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夢と現の境界迷宮Ⅳ【機巧の子守歌】  作者: Thera
Ep.1【少年少女の邂逅】
7/23

【迷宮を目指す理由】



 結論。

 彼は、夕刻になってもピンピンしていた。脱力するチェリンをよそに、ハルは淡々と食事の用意を始めている。


「半刻ほど待っていろ」


 そう言うと、ハルは獣のように森の奥地に立ち消えて行った。

 静まり返った森を見て、エミリアが不安そうに顔を歪める。


「エリハルさん、何をしているんでしょうか……?」


「さぁ……」


 落ち着かない空気のまま待つこと半刻。

 日が沈む少し前に戻ってきたハルは、野草や木の実、おまけに大きなカモまで抱えていた。

 

「わっ、カモですか⁈」


「あぁ」


 短く答えると、ハルは手早く獲物の処理を始めた。

 カモを豪快な丸焼きにして、その間に採取物を加工する。採ってきたキノコと香草、それから干し肉で即席のシチューを作り、煮炊き袋をたき火に吊るす。

 粘性のある植物の根を刻み、その中に潰した果実や花粉を混ぜ始めた時には、好奇心に負けたエミリアがハルの邪魔をしにかかった。


「エリハルさん、何を作ってるですか?」


 ハルの腕を押しのけ、仔犬のようにわきに頭を突っ込んでくる少女。

 最初はハルの事を異常なほど怖がっていたのだが、危険が無いと判断したのだろう。今では兄に対するような甘えっぷりを見せている。


「あぁ、こら、エミリア! そんな事をしては失礼だろう、離れなさい!」


「別に構わない」


 慌てたように言う商人を見ることなく、ハルは言った。


「口を開けろ」


 木彫りのスプーンにボウルの中身をすくい、エミリアの口に突っ込む。

 『雛に餌を与える親鳥』というフィルター画像が、チェリンの脳内に浮かんで消えた。


「わっ、甘くて美味しいですっ!」


「肉や野草の味ばかりでは、飽きると思ってな。今は早生(わせ)の野いちごが出る時期だったんで、これを作った。そのまま食っても良いし、パンに付けても良い」


「へぇ……キミって、料理が上手なんだね?」


 チェリンの言葉に、ハルは肩をすくめた。


「保存食ばかりでは飽きるからな。どうにかして日々の食事に変化をつけられないかと、長らく研究していたんだ。そろそろ、焼けた頃だな」


 油の滴る肉を火から下ろすと、その一部を刻んでシチューに投入し始める。

 ジュワッと音を立てた煮炊き袋の芳香に、チェリンの喉がゴクリと鳴った。


「……。」


 身を乗り出したチェリンを見て、瞬きすると。

 ハルは、煮炊き袋に突っ込もうとしていた肉をパクリと食べた。


「あっ……」


 しゅんとするチェリンの前で、ハルは平然と肉を咀嚼している。


「チェリンさん、エリハルさんにからかわれてるですー」


 その言葉にハッとして、チェリンは真顔の少年を睨み付けた。


「……。いや、反応が面白いから、ついな」


「つい、じゃないわよっ?! 何がついなのよっ⁈」


 猛然と言い募ると、少年はチェリンに向けて一礼した。


「ノリ反応に感謝」


「うっわぁ腹立つ。一発殴らせなさい、ちょっと一発殴らせなさいよ。ねっ?」


 ギシッとこぶしを握ったチェリンの前に、ずいっと大きなものが突き出された。カモ肉だ。


「そんな事より、飯にするぞ」


 その言葉に、チェリンはぐっと動きを止める事しかできなかった。

 ……人間、空腹には勝てないのだ。



◇◇◇



「チェリンさんたちは、何をしにラフェンタに行くですか?」


 エミリアの唐突な質問に、チェリンは目を瞬かせた。

 空腹だった四人はあっという間に食事を終え、火の周りで休息をとっている。

 商人のドムサなどは、既にイビキをかいて爆睡しているほどだ。


「僕の方は、特別な理由があって目指しているわけじゃ無い。旅をするのは、流浪民の性だ」


「そういうものなんですか?」


「あぁ」


 弄んでいた小枝を火に投げ込むと、ハルは少女を見下ろした。


「お前も、さっさと寝てしまえ。疲れただろう」


 ハルの言葉に、エミリアはぷくぅと頬を膨らませた。宵っ張りな子なのだろう。


「嫌です。エミリア、もっと起きていたいです」


「……。大人しく寝たら、明日は別の甘味を作ってやる。見つかる食材にもよるが」


 このひと言は効いた。

 長らく乾パンしか食べていなかったのであろう少女は、すぐに頭まで毛布をかぶった。

 最初は毛布ごとモゾモゾ動いていたが、すぐに穏やかな寝息が聞こえてくる。


「「…………」」


 沈黙の下りた野営地に、しばらく火花の弾ける音だけが響いていた。


「……。『栄えある帝国が四方(よも)、神をも憩う聖地あり』 」


 唐突にハルがつぶやいた言葉に、チェリンは顔を上げた。

 少年の横顔が、揺らぐ炎に照らされている。


「 『何人なんぴとをも魅了する神秘の楽園、亡き民の栄光に満つ夢の跡。されど近づく事なかれ、彼の地には魔が集う。天秤に汝が命をかけるなら、獣に満ちた楽園に、汝、決して踏み入る事なかれ 』 」


