういえばまだ名前を聞いていなかったな、俺の名前はルードだ。お前は?」

「俺の名前はジャディだ! よろしく頼む! ルード!」

「ああ。よろしくなジャディ!」


 二人は固い握手を交わしていた。

「昨日はヒヤヒヤしましたけど、二人ともすっかり仲良くなりましたね! あ!私の名前はリエンナです! よろしくお願いします!」


「ああ! よろしく!」

 先ほどまで硬い表情をしていたリエンナには既に笑顔が戻っていた。

 しばらく三人で談笑した後、ジャディが地図を取り出した。


「よし……そろそろ本題に入ろう」

 そしてジャディは一つの場所を指さす。

「アジトはここだ。普段はここに奴らがいる」


「ここから歩いておよそ一時間というところか……」

「ああ。移動に困ることはないだろう」

「ふむ……。じゃあどうやって中に入る?」


「奴隷を買いたいと偽って中に入るんだ。その為に変装する道具は揃えてある。」

 そう言っていくつかジャディは宝石を取り出した。

「わぁ奇麗……」


 リエンナが思わず溜息を漏らす。

「この日のために用意したものだ、品質は保証する。これをちらつかせれば向こうも食いついてくるはず

だ。後はいつ決行するかだが――」

「明日はどうだ?」


 迷うことなく下した決断にジャディは少しの戸惑いを見せる。

「い、いいのか? そんなすぐに始めてしまって」

 ルードは表情一つ変えずに答える。


「ああ。いつ誰がまた奴隷になるかも分からないんだ。すぐに行動できるならしたほうがいい」

「……。あんたと出会えて本当に良かったと思うよ。なら決行は明日にしよう」

 その後は日が暮れるまで道順の確認などを行った。





「――よし、こんなものだな。後は明日次第だろう」

 共に急に目つきを変えてジャディが質問を投げかけた。

「ところで聞きたいことがあるんだが……。どうしてそこまでの力があるのに喫茶店なんかやってるんだ?」


 ルードは一瞬眉をひそめたが、笑顔で答えた。

「チヤホヤされるの苦手なだけだ」

 ジャディは言いたいことがあった様子だったが、すぐに言葉を飲み込んだ。


「そうか……、あれほどの力があったからこそ様々なことがあったんだろうな。俺にも多少は理解できる。すまなかったな、あまり良くないことを聞いてしまったようだ」

 ルードは変わらない笑顔で答える。


「気にする必要はない、分かってくれればそれで構わないさ」

「ああ。――明日はよろしく頼む」

 その言葉には確かな信頼があった。




「――それでは、今回は奴隷を引き取りたいということでお越しくださったということでお間違いないですね?」

「ええ。それもできる限り最高級のものをお願いしますね」


 宝石で身を包んだ二人はあと一歩というところまで来ていた。リエンナは喫茶店で待機だ。

「分かりました。では、ご案内いたしましょう」

 このまま取引場所まで進んだ時が戦闘開始の合図になる。


「こちらです」

 言われたとおりに長い通路をひたすらに進んでいく。

「素晴らしいタイミングでお越しくださいましたねお客様。とても価値のある獣人の奴隷ですよ!」


 商人は笑顔で話しかけてくる。

「しかも今朝入ったばかりです! 本当に幸運ですね!」

 ルードは笑顔を浮かべているがジャディは表情を変えないまま拳を握りしめていた。


「さあさあこちらに! どうぞご覧ください!」

 招かれた先にはおびえた様子で一人の男の子が立っていた。

「獣人だからか力が強くてここまで連れてくるのが大変だったと聞きます。力仕事をさせるのにぴったりで

すよ!」


「そうですか……」

「ええ!」

 そう言って商人が振り返った時だった。


「ぐふっ!」

 すぐ近くに居た護衛が一人倒れていた。

「なっ!?」


 笑顔のまま固まった商人だったが、すぐに表情を変えて叫び始めた。

「まさかお前達……!! おいっ! 侵入者だ! 早く捕まえろ!!」

 そう叫んだ瞬間数えきれないほどの護衛がルード達を囲んだ。


「ふふふ……! たった二人で乗り込もうだなんて! さぁ、早くそいつらを潰せ!」

 護衛達がさやから剣を抜き、襲い掛かろうとした瞬間だった――。

 その場で剣が落ちる音が鳴り響いた。


「――え?」

