EPISODE:12[疼く拳銃]
「実験中」というプレートが引っ掛けられたドアの向こうには、ヨヅクの助手である日和円が、メモのような何かを書き留めている。彼女の座る机の上には一見してみれば化学実験用品に似てる機具ばかりだった。特に一般人からみれば分かる程に奇妙なのは、見るからに重そうなにフラスコ型の装置で、中には「黒い霊力」と見られる黒い気体のようなものが封じ込められている。
「よし、レポート書き終えた~…ふぅ」
レポートに最後に自分のサインを書いて、フゥッと短いため息を漏らす。今マドカのいる部屋は、モヅク探偵事務所にある「検証室」と呼ばれる一室であった。そこは、普段探偵の仕事に就いている時に写真の現像や物的証拠の解析などを主に行うが霊媒骨格などが収納されているガレージは、意地悪な上司・ヨヅクが使用中のため、仕方なくこの部屋を使っている。
事は二日前のことだった…。マドカはヨヅクにある仕事を頼まれた。以前、ベンケイたちに決死の戦いを挑んだ少年幽霊のツバサが所持していた霊媒骨格から溢れ出した「黒い霊力」について検査して調べてほしいというものであった。最初はマドカ本人も気が引いてしまったが、暴力…もとい上司からの力強い説得によって任される始末になったのだ。しかし実験調査を終えたマドカはあることに心配していた…
「あれから三日…ネオン君、大丈夫かな?」
数ヶ月前に探偵事務所へ来た幽霊にして「エヴァーダーク」の弟であるネオンについてである。ネオンが「持てるべき戦力」として及第点にも満たない者だと知ったヨヅクは、センゴクに投げやりという形にはなるが、今に至るこの三日間ずっと自分のスキルをアップさせるために戦い続けている状況だった。霊体には体力というものはないとヨヅクから聞かされてはいるものの、やはり幽霊ながら見るからに少年である彼がどうなっているのか気になっていた。その気持ちをぼそっと呟いて余所見をする彼女だが、
机に置いてあったフラスコ状の装置がなぜか机から落ちた。落下した時の音を聞いたマドカは立ち上がってフラスコを拾おうとするが、中の様子がおかしいと思ったマドカはフラスコの中を見ると…
「あれッ…嘘…でしょ? 中身が消えた?!」
なんと中にあった「黒い霊力」が消えていたのだ! 装置の施錠がいつの間にか解除されていた。どうやら先程の落ちた場所にスイッチが接触して開錠してしまったらしい。自分の置かれている状況を察したマドカの額から冷や汗が垂れそうだった。装置を置いた後、恐怖と緊張で動けない。そんな中、置き時計の秒針が回る音のみしか聞こえなくなっていた。すると実験室のドア付近に置いてあるゴミ箱が勝手に倒れたのである。恐怖のあまり過敏となっているマドカはそぉっと歩み寄る。散乱した紙のゴミを踏みつつ、ゴミ箱を確認のために足でどかした。円型のゴミ箱はそのまま向こう側へと転がる。すぐに周りを見回すマドカだったが、ここで先程ゴミ箱に触れていた足の先に何かがひっついたような感覚がする。
「えッ、今…何が」
右足に眼を向けた時には………黒い何かに巻き付かれていた。
~~~
同時刻の牢屋内で…ネオンは解除キーを手に入れる為、そして自分の霊体として持つべき力を知る為に三日三晩センゴクと戦っていた。幽霊は睡眠や食事を必要とせず、絶えることなく熾烈な攻防が繰り広げられている…筈だが。
「どうしたんだオイィ!! ノロマじゃ駆け引きになんねぇぞォ!!」
「はっ、はい!」
センゴクが解除キーを最初に持ってから…つまり三日前から状況は全く変わっていない。ネオンが攻撃を仕掛け、鍵を取ろうとするも躱されて一撃をもらう…その応酬が始まってからずっと続いているのだ。
(分かってはいたけど、ここまでの差があるなんて…!)
