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夢と現の境界迷宮Ⅳ【機巧の子守歌】  作者: Thera
Ep.3【いざ、迷宮へ】
14/23

【戦闘・冥府の番人2】

 

「ラティス・クリアウォーター……?」


 名前を呼ぶと、ケープを纏った少年は穏やかに微笑んだ。

 片膝をついた状態のふたりを振り返り、ひどく冷静な態度で首を傾げる。


「君たち、まだ戦えるかな」


「……。あぁ」


 ハルはチェリンよりも先に立ち上がり、剣を薙いだ。


「僕は大丈夫だ」


「そっか。君は大丈夫?」


「あたしは……」


 だいじょうぶ。

 その形に歪んだ口が、声にならない息を漏らした。


「大丈夫じゃなさそうだね。どこか怪我をした?」


 異常に気付いたラティスが、チェリンに向き直った。


「平気です」


 弱々しい声で応え、立ち上がろうとしたチェリンを、ラティスが「待つんだ」と引き留めた。


「すぐ回復をかける。二人ともまだ前に出ないで」


 走り出したユウと黒狼に頷いたラティスは、欠けたハルの剣を一瞥して眉をひそめた。


「俺のを使ってくれ。間合いは短いけど、名匠の作だ。丈夫にできてる」


 そう言って差し出されたのは、流麗な銀色の鞘に入った業物の短剣だった。細かい水流模様が為された柄には、澄んだ蒼色の宝玉が嵌め込まれている。


「しかし、これは」


「現時点では、君の方が活用できる」


 強引に押しつけると、ラティスは柄の宝玉を指差して言った。


「その石は術石だ。あらかじめ、術式と起動用の星沁を蓄積してある。『氷獄(フェリル)』と唱えれば発動するから、使ってくれ」


 ハルの返答を聞かずに、ラティスは不思議な調子の歌を唄い始めた。

 低く、高く、複雑に震える音に混ざり、ザザ、と葉擦れの音が連鎖する。歌声に合わせて、樹々がざわめいているのだ。


「これは……」


 呆然とするハルの前で、樹々が、花が、微かな星沁光を放ち始めた。

 色とりどりの光は導かれるように揺らめき、高く掲げられた術師の手に触れた瞬間水色に変わる。


 ──植物から、星沁(いのち)を盗んでいる。

 他者の生命を吸い取り、自らの力に変換する術式。【巫術医(ふじゅつい)】と呼ばれる術師が用いる、古い呪術の一種だ。


(うた)え、謳え、土の民。我と共に、我らと共に……』


 滑らかな詠唱(うた)の終わりと同時に、ラティスの手から星沁が拡散した。

 水の波紋のように広がった光の波はハルの上にも降り注ぎ、肌に触れた瞬間雪のように甘く溶ける。


「これは……」

 

 驚くほど軽くなった身体に戸惑っていると、ラティスが微笑んだ。


「星沁力の回復。そう何回もできる技じゃないから、過度な期待はしないでね」


 直後、笑みを霧散させた少年は短弓を引き絞った。

 それを合図に、ハル達も彫像目掛けて走り出す。


「きもいね、あなた。」


 風を纏い、軽々と彫像をいなしていたユウが目を細めた。


「わたし、きもいのは嫌いなの。」


 死刑宣告のように、彫像に指を差す。

 優雅な蝶の姿をした式神たちは、風鳴りの音と共に彫像に突撃した。


『■■■……■■⁈』


 再生は終えていたものの、視界を遮られた彫像は停止(スタン)する。


「エリハル。」


 行きなさい。言葉の続きを読み取って、ハルは彫像めがけて駆け出した。


氷獄(フェリル)!』


 告げられたばかりの言霊(ことば)を唱えると、短剣の刃が氷霧を纏った。

 攻撃系の付与術式(エンチャント)だ。


「……っ!」


 たったひと言で術式が発動するからくりに内心で驚きつつ、ハルは彫像の足に斬りつけた。


『■■■■⁈』


 足が凍り付き、ボロリと破砕した彫像が大きく体勢を崩す。


(まだだ……)


 蛇のように伸ばされた触手を短剣で受け流し、凍り付いたそれを踏み台に駆け登る。


(まだっ……!)


