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宿屋にて

 メリルの勘だけでさ迷っていたオレたちは、ようやく人のいる村にたどり着いた。


「おお、やっと着いたっすね、アルスおうず!!」

「いや、着いてねえし。オレたちが向かってるのはアーメリカ王国だし。ここ違うし」


 メリルはオレの話などこれっぽっちも聞かず

「とりあえず、どこで宿をとるっすか?」

 と言ってひたすら宿屋を探している。


 オレ、一応王子なんですけど……。


「アルスおうず、あそこなんかどうっすか?」


 メリルが一軒の店を指差す。

 そこは酒場と宿屋が兼用になったちょっと大きめの建物だった。

 まだ真っ昼間だというのに、外からでもドンチャン騒ぎが聞こえてくる。


「あそこは……ちょっとガラが悪そうじゃないか?」


 オレはちょっとビクビクしながら言った。こう見えてもけっこうビビりなのだ。


 なんだか、いかにも

「ここはガキの来るところじゃねえ、帰れ帰れ」

 とか言われそうな雰囲気だ。


「何言ってるっすか、アルスおうず。習うより慣れろっすよ」


 わけのわからんことを言いながら、メリルは宿屋のドアを開けた。


 中はやっぱり独特の雰囲気が漂っていた。

 カウンター席に並ぶ眼光鋭い戦士たち。

 いくつかあるテーブル席も、いかつい顔をしたおっさんたちが顔を赤らめて睨み付けるようにオレたちを見ている。


「へい、らっしゃい!!」


 オレたちの姿を見て、カウンターの奥にいたおっちゃんが声を張り上げた。

 ていうか、板前さんかよ。


「あの、泊まりなんですけど、部屋あいてます?」

「お泊りでしたら、10ゴールドになりやす」


 おおう、意外と安い。

 イタリアーナの王都の宿屋はだいたい25ゴールドもするから、半額以下だ。

 オレは懐から父上からもらった大量の軍資金おこづかいから10ゴールドを取り出すと、カウンターのおっちゃんに手渡した。


「まいど!! お部屋は2階に上がった奥のお部屋です」


 そう言って、横手の階段を指差した。

 オレがメリルと一緒に階段を上がって行こうとしたところ、ドンチャン騒ぎをしている酔っ払いたちから冷やかしの声が聞こえてきた。


「見ろよ、あのガキ。真っ昼間からお盛んだぜ」

「メイド服の女たぁ、けっこうなご趣味じゃねえか。ひひひ」


 ………。


 はああ?


 何を勘違いしているんだ、こいつら。

 オレとメリルがそんな関係に見えるか?

