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夢と現の境界迷宮Ⅳ【機巧の子守歌】  作者: Thera
Ep.3【いざ、迷宮へ】
13/23

【戦闘・冥府の番人】


 苔むした石柱に座り、つかの間の休息を取っていたユウの隣で、ラティスが弾かれたように立ち上がった。


「どうかしたの。」


 訊ねたユウに、ラティスは曖昧に頷いた。

 何もないところに視線を泳がせる彼の瞳には、不思議な金色の光が踊っている。


「いま、精霊が……? 」


 足元で眠っていたはずの黒犬も頭を上げ、落ち着きなく空気のにおいを嗅ぎ始めた。


「これ、やばそうだね。」


 挙動不審な相棒に目配せして、ユウは自身の小刀に手を伸ばした。

 ユウは、巫術師たちが『精霊』と呼ぶ、自然界を流れる星沁(エネルギー)の流れを目視する事は出来ない。

 しかし、首筋をピリピリと刺激するこの感覚。

 仲間たちが視覚や嗅覚で感じているものと同じ何かに、ユウの六感(カン)が反応しているのだ。


「何が、起きてるの。」


「分からない。けど……」


 言いかけたラティスが、ギョッとしたように後ろを振り返った。

 彫像の前に跪く少女を見て、ユウもその原因を悟る。


彫像(オーギョ)に、術式を?」


 トランス状態、とでも言うべきだろうか。

 明らかに尋常ではない様子の少女から、大量の星沁(ひかり)が流れ出ている。


「エリハル、やめさせろ!」


 それを見て、冷静さをかなぐり捨てたラティスが叫んだ。


「結界が展開されてる。閉じ込められるぞ!」


 その言葉に目を見開いた少年は、星沁を展開する少女の肩を掴もうと手を伸ばした。しかし。


『紅緋の聖地でともに踊れ 愚者の悲鳴が天地を裂くまで』


 バチッと、激しい閃光。

 少女を護るように展開された光の盾に、小柄な少年は勢いよく弾き飛ばされた。


「大丈夫かい⁈」


 小柄なハルは盛大に弾き飛ばされ、ラティスに受け止められた。

 めまぐるしく変わる状況に三人が呆然とする中、少女に星沁光が収束する。


「っ!」


 矢のように飛び出し、少女の元へと駈け出す少年。


「ちょっと⁈」


 とっさに追いかけようとしたユウを、ラティスが強い力で引き戻した。


「リシュナ、行けっ!」


 ラティスがユウを抱えて後退すると同時に、指示を出された黒狼が少年を追いかける。

 糸が切れたように崩れ落ちた少女を、ハルが受けとめたのが遠目に見えた。


「離してっ。なんで止めて……」


 振り返ったユウが、混乱に任せて叫んだ時だった。

 ハッと目を見開いたラティスがユウを腕に抱え、地面を蹴飛ばした。

 何が起きたのか分からず、ユウの中で時間が停滞した。刹那。



目覚めよ 冥府の番人(ウェアフ・ココーラ)