 頭部に足をかけ、前転しながら。

 彫像の翼の付け根。弱点があるであろう位置の裏側から、短剣を突き刺す。


『■■◼︎◼︎ 』


 ギギッ、と。

 動きがあからさまに鈍った彫像の翼に片手で捕まり、ハルは右手を彫像の胸の中に突き込んだ。


『■■◼︎◼︎◾︎◾︎……』


 急激に冷やされ、脆くなった石材の中に、乱暴に短剣を突っ込む。果たして。

 一瞬だけ、手応えがあった。


『◼︎◾︎◾︎■■■!』


 悲鳴に近い声を上げた彫像は、大きくのけ反った。

 体勢を崩しかけたハルめがけて、彫像(みずから)を覆っていた流動体を、一斉に襲いかからせる。


「ハルっ⁈」


 皮膚を焼く流動体。

 その効果を体験済みのチェリンが、彫像から視線を逸らす。その刹那の時に、太い触手がチェリンを弾き飛ばした。


「がっ……⁈」


 バキバキと、少女のあばらが嫌な音をたてた。


『■■■■!』


 半ば制御を失いながらも、彫像は宙を舞う少女に触手を伸ばそうとする。


「させないよ。」


 触手を強引に吹き飛ばすと、ユウは落下した少女をふわりと風で受け止めた。


「だいじょうぶ。」


 振り返って訊ねると、少女は苦しそうに歯を食いしばりながら頷いた。


「あばらを少し。でも、護布があったから、平気よ 」


 チェリンの怪我を確認したユウは、即座に前を向いた。直後。


忌々しい(ヴェーグズ)


 短い悪態をついて、彫像の胸部に腕を突っ込む少年の姿を見た。


「ちょっとっ。」


 肉が焦げる、嫌なにおいが周囲を覆った。

 胸から溢れ出た流動体が、少年の腕を焼いているのだ。今はまだ表層だけだろうが、真皮まで届いた火傷を治すのは至難の技だ。最悪の場合、一生腕が使い物にならなくなる。


「何してるの、止めなさいっ。」


 ユウが怒鳴っても、触手に腕を焼かれても、少年は無表情だった。

 そして無表情のまま、平然と彫像のかけらを掴み抜く(・・・・)


「えっ……⁈」


 ハルの腕を見たユウは、呆然と声をこぼした。

 流動体に触れた衣類は焼け焦げて煙を上げているものの、ハルの皮膚自体は殆ど爛れていないのだ。

 いや、正確には。


(再生してる……?)


 焼け爛れるそばから、急速な勢いで再生を繰り返している。

 術式を付与していないのにどうして、と、素早く視線を走らせたユウが目に留めたのは、少年の左肩に入った刺青だった。


 歯車のようなものを掴んで飛ぶ、(たか)の紋章。

 巻いていた包帯が燃え、露わになった刻印(それ)が、淡い緑色の光をこぼして脈動している。


(あれは、術式刻印!)


 身体に直接式句を刻んで発動させる形式の術式だ。

 詠唱を省ける特性から、発動速度が早いという利点はあるが、身体刻印には高額な金銭、それに気が狂う程の激痛が代償として要求される。

 一介の流浪民が、戦闘に特化した刻印をしているなんて事、あるはずがない。


「……。」


 少年は目を細めると、燐光を纏った左腕を彫像に叩きつけた。

 嫌な音をたてて、しかしすぐに再生する左腕。対して、ガラス質な音を立てて砕けた彫像の胸部、その中央に。


『■…■…■… 』


 見つけた。

 怯えるように脈動する、赤い宝玉。

 鷹のような目を細めて、ハルは、右手の短剣を振りかぶった。


「失せろ 」


 ただ、ひと言。

 冷酷な宣告とともに、氷雪を纏った短剣が彫像の核を打ち砕いた。



♢♢♢

 


『◼︎……◼︎◼︎…… 』


 彫像を覆っていた黄土色の触手が、ボロボロと崩れて風に舞う。


『◾︎…… 』


 それらがすべて砂に帰したとたん、彫像は抜け殻のようにチカラを失い、その場でピタリと停止した。


(やったのか……?)


