【道中の仲間】
少年が自分の黒髪と格闘し始めてから半刻後。
髪を切り終えたらしい少年のすぐ近くまで寄ると、チェリンは手に抱えていた布束を差し出した。
「はい、これ」「……。何だ?」
「服だけど。それ以外のものに見える?」
チェリンの声に、少年はフルフルと首を振った。
背中まであった髪は肩あたりの長さに揃えられ、緑がかった艶を放っている。
自分で整えることに慣れているのだろう、チェリンが残念な切り方をしてしまった箇所も、綺麗に軌道修正されていた。
「キミが髪を切ってる間に、オフェロス郊外の露店で買ってきたの。返り血を付けたままじゃ目立つし、着替えなよ」
「いや、しかし、これはお前の金で買ったもので」
差し出した服を拒否しようとする少年に、チェリンはため息をついた。少年の纏っている前閉じ式の着物を指さし、傲然と見下ろしながら宣言する。
「自分で着ないなら脱がせるよ?すでに千切れかかってるボロ帯を引っ張っちゃえば、あっという間に寿命終わりだもんねー、その服」
「随分と男前な脅し方して来るな、お前……。」
チェリンの事を見上げ、苦笑する少年。その笑顔を見て、チェリンは目を瞬かせた。
今までは長い髪に隠れていて見えていなかったのだが、驚くほど綺麗な顔立ちだ。
彫りが深く、アーモンド形の切れ長の目をしている。深く澄んだ緑玉色の瞳には、金色の粒が散らばっている。
「どうかしたか」「あ、いや」
怪訝そうな顔で見上げられて、チェリンは首を振った。
「夜だったし、ボサ髪とボロ雑巾みたいな服のせいで分かんなかったんだけど。キミ、きれいな顔してるんだね 」
「……。褒めてるのか、それ?」
チェリンは肩をすくめた。
「ボロ雑巾なのは格好だもの。少なくとも、貶してはいないよ」
「そうか。なら、一応礼を言っておこう」
ハルは軽く頭を下げると、チェリンが後ろを向いている間に手早く服装を改めた。すぐに支度を完了し、キビキビとした動きで歩き始める。
昨日時点では疲労で気絶するような消耗っぷりだったと言うのに、異常なほどの回復力の持ち主だ。
「しかし、すまないな」
森を抜け、宿場町郊外の半ばまで差し掛かったあたりで、ハルが言った。
「まさか、同行を許してもらえるとは思っていなかった」
「えーっと……あたしって、人狩りに遭った人を山奥で見捨てるほど冷酷に見えるのかなぁ?」
「いや、そういうワケでは無いんだが 」
そんな会話をしながら露店市を抜け、建物のある区域に入る。人だかりのできている広場の横を通り抜けようとしたとき、ふいに、大きな歓声が湧き上がった。
「なんだ?」「えっと……」
背伸びして人だかりをのぞきこむと、広場の様子が見えた。
噴水のわきで、体格の良い男が麻袋の束を持ち上げようとしている。
「たぶん、力比べの大会かな 」
脇にはディル硬貨を山積みにしたテーブルがあり、男の仲間らしき男女がやんやと声をかけている。
麻袋を持ち上げられた客が、賭け金を得るシステムなのだろう。
「あぁ、それは良い。金を稼げる」
ハルは微笑んだ。
いたずらを思い付いた子供のような、含みのある笑みだった。
「参加費は五ディルか。すまないが、銅貨を貸してくれるか」
「え?別にいいけど……挑戦するの?」
「あぁ」
言うが早いか、ハルはするりと人ごみを抜けると、主催者の男の前に進み出た。
「お前さん、挑戦する気なのか?」
引き締まってはいるが、細い体格をしたハルを見て主催者が笑うと、ハルは薄く唇を持ち上げた。
「挑戦する分には自由だ。そうだろう?」
一瞬の静寂。
のち、どっと溢れ出た喝采がチェリンの耳朶を打った。
「いいぞ飛び入りの坊主!」
「やってみろよ!」
「おいおい、怪我すんなよ」
嘲笑と苦笑が混ざり合った野次を受けても、少年は平然としている。