ネオンは相手の長刀による連続攻撃を見ながらギリギリで避けようとしているが、攻撃のいくつかは顔に当たっている。すると長刀に引っ掛けられていた解除キーが遠心力によって遂に長刀から離れ、宙に高く舞っう。それに気づいたネオンは瞬時に手を伸ばす。
「もらッ…!!」
落下する鍵を頭から滑りだすようにしてキャッチしようとした。コンマ数秒の後にネオンの手中に収まるかと思ったが…
「甘ェ!!!」
残念ながらそれに反応できない相手でもなかった。センゴクは長刀の柄を片手で長く持ち替えて大振りした。ネオンの取ろうとした手を間一髪の所で上半身ごと両断する。斬られたネオンもそのまま取れそうだった鍵を取り戻すと同時に、ネオンの真っ二つにされた身体はそのまま倒れていく。
「起きろよ、痛ぇが死ぬほどじゃねぇだろォ…だってもう死んでるしィ?」
「…うぅ」
斬られた霊体は切断部から元の姿形に戻り始め、ネオンはポカンとした様子が見て取れた。
「実体のない霊にも生物と同じように心臓部ってのがある…霊体の弱点でもある霊核と呼ばれるそこは、本来壊す事は不可とされていた。…が、」
ネオンが立ち上がった瞬間、ベンケイは長刀を宙へと投げ捨てた…意表を突かれて空中へと舞った長刀を見てしまうネオン。次の瞬間に頬に思い一撃を食らう。それは実体のある骨格を身につけたベンケイの拳による打撃であった。
「この骨格があれば、霊体の状態で殴る時以上にその霊核にダメージを与えられる。更に本霊發器を使えば、霊核を破壊して本体を消失させる…」
殴られ続ける一方的な状況の中、ベンケイが宙へ投げ捨てた長刀が数メートル先の地面に突き刺さっている。相手が手放しているなら隙を見て取ることも可能である。と、ネオンは思っていたが…
(正攻法じゃ相手にならないし、隙もない…こんな相手にどうすれば?)
対抗策を模索するネオンにそんな余裕はなかった。第一に相手との能力は文字通り雲泥の差…攻撃と防御は効かず、スピードも速く回避するのも精一杯という分かりやすく危機的な状況に変わりない。
「考えながら戦ってたらキーは一生手に入んねぇぞ黒坊主ゥ!!」
「っぐ!! その黒坊主ってあだ名…やめてもらえませんかね!?」
「俺から一本取れたら改称してやるよォ、もしもの話だけどなァッ!!」
センゴクはネオンのパンチをひらりと避け、回し蹴りをお見舞いした。腹を蹴られたネオンは後ろへ飛ばされると、少しの間うずくまる形で倒れていたが、負けじと再び立ちあがった。
「そうだ、そうやって地を這ってでも立ち上がって…掴み取って見せろォ、お前だけの戦闘スタイルをよォ!!」
(どっちにしても、覚える必要があるんだ…今までのとは違う「戦い方」を、今すぐにでも!!)
…ドク……
心情に呼応したのか‥ネオンの掌が薄緑色に少し光っていたが、本人は気づく余地もなかった。
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そんな様子を監視カメラから覗いている人物が一人…無精ひげを生やした事務所の主、夜乃村与月だった。
(訓練の様子を見る感じは頭が悪いわけではねぇ、如何せん「ツメ」が甘ェ…のか)
ヨヅクは監視の映像を見ているだけではなく、何やら手元に置いてある機械をいじっているようだ…。彼が今いる場所は、以前ネオンが見つけた謎の部屋にいた。
「終わリましタよ、ヨヅクさん」
部屋に入ってきたのは、別室で実験調査を行っていたマドカだった。手書きの文書数枚が入れられたクリアファイルを持っている。ヨヅクはマドカに目線を向けずに机上の作業を続けていく。
「結果は?」
「…こちらに」
彼女がクリアファイルを机に置くと、ヨヅクはようやっと作業の手を止めてクリアファイルの中に入れられていたのは、レポート用紙に書かれた調査メモだった。
「…ネオン君は?」
「まだ牢屋の中でご教授中だ…」
「そう、デすか」
調査の内容はツバサを凶暴化させた「黒い霊体」の性質について次のように書かれている。
・レポートによれば、「黒い霊力」は霊体の持つ能力を向上させる。だが同時に霊体の精神にも多大な影響を与えてしまう。この霊力をまとった霊体は攻撃的になり、本人の意志と関係なく暴走行為を起こす。さらに一番の問題点は、この霊力が寄生虫や細菌のように接触することにより反応するという点である。しかも、「黒い霊力」は霊体の持つ霊力と同化してしまうのだ。時間をかけて馴染んだ霊力は徐々に寄生主の霊力を食らい始め、最悪の場合寄生主が完全な悪霊になってしまう。