 粉々に砕けた宝玉を手にしたまま佇むハルの背に、きつい陽射しが照りつけてきた。

 先ほどまで重い霧に封じられていた空間が、花が咲き乱れ、小川の流れる、のんきな南国の森の空き地に戻っている。


「……。」


 疲労は、もう最高潮に達していた。

 戦闘が終わった事に、ハルの気が緩んだ、その瞬間。


「ごめんね。」


 突然、左腕が焼けつくように痛んだ。

 ギョッとして飛び退ると、険しい表情をしたユウと視線が交錯する。


「お前、何を」


「……。ごめん。」


 ふいに、視界がぶれた。急速に下降し、身体が地面に叩きつけられる。

 自分が倒れたのだ、という認識は後から遅れてやって来た。


「……っ⁈」


 即座に立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

 短剣に手を伸ばそうにも、腕が麻痺して動かなかった。

 唯一動く目で少女を見上げると、その袖口から黄緑の液体で濡れた投剣が覗いているのが見えた。


「ハルッ⁈」


 こちらに向かって駆け出そうとしたチェリンの前に、黒狼が音もなく進み出た。


「武器を下ろして」


 挟み討ちのように、チェリンの背後に歩み寄ったラティスが言った。


「武器を下ろすんだ。聞こえているだろう?」


 チェリンはラティスを睨み付けた。

 短槍を持つ手に、力が入る。


「何をする気なの」


「勘違いしないで。俺たちだって、君らに危害を加えたくは無いよ。でも、その為にはハッキリさせなきゃいけない事があるんだ」


 ラティスは、静かな声で問うた。


「君はいったい()なんだい、チェリン」


「何って、どういう」


傀儡(ゴーレム)式神(ファミリア)の類いはね、それを作製した本人にしか使役出来ないはずなんだよ。

 途中から君の制御下を離れて暴走していたけれど、君があの傀儡を発動したのは確かだ……だから、聞いているんだよ。君は何なのかって」


 じり、と後退りするチェリンに、ユウが悲痛そうな声をあげた。


「お願いだから、質問に答えて。チェリン。」


「し……知らない」


 少女の声に、チェリンは震えながら応えた。


「知らない、本当に知らないの。あたし、この街には、兄さまを探しにきただけで、本当に……何も」


「その兄さまというのは」


 短槍を強く握りしめる少女を見やり、ラティスはため息をついた。


ドィアダ(・・・・)・ディリス・アングハラードって名前だったりしないかい?」


「え……」


 ディアダ。チェリンが教えてくれた、兄の名前。だが、彼らはその名を聞いていないはずだ。


「どう、して……?」


 チェリンとエリハルが動きを止めた、直後。ため息をついたラティスを中心にして、地面に方陣が広がった。


「っ⁈」


 無詠唱(ノーモーション)からの、唐突な術式展開。

 足元に広がった方陣に捉われ、チェリンの膝ががくんと折れた。


「……!」


 止めろ。

 そう叫ぼうとした喉から、掠れた音の羅列が漏れる。腕をついて立ち上がろうとしたその時、眼前に夜闇色の装靴を履いた人影が立ち塞がった。

 見上げると、無表情な……しかし、どこか哀しげな雰囲気の漂う少女と目が合った。


「本当に、ごめん。」


 そんな言葉を聞いたのを最後に、ハルの意識はぶつりと途絶えた。



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