主催者の男は、ハルの痩せた体を見て苦笑した。
「仕方ない。じゃあ、そこにある麻袋を持ちあげられたら、参加を認めてやってもいいぞ」
男が示したのは、ハルがすっぽり包み込めるくらいの麻袋で作られた重しだった。
「一個でいいのか?」
訊ねたハルに、主催者は苦笑した。
「お前さんに二個持てだなんて、鬼畜な事は言わねえよ 」
「……。」
ハルは、無言で麻袋に近づいた。
右手の調子を確かめるように開けたり閉じたりを繰り返すと。
ひょいっと、麻袋の束を片手で持ち上げた。
「「………… 」」
全員、ものの見事に絶句。
「これで参加権は得たな?」
ハルが無造作に麻袋を投げ落とすと、主催者の男はかくかくと小刻みに頭を上下させた。
「規則は」
「さ、最高記録を超えることだ。今の最高記録は、あそこにいる旦那の十二個だ」
「そうか」
ハルは銅貨を主催者の手に落とすと、ざざっと道を空けた野次馬たちの間を通って前に進み出た。麻袋の山頂でふんぞり返っている男は、一連の会話を聞いていなかったらしい。自分の前に現れた少年を見て、獰猛な笑みを閃かせた。
「なんだ坊主、俺に用か」
ハルは淡々と頷いた。
「あぁ。そのまま動かないでいてくれ 」
「は?いったい何を 」
男が言い切る前に、ハルは麻袋をまとめている太縄を掴んで投げ上げた。晴れ晴れしい青空を背景に、男を載せた麻袋が優雅に虚空を舞う。
日常生活で見ることはない光景に、野次馬たちはぽかーん、と空中を仰ぎ。次に、その真下に佇む少年を見て顔を青ざめさせた。
(危ないっ!)
チェリンが外套の留め具に手をかけ、とっさに飛び出そうとしたその時。
少年の視線が、チェリンの姿を捉えた。
大丈夫だ、という風に肩をすくめると、迫る黒陰に目を細める。
「う、うぉおぉおおぉおおっ⁈」
野太い悲鳴と共に落ちてきた圧倒的重量のソレを、ハルは両手で抱えるようにして受け止めた。
メキョッと音をたてて足場が沈み込んだ瞬間、僅かに顔をしかめたが、重さにふらつく様子はない。
「お、降ろせぇえぇええ⁈」
「悪いが、少し待ってくれ。おい、これ、何秒間持ち上げていれば良いんだ?」
この荷物どこに運べばいいですか、というような気軽な口調で言い放つハルの足元は、完全に陥没している。
異様な光景を目の前にして、主催者の男は酸欠の金魚のように口をパクパクさせた。
「じゅ……十秒間だ」
「分かった」
安定が悪かったのか、ハルは右肩に荷物を背負いなおした。
荷物が揺すりあげられた瞬間、ハルが誤って踏みつけた小石がパキンと砕け散る。
「……」
「…………」
「「………………」」
誰も何も言えない、沈黙の十秒間が流れた。
「おい、もう十秒経ったか?」
訊ねられて、チェリンは微妙な角度でこくんと頷いた。
「経った……と、思うよ」
「よし」
ハルは、巨大すぎる荷物を地面にひょいと降ろした。
すると、次の瞬間。
「「うぉおぉおぉおぉおおっ‼」」
当然のごとく、野次馬たちの歓声が溶岩のように吹き上がった。
「き、君はいくらだい?ぜひ、ぜひうちのギルドに」
金貨の袋を受け取っていたハルの背にすり寄るのは、長棍使いの男。
「ねェボク、私たちのギルドにこなぁーい?高く買ってあげるわよ」
後退するハルに自分の腕を絡ませたのは、過激な黒革服に身を包んだ鞭使いの女だ。
ハルは、天敵を警戒する若鳥のような動きで後退すると、人混みを跳び越えた。
「「は……?」」
小柄な少年の跳躍に誰もが呆然とする中、ハルの着地地点に位置していたチェリンのみが反応を起こせた。
「っ!」
半歩ぶんだけ飛び退くと、すぐに少年の腕を掴んで走り出す。
人混みの中に全力で紛れ込みながら、チェリンはため息をついた。