 どう見ても主人とお供だろ。いや、主人ぽくはないけども。


 振り返って睨み付けるオレに、酔っ払いたちは笑みを浮かべながら

「なんだ、オレたちにもヤラせてくれるってか?」

 と下卑た言葉を投げつけてくる。


 なんて不愉快な連中だ。

 やっぱり、こんな宿屋入るんじゃなかった。


 メリルはメリルで、言葉の意味を理解しておらず

「アルスおうず、ヤラせてくれるってなんすか?」

 と純真な目で聞いてくる。


 うん、それは知らなくていい。


「おい、あんたら。オレが誰か、わかって言ってるんだろうな」


 イタリアーナの王都とは少し離れてしまっているが、ここはまだ父上の治める土地だ。つまりは、こいつらは自分たちの王の息子に喧嘩を売ったことになる。


「なんだぁ? やろうってのか?」


 そう言って、酒場にいた全員が立ち上がった。

 てか、全員仲間かよ。

 聞いてないよ。


 宿屋の主人はカウンター越しに顔をうずめて

「ケンカなら外でやってくれ」

 と叫んでいる。


「アルスおうず」


 メリルがオレを護るように、グイと前に出た。

 とたんに、酔っ払いたちからオレを馬鹿にする言葉が飛び交う。


「なんだこいつ、女に護ってもらってるぜ」

「げはははは、あんだけメンチきっといて、ダセぇ~」


 メリルの肩をつかんで後ろに下がらせようとした瞬間、彼女の足が跳躍した。


「え……?」


 気づけばメリルの鉄拳が酔っ払いの一人の顔にメキョ、とめり込んでいる。

 一瞬の出来事に、その場にいる全員が何が起こったのかわからない顔をしていた。

 ていうか、オレも見えなかった。


 鉄拳を顔にめり込ませた男はそのまま倒れ込んで「はらひれはりほれ」とわけのわからない言葉を発している。


「な、な、な、なにすんだテメエッ!!」


 そう叫ぶと他の酔っ払いたちがいっせいに身構えた。

 そんな彼らに向かってメリルが叫ぶ。


「アルスおうずの悪口は、許さね!!」


 悪口だけで、そこまでするか……。いや、まあ、一国の王子の悪口なんて他所よその国では極刑ものだけど。


「誰だか知らねえが、オレたちに喧嘩を売るたぁ、いい度胸だ」


 そう言って一斉に剣を抜き放つ。

 おいおい、こいつら殺す気かよ。


「アルス・オーズだかアルス・ウォーズだか知らねえが、オレたちを怒らせてタダで済むと思うなよ」


 アルス・ウォーズってなんだよ。戦争じゃねえよ。ていうか、今まさに戦争になろうとしてるけど。

 こいつら、オレが王子って言ったら信じてくれるかな。



 一触即発のヤバい感じになってきたところで、一人の大男が奥のトイレから姿を現した。


「ぶへえ、飲みすぎたぜぇ」

「お頭!!」


 お頭……?

 見れば、髭モジャでボサボサ頭の古びた甲冑を着込んだクマのような男が手を拭き拭きしながら出てくる最中だった。


 あれ?

 あの顔、どこかで見たことある……。


 大男はオレを見るなり顔色を変えた。


「あ、あ、あ、アルス王子!!」


 跳ねた!!

 巨体が跳ねた!!

 両手を上げてオレに飛び掛かってくる。

 それはまるで大きな蛙がぴょんと飛び跳ねて上から振ってくる感じに似ていた。


「ぎゃあああああ!!」


 メリルが悲鳴を上げる。

 そういやヘビも苦手なんだっけ、彼女。


 思わず殴りかかろうとするメリルを慌てて抑えて、オレは大男を抱きとめた。


「アルス王子、お懐かしゅう」

「バドロスか。久しぶりだな」


 アーメリカ王国の騎士団長だった男だ。

 イタリアーナ王国との交流の関係で何度か剣術師範をしてもらったことがある。

 豪快だが、身体に似合わず乙女チックで、そのギャップがイタリアーナの兵士たちにも人気だった。


 まさか、こんなところで会えるとは。


 他の酔っ払いたちは、何が何やらわからない表情をしてきょとん、と突っ立っている。


「お、お頭、このお方は、お知り合いですか?」


 このお方って……。

 さっきまでの剣幕がウソみたいに引いている。


「お知り合いも何も、このお方はイタリアーナ王国のアルス王子だ」

「アルス王子……!?」


 あわわわわ、と剣を抜き放っていた酔っ払いたちが慌てて剣を引っ込めると、片膝をついて一斉にかしこまった。

 なに、この変わり身の早さ。


 メリルも

「あわわわわ」

 と言って、みんなと同じように片膝をついてかしこまる。

 いや、お前はいいんだよ。


「お前たち、アルス王子に何か無礼は働いておらぬだろうな?」


 バドロスの言葉に、酔っ払いもといバドロスの部下たちは「めっそうもない」と首を振った。


「我ら、アルス王子に剣を捧げていたところであります」


 捧げてたっていうか、突き付けてたよね。

 この開き直りよう、逆に尊敬するわ。


「アルス王子。我らバドロス騎士団、イタリアーナ王国へ援軍の要請に参った次第。是非ともロマ国王にお目通り願いたい」

「あ、うん……。え……?」


 援軍の要請?

 それって、あれだよな。ミモザ姫の件だよな。

 いや、まあ、妥当な要請だけど。

 どうしよう、援軍てオレとこのメイドだけなんだけど……。


 バドロスの眩しい瞳が、オレの心を締め付けていた。


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