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夢と現の境界迷宮Ⅳ【機巧の子守歌】  作者: Thera
Ep.1【少年少女の邂逅】
3/23

【邂逅の夜明け】



 遠くから聞こえてきた人の声に、チェリンは目を覚ました。

 (きし)む上体を即座に起こし、森の中の野営地を見回す。

 もう少しで夜明けだろう。うす青い闇の中に、ねじれた木のシルエットが浮かび上がっていた。


(こんな山奥で、ひとの声……?)


 フードを目深に被り、使い慣れた短槍(えもの)を掴む。

 周囲には見えにくい場所を野営地として選んだつもりだが、用心に越したことはないだろう。

 息を潜め、じっと周囲の様子を伺っていると──


『っ!』


 ──チェリンが野営している崖の下に、小柄な少女が転がり込んできた。顔立ちは分からないが、艶やかな黒髪を背に流している。この辺りでは珍しい色だ。

 退路が無いことが分かると、少女は正眼に構え直した。乱れる呼気を無理やり鎮め、木立から現れた男と相対する。


『ちょこまかと逃げ回りおって。だが、終わりだ。観念するんだな』


 疲労困憊の少女を馬鹿にするように、丸々と太った男は指を鳴らした。その音に合わせて、幾人もの男たちが木立から姿を現す。彼らの出で立ちを見て、チェリンは事態を理解した。


(奴隷商の人狩りだ……)


 中央の太った男は奴隷商、周りの男たちは商品を捕まえるための狩人たちだろう。

 身寄りの無い人々を捕らえて秘密裏に売り捌く、最悪の盗賊集団だ。


『おい、依頼人さんよぉ、あんた、捕まえた奴隷のしつけは最初のうちに済ませておけよなぁ。とんだじゃじゃ馬馴らしだぜ』


 湾刀を携えた狩人が、肩で息をしている人影を見て、下卑た笑いをこぼした。


『死なせるなよ。この年齢の奴は、高く売れるんだからな』


『殺しませんよぉ。それじゃ、俺らの取り分が減るじゃないですかぁ』


 げははは、としゃがれた笑い声を上げる奴隷狩人たち。

 獲物を取り囲み、油断しきっていた彼らは気付いていなかった。うつむいていた少女が、崖下に転がる石につま先をかけた事を。


『がっ⁈』


 彼女の蹴り飛ばした(つぶて)は、狩人の喉に命中した。のけ反って倒れた男は、そのまま起き上がらない。突然の出来事に動きを止める奴隷商に、少女は告げた。


『誰が、大人しく生け捕られてやると言った』


 手負いの獣のように、低く、唸る。その声を聞いて、チェリンは自分の認識が誤っていたことを悟った。

 目の前で奴隷狩りに追い詰められている人間は少女ではなく、少年だ。


『最低でも一人は道連れにしてやる。命の惜しくない奴からかかって来い』


 少年が威勢のいい啖呵(たんか)を切ると、あたりはシンと静まり返った。

 風が樹々を揺らし、木漏れた光がわずかに森を照らし出す。


『お、おいおい少年。素手で殺る気かよ』


 ひとりがぽつりとこぼすと、狩人の間から苦笑が上がった。

 湾刀を構えながら、徐々に包囲網を狭めていく。


「…… 」


 チェリンは立ち上がった。

 これ以上は、とてもじゃないが見ていられない。


「これで終わ」「ぜぁあぁあぁあっ!」


 気声と共に、飛び降りる。

 ぎょっと顔を上げた湾刀使いに放った跳び蹴りは、ぶじ顔面に炸裂した。


「なんっ……⁈」


 男が振り上げていたはずの湾刀が宙を舞い、見当違いの地面に突き刺る。

 動揺の抜けきらない奴隷商相手に、チェリンは飄々とうそぶいた。


「素手の相手をこんな多人数で襲うなんて、見下げた連中ね」


「な、なんだテメェは」


「旅人よ。それ以上の説明が必要?」


 チェリンが外套(マント)を取り払うと、その場にいた全員が絶句した。


「女の、ガキ……?」


 狩人のつぶやきが、絶句の理由そのものを体現していた。

 まさか、こんな山奥で少女に遭遇するとは思っていなかったのだろう。


「その耳……お前、リセルト人だな。どこの属州の出自だ?」


 リセルト人の特徴である尖った耳を、舐めるように凝視されたチェリンは、奴隷商を睨みつけた。


「女リセルトか、良いじゃねえか。今どき『長耳』は珍しいからな、取り分が増えるぞ」


 『獲物が増えた』と、包囲網を狭め始める狩人たち。

 やっちゃったなぁ、と思いつつも、チェリンは短槍を構えた。


「馬鹿、早く逃げろ!」


 焦燥を滲ませて怒鳴る少年に、チェリンは肩をすくめて見せた。


「無理よ。この状況だもの」


 絶句する少年をよそに、歩き出す。

 無造作に短槍が届く間合いに入り、そして一閃。


「ぐっ…… 」「がっ……⁈」

 