 一人の手から剣が消えていた。そして気づけばもう一人――、更にもう一人――

「一体何が!?」


 そう誰かが叫んだ瞬間一人吹き飛ばされ――

 その隣では強烈なパンチを食らって倒れた者がいた。

「今吹っ飛んだのってまさかあの人間が……」


「いてえ!! 俺の剣が!!」

「おい! 大丈夫か!? グゥッ!!」

「ひ、ひるむな! いけいけ!」


「ジャディ! 後ろだ!」

 ジャディの背中に剣が突き刺さる寸前に剣が落とされる甲高い音がが鳴る。

「いってぇ!――ガハッ!!」


「すまねぇ! 助かった!」

 想像以上の出来事にそこにいた二人を除く誰もが混乱していた。

「獣人の隣のあいつ本当に人間かよ!?」


「お、おい! 逃げるぞ!!」

「ひっ! ひぃー!!」

「なっ!? あ、あなた達!? 何をしているんですか!!」

 商人が気づいた頃には護衛は全員消えていた。


 



「後はどうするかお前に任せる。俺はこの子を運ぼう」

「ああ、頼む」

 ルードはおびえたままの男の子を背負って戻っていった。


「おおおお、お願いです! お金も、あの奴隷も差し上げます! だからどうか、どうか!」

「なあ」

「はい!?」


「今までやってきた奴隷売買の資料ってどこにあるんだ?」

「あ、あそこの棚です! 上から四番目の――ガハッ!!」

 しばらくすると鞄を持ったジャディが商人を抱えて出てきた。


「お、戻ってきたかって、そいつも持っていくのか?」

「ああ。 奴隷売買に関する証拠も持ってきた。こいつと一緒に騎士団に突き出してやるよ。……俺も一緒にな」

「……そうか。」


 ジャディは決闘を申し込んで喧嘩騒ぎを起こしたことも自白しにいくつもりだったのだ。

「まぁ何人か騎士をケガさせちまったしな……。自分だけ逃げるってわけにはいかない」

「ついでにこの子も連れて行ってあげてくれ。身の安全は保障されるはずだ」


 ルードは連れてきた男の子をジャディに託す。

「ああ、分かった! その……改めてありがとうな、全部あんたのおかげだ。俺一人じゃ絶対に出来なかった」

「いや、こちらこそ色々と助けられた、ありがとう」


 昨日のように二人は固い握手を交わしていた。

「……また今度あんたの店に寄ってもいいか?」

「ああ、もちろんだ! ぜひその子と一緒に来てくれ!」




 ――それからしばらく経ったある日。

「おいマスター聞いたか!? ここらでブイブイ言わせてた奴隷商人が捕まったんだってよ!」

「へぇーそうなのか、騎士団もいい仕事するね」


「それが違うんだよ! なんと捜査協力してくれたのがあの喧嘩騒ぎ起こしてた男らしいぜ!」

「ほー世の中不思議なこともあるもんだね」

「……もしかしてマスターあんまり興味ないの?」


「い、いやいや興味津々だよ。それで? その男はどうなるって?」

「そう! それがね、どうやら奴隷の子供も助けたとかで功績が認められて特別に罰金だけで済んだんだって」

「なら良かったじゃないか、喧嘩騒ぎ起こすような奴でも良いやつはいるってことだな」


「むしろなんでそんな良いひとが喧嘩騒ぎなんか起こしてたのかねぇ……。もしかして女にモテたかったとか!? ハッハッハ!」

 ルードとリエンナはあの日のことが無かったかのようにいつもの日々を過ごしていた。


「おっとそろそろ時間だ! それじゃあお代はここに置いておくから、またな!」

「おう、いってらっしゃい!」

「ありがとうございましたー!」

 話を聞いたルードは笑顔を浮かべていた。

「良かったですね、マスター! ジャディさんも元気そうですし!」

「ああ! 一時はどうなることかとも思ったけど良かったよ。罰金も持ってた宝石でなんとかなってると思うし」

「そうですね! 今頃ジャディさん何してるのかなぁ……」

 その時、ルードの倍はあろうかという高身長の男が誰かと手をつないで店に入ってきた。

「あっ! 噂をすれば! いらっしゃいませー!」

「よう! ブラックコーヒーとミルクひとつ!」

「はいよー! ブラックコーヒーとミルクひとつね!」 

 ジャディと手をつなぐ男の子の顔には笑みが溢れていた。

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