 怖気(おぞけ)がした。

 触手にも似た揺らめきを持つ方陣が、ありえない速度でせり上がって来たのだ。


「ぐっ……! 」


 飛び出した勢いのまま、地面に投げ出されたラティスが、苦しそうに身じろぎした。


「ら、らてぃっ、背中が……。」


 身を起こしたユウは、ラティスの背を覆う火傷に息を飲んだ。

 高い術式防御力を持つケープは無事だが、ケープに覆われていなかった部分が無残に焼け爛れている。

 すぐ後ろで展開された結界の壁に、背中を焼かれたのだ。


「すぐ治せるよ」


 ラティスは、短剣の柄に嵌められた宝石に手をかざした。

 囁くような詠唱(うた)で湧き上がった星沁の光が、背中の火傷を取り巻いて治していく。


「結界の中にはリシュナがいる。しばらくは保たせてくれるだろう。ユウ、その間に解読できるかい」


「え? 」


「この結界の構築式だよ。巫術は俺の分野だけど、罠解除はお前の分野だろ? 」


 冗談っぽく微笑まれて、ユウは瞬きした。

 そう、罠の解除はわたしの専門分野だ。どんな状況下だろうと、わたしの為すべき仕事は変わらない。


「……。こんなもの。」


 ユウは立ち上がった。

 袖口から小さな石を取り出し、結界と己の間にかざす。

 直後、石の輪から展開された術式言語の羅列を目で追いながら、不敵な笑みを浮かべた。


「待ってて。こんな結界、わたしが、すぐにぶっ壊してあげるんだから。」



◇◇◇



 幼い頃のチェリンにとって、大陸の国々は好奇の対象だった。

 貿易によってもたらされる、不思議な工芸品を作る人々を見てみたいと思った。

 彼らが住む街、彼らの生活を、間近で見てみたいと思った。


 自分が生まれながらに背負わされた責務から、逃れられる時が来るのであれば、島の外へ行きたい。

 そう願ったチェリンが、港に立ち寄った商人たちの元にこっそり赴き、イウロ語や帝国の習慣を教わる事に、ほとんどの者が良い顔をしなかったものだ。



「……。」



 だが、帝国の魔手が島に伸び、じわじわと侵略が始められた頃には、チェリンの大陸への憧れは薄れていた。

 イウロという帝国は『先祖から聖地を奪い、隔絶された辺境の島に追いやった種族の住む土地なのだ』という、神官たちの考えに同意するようにもなった。


 イウロ帝国は憎むべき存在だ。

 そんな意識を念頭に置きながら、それでもチェリンは、執拗に帝国の知識を吸収し続けた。



「……。……っ!」



 何故かと訊かれても分からない。答えられない。

 帝国の習慣を知っていれば、交渉が少しでも有利に進められると考えたからだろうか。

 幼い頃の自分の夢を、大人になった今でも信じたいという気持ちがあったのだろうか。

 それとも……



「起きろっ、チェリン!」



◆◆◆



「う……」


 三度目の怒鳴り声で、少女はようやく目を開けた。


「伏せてろ!」


 叫んで、自分も地面に身体を伏せる。

 頭の上を通過して行った光線は、背後にそびえ立つ巨木の幹を貫いて消えた。


「え……?」


 轟音、霧に混ざって砂煙が上がる。

 ハルの背後で身を起こしたチェリンは、霧の中に佇む巨影を見、目を見開いた。


『ァア…… 』


 恍惚とした女が漏らしたかのような、甘い音声。

 その声に酔いしれ、かしずくかのように、周囲を覆っていた霧が裂ける。


『ァアアァ……ァアアアァッハハハハッ!』


 魔女のような高笑い。

 大きくのけぞった巨影は、片方しか無い翼を誇示するようにバサッと広げた。

 巨影の正体は、白い片翼を持つ女神像。

 祈るように合わせていたはずの手はダラリとぶら下がり、虚空を見上げていたはずの首は、まっすぐこちらを凝視している。


術式傀儡(ゴーレム)? どうして……」


「こっちが聞きたい。お前、何をしたんだ?」


「分からないよ」


 チェリンは顔を青ざめさせた。


「なんで、あたし、いったい何を?」


 少女は座り込んだまま、短槍を抱きしめ震えている。

 動揺しきったその様子を見て、ハルはチェリンが嘘をついていない事──少なくとも、意図的に何かを行ったわけではないという事を理解した。


「覚えていないのか」


「分からない。あたし、本当に何をして」


「なら、もういい。無駄話をしているひまは無さそうだしな」


 ハルは立ち上がると、片手剣に手をかけた。

 鞘走りの音が、キンッと鋭く響く。


『。。。』


 霧をまとった彫像が、いびつな音を立てて首を動かした。

 何をしているの?とばかりに可愛らしく小首をかしげたその姿は、いっそ醜悪と言っていい。


「お前、戦えるな」


 訊ねたハルの耳に、ロン、と弦をつま弾いたような音が響いた。

 横目に振り返ると、少女の周りを淡い紅色の星沁光が取り巻いているのが見える。


『始原の風、天翔る焔よ』


 少女の発した声が、結界の中に反響した。

 微かに震えているが、しっかりと通る声で紡がれた詠唱(うた)が、淡い光粒の形を取って具現化を始める。


『戦へ赴く我が友に どうか星の祝福を』


 チェリンの式句が終わると同時に、ハルが持つ片手剣に紅い光が宿った。

 攻撃力や耐久力を上げる、付与術式の一種だろう。


「……。感謝する」


 ほんのりと熱を帯びた剣を手に、ハルは駆け出した。

 超然と待ち構えている彫像の足元めがけて、剣を打ち付けようとする。


『。。。! 』


 彫像が、緩慢な動きで腕を伸ばしてきた。

 あの、無茶な光線を放つ時に見せた動きだ。真っ直ぐ進めば直撃を喰らってしまう。


「ぁあぁあああぁっ!」


 地面を蹴り飛ばし、上空に跳躍。

 元いた場所を光線が穿つのを視界の隅に捉えながら、ハルは剣を振りかぶった。


『。。。? 』


 急に姿を消した獲物を見つけられず、動きを止める彫像。

 その肩に着地したハルは、後転しながら剣を横に凪いだ。


(やったか……っ⁈)