分かりやすく説明をすると、これらがレポートの内容であった。黒い霊力についてのデータを
一通り見るとヨヅクは机の端に置いて作業へと戻っていた。
「何も変わらん、か…」
ベンケイはヨヅクと共に陰陽庁から脱した数名の幽霊の一人だ。現在はヨヅクの用心棒として共に行動しているらしい…が、ヨヅクはあまり幽霊たちに対して快く思っていない所もあってかヨヅク自身も心を開いていない部分もある。
小言をブツブツと口にしながら装置をいじるヨヅクの後ろでレンチを持っている手を力強く振り上げたマドカの姿があった。マドカの眼は気力を感じさせない程に…死人のような眼をしていた。
「……」
「そういやぁベンケイも何年か前」
彼女の振り上げた手は無情にも作業中のヨヅクの後頭部めがけて振り下ろし、部屋には鈍い金属の衝撃音が響いた。
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「はぁッ…はッ……ま、まだぁ!!」
同時刻、先程とネオンは諦めずにセンゴクマルに立ち向かっていたがただならぬ焦燥に駆られている様子であった。眼の前にある解除キーを取ることに躍起になっているものの、その気合が空回りとなっていた…余裕のないネオンの様子を見たベンケイ。
「拳を下ろせ、一時休戦だ」
ため息まじりで持っている長刀を地面に置くと共に、さっとその場に座り込む。
「僕らにはそんなの要らないのは分かってる筈です! それに、今この一瞬でも仲間たちは…!!」
「『お前が来るのを待ってる』…って言いたいのか?」
「…ッ!!」
図星のことを言われたネオンは口にしようとした言葉を呑み込んだ。
「吐き違えてんじゃねェよ黒坊主、お前も分かってる筈だ…今アイツらが求めてんのは『救ってくれる誰か』だってことをヨォ!」
センゴクの言葉に、ネオンはふと我に返った。確かに今の状態で解除キーを取れるほど骨格に憑依した相手と戦うのは甘くない。…仇である、あの白いヒーローと戦うのであれば尚更のことである。
「なぁ、ひとつテメェに訊きてェことがあるんだがァ?」
「…何ですか?」
「目の当たりにしたのは本当か? 兄貴の死ってヤツを…」
数秒の沈黙の間、ネオンの脳裏によぎったのは忘れた事の無い「あの時」。…そう、大切なものを失い自分が強くなろうと決心するキッカケとなった…あの雨が降る朝に迎えた兄の死。
「…はい」
「そうか、ならばその時お前はどうしてた?」
「そっ、それは…」
口で改めて言おうとするが、思い出すだけでもネオンにとって精神的に厳しいものがあった。
「そうか、だがまぁそうなるわなァ…」
それが答えだと言わんばかりにセンゴクはその時のネオンの表情を見て察したのか、それ以上深く詮索しなかった。
「心配しなくともお前を責める気なんざねェよ、むしろ無事だったことが奇跡中の奇跡だァ…」
「あの、そんなに戦力的に脅威なんですか? …エクソファイブは」
ベンケイは監視カメラのある方へ視線を向けた後、数秒でネオンに戻す。
「…〈シックスシリーズ〉の話は聞いてるなァ?」
「兄さんたちが持っている霊媒骨格ですよね? 一番最初に開発されたっていう…」
「二十数年前、マガツは当時最高の頭脳を持つとされていた6人の科学者それぞれに霊媒骨格を造らせた。それが〈シックスシリーズ〉…その中で当時から最も開発に力を入れていたのが…「白」だったらしい。「白のシックス・シリーズ」について知ってることはこれくらいだが……俺の聞いた限り、エクソファイブってのは一体だけで一国の武力に相当する程の力を秘めているらしい」
先程から戦っているネオンは驚きを隠せずにいた。実力をもってしても、大差が歴然であると言われて自分達の敵がどれだけ恐ろしいのかを悟った。
「要するに兄貴を倒しちまうアシュラホワイトを倒すにゃあ、根本的に何も持ってねぇお前じゃ駄目って事だァ…」
「ベンケイさんは?」
「…ん? 俺も当然」
「ベンケイさんは、兄さんの事をどう思ってたんですか?!」
ネオンは自分の知らない兄の一面を知りたいがためにその質問をベンケイに投げかけたが…
「ウザくて目障りだったァ…以上」
清々しい程に一蹴するような応答は亡霊になって初めて聞いたような気がする…とネオンは思った。
「あ、あははは」
「だが…まぁ補足を付けるとしたら、俺が会った幽霊の中で一番自由だったと思う」
