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夢と現の境界迷宮Ⅳ【機巧の子守歌】  作者: Thera
Ep.3【いざ、迷宮へ】
15/23

【巫女王の印章】

 

 夢の中で、チェリンは手を引かれて走っていた。

 背後で森が燃えている。明りを持たずに走る自分たちは、何度も小石に蹴つまずく。悲鳴と鹿の声が混ざり合い、鼓膜の中でガンガンと反響している。

 炎が揺れる。闇に火花が爆ぜて、汗と肉の焼けるにおいが鼻をつく。足も疲れてきた。もう走れない。チェリンは泣きながら、立ち止ろうとした。


『めそめそするな!』


 だが、止まる事は許されない。チェリンを乱暴に揺すり上げたのは、金の髪を揺らす女性だった。

 顔はほとんど覚えていないが、見た事のない金色の瞳が印象的だったことは覚えている。


『生きてさえいれば、あんたの兄さんにはまた会える! 今は逃げる事に専念しなさい、私が絶対に殺させやしないから!』


 そう言って、彼女はチェリンの手を引っ張った。チェリンの意識が夢から切り離される瞬間、追憶に消えゆく女性の口が、とある言葉を形作る。


『立ちなさい、〇〇〇っ!』


 

♢♢♢

 


 チェリンが目を覚ました時、周囲は穏やかな夕暮れの光に包まれていた。

 部屋の中には、素朴で穏やかな曲が流れている。

 チェリンは首を動かして、部屋の中をそっと見回した。


 窓の大きな部屋だ。

 壁には本棚、海の見える窓際には革張りのソファと小テーブル。

 チェリンが寝かされているベットの近くには、高価そうなピアノが置いてある。


「「…… 」」


 部屋には、チェリンの他にも人がいた。

 腕を顔の辺りに当てて眠っている少年と、毛足の長いカーペットで寝そべる少女。

 彼女に寄り添うように身体を丸めている、大きな黒犬。

 そして、ピアノの前では、片膝を立てて座ったハルが、気だるそうに曲を弾いている。


「……」


 ごく単純な和音で構成されたその曲を、チェリンは知っていた。

 宵っ張りのエミリアが『何か歌ってくれたら寝る』とハルに対して駄々をこねた時、盛大にしぶりながらも歌ってあげていた子守唄だ。

 蜜色に染まった少年の後ろ姿を眺めながら、チェリンは口を開いた。


「その曲……『イスラントの子守唄』だっけ」


 ピタリと曲が止んだ。

 がばっと振り返り、起き上がったチェリンを見て肩の力を緩める。


「目が覚めたのか」

「うん」

「身体は大丈夫か」

「えぇ、なんともない」


 ハルには、拷問を受けたような様子は無かった。

 衣類も清潔で、すねまであるゆったりとしたズボンと、七分丈の黒い上衣を身に纏っている。

 前閉じ式の衣の上からは、統一された紋様の帯を巻いていた。


「その服、最初に会った時の服に似てるね」


「アークの衣だ。着慣れているから良いが、こんなイウロ形式まみれの部屋では落ち着かない」


 肩をすくめると、ハルは窓の外に視線をやった。


「今日は若葉ノ月 十四日。場所はこいつらの上司の家。干潟(ラグーナ)の上に浮かんでいて、歩いて街まで渡れるのは、干潮の時だけらしい」


 十四日というと、あの騒動が起きてから三日が経過している計算になる。

 それだけ長い間気絶していたのなら、調べられる事は全て、漁られてしまっただろう。


「……そっか」


 やたらと柔らかいベットに倒れこんで、チェリンは額を抑えた。

 火傷をしていたはずの肩は滑らかな皮膚に覆われており、動かしても痛く無かった。

 寝ている間に治療されたのだろう。


「お前、落ち着きすぎだろう。気絶させられた上に拉致られているんだぞ、僕達は」


「それ、奴隷狩りにあって平然としてた人のセリフとは思えないね」