 剣を振り切った、無防備に宙を舞うハルの視界に、胴体から切り離された頭像が落下してきた。

 哀しげな表情を彫り込まれたそれは、与えられた衝撃に耐えらえずに砕け散り──


「なっ……?!」


 ──空中で、停止した。

 彫像の頭は、宙に浮いているわけでは無かった。

 目玉がたくさん付いた泥のようなモノ、黄土色の流動体に絡めとられて、彫像の胴体に繋ぎ止められているのだ。

 ただ落ちていくしかないハルの眼前で、彫像の頭部は重力とは反対の方向に吸い上げられ、修復されていく。


「ハルっ!」


 飛び出してきたチェリンが、彫像の腕に得物をぶち当てた。

 そのお陰で、ハル目掛けて打ち出された光線の軌道がずれる。


『。。。! 』


 彫像の視線が、ハルからチェリンに移動した。

 攻撃を避けるには、距離が近過ぎる。


「せぁあぁああぁあっ!」


 回避を捨て、チェリンは打ち掛かった。短槍の穂先が、圧倒的質量を支える彫像の下部に吸い込まれようとした、その瞬間。どろり、と。


「ぁぐっ?!」


 粘土をこねるように、ぐにゃりと彫像の足元から生えてきた流動体が、チェリンの肩を直撃した。


 ──まずい。


 目を見開くチェリンの前に飛び出し、ハルは彫像の足元を一閃した。剣に付与された星沁が衝撃波と共に拡散し、流動体を一掃する。


「っ! 始原の……」


 追い討ちを掛けにかかるハルの背中に向けて、すかさず詠唱を始めるチェリン。

 ふたりの連携に触手を吹き飛ばされた彫像は、クパァと口を開き。


『アァアァアァァアァアァァァッ!! 』


 奇声、いや、歌声(・・)を張り上げた。


「ぐっ?! 」「っあ……⁈」


 鼓膜を切り裂くような超音波に平衡感覚が狂い、ふたりして地面に崩れ落ちる。


『。。。』


 動けないふたりめがけて、彫像が無慈悲な一撃を放とうとした。刹那。


『ガゥウルルッ!』


 彫像に匹敵する大きさに膨れ上がった黒狼(・・)が、ふたりの前に躍り出た。


「はっ?」「えっ⁈」


『グルラァアァァアァッ!』


 彫像以上に化け物じみた声をあげて、彫像に襲いかかる黒狼。

 全身から藍色の星沁を溢れさせ、必死の形相で、奇妙に折れ曲がった彫像の首に牙を突き立てている。


「っ! 」


 この好機を逃すわけにはいかない。即座に後退すると、ハルは手を組んで身構えた。


「チェリン、跳べっ!」


 頷いたチェリンは、即座に走り出した。

 ハルの手を踏んで跳躍すると、黒狼が飛びのいた瞬間、彫像の首に短槍を突き立てる。


「……我が牙に宿れ」


 ひび割れた彫像を見下ろしながら、少女は詠唱を紡いだ。


始原の風っ(オリデナ レラン)!』


 ロン、と琴の音を奏でた短槍が発光する。

 ギョッとしたような彫像がチェリンを振り落とすよりも先に、短槍の穂先が彫像の頭部にめり込んだ。


『。。。』


 勢いよく吹き飛ばされた頭部は、今度こそ破砕した。

 触手がその破片を回収する前に、紅い光に包まれて消滅する。

 しかし、彫像は止まらなかった。


『■■■…■■……■……! 』


 耳を引っ掻く雑音を羅列し、首からも流動体を溢れさせる。

 不気味な黄土色から、禍々しい黒色に変化した流動体は、倍の速度でチェリンに襲いかかった。


「っ?! 」


 とっさに肩布を掴み、自らの前に広げるチェリン。

 流動体は深緑色の護布に衝突し、高い音を立てて弾き飛ばされた。術式耐性を高めた装備なのだろう。


「あ……っ! 」


 それでも、全ての攻撃を防ぐ事はできなかった。

 彫像から溢れ出たそれ(・・)が触れた瞬間、チェリンは悲鳴をあげて短槍を取り落した。

