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オレの優雅な朝が終わる時

王子視点です。

 朝の優雅なひととき───。


 バルコニーに置かれたラタン調のイスに腰を下ろし、オレはガラス製の机の上に置かれた紅茶をすすっていた。

 やはり目覚めの一杯はストレートにかぎる。

 朝もやに包まれた白い世界。

 澄んだ空気が辺りを包み込んでいる。

 朝ってなんてステキなんだろう。

 朝って最高!


「アルス王子。おはようございます」


 その時、執事のジェームズがやってきた。

 やめてよ、もう。

 さわやかな朝が台無しだよ。


「なんだ、朝飯にはまだ早いぞ?」


 しかし、オレの言葉にジェームズは首を振った。


「いえ、ご朝食で呼びに参ったのではありません。国王陛下がお呼びでございます」

「父上が?」


 オレは眉を寄せた。

 なんの用だろう。いつもならこの時間なら中庭でラジオ体操をしているはずなのに。

 オレは手に持ったティーカップを置いて、尋ねた。


「今すぐにか?」

「はい、早急にとのことでございます」


 ふと思う。

 くだらない用事だったらどうしよう、と。

 正直、毎朝のこのティータイムはオレにとって神聖な時間だ。

 それを遮ってまで呼び寄せる内容とはなんなのか。

 だが、早急に呼んでいるとなると無視するわけにもいくまい。

 

「仕方ない」


 オレは、どっこいせと重い腰をあげた。


「わかった、案内いたせ」

「国王陛下はすでに玉座の間におります。どうぞ、こちらへ」


 ジェームズのあとに付き従いながら、寝室をあとにする。



 通路を通ると、使用人たちがすれ違うたびに立ち止まり、壁に寄り添ってかしづいていった。


 見慣れた日常の光景。


 この城に住み込みで働く使用人の数は100人を超える。

 正直、誰がどんな名前で何をやっているのかオレにはわからない。そういうのは執事長のジェームズに任せてある。

 とはいえ、朝からこれだけの人数が働いているのだからすごいものだ。


 と、その時。


 曲がり角から洗濯物を持ったメイドが姿を現した。

 彼女は、オレを見るなり


「ぎゃあああぁぁぁっ!!!!」


 と断末魔のような悲鳴をあげて、持っていた洗濯物を床にぶちまけた。


 オレは化け物か。


「こらメリル! アルス王子の前で何をするんだ!」

「し、失礼いたすました……」


 慌てて洗濯物を拾うメイド。


「申し訳ありません、アルス王子。このメイドは田舎からやってきたばかりの新人なもので……」

「いや、別にかまわん」


 メイドは、洗濯物を拾いながら伏し目がちに言った。


「お、お、お、王子様とは露知らず、とんだご無礼を働いてしまって……すまんこってす!」

「こらメリル! 何度も言っとるだろう。その言葉づかいを早くなおせ!」

「へ、へい!」


 オレは今まで数多くいる使用人に対して何の感情も抱かなかったが、この娘に非常に興味を持ち始めた。なんなのだ、この女は。


 メリルというのか。


 三つ編みにそばかす。くりくりとした大きな瞳が少し不釣り合いだが、田舎娘らしいあどけなさを残している。


「そなた、歳はいくつだ?」

「へ、へい。今年で16になります」


 オレより4つ下か。それでもう働いているとは恐れ入る。


「アルス王子……? 国王がお待ちですが……」


 ジェームズの言葉にハッとした。いかん、急がねば。

 オレはメリルの落とした洗濯物を洗濯かごに入れると、彼女に渡してその場を後にした。


   ※


「国王陛下。アルス王子をお連れしました」

「うむ」


 重々しい玉座の扉を開けると、赤いカーペットの奥に玉座に座る父上がいた。


「おはようございます、父上」

「おはようアルス。今朝の調子はどうじゃ?」

「すこぶる元気です」

「それはなにより」


 いったい、どうなされたのだろう、父上は。

 いつになく表情が険しい。


「アルスよ。実は、大変なことが起きたのじゃ」

「大変なこと?」


 嫌な予感がする。

 まさか、隣国との戦争が勃発しそうなのか? 最近、あまり交流がないし。


「実はな、ワシは今、モーレツに腹が痛い」

「………」


 …………それは大変だ。


「トイレに行ってください、父上」

「う、うん。ちょっと待っててね」


 父上はヨタヨタとトイレに駆け込んでいった。

 このオヤジは腹が弱い。



 ……数分後。


 非情にさっぱりした顔で父上が姿を現した。


「いやあ、何がいけなかったんだろう。やっぱり、昨日の牛乳かな」

「知りません」

「必ずお腹を壊すとわかっていて、何で飲むんじゃろうな、牛乳」

「さあ」

「思うに、牛乳にはやめられない何かが入ってるんだろうな」

「あの、父上。オレに何の用ですか?」

「おお、そうじゃ。