 ハルはあまり表情を変えずに言った。


「最初のうちは動揺していたさ。それに、今回はただの人攫いという訳では無さそうだからな」


 質素だが高価な品物で飾られた部屋を見回し、肩をすくめる。


「待遇が良すぎて、気色が悪い」


「あはは。暗い牢獄に閉じ込められて鞭打たれた方が良かった? キミってばマゾなの?」


 チェリンの乾いた冗談に、今度こそハルは顔をしかめた。


「それはお前の事だろう。そんなに殴られたいのならば良いだろう、歯を食いしばれ」


「ケガ人に対する暴力はんたーい」


「こんなにイキの良い病人がいるか。市場の獲れたて鮮魚並みにツヤツヤしやがって。捌いて干物にしてやる 」


 不安を紛らわせようとしているチェリンの心理を、察してくれているのだろう。

 自分に訊ねたい事はたくさんあるだろうに、ただの軽口に乗ってくれる心遣いが有難かった。


「起きたんだね。」


 ふいに、窓際から声がかかった。

 黒犬にもたれ掛かって寝ていた少女が、眠そうに目を擦りながらこちらを見ている。

 長い蒼紫の髪に、空色がかった色の瞳。ユウ、と名乗ったあの少女だ。


「起きて、らてぃ。」


 立ち上がったユウは、ソファに沈み込んだ少年の腕を乱暴に揺すった。

 なかなか起きない少年に業を煮やしたのか、ぷくぅと頬を膨らませると、ソファの背もたれ側に回りこみ──


「おきろっ。」「あだっ⁈」


 ──後頭部強打。

 実に痛そうな一撃を喰らった少年は、ギョッと飛び上がった。


「おはよ。」


「〜っ!」


 少年はしばらく悶絶していたが、やがて顔を上げた。

 毛先の透き通った亜麻色の髪に、ハッとするほど深い蒼色の瞳。ラティスと名乗っていた術師だ。

 柔和そうな顔つきをしているが、穏やかで無害そうだという第一印象は、チェリンの中から消え失せていた。


「あぁ……起きたんだね、おはよう……」


 間の抜けた声。

 睨み付けてやろうと思っていたのに、気勢が削がれてしまうような穏やかさで少年は立ち上がった。

 そのままチェリンのいるベットの方に近付いてきたので、ギョッと身を引く。


「……信用しろって言っても無理があるとは思うんだけど、診せてくれないかな。こう見えても、巫医術の心得があるんだ」


 ラティスは少し離れたところで立ち止まり、困ったように笑っている。

 ピアノ椅子に腰かけたハルが大丈夫だ、とばかりに首を振るのを見て、チェリンはしぶしぶ頷いた。


「ありがとう。ちょっとごめんね」


 そっと手を伸ばして、チェリンの額に触れるラティス。

 男性の割にほっそりとした指は、凍ったようにひんやりとした感触を伝えてきた。


「大丈夫そうだね。傀儡操作の星沁疲労は、完全に抜けたみたいだ」


 淡い水色の光を指先から零しながら、ラティスは身を引いた。

 足元に座っている黒狼の前に膝をつき、その鼻面にこつんと額をぶつける。

 尻尾を振った黒狼が犬用扉をくぐって部屋の外に出るのを確認すると、ふたりの元指導員たちはチェリンを振り返った。


「さて……と。この前は、乱暴な真似をして悪かったね。でも、あの日の事は騒動にしたくなかったんだ。全てを秘密裏に処理する必要があったからね、寝ていてもらった方が仕事がやりやすかったんだよ」


 淡々と言いながら、ラティスはチェリンの対面に腰かけた。時計の刻む秒針の音が、チェリンの鼓動と混ざってガンガンと頭の中に木霊する。


「エリハルからは、もうだいだいの事情を聴いたんだ。次は君の番だよ、チェリン……いや」


 チェリンをその蒼眼で見据え、ラティスは言い放った。


()ヴィリテ王国第二王女、ネチェルト・ディリス・アングハラードと呼んだ方が良かったかな?」

 