 腕からは、どす黒い煙が上がっている。


「っ! 」


 ハルは、迷わず彫像に打ちかかった。

 チェリンを捕えようとする触手に斬り付けるが、硬い手応えが攻撃を受け止める。単純な物理属性が効かなくなっているのだ。


「くそっ! 」


 攻撃を諦め、ハルはベルトから鞘を引き抜いた。

 護布を斜めがけにした少女の腹を鞘で打ち、触手に巻きつかれる寸前で吹き飛ばす。彼女が受け身をとって地面に転がるのを確認したと同時に、ハルの脇腹に激痛が走った。


「がっ……!」


 触手に腹を焼かれ、殴り飛ばされた。

 樹幹に衝突し、崩れ落ちた身体に、内臓全てを吐き出したくなるような衝撃が走る。肺の空気が抜け、背骨が軋んで動けなかった。


『グルァアァアァアッ!』


 そんなハルを庇うように、黒狼が咆哮を上げた。

 ただの威嚇ではなく、星沁を声に乗せた付与攻撃。衝撃波が直撃した触手は破砕させられて、慌てたように身を縮めていく。


「ハルッ!」


 駆けて来たチェリンに助け起こされ、ハルは息をついた。


「無事か」


「そりゃ痛かったけど。キミの方が重症よ」


「……。そのようだな」


 言いながら、ハルは商人から貰い受けた回復薬を乱暴に煽った。

 回復薬の中では安価な物なので、痛みが完全に引くことは無いが、表面的な傷を塞ぐことはできる。


「お前にも感謝する、リシュナとやら」


 言葉を理解したのだろうか、黒狼はふたりを庇う位置に陣取ったまま尻尾を振った。

 超然と構える彫像を睨み付け、よろめきながら歩き出そうとしたハルの手首を、チェリンが強く掴んで引き止める。


「待って」


 大きく息を吸ったチェリンの身体を、ふわりと紅緋色の星沁光が覆った。

 蛍のように揺らめく光は少女を介し、ハルの腕へと流れ込んでくる。


『始原の風 天翔る焔よ。刃に伏せし我が友に どうか貴女の慈悲の手を』


 ハルは目を見開いた。ほんの少しだが、全身の痛みが和らいでいく。

 表面的な傷の回復にしか作用しない回復薬と違い、痛みの緩和に作用する術式なのだろう。


「お前、術式の心得があったんだな」


「本当は奥の手だけど」


 ハルから手を離すと、チェリンは短槍を突いて立ち上がった。

 目立つ外傷は左肩の傷だけだが、額には異常なほどの脂汗が浮かんでいる。生命力の変換……星沁術式の乱用による『星沁疲労』の症状だ。


「お前も飲んでおけ。星沁疲労にも、多少は効く」


 残る一本の回復薬を放ると、チェリンは即座に中身を飲み干した。

 ハル同様、乱暴に口元を拭って彫像を見据える。


「ハル、あいつの胸を狙って」


「胸?」


 チェリンは頷いた。


「首を飛ばした時、一瞬だけ見えたの。ちょうど胸の位置に、赤い……」


『グワゥアッ!』


 チェリンの言葉が終わらぬうちに、突然、星沁を纏った黒狼が跳躍した。

 光線を浴びても平然と前に突き進み、彫像の豊かな胸めがけて長い尾を叩きつける。


『。。。!』


 彫像はよろめいて、自分の身体をかばうような動作を見せた。

 えぐれた胸の奥に、赤い光がちらついているのを確認した、と思った次の瞬間には、魔物の胸は元通りに修正される。


「いまのは、」


『ギアアァアァアウァウアゥアアッ!』


 口に当たる位置から、金属をこするような音を立てて魔物が吠える。

 目から溢れる流動体の量が増えたところを見ると、どうやらアタリだったらしい。


「胸が弱点なのか」


 このまま攻め押してやる、と構えた二人に、彫像が必死とも思える気配を発した。


『■■■…■■……■…… 』


