EPISODE:4[かつてない新たな英雄譚①]
ネオンが棲みついているあの廃アパートはヨモツマチと名を変えて以来整備されておらず、
正直に言って生きた人間であるならば生活どころか足を踏み入れたいとも思わないほどに不衛生な場所である。
だが「住めば都」という言葉の通り、肉体を持たず人目を避けながらも存在する霊体たちにとってはそんな
汚れた場所が好ましいのである。ただ…状況次第ではあるが。
「………」
(…何かいつの間にか中に案内されちゃったけど、めっちゃ見られてる。)
棲みついている廃アパートと比較してもある程度綺麗であるがそれでもボロボロの部屋であるにも関わらず、ネオンの居た空間はお世辞にも心地いいものではなかった。眼の前に自分をジロジロと睨み続けてる白Yシャツの男、「霊視鏡」と呼ばれる装置越しながらも少し離れた所で興味本位で見ていると思われる女、その二人の視線に刺されながらも座らされているネオンにしてみれば初めて人間に認識されたのもあって体に穴があきそうな位にプレッシャーを感じていた。しかもネオン本人は今まで「視える」人間に直面された際は逃げるしか無かったわけだが、自分を認識されるというのはむず痒いものがあった。
「で、お前さんはクオンの弟…で良いんだよな?」
「えっ?ええっ、はいそうです。」
「ふーん…お前がなぁ…」
(というか会って数分ぐらいで、すごい気まずい状況なんですけど…。)
ネオンが今いるヤオムラ探偵事務所の中は至って普通の事務所と変わらず、主用のデスクと客用のソファとテーブルがあった。男が腰掛けているデスクの上はあまり清潔にしておらず、ポテトチップスやら生活用品がゴロゴロと置いてあった。沈黙によって鈍重な空気が続いている最中、ついにモヅクは口を開けた。
「…分かった、取り敢えず話を聞こうじゃねーか…」
「ほ、本当ですか?」
「但しその前に…マドカ、悪いがいつも通りスネッカーズとアポビタンB1ダースずつ買ってこい。ダッシュなっ。」
そういうと男はズボンから1万円札を取り出し、マドカという女に渡そうとした。
「えっ、でもまだストックはあるはずですけど…」
「いいから早くコンビニ行って来いや…さっきみたいに蹴り飛ばされてぇのか?」
~~~
出かける支度をするマドカ、結局男に言い負けてお遣いを頼まれてしまった。
「…それじゃあ行って参ります。」
「ああ、御守りは持ったか?」
「え、ええ…では。」
そんな意味深な会話を終えると彼女は玄関へと向かい、探偵事務所から去っていった。
やがて出入り口のドアが閉め切った時の音が聞こえたその時、男は深くため息をついた。
「はぁ…これでようやく本気で「おしゃべり」できるな…。」
「…え?」
男はボサボサの髪を掻きながら、デスクの上に置いてある一度開けたポテトチップスの袋に手を突っ込んだ。袋の中から出てきた男の手の中にはポテトチップスではなくリモコンのような装置が握られており、装置のボタンを押した。するとネオンの座っているソファ周辺を囲むかのように正方形状の透明なバリアが張られていく。
「あの、こっこれは一体どういう」
「正直俺ァ疑り深い性格でな…、悪いが霊体のお前はその正方形から外へは出れない。」
「なっ!?…何で、僕はただ…」
「こっちは追われている身でもあるんだ、お前が奴らの一員ではないという保証は誰ができる?」
「…」
一旦の沈黙の中、デスクの中からマドカが先程装着していた暗視スコープ型の装置を取り出す。
「今さっき探偵事務所から出てきたマドカみたいに殆どの人間はこの「霊視鏡」を装着しねえと霊体は視る事ができないが、俺は無くともテメェらが視える…下手なことをすればコッチもそれなりの対処をさせてもらう。」
ネオンは改めてこの男が言った「結械」と呼ばれるバリアが本物であると気がついた。物質に触れることのできない筈なのにバリアをすり抜けることも出来ず、生きた人間でいうあまり力が入らない状態となっていたのだ。
「それじゃあ俺たちの敵ではないと証明するために尋問してもらおうか? …まず改めて自己紹介からだ。」
「…ねっ、ネオンです。」
一時は身動きがほとんどとれない状況で恐怖を感じたが、信じてもらう為には訊かれたことに関して正直に言わなければならがないと悟ったネオンは出来るだけ質問に答えようとした。
「何故お前は四回ノックのことを知っていた?」
「クオン…兄さんがいつも寄っている場所に紙切れがあって、そこに四回ノックしろって書いてあって…」
「俺達について兄貴から何か聞いてたか?」
「いえ、全く知りませんでした。」
「兄貴と出会って何年経つ?」
「15年以上前です、夜中のアストロンベイで」