♢♢♢



 ふたり組の放った言葉の意味を、ハルは咄嗟に理解できなかった。


「ヴィリテ王国の、王女? しかし、あの国の王女は、ふたりとも」


「戦乱に巻き込まれて、死んだ。そういう事にされてる(・・・・)だけ。王宮で、帝国兵と諍いになった時に、行方不明になった。」


 冷静なユウの考察を聞き流しながら、ハルは自身の横でうつむく少女を見やった。

 短めの髪を揺らす少女は、長いため息をつき、やがて顔を上げる。


「……第一王女は、自決したわ」


 ささやくような低い声が、少女の喉から溢れた。


「第二王女は事件の当日、その場にいなかった。城を抜け出して、遊びに行っていて……事態を知ったのは、ずっと後になってからだったのよ」


 掛け布を握る白い手が、小刻みに震えている。

 起こそうとした自分を何かに見違えた、チェリンの絶叫じみた声。その意味を、ハルは理解したような気がした。


「エリハル。あなた、ヴィリテの事、どのくらい知ってる?」


 ユウの言葉に、ハルは眉を歪めた。

 一人の帝国兵の死を理由に、王宮全体を巻き込んだ戦闘になった『ヴィリテ属州の虐殺』。

 知らないはずがない。数日前にも、その国の噂を聞いたばかりなのだ。


「お前達の会話が、普通に理解できる程度には 」


 答えると、ハルはふたり組に視線を向けた。

 目を細め、低い声で訊ねる。


「お前たちは、チェリンの身分に気付いていて、僕らに接触したのか」


「違うよ」


 ラティスは言い切った。


「あの日の事はね、本当に偶然だったんだ。俺たちにしても、俺たちの上司にしても」


「上司?」


「ラフェンタ公国、公主第一補佐官のシェスカ・ペスカトーランさ。組合で君たちが会った、白衣の女の人だよ」


 最低限の説明だけ済ますと、ふたり組は言葉を続けた。


「君たちを音楽亭に案内した、あの日の夜。その次の日に、組合であなた達と会ったこと。その場にシェスカさんが、たまたま居合わせたこと。ぜんぶ、ぜんぶ偶然だった」


「……。」


「ただね。シェスカさんは、君たちを見て何かに気付いたらしいんだ。それで、俺たちに支援官という名目で監視を任せた。君たちと迷宮に行って、『何か』が起きたなら無傷で連れてこい。あの騒動の後にね、そう命じられていたんだよ」


 そこまで言うと、少年は穏やかに目元を緩めた。


「君たちの身柄を引き渡して、監視継続を命じられた時は驚いたなぁ。軟禁ではあるけど、君たちの待遇がこんなに良いとは思っていなかったからね」


「それは、つまり……」


「この街に来た目的が何であろうと、その子は『帝国への反逆者』であり、この南都市(ラフェンタ)にも仇なす者って扱いになる。世間的にはほぼ死んだと見做されていても、一応はね」


 チェリンを見て肩をすくめると、少年はニコッと微笑んだ。


「そんな立場不安定な子を捕まえて、自分の屋敷の客間に通すなんてさ、普通の公主補佐官ならやらないと思うんだよね。どうだろう?」


「どうだろうって……」


 言われましても。

 顔をしかめたハルの横で、チェリンは淡々と頷いた。


「そうですね。この都市は帝国からほぼ独立した政治形態を保っていますが、国犯になりうる者を(かくま)ったとなれば、国政……いえ、都市の政治にまで影響を与えかねません」


 姿勢を正し、どこか上品な笑顔を浮かべた少女は、琥珀色の瞳を細めて言い募った。


「私たちを無傷な状態で、しかも客間に軟禁しているという事は……私に、何らかの取引を持ち掛けるおつもりなんですね」


「そうだろうね」


「では、初めに言っておきます」


 怖いくらい整った笑顔を貼り付けた少女は、仮面を払わぬまま淡々と言った。


「エリハルは、私の身分とは無関係の人間です。彼を害するのであれば、私は交渉に応じませんよ。彼を人質にして強制的に従わせようとしたのであれば、その時点で私は自決する」


「呪術で強制的に仕事をさせるって方法もあるよ。それでもかい?」


「それでも、です」


 少女は冷ややかに言った。


「呪術で傀儡化された人間にできる仕事でないから、私を正気のまま保っているのでしょう? 貴方がたは私の自死を防げると思っているかもしれませんが……ヴィリテ王家の者には、苦しまぬよう死ぬ方法など、幾らでも伝わっているのですよ」