 悲鳴と共に崩れ落ちる狩人。

 その一人が取りこぼした剣を、チェリンは穂先ですくい上げた。


「ほら。素手じゃ心もとないでしょ」


「……。」


 少年は戸惑いながらも、落ちてきた湾刀を片手で軽々と受けた。身のこなしからして、何かしらの訓練を受けているのだろう。


「キミ、かなり疲れてるみたいだしね。手伝うよ」


 少年が応えるよりも早く、チェリンは動き出した。

 奴隷狩人たちの脚を素早く打ち、よろけて剥き出しになった弱点を的確に突いていく。


「め、メスガキがぁっ⁈」


 味方を倒された男たちが、いっせいに飛びかかってくる。

 そこに乱入してきたのは、先ほどの少年だった。


「……。っ!」


 ギョッと目を剥く男の肩を踏み台にして、一回転。着地する寸前で剣を振るうと、今度は男の身体を掴み上げた。


「っ!」


 飛んできた矢を男の身体で防ぎ、矢を継ごうとしていた二人めがけて投げ飛ばす。仲間だったモノに押し倒された男たちを、チェリンはすかさず追撃した。


「キミ、やるじゃない」


 狩人を倒したチェリンが微笑みかけると、少年は無言でそっぽを向いた。……可愛くない。


「さて、と」


 立っているのがやっと、といった体の少年から目を背け、チェリンは落ち着いて歩き出した。


「あとはあんただけだよ、奴隷商さん?」


 穂先を突きつけると、太った奴隷商はヒクッと喉を鳴らした。


「た、助け……」


 丸々と肥えた、金髪の豚。多人種を見下す、純血の帝国人。生かしておく理由も無いと、心臓の真上に穂先を据えた。そのまま、短槍を突き下ろそうとした時。


「待て」


 少年が、静かにチェリンの手を止めた。


「……? 」


 眉をひそめるチェリンをよそに、少年は奴隷商に歩み寄った。静かな気迫に押され、奴隷商はヒッと声を上げる。


「た、助けてくれぇ。お前の事はもう追わない、だから」


 少年は、奴隷商の首を掴んだ。片手で楽々と成人男性を持ち上げ、無表情に告げる。


「僕の耳飾りを返せ。そうすれば、見逃してやる」


 奴隷商の顔が輝いた。


「あ、あれを返せば見逃してくれるのか?本当か?」


「さっさとしろ」


 奴隷商のノドが、妙な音を立てる。

 首を掴む力が、きつくなったようだ。


「わ、分かった。分かったとも!」


 しきりに頷くと、奴隷商は懐から革袋を落とした。貴金属をまとめたのであろう革袋からは、緑石のピアスが覗いている。それを認めた少年は、奴隷商を離した。


「……」


 少年に殺意は無いようだ。

 気勢が削がれてしまったチェリンは、深いため息をついた。


「有り金、全部置いて行きなよ。命が助かると思えば、安いものでしょ」


「し、しかし」


 チェリンは、短槍を突いた。

 首元に突きつけられた刃に、奴隷商の動きが止まる。


「言っとくけどね」


 チェリンは冷徹に告げた。


「あたしは、そこの子みたいに忍耐強い方じゃあ無いの。さっさとしないと、あんたの首と胴体が離婚しちゃうかもよ?」


 穂先を僅かに食い込ませると、赤い色が男の首筋を伝った。


「いっ……いぎゃあぁあぁあっ⁈」


 堪え兼ねたのか、奴隷商は奇声と共に巾着袋を放り出した。穂先が身体から離れた瞬間、どたどたと無様に走り去っていく。


「「……」」


 生じた沈黙を破ったのは、少年だった。


「こいつら、殺したのか」


「生かしておいたら、キミやあたしを追ってくるでしょ」


 チェリンの指摘に、少年は唸った。


「危ないところを、助けて貰ったな。礼を言う」


「ん」


 少年が地面に放り出されたピアスを拾うのを見て、チェリンは首を傾げた。


「それ、大切なものなの?」


「あぁ 」


「そう。なら、取り戻せて良かったね」


 少年に対して微笑みかけると、チェリンは巾着袋を拾い上げた。人を売って得た金だろう。中には、かなりの金額が入っている。


「ここを離れましょ。血の臭いに惹かれて、けものが寄ってくる前に。歩ける?」


 少年は、ゆるゆると首を振った。


「歩く程度の体力なら、残っている。あとは、自分で森を抜ける……世話になった」


「キミ、一人で森を抜ける気? 死ぬよ」


「大丈夫だ。構わないでくれ」


 近寄ろうとするチェリンを遮り、少年はよろよろと歩き出そうとする。

 しかし、疲労のせいだろう。立ち眩みを起こした少年は、グラリと体勢を崩した。


「ちょ、ちょっと⁈」


 うつ伏せに倒れた少年に駆け寄ると、チェリンはその身体をひっくり返した。


「ぅ……。」


 少年は目を硬く閉じ、荒い呼吸をしている。溜め込んでいた疲労が、限界に達してしまったのだろう。

 完全に気絶している少年を見下ろすと、チェリンはむむ、と唸った。


「ええー……どうしよっかなぁ、この子」


 呆然と佇むチェリンの頭上で、東の空は、すでに白み始めていた。 

 


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