「質問されたこと以外は口にするな! 今は何年経ったかを聞いただけだ…」
「…っすいません。」
「兄貴がエヴァーダークであることはいつ知った?」
「最初に、出会った時です。」
質問を一通り振った後に数秒程間を空け、男は質問、もとい尋問を続けた。
「兄貴が殺された…いやこの場合、この世から消えた場面を見た時、どんな様子だった?」
「―――っ!!!」
クオンが殺された時を思い出すネオンの頭の中で傷ついたフィルムのように鮮明に、かつ痛々しく脳裏で再生されていた。その時のネオンの表情はモヅクから見ても明らかに「心の軋み」に耐える苦しみの表情をしていた。
「どうした?…答えたくないか?それとも答えられないのか?」
「ヨモツマチ、元「ファーニーズアンダーシティ」第4ゲート…今はゴミ処理場になっているけど、そこで兄さんは、まず右腕を短刀のようなもので斬り落とされて、その後首を…」
「成程な、分かった。じゃあ殺した相手の方の特徴を教えてくれ。」
「…すいません、ある程度遠かったからか細かい特徴は言えないです。ただ分かっているのは相手がエヴァーダークに似た白のパワードスーツを装着していたとしか…」
「じゃあ兄貴が殺されたっていう証拠は?」
「証拠はっ、残念ながら…持ってません。」
「まぁだろうな。お前ら霊体はこの世で何かを残すことができない存在だからな…だが、それじゃあ何も」
「あのっ!! …今僕が敵意を持っていないことを証明できれば僕に対しての警戒心を解いてもらえますか?」
「確かにその通りだが、できるのか?」
「貴方のいう敵というのが何なのかは知りませんが、さっき貴方が「お前が奴らの一員ではないという保証は誰ができる」と言ってました。つまり貴方たちの言う敵は複数名いるということ。そんな複数名いる者の内の一名が何も持たずにしかも身動き一つできない状況に追い込まれることも、ノコノコと相手の陣地の中に入っていくこともない筈です。」
「…」
「それにこの場合、一人ではなく何人かを後方で待機させると僕は思います。だからもし今買い物へ出かけた彼女…マドカさんに何かなければ僕に敵意がないという証明になるっ!! っと思いま…す…」
ネオンが男にそう提案した後に探偵事務所のドアが開き、ネオンにとって良いタイミングでマドカは無事にお遣いから帰ってきた。
「只今帰ってまいりましたぁ…ってあれ?」
キョトンとその場の状況を飲み切れていないマドカであったが、無事に帰った彼女の様子を見て、男は再びリモコンに手をつけた。
~~~
解除してから数分後、ギリギリではあるが自分が潔白であるということを証明できたネオンは先程と変わらずにソファに座っていた。ただ彼から離れていたYシャツの男はタブレットを手にしてネオンの近くへと寄ってきた。
「そう言えば、まだ名前を言ってなかったな…夜ノ村与月だ、ちなみに表では八百村百尽っていう偽名で通してる。この女は日和円だ。」
「えっと…よろしくお願いします、ネオン君…てどこに居るんですか?」
マドカはペコペコとお辞儀しながらネオンに挨拶した…つもりらしいが、ネオンがいるソファ側ではなくあさっての方向に向けていた。その状態を見てヨヅクは出会ったときと同様に怒涛の勢いでマドカの腰目掛けてキックを見舞わせ…蹴り飛ばされたマドカは既視感たっぷりに壁に凄い勢いでぶつかって倒れた。
「いちいち霊視鏡外すな、お前どこ見てんだ?」
「あっ! そう言えば…」
「いちいち言わせないと気が済まないのかお前は…あ? いい加減にしねぇとは縫い合わせるか接着剤でくっつけるからな。」
「分かりました! 分かりましたから! シャレで済まないのでそれだけは勘弁してくださいませんか?」
「あの…僕もそれくらいにした方がいいと…」
ネオンからも制止させようとして、倒れているマドカにゲシゲシと地道に蹴っているヨヅクの脚も止まった。
「…ったく。 マドカ、テメェは休憩室の掃除でもしてろ。俺はコイツともう少し話す。」
「はいっ!! 分かりました」
マドカは急ぎ足で事務所の休憩室へと向かっていく。
「ところでネオン、これは最後の確認だが…本当にエヴァーダークは、いやクオンは…」
「…はい。」
「そうか……ネオン、互いに辛い思いかもしれないが事情が事情だし、現場を見たのはお前だけだ。もう少しだけ俺の質問に付き合ってくれないか?」
「…」
ネオンは今後の為にもヨヅクの要求に承諾するよう首を縦に振った。
「よし、じゃあこれから2枚の画像をお前に見せるからもし心当たりいうなら教えてくれ。」
そう言うとヨヅクはタブレットの画面に触れ、見えるように画面をネオンに向けた。
「この男に心当たりは?」