(顔立ちが綺麗だから、人狩りにあったんだと思ったけど…… )
それだけじゃあない。この少年は、とんでもない身体能力の持ち主だ。
奴隷商が、あれだけ大勢の狩人で彼を追っていたのにも頷ける。彼がそのまま売られていたならば、さぞ高い値が付いていたろう。
……もちろん、即座に脱走を敢行していただろうが。
「……。チェリン」
「えっ? 」
キョトンと振り返ったチェリンに、ハルは頭を下げた。
「チェリンと呼べば良いんだよな。目立つ真似をしてすまなかった。まさか、あんな囲まれ方をされるとは思っていなかったから、つい」
「あ、あぁ……別に構わないよ。実入りもあったし、良いじゃない」
チェリンは、曖昧な表情のまま続けた。
「それよりキミ、凄い運動神経してるんだね。びっくりしたよ」
「……。別に」
短く応えると、ハルは歩く速度を緩めた。
「武装と言動から鑑みるに、先ほどの野次馬たちは、傭兵の類いだな」
「そうだろうね」
チェリンはいったん言葉を区切った。少年の手を離し、くるりと振り返る。
「キミのことすごく勧誘したそうな感じだったし……働き口って点でいうなら、さっきの人たちの勧誘を受ければ、当分の食生活は保障されるよ」
ハルは沈黙すると、やがて首を振った。
「いい。とりあえずの資金は工面できた。それに、あいつは駄目だ」
少年は真顔で宣った。
「あの悪趣味なバアさんより、お前の方が強いし美人だ」
「えっ……と」
唐突すぎる褒め言葉に目を瞬かせると、チェリンは苦笑した。
「キミ、真顔でこっ恥ずかしいコト言うねー」
「お前が先ほど、僕の容姿を褒めていたようだったからな。今のはその礼だ」
「いや、それ、何か違う気がするんだけど」
「違うなら違うでも構わん。これは返しておくぞ」
そう言ってハルが差し出してきたのは、硬貨だった。
先ほど購入した服の値段と力比べ大会の参加費、それに上乗せして数枚の銅貨が乗せられている。
「えー、要らないよ。どうせ、奴隷商から簒奪したお金で買ったんだし……」
ハルは首を振った。
「それにしても、お前の物だ。僕のでは無い」
返すぞ、と手のひらに乗せられた硬貨に目を落として、チェリンはため息をついた。
「どうかしたのか?」
「うーん。なんか調子狂うなって」
「体調が悪いのか」
「いやいや、そーゆー意味じゃなく」
少年が怪訝そうに眉根を寄せているのを見て、チェリンはフードごと髪の毛をかき回した。
この少年は、自分と感覚がズレているというか何というか……そう、天然。天然なのだ。
「まぁ、いいや……それだけあれば、旅装備も一揃い購入できるね。あたしも補充しなきゃいけない物がたくさんあるから、買いにいきましょ。じゃあ、まずは」
「朝食だ」「へ?」
少年は、一分一秒ムダにするのがもどかしいと言うように、言葉を繰り返した。
「朝食、だ」
考えてみれば、この少年は砂糖玉とほんの少しの汁物しか口にしていない。空腹にもなるだろう。
「うん、分かった。朝食というか、昼ご飯だけどね」
素直に頷くと、チェリンはすぐ近くの建物を指差した。
「そこ、旅人向けの酒場よね。あそこにしましょ」
「あぁ 」
ハルが頷くのを確認して、チェリンは酒場の木戸を押し開けた。
途端、むわっとした煙に粘膜を刺激され、フードを目深に被りなおす。
「あたしは普通にスープとパンで。飲み物は水割りの葡萄酒。キミは?」
「そうだな」
ハルは、手持ちの金銭を確認してから言った。
「アイアントの丸焼きをひとつ。それと、水割りのエール」
その注文を聞いた給仕女が何度も再確認するのを終えると、ハルとチェリンは隅の二人テーブルに腰を下ろした。
「アイアントの丸焼きって何?」
「値段と量が取り柄の肉だ。味は……甘苦く、僅かな渋みと強烈な酸味があり、ついでに辛味もそこそこある」