「……」


 視線の応酬が続く、気まずい沈黙が流れた。

 黄昏に染まった街並みに、色とりどりの明かりが灯り始める。


「……君は本当に兄を探しに来ただけで、自分の立場を使って騒動を起こそうという気は無かった。俺たちはその言葉を信じていいと思ってる」


「私たち、あなた達の今後の処置、知らない。でも、命を取られるような事にはならない。そう思う。」


「あぁ。君たちがどういう立場に置かれるかどうかは、君の交渉次第だろうね」


 淡々と言うと、ラティスとユウは立ち上がった。

 何かに気付いたように耳に手を当て、深くため息をつく。


「今日はもう、ゆっくり休んだ方が良い。厨房で君たちの食事を貰ってくるよ」


「わたしも、行く。」


 丸椅子で足をぶらぶらさせていたユウも部屋を立ち去ろうとしたので、チェリンは眉をひそめた。


「見張りは良いの。貴方たち、見張りとしてここにいたのでは?」


 紫の少女は振り返った。

 紅色の化粧を施した目を細めて、ニッと笑う。


「この部屋に、何の処置もしてない。そう思う?」


 チェリンが無言でいると、ユウはするっと扉をすり抜けた。

 扉を閉める寸前になって「あ、そうそう。」と顔を出し、悪戯っ子のように唇をつり上げる。


「ハル、若い女の子と夜の部屋にふたりきりでも、青春爆発、良くないからね。」


「「…………。」」


「貴様が()ぜろっ!」


 ハルが投げた本は、素早く閉められた扉に当たって床に落ちた。


「「…………。」」


 さっき以上に気まずい。

 どう声をかければ良いのだろうか。いや、取り敢えず明かりを点けよう。ランプは何処に──

 と、そんな事を考えている間に、少女は視線を窓の方に動かした。


「ハル、ここの窓って開けられる?」


「開けられる。風も入るが、バルコニーから一定以上身を乗り出すと、結界にぶち当たる」


「……それ、試したの?」


 ハルは頷いた。


「あらかじめ忠告はされたが、確認の為に試した」


「じゃあ、気をつけるよ」


 微笑むと、チェリンはベッドから降りた。

 ゆっくりと、だがあまりブレのない歩みでバルコニーまで歩ききり、立ち止まる。


「綺麗だね」


 少女の視線の先には、ラフェンタの街の夜景が煌めいていた。

 色とりどりの明かりが灯る、宝石箱のような港町。

 黒々とした海の上にも、おもちゃのような白い帆船が浮かんでいる。


「……。あぁ」


 ハルが応えてからしばらくの間、少女は動かなかった。

 夕凪が終わり、流れ始めた夜風に赤い髪を揺らしている。


「ネチェルト・ディリス・アングバラード。それがあたしの、本当の名前だよ。チェリンってのは……自分でつけた偽名なの。ずっと騙していて、ごめんね」


 静かな声で、少女は言った。


「王位に着いた姉さまが世継ぎを産んで、その子が無事に育てば、あたしは用無し。島の外に出て、大陸の各地を回りたい。いろんな土地の、いろんな人に会うんだって……それが、幼い頃からの夢だった」


 少女は振り返った。

 大きな琥珀色の瞳を歪め、それでも気丈に笑顔を見せる。


「皮肉だよね。こんな形で、夢が叶っちゃうなんてさ」


 何と返していいのか分からず、ハルはしばし無言になった。

 少しのあいだ目を泳がせ、恐る恐る訊ねる。


「チェリン。お前、僕に会う前は、ひとりで旅をしていたな。それは、故郷を離れてからからずっと……?」


 チェリンは首を振った。


「あたしは、ずっと『迷い森』で暮らしてたの。島を出るのを手伝ってくれた人がいてね。その人に連れ出されてからは、大陸に住む同胞リセルトに育てられてた。

 寂しいと思う事は、たくさんあったけど……いつか、兄さまが迎えに来てくれると思ってたの。でも、ずっと音沙汰もなかったわ。あたしが成人の儀を終えても、会いに来てはくれなかった。だから……」


「自分で探しに行こうとした、そういう事だな」


「うん。でも、まさかあんな事になるなんて……思ってなかったの。迷宮に関して伝わる言い伝えは、ただの伝説だと思ってた」


「言い伝え?」


 頷いた少女は、目元を歪めた。


四方(よも)に奉られている夢幻迷宮は、かつてのリセルト人の遺産。最奥部には、あたし達の先祖が遺した、大いなる力が眠っているとされている。いわば、巨大な宝箱だと思ってくれれば良いわ」