「…自由、ですか?」
「俺たち幽霊ってのはなぁ、生きてた時の記憶はそれぞれ違ェけど共通してそれらは「辛く苦しいモン」だ。解消の仕様の無い苦しみに悶え、廃人の様に精力も感じられない奴らがほとんどの中…アイツは絶望なんてしていない様子だった…だからこそ、ヒーロー「エヴァーダーク」を最期までやり通すことが出来たんだと思う」
ベンケイの脳裏によぎったのは、かつて「黒の英雄」・エヴァーダークと怪人たちとの戦いの中での日々であった。
~十年前・同所~
正確に言うのであえば、実はベンケイはヨヅクたちの後に陰陽庁を脱退している…要するにネオンの次にあたる新参者なのだ。今現在はヨヅクの言う事を聞いている彼だが、出会った当初は誰にでもいがむほどに誰にも不信になっていた。勿論、そんなベンケイにマドカや他の幽霊たちもすき好んで近づこうとはしなかった。
「グァッ! くソッ……!!」
「…これで今日23回目…通算274敗目、だね…ベンケイ」
―――ただ一人、クオンを除けば。
クオンはベンケイが暴走しないように、彼の特訓相手となっていた。特訓の場である地下牢屋で、彼らは何十回何百回も実戦に近い形で激しく特訓していた。負けじと本気で勝とうとするベンケイであるが、相手にしているのは…霊媒骨格で最強クラスの「シックス・シリーズ」。結果は言わずもがな常に地に手をついていたのはベンケイであった。
「もう一度だァ! もう一度ォ…!!」
幾百の黒星をつけられたのにも関わらず、地を這って再戦を申し込もうとするベンケイにヤレヤレと言いながらも応えようと再び構えるが、
『そこまでだ幽霊共!!』
これからというタイミングで監視カメラにつけられたスピーカーからヨヅクの声が聞こえた。その声を聞くと、クオンたちは動きを止める。
『F区に怪人三体とD区に巨大怪獣が二体だ、やれるか?』
「…分かりました。じゃ、すんませんけどこの辺で…」
骨格を装弾形態に戻し、霊体の姿へ戻ったクオンは地下から出ようとしたが、ベンケイは不服な顔で長刀を地面につかせながら立ち上がる。
「おい、待てやクオン! まだ勝負はなァ……!」
「アンタにとっては決着が何番目に大事か知らんが、こっちはそれよりも優先するモンがありますんで…」
クオンの反応に対してより怪訝そうな表情をするベンケイはボソッと口を開く。
「分からネェ…」
「ん?」
「出会った時からお前を理解できねェ…! 幽霊を「存在してはいけないもの」として扱ってきた人間を救う理由があるってのかァ、アァッ?!」
胸ぐらを掴みそうな勢いで迫るベンケイ。確かに自分たちは窮地に立たされていたのは明確だ。それだというのに、クオンは…
「もし俺が見返りを求めるような奴だったら、ここにいませんよ?」
「…ならァ、オメェは何故に戦う?」
クオンはその問いに対して態度は変わらずに、握りしめた右手を大きく上に振りかざした。
「救いを求める手を伸ばして触れられるのならば俺がその手を掴む。…難しいことは言えないけど、それがこの黒の「シックスシリーズ」を手にしている俺の…できうる正しい「在り方」ってヤツだと思いますよ?」
「…ッ!!!」
一見すれば曖昧な言い方ではあるものの、クオンの表情には一片の恐怖を感じなかった。強がりや空元気などではなく、なんとかできるという油断でもなく、消される覚悟も入り混じえながらの笑顔であった。その表情を見たベンケイは止めても無駄だという悟り、これ以上は制止しようとしなかった。
「心配しなくても、これが終わったらまた付き合ってあげますよ。 要はちゃちゃっと仕事を終わらせてパパっと戻れば良いんでしょ…簡単な話だ」
「自分がくたばっちまったら、その時俺ァどうすれば良いんだよォ?」
怪人たちのもとへ行こうとしたクオンは一瞬動きを止め、顎に手を添えた後こう言った。
「そん時の為に、俺以上に強い奴が出会えることを祈っといてください。 だけど心配せずとも帰ってこれますけどね」
~~~
「正直ヨヅクさんに死んだって聞いた時ゃ驚きはしたし、それ以上に悔しかったってのもある。 結局、奴を負かすこともできねぇまま勝負は終わっちまったァ」
「そう、だったんですね……」
自分と一緒にいたクオンは戦いがはじまった時から、何も変わらない兄の姿を想像したネオン。と同時にベンケイが自分と同じようにここで特訓していたということにも、内心少しだけ動揺していたりもする。
(…ベンケイさんでも、兄さんに勝ったことがないんだ?)