 彫像はバッと両手を上げると、呪詛めいた言葉を唱え始めた。不気味な赤黒い光の波が、ドーム状に降り注ぎ始める。それをチェリンが、ギョッとした声を上げた。


「だめ!術式の起動句だよ!」


「っ! 」


 同時に打ちかかろうとしたチェリンとハルの足めがけて、触手が伸びる。

 初撃は回避したものの、二度三度と続く波状攻撃の防御で、攻撃はままならない。


『■■……■……■■■■ 』


 術式の構築が終わったのだろうか、魔物の手のひらに集まった赤黒い光が、ふたりめがけて放たれる。それらは空気を切り裂きながら飛び、二人の目の前で無数の炎に変貌を遂げた。


(避けられない!)


 無数の羽虫のように、四方八方から迫り来る業火。

 停滞する時間感覚。

 最期の情景を垣間見たハルの眼前に、ひらひらと藤色のモノが舞い降りてきた。


 それが何なのかを確認する前に、襲いかかってくる火球。

 身を固くするふたりの眼前で、火球は弾けるように消滅した。


「なっ…… 」


 炎が直撃したはずの場所で、のん気に翅を羽ばたかせていたのは、チョウだった。

 手のひらに乗るほどの、可愛らしい小さなチョウ。

 ただし、チョウの翅は精巧に切り取られた白い和紙、描かれた模様は藤色に脈動する文字の羅列だ。


『しゃがんで!』


 チョウから凛とした声が響くと、その翅が強い光を帯びた。


「あれ、この声…… フムグッ⁈」


「バカ伏せろ!」


 少女の頭を引っつかんで、地面すれすれまで身をかがめる。

 淡い色に輝いていたチョウは、炎が迫ると濃い竜胆色に変色した。


『唸れ、風閃の盾。』


 起動句に応えて現れたのは、吹き荒れる紫風の刃。

 ヒュアァアァという、高い風鳴り音を響かせて、それは再び襲いかかってきた火球を全て消滅させた。

 力尽きたかのように、光を失い、ふらふらと地面に落ちるチョウ。半ば呆然と地面に伏したチェリンとハルに、蛇のような触手が迫る。


「くっ……!」


 疲労を隠せないまま、ふたりが引き続き応戦しようとする、その前に。

 水晶を砕くような美しい破砕音が、迷宮に響き渡った。


(何だ……?)


 見上げたハルの頭上に、キラキラと輝く燐光の破片が降り注いだ。

 濁った壁と霧が消滅し、元見ていた森の景色が視界に出現する。結界が、解けたのだ。


『■……? ■■……■■■■ ?? 』


 ギギ、ギチギチと、壊れた人形のように首をかしげる彫像に。


「あぁ、ぶつくさ、煩いなぁ。」


 竜胆色を纏った少女が、強襲する。


「少し黙ってなよ。このっ、大仰(おおぎょう)やろうっ!」


 強襲者は彫像の肩に取り付くと、身に纏った風刃を解放した。


『。。。! 』


 次の瞬間。

 ガキィイインと、ガラスを重たくしたような鈍い破壊音が響きわたり、彫像の頭部が完全に砕け散った。


『◾︎◾︎……◾︎◼︎■■■ 』


 追撃を免れようと、触手を伸ばす彫像。


「黙って。くそ彫像。」


 強襲者は、伸ばされた触手に動じない。

 ひょいっと触手をかわし、空中に踊りながら


『舞え、夢見鳥(ゆめみどり)。』


 淡々と詠唱(うた)う。

 和紙で作られた胡蝶(ちょう)が強い星沁を発し──


『■■■■■■ ⁈』


 ──閃光、そして爆発。


「なっ…… 」


 あっさりと形勢が逆転した。

 彫像を蹂躙する少女を、(なか)ば呆然と見ていたふたりの前で、緑色のケープがふわりと揺れた。


「あぁ、良かった……。間に合ったみたいだね」

 

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