「それ、腐ってるんじゃないの?」
未知の食べ物にチェリンがツッコミを入れていると、給仕女がチェリンの食事とエールを運んできた。
作り置きしてから、かなりの時間が経っているのだろう。スープには、ふやけてヘロヘロになった野菜が浮かんでいる。
「ところで、さっきから疑問に思っていたんだが」
水割りのエールを飲んだハルは、チェリンが目深にかぶっているフードを指差した。
「なぜフードを被っている。暑くはないのか」
もう夏が近いのに、というエリハルの言葉に、チェリンは苦々しげにくちびるをつり上げた。
「暑いけど、被ってないと目立つのよ」
あぁ、とハルは頷いた。
「リセルト人は、この辺りでは珍しいからな。お前たちは、男女で役割を分ける事は少なく、適性さえあればみな武芸の訓練をすると聞いているが」
その言葉にチェリンは沈黙した。
ふっと空気が変わったような感じがする、静寂だった。
「えぇ、もちろんよ」
少女は不意に、獣が唸るような低い声で言った。
無意識なのだろうが、聞く者をぞっとさせるよう声だった。
「誇りを失い、己が牙を腐らせ、戦わずして死すは、末代までの恥よ」
少女の顔はフードで隠れ、その表情をうかがい知る事はできない。
だが、卓上に乗せられた白い手が小刻みに震えていることに、ハルは気が付いた。
「……。あぁ、そうかもしれないな」
ハルが穏やかに言うと、チェリンは夢から醒めたばかりのように身じろぎした。
「ごめんなさい。独り言だから、気にしないでちょうだい」
手を伸ばし、ジョッキの中身を一気に煽る。
空になったそれを、控えめな音を鳴らして卓上に置くと、チェリンは明るい口調でハルに問うた。
「ところで、キミの得物は何?」
「僕の?」「ええ」
チェリンは指先で器用にナイフを回しながら、ニヤッとくちびるをつり上げた。
「あたしだって、武人の端くれ。一目見れば、キミが武に通じてることくらい分かったよ」
明るい声を取り繕う少女を正面に対峙させながら、ハルは顎に手をやった。
「そうだな……。基本は一通り扱えるが、両刃大剣が一番得意だ」
「両刃……? あぁ、あの、大醜鬼サイズかってくらいに大きい、諸刃の両手剣の事ね」
その直接的な表現に、ハルは思わず苦笑した。
「間違ってはいないな」
「でしょ。……まぁ、確かに、キミほどの剛腕なら扱えてもおかしくはないね。何がきっかけで、武芸を覚えたの?」
純粋な好奇心で訊ねたチェリンは、少年の空気が微妙に変わったのに気が付いた。
疲れた老人のように、少年の雰囲気が重いモノになったのだ。
「えっと、聞かないほうが良かったかな」
「構わない。飯が来るまで、暇だしな」
腕組みをしつつ、ハルは言葉を継いだ。
「先ほどの連中の反応を見ただろう。僕はこの街の大多数の人間に、金に困窮して身売りをしに来ているガキだと思われている。まぁ、似たような現状だが」
「身売りって……」
ハルは肩をすくめた。
「いわゆる男娼だな」「だ、だん」
口をパクパクと動かすチェリンに、ハルはびしっと断言した。
「僕は違うからな」
そういう目で見られるのは気色悪い、と、ハルはため息をつく。
「まぁ、同族の中にはそういう奴も珍しくないがな。地位も技術もない人間というのは、堕ちるところまで堕ちる。技術があればそういうものに身を堕とさずに済むからと、武芸を仕込まれた……これで納得したか?」
「あー、えーっと……うん」
げっそりするチェリンに、ハルは怪訝そうな顔をした。
「別に、この帝国では珍しくもないだろう? その辺の路地裏に顔を出せば、そういう奴がゴロゴロ転がっているはずだ」
常識知らずな奴だな、といった顔をする少年に、チェリンがどう返そうかと目を泳がせていた時。
「お、お、お待ちどぉさま」