一枚目の画像に写っていたものは人物であった。年齢は大体5~60代の男性で、ベージュ色のオーバーコートを着ている。画像を見る限り演説している様子であり、無理矢理つくっているかのような不気味な満面の笑顔が特徴的でもあった。筋骨隆々とした体格はコートを着ていてもハッキリと分かるほどに良く、恐らく身長は180~190cm程度であろう。だがネオンはこれまで生きた人間に関してはあまり接触しようとはしなかったが、それでも憶えてる限りの人間の顔の中にはこの男の顔は無かったため、首を横に振った。
「そうか…じゃあこのマークは?」
と再びタブレットの画面を見せられた時、ネオンは恐怖と驚愕の表情を見せた。
「…どうやらマークに関しては知っているようだな。いやマークだけに反応した訳じゃないみたいだな。」
そう…ネオンが反応したのは画像に写っている印だけはなくその印の持ち主であった。それもそのはず…画像に写っている者は―――
四日前のあの夜明け、自分の兄を殺した白い鎧武者、「アシュラホワイト」であった。
「…この人が、四日前兄さんを…」
「…よりにもよって白の『シックスシリーズ』か…完成していたとはな…。」
「白の…『シックスシリーズ』…?」
「お前の兄貴が使っていたパワードスーツ…「霊媒骨格」の中でもトップクラスの性能を持つ六体の事だ…俺とクオンは20年以上前にある組織の一員だった…組織の名前は霊体専門秘密機関…通称・「陰陽庁」、そのリーダーが一枚目に写っているマガツという男だ。」
そう言うとヨヅクはデスクの奥から何かを取り出してネオンの方に放り投げた。ネオンは取り損ねそうになりながらも投げられたモノが何かを確認すると兄の持っていた変身アイテムとそっくりだった。
「プロトタイプではあるが、それには見覚えがあるだろう…その「憑依装弾」は骨格を使う際の起動装置だ。さっきお前の行動を制限させていた「結械」と同じく陰陽庁が開発していたものだ。これ以上の話をすれば長くなってしまうから割愛するが、ただ今言えることは…「霊媒骨格」を使って陰陽庁は何かを企んでいる事、俺達が組織から脱退した挙句に黒の『シックスシリーズ』を盗んできた事、そして俺らが今現在、その陰陽庁に追われて逃亡生活をしている事だけだ。」
「ちょっと待て下さいっ! その黒の『シックスシリーズ』って…まさかッッ!!!」
「ああ…お前の兄貴が使っていた霊媒骨格…エヴァ―ダークのパワードスーツだ。」
「な、何で…そもそもどうしてその組織から脱退したんですか?」
「それは…」
「あのぉすいません、ヨヅクさん…今ちょっといいですか?」
と脱退した理由を言いかけた時、休憩室から突然マドカが顔をヒョコっと出してヨヅクを訪ねた。
「悪いが、後にしろ。今大事な話を…」
「その陰陽庁が今、テレビで会見開いているんですけど…」
「………………は?」
キョトンとしたヨヅク。だがすぐさま休憩室へ急いで向かい、ネオンもその後を追う。テレビのニュース番組の生放送では会見の様子が映し出されていた。その会見の場には見たことのある男が立っていた。先程の画像で見かけた写真に写っていた不気味な笑顔の男…マガツその人であった。
「何で…マガツが…っ!!!」
「どのチャンネルでも同じ会見が放映されていますっっ!」
そしてどのチャンネルの番組でも、画面下のマガツに関しての紹介テロップは統一されていた。その内容とは…
【ヒーロー育成機関「陰陽庁」大臣兼「英勇都衛軍」総司令 マガツ大臣(仮名)】
Episode4:[かつてない新たな英雄譚①]END
次回、Episode5:[かつてない新たな英雄譚②]へ続く。
[用語解説]
「シックス」シリーズ
開発されている鎧装骨格の中でも最も能力の高い六体の霊媒骨格。重機と同じパワーを持つことのできる「霊媒骨格」の中でも、シックスシリーズは一国の軍隊以上の戦闘力を保持していると言われている。
霊視鏡
生きた人間の肉眼から「ハッキリ」と霊体を見ることができる暗視スコープに似た道具。高度のサーモセンサーも付いており、生物であるならば半径10m確周辺を確認できる。但し当然ながら障害物を通り越して霊体を覗くことはできない。
[作者にて]
どうも作者のTHE黒です。ナイトネオン第四話読んでいただき、誠にありがとうございます。
いやぁ何か最近めっちゃ気温が上がってるような気がします。仕事中も喉が渇いて渇いて仕方ない場合があります(泣)。エナジードリンクや菓子を頬張りながらも必死に両立しようと頑張っている今日この頃ですが、皆さんも水分・栄養補給は小まめに行うことをお勧めします…とまぁそんなお話をしながらも次回からバトル展開が繰り広げられる予定なのでお楽しみに!それではまた近いうちに…