「…クオンの奴は戦いに関して俺達の中でもピカイチのセンスだった。オマケに「黒」は単純な身体能力としては、「シックス・シリーズ」随一とも言える。…がそれはアイツの能力も高かったから…あ…」
ネオンのふとした疑問に、「しまった」と言わんばかりにはっとしたベンケイは自らの口を塞いだ。
「っチ! 余計なことベラベラくっちゃべっちまったなァ…まぁなんだ、その…とにかくこの先は
お前を一人の戦士と認めたら話すことってことだァ!!」
ベンケイは地面に置いていた長刀を即座に持つと、ネオンに向かって先程の連続攻撃が再び始まった。なんとか体勢を戻すところを見ていたからか、ネオンも素早く反応して回避することができた。
「ちょちょっと! 休憩終わんのいきなりすぎだし、その結論強引すぎませんか?!」
「隙や余裕ができたら勘が鈍るだけだぞォッ!! 一秒の反応差が命取りになんだよ、黒坊主ゥ!!」
「考えさせるための休憩でしたよねッさっきの流れ的に!?」
しかし何回も回避を繰り返していた為にネオンの動きが良くなっていた。なんとか長刀の矛先近くにある解除キーを手にしようと距離を取りつつもチャンスを狙っていた。
「ッこの!! …ってうわぁ!!!」
バチンッッッッ!!!
ただ、少しバランスを崩しただけだった…足を踏み外したネオンは、そのまま結械装置が作動している「檻」に触れてしまった。結界装置によって霊体である彼の体はスーパーボールのように弾かれて向かい側の側壁に激突した。
「お~い、まだ成仏してねぇよなァ? 今すんげぇ勢いで「檻」に突進した気がするんだがァ?」
「っく……!!」
霊力が乱れながらも倒れ伏せていたネオンに、近づくベンケイ。だがネオンはベンケイの持っている解除キーに手を伸ばした。だが…伸ばした手はベンケイによって踏まれる。
「おっとッ!!」
「ああっ、今触れられたのに……ガァ``ッッ!!!」
ネオンの手を踏みつけるベンケイは持っていた長刀を陸上競技の投げ槍のように、今度はそのまま自分達の位置から遠い方の壁に向かって投擲した。投げられた長刀は壁に深く刺さり、床に伏せられたネオンが今の状態で手に取ることができない範囲まで遠のいてしまった。
「どうした、余裕が無いらしいじゃねえのォ…?」
ベンケイは後ろからネオンの身動きを封じている。それに負けじとネオンも組み伏せられていない左手を長刀へ伸ばすが、流石に数メートル先の長刀を触ることは不可能だった。…のにも関わらずネオンはめいイッパイ手に伸ばして解除キーを掴もうとしていた。
(あと、あともう少しなんだ…、僕の出来うる、最高な戦い方を!!)
たとえ届かないと分かっていても、たとえ危機的な状況に陥っていたとしても…少年は諦めていなかった。その手は少し頼りないような気もするが、それでも伸ばした手には強い「意志」を感じ取ることができた。
それは彼から、ヒーローである兄から受け継いだ意志…それは―――
『救いを求める手を伸ばして、触れられるのならば俺はその手を掴みたい!』
初めての怪人という未知の敵に立ち向かおうとする兄は、市民の為に最期まで戦おうとしていた、文字通りに「亡き命」を賭けて。
(僕にも…そんな強い手があれば、もう何も失いたくない…この手が掴めるすべてのものを、守りたい!!)