「……それ、何の(うた)?」


「迷宮冒険譚の一節だ。吟遊詩人の友人が、よく歌っていた」


 ハルは、淡々と続けた。


「神聖イウロ帝国の各地には、古代リセルト人の遺跡が数多く存在する。その中で最も有名なものが、『夢幻迷宮』と呼ばれる神殿廃墟だ」


「…… 」


「夢幻迷宮は帝国の四方にひとつずつ存在し、結界に閉ざされた空間の中に、独自の生態系を発展させている。確か、お前が目指しているラフェンタ公国都市も、その神殿とやらがある街だったな」


「うん、そうだよ」


「……確か迷宮は、リセルト人にとっての聖地でもあったな。旅の目的は巡礼か?」


「んー……それもなくはないんだけど」


 チェリンは、ハルの事をまっすぐに見た。


「あたしね、兄を探してるの。たった一人の家族なんだけど、私が子供の時にはぐれて、それっきりなの。

 あたしがもし、迷宮冒険者として名をあげれば、名声を聞き付けた兄の方から見つけて貰えるんじゃないかって……そう思って」


「……。」


 迷宮冒険者。

 魔物と戦い、未知の領域を踏破していく命知らずとして周知されている職業だ。

 四つ存在する迷宮、それに付随する迷宮都市ごとに冒険者の組合が存在しており、南のラフェンタに存在する組合は、四方最多の冒険者を有している。


「なるほどな。兄の氏族と、名前はなんて言うんだ?」


「兄の名前はディアダっていうの。氏族は……もう無いから、名乗るほどでもないよ」


「そうか。珍しい名前でもないな」


 兄しか肉親がいない。そして氏族が存在しない。つまりこの娘の一族は、内戦で滅んでしまったと言う事だろう。


「……。僕は」


 短槍を抱えて座るチェリンを一瞥すると、ハルは言葉を落とした。


「僕は物心ついた時から孤児だったし、一箇所に留まるという事をしてきた記憶はない。

 だから、お前の家族に会う為だけに命を賭けるという精神は、正直言って理解できない。

 だが、その目的は……お前にとって、大事な事なんだろう」


「……うん」


「会えるといいな、お前の家族に」


 穏やかなエリハルの言葉に、チェリンは旅布を握りしめながら頷く。

 穏やかに爆ぜる火の暖かさが、ふたりの間を満たしていた。


「だが、若干心配だな」


 ハルは火をつつきながら、にやりと笑った。


「お前はわりと、世間知らずみたいだからな。護衛の相場も知らないのでは、ぼったくられるぞ。そういう依頼を受ける前に、勉強しておいた方がいい」


「えー、じゃあ教えてよ。勉強しろって言ったって、教科書があるわけじゃないもの」


 チェリンがふてくされながら言った言葉に、エリハルは目を見開いた。


「教科書ってお前……文字が読めるのか?」


「え? ええ、もちろん。イウロ語は読めるし、書けるよ」


「教えてくれないか。僕は計算はできるが、文字を読めない。読みたいと思うことは幾度もあったんだが、読める人間が周囲にいなかったんだ」


 ハルは身を乗り出した。

 流浪民の血を表すオリーブ色の肌が、明るい炎に照らし出される。


「キミ、すごい難しい言葉遣いしてるから、本とか読んでるんだと思ってたよ」


「最初にイウロ語を教えてくれた人が、こういう喋り方だったんだ。本を読んだりしていたわけではない」


「ふぅん」


 チェリンは目を瞬かせつつも、頷いた。


「じゃあ、教えてあげる。代わりにキミは、あたしに護衛士の常識を教えてよ」


「といってもな。何から話すべきなのか分からん」


「えーと、じゃあ相場から教えて! あたしみたいな短槍使いが護衛士をやる場合、どのくらいの日当が妥当なの?」


「実力から言えばそれなりの値段を取れるはずだが、お前は性別や年齢の事があるし、そもそも紹介者がいないからな。

 最初は熟練者に弟子入りして、紹介状を貰えるようになるのが妥当だろう。だが迷宮都市なら、そのシステムを使わずとも実力は示せるわけだから……」


 チェリンが何度も手を上げて質問して、エリハルは腕組みしながらそれに答える。

 元気な声と静かな声が交互に飛び交う問答の時間は、ラフェンタ公国都市に到着するまで毎夜続いたのだった。


 

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