表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢と現の境界迷宮Ⅳ【機巧の子守歌】  作者: Thera
Ep.1【少年少女の邂逅】
4/23

【旅の少女】

 

 誰かが額に触れた感覚で、ハルは目を覚ました。


「あ、目が覚めたんだ」


 そんな声と同時に、乗せられていた手がヒョイっと退けられた。火照っていた額を、涼しげな風が撫で去っていく。


「熱は引いたみたい。命拾いしたね」


 とがった耳を揺らしながらハルの事を覗き込んでいるのは、赤髪の少女だった。

 顔の線が鋭角的で、子鹿を彷彿させるような、大きな琥珀色の瞳がよく目立つ。


「……。お前は、昨日の」


「チェリンよ。チェリン・グエナエル。名前が必要な時は、そう名乗るようにしてるの」


 チェリンと名乗った少女は、耳をピコピコと動かしながら笑った。快活な性格の持ち主らしい。ひどく嬉しそうに、顔を綻ばせている。


「水飲むよね。声がかすれてるよ」


 そう言ってチェリンが差し出した革袋を、ハルは受け取った。においを嗅いでから、慎重に口に含む。甘くて美味しい、ただの水だった。


「……。礼を言う」


「どういたしまして。ねぇ、キミ、どこから来たの?あんまり見ない肌の色よね。髪の色も」


 チェリンは、ハルを見ながら首を傾げた。

 自分でも忌避してやまないオリーブ色の肌と黒い髪に、少女が視線を向けているのが分かる。


「そう珍しくも無いだろう。僕は、流浪民だからな」


「流浪……あぁ、アーク民族ってやつね。曲芸とか歌なんかを披露しながら、帝国の辺境を巡ってるって聞いたことがあるわ」


 チェリンは、丸い菓子缶を振りながら訊ねた。


「じゃあ、一座でいたところを襲われたの?」


「……。あぁ、そんな所だ」


「ふーん。大変だったのね」


 どうでも良さそうに言葉を返しつつ、チェリンは小さな丸薬のようなものを差し出してきた。

 においからして、薬湯をしみ込ませた砂糖玉(レメディ)らしい。


「これは 」


「これ、キミにあげる。回復薬を染み込ませてあるから、元気になるはずだよ」


「大丈夫だ 」


 首を振ると、ハルは姿勢を正した。自身をくるんでいた外套を横に置き、一礼する。


「名乗っていなかったな。僕の名は、エリハルと言う。先日は、危ない所を助けて貰っ 」


「昨日も聞いたよ、それ」


 肩をすくめると、チェリンは砂糖玉を突き出した。


「細かいことは良いの。せっかく助けたのに、ここで死なれちゃ困るのよ。ほら、食べて」


 朗らかな口調に圧されたハルは、反射的に手を差し出した。

 手の上に転がされた砂糖玉を口に含むと、染み渡るような甘さがボロリと広がる。身体が求めていたのだろう、とても美味しかった。無言で砂糖玉を咀嚼するハルを見ると、少女は微笑んだ。


「エリハルかぁ……キミ、変わった名前をしてるのね。呼びにくいから、ハルって呼んでもいい?」


「あぁ、構わない」


「そう。じゃあハル、キミには、元いた一座とこに戻る当てはあるの?」


 ハルは迷わず首を振った。


「流浪民……。特に芸人一座というものは、一度はぐれた仲間の事は死んだ者とみなす。僕に帰る当てというものは無い」


「じゃあ、これからどうする気なの 」


 ハルは肩をすくめた。


「適当な一座に遭遇すればそれに加わるが、それまでは適当な職で食い繋ぐ事になるだろうな」


「そっか……」


 チェリンは息をつくと、唐突に訊ねてきた。


「ねぇキミ、あたしと一緒にラフェンタに行かない?」


「ラフェンタというと、あの、帝国の最南端にある公国都市か?」


 チェリンは頷いた。


「えぇ。あたしはね、そこに行くために旅をしてるの」


 ハルは、目を瞬かせた。

 目の前の少女の年齢は、自分とそう変わらないように見える。ちょうど年頃だし、嫁ぎ先などいくらでも見つかりそうな容姿の持ち主でもあった。そんな彼女が、わざわざ山道を越えてまで旅をしている理由を、図りかねたのだ。


「……。」


 ハルが無言でいると、チェリンは慌てたように手を振った。


「あっ、別に無理にとは言わないよ? 提案してみただけで、その」


「お前、ひとり旅なのか」


「えっ?」


 きょとんとする少女に、ハルは続けた。


「いや……。お前のような少女が単独で旅をしているのは、初めて見るからな。成人はしているのか?」


「してるわよ。もう十五の夏は越えてるわ」


 口元を不敵に緩めると、少女は言った。


「とりあえずさ、街に降りるまでは一緒に行こうよ。一文無しのままじゃあ、さすがに辛いよね? 服も、雑巾レベルのボロさだし」


「……。」


 否定できない。

 ハルは、げっそりと肩を落とした。


「取り敢えず、ナイフを貸してくれないか。髪を切りたい」


 チェリンは、ハルの背に流れる黒髪を勿体なさそうに見つめた。


「えー、切っちゃうの? せっかく綺麗なのに」


「長いと邪魔だからな。この髪紐も限界だし」


「ふぅん。まぁ、キミの好みの問題だよね」


 少女は長靴からナイフを取り出すと、ハルの後ろに回り込んだ。


「おい?」


「自分じゃどうなってるか見えないでしょ、手伝うよ」


 他人の持つナイフが首の近くにあるという事実に、慌てて背後を振り返ろうとするハル。

 その動きを、少女の一言が制した。


「あんまり動かない方が良いと思う。 キミ直毛だから、事故るとおかっぱ頭になるよね」


「……。」


 これでは不用意に動けない。大人しく前を向くと、チェリンはハルに話しかけてきた。


「ところでキミ、自分の現在地を把握してる?」


「……。いや」


 長いあいだ荷馬車に押し込められていたから、場所を把握していない。ハルの発言に、チェリンは小さく頷いた。


「ここはチチェリア山脈の麓に広がってる森の中だよ。オフェロス交易宿場って街の、すぐ近くまで来てる」


「オフェロス……帝国の南西に位置する中で、最大規模の交易宿場街だな。遠回りだが安全な行路を使うか、森を抜けていけば半月ほどでラフェンタ公国都市に着く」


 チェリンは、ナイフを動かす手を止めた。


「キミ、詳しいんだね」


「旅暮らしだからな。そういう知識は、いやでも覚える」


「なるほど……」


 それきり、少女は無言になった。パラパラと落ちてくる髪を眺めていると、不意に。


「あっ 」


 ジョリンという不穏な音と共に、大きめのひとふさが膝に舞い落ちて来た。


「……。おい、お前いま、事故っただろ」


 事態を確認しようと伸ばした手を、少女は大慌てではたき落とした。


「なんとかする。なんとか挽回(ばんかい)してみせるから、前向いててっ!」


 少女の制止を振り切って頭を触ったハルは、自身の現状を理解した。

 戦闘もかくやの気迫でナイフを構える少女から頭をかばうと、ガバッと振り返る。


「やめろ、これ以上事態を悪化させてくれるな。後は自分でやるから、鏡を貸してくれっ!」


 何とかナイフを奪い取ると、自身の髪に刃を当てる。

 小慣れた動きで形を整えていくハルを見て、少女は不満げな表情をしていたが、ハルは敢えて無視を貫き通した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