その心の叫びに呼応したのか、はたまた偶然なのか…伸ばした掌は、
(いっ今、手が……!!)
ネオンの体から離れて、長刀の刺さった壁に向かってと放たれると煙の如く消えていった。
~~~
ほぼ同時刻の「検証室」、ヨヅクは無事に持っている装置をいじりながら作業しているがようやくそれが終わったようだ。
「よし、これで概ね完成となるかなぁ…」
椅子から離れたヨヅクは、写真立てが上に置いてある棚に近づいてゆく。
「ついにですよ…長年まで経ってでしたが、これで貴方の意志を受け継いだことになりますかね…アンドウさん?」
ようやく椅子から離れたヨヅクは、傍にあった棚に置いてある写真立てに近づいてゆく。その写真立ての中には三人の人物が写っていた。一人は夜乃村与月…とはいっても少し若い時に撮られたらしく、今のように無精髭やボサボサとした頭髪ではなかった。写真に写る残りの二人は、片方が薄幸の雰囲気を持つ美しい女性…そしてもう一人はヨヅクと女性の肩をもつようにしている強張った表情の男であった。マガツと同じようにスーツを着ていたが、マガツのように怪しい笑顔とは真逆の硬派な印象の男性だった。
「少なくとも俺達3人がつくった最後の希望を…形にできたと思います。使う奴は…心身共にまだ青二才かもしれませんが、あなた方二人が遺してくれたモノでこの戦いを終わらせますよ…!!」
ヨヅクは写真立てに無造作に置いてあった煙草を箱から出して、火をつける。煙草から流れる煙は空中をうねる様に漂い、口から吐かれた煙は雲のように丸く収まって散らばった。
散らばった煙の向こうには黒く光沢のある「骨格」が完成していた。それはエヴァーダークとは違うフォルムの黒い霊媒骨格の様であった。
もの思いにふけるような表情で天井を見上げたヨヅクはようやく後ろを振り向くと、そこには地べたに座わるマドカがいた。
「…ところで、いい加減目ェ覚めたか、馬鹿助手?」
「ウウゥ……腕の関節がぁ…」
痛そうに腕の第一関節をさするマドカの眼は元の正気に戻った様子だった。足元にはフラスコ型の装置が置いてあり、ヨヅクはそれを手にする。
「油断したテメェが悪いんだろうが、文句言うな」
「あぁ大声出さないで下さいよ、今でも少しボーっとしてるんですから…」
「…今回の事は結果オーライにしておいてやる。さっきのお前を見て、これでまた一つ新たな説が浮かんだ。この黒い霊力は
一定の成長を遂げれば、人間にも憑りつくってことがな」
フラスコ装置に閉じ込められた「黒い霊力」は、生物のように中で蠢いている。まるで…百足にも似た醜い物体となり果てていたのだった。
EPISODE:12[疼く拳銃]END
次回[少年よ、黒く煌け!!]に続く。
[用語解説]更新!
黒い霊力(NEW)
現英勇都衛軍の隊員たちが使用している骨格の内部に付着している霊力。骨格のパワーを格段にアップさせることができるが、一度使用した霊体が暴走すると力や感情をコントロールすることが困難になる。この霊力は骨格に憑いた霊体の霊力をエネルギー源として成長し、一定の範囲まで成長すると生きた人間に憑りつくことが可能となる。
[作者から]
どうも、作者のTHE黒と申します。…お待たせして申し訳ございませんです。この数ヶ月親族関係で大慌てでして…次回からは心身入れ替えて平常運転の1,2回に1度のペースで投稿させていただきます。プライべートでは柚子胡椒にハマっています…特に鶏肉のから揚げに柚子胡椒をつけるとメッチャ旨いッス!最近は食べ歩きするのが楽しくなってきたのか食べ方のこだわりが強くなってきた気がします。とはいえ食べ過ぎてるときもありますけど…「食欲の秋」めぇ(憤) とまぁ日常的なことは置いといて、ベンケイのスパルタな特訓によってネオンは霊としての力を覚え始めました。そしていよいよネオンにも…13話をお楽しみに。あっ感想・コメントもTwitterでまってま~す。それでは今度こそ近いうちに…