「その宝箱のからくりは精巧で、無理やり開けるには複雑すぎる。だけどね、たったひとつだけ、簡単に箱を開ける『鍵』があると言われているの」


 言葉を連ねると、少女はくるりとハルに背を向けた。長寝巻(ネグリジェ)から袖を抜き、唐突に背中をさらけ出す。

 反射的に目を背けようとしたハルは、気付いた。雪のように白い少女の背中に、びっしりと赤黒い色で紋様が描かれている事に。


「それは、刻印術式か?」


「……【巫女王の印章】。ヴィリテ代々の女王に伝わる、秘伝の術式刻印らしいわ」


 服を着直すと、チェリンは振り返った。

 星明かりに濡れた顔に、血の気はほとんどなかった。


「あたしが島を逃れる事が決まった時、母から継承されたの。神の国への扉を開けるとされる、一子相伝の刻印……でも、ただの伝説だと思ってた。だから、なんであんなことができちゃったのか、あたしには分からない」


 『あんな事』というのは、術式傀儡(ゴーレム)を発動してしまったことだろう。

 ハルは、自身の左腕に触れながら答えた。


「刻印術式は、体内を流れる力を少しずつ集約して使う技だ。定期的に発動して力を流さないと、術者の意図に関係なく暴走する事がある」


「それは、経験談?」


 ハルは頷いた。

 自身の左腕に這っている若鷹の紋章を、無言で鷲掴みにする。


こいつ(・・・)の制御には、僕も、散々苦しめられた」


「じゃあ、きっと、それが原因だったんだね」


 切なげに微笑むと、チェリンはバルコニーの手すりに腰掛けた。癖のある赤髪を払い、いじけた様に嘆息する。


「あたし……これからどうなるんだろう」


「さぁな。だが、今後の事が分からないのは僕も同じだ。この状況でやれる事は少ないが、有効と思われる手はひとつだけある。短槍を振り回したり、術式をぶっ放すのではない穏当なやり方がな」


「つまり、何?」


「すべてを正直に話して、自分が役に立つ事を証明する。時間稼ぎにはもってこいのやり方だ」


 チェリンはあからさまに肩を落とした。


「……そりゃ、すごいよ。世界一、画期的な方法だね」


「だが、それ以外に有効な手があるとは思えない」


 そんな会話の最中、ふいに強い風が吹き込んできた。肌寒い空気に煽られ、少女の髪や服の裾が頼りなく揺れている。


「……。夜風に当たりすぎると、身体に悪い。中に入った方が良いぞ」


 声をかけても、少女は動かない。ため息まじりに手を伸ばしかけて、ハルはハッと気が付いた。

 動かない少女、それを動かそうと手を伸ばす自分。物凄い既視感だ。このまま近付き過ぎると、また自分の身に危険が……。


「ぅ……あ……」


 あぁ、ほら。どう考えても尋常じゃ無い。

 これは、『悪かった』と謝るべき状況だろうか。それとも、無言で身を引くべき状況なのだろうか。

 腕を半ばまで上げた状態で停止していると、ふいに。


「うわぁあぁあぁあぁっ!」


 少女が、ギョッとするほど大きな声を上げながら突進してきた。


「っ⁈」


 とっさの事に反応できず、ハルは床に尻もちをついた。

 高価な絨毯がいくらか衝撃を殺してくれたが、それでもジーンと響く痛みが身体に残る。


「……っ……ぁあ……あぁあ……っ!」


 少女は泣き続けている。

 無理に引き剥がさない方が良いと判断したハルは、中途半端に上げていた手を地面に下ろした。

 冷然と奴隷商を殺した短槍使いの姿と、今ここで震えながら泣いている少女の姿。

 正反対に思える少女の人物像は、ハルの中で、奇妙に重なって見えた。


「あぁ、そういう事か……。」


 小さな声でつぶやき、ハルはソファの背もたれに身を預けた。

 少女(こいつ)では無いが、緊張の糸が切れてしまったらしい。今更のように身体がだるくなり、強烈な眠気が襲ってくる。


 ──今後も一悶着ありそうだが、まぁ、なるようになるだろう。


 疲れた頭で結論付け、ハルはすっかり重くなった(まぶた)を閉じた。

 夜風は冷たかったが、しゃくり上げている少女が当たっている位置だけは、暖かかった。


 

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