給仕女が、泣きそうな顔で大皿を運んできた。
その上に乗っているのは……巨大な、アリの魔物だ。
「うっわ、何コレっ⁈」
湯気を立てる大皿を机に叩きつけ、給仕女は即逃走した。
騒ぎを聞きつけた周囲からは『アレ食うのか』『勇者だ』という賞賛の声がチラチラ上がっている。
「何なの。何なのそのゲテモノ料理っ⁈」
ホカホカと湯気と異臭をあげる大蟻の外骨格を、少年はバキバキと折りはじめた。
場所によっては、傷口からドロドロと青っぽい液体が溢れ出している。
「活動に必要な栄養素は、こいつ一体でも十分に摂取できるぞ。単価が安いし、何より財布に優しい。エグい味さえ我慢すれば、良い食材だ」
「マズいんだ? やっぱりマズいんだね? そこは見た目通りなんだねっ⁈」
「……。食うか?」
ニヤリと差し出された蟻の脚を、チェリンは全力ではたき落とした。
「絶対イヤッ!」
おかしそうに肩を揺らすハルを睨みつけると、チェリンは憤然と鼻を鳴らした。
「もう、信じらんない。こんな物を食べて、お腹壊さないの?」
「まぁ、慣れてるからな」
淡々と、蟻の肉を摂取していく。
巨大な丸焼きを瞬殺で食べ終わると、ハルは口直しとばかりにエールを煽った。
「……。すまないな」「何が?」
「お前に、何から何まで付き合わせてしまったから」
「なぁんだ、そんなこと」
チェリンは口端をつり上げた。
「良いのよ。人とこんなに話すのは久しぶりだったから、楽しかった。それで……」
そこで言葉を切り、チェリンは少年を見据えた。
チェリンの琥珀色と、ハルの緑色の視線が錯綜する。
「キミは、その、これから」
『どうするつもりなの』と聞こうとしたチェリンの声は、甲高い声によって遮られた。
「っあー!見つけたぁ」
振り返ると、先ほどハルに悪絡みしていた傭兵の女が、酒場の入り口に陣取っている。
「探したのよぉ。ねぇ、ボク、私たちに雇われてくれなぁい?」
蠱惑的な動作で傭兵が接近してくるのを見たハルは、チェリンには分からない言語で、小さく悪態をついた。
「申し訳ないが」
わざと、椅子を大きく鳴らして立ち上がる。
「僕は、既にこの槍使いに雇われている。貴方がたの期待には添えない」
近寄ってきた給仕に二人分の食事代を渡すと、ハルはチェリンを促した。
「行くぞ」
無言で頷いて、顔を伏せたまま少年の後を追う。
酒場を飛び出したチェリンは、前で待っていた少年に歩み寄った。
「えっと……モテモテだったね?」
冗談交じりの言葉で場を和ませようとしたチェリンを、ハルがジロリと睨んだ。
「あ、ごめん……気悪くしたかな?」
ハルは怪訝そうに眉をひそめた。
別に、チェリンを睨んだつもりは無かったらしい。
「それより、先程の話だが」
ハルは、チェリンをまっすぐに見据えた。
「提案された通り、僕は、自分の身の振り方が決まるまで、お前の旅に同行する事にしようと思う」
「えっ……」
「行くあてが無いからな。だが、僕には武術の心得があるし、その辺の人間よりは旅慣れもしている。自分で言うのも妙な話だが、足手纏いにはならない筈だ……勿論、お前にとって迷惑でなければの話なんだが」
「迷惑なんて事ないよ、全然っ!」
チェリンは慌てて首を振った。
「あたしね、故郷を出てきてまだ間もないんだ。旅慣れもしてないし……同行者が欲しいなって、思ってたところなの」
「なるほどな。では、互いの利害が一致したという訳か」
少年は少しホッとしたように息をついた。切れ長の目を細め、控えめに手を差し出してくる。
「では僕は、お前の旅に同行させて貰う事にしよう。道中宜しく頼む」
「えぇ、こちらこそ!」
チェリンは、笑顔で少年の手を握り返した。
ほとんど傷のないチェリンの手とは違い、あちこちにタコと傷がある、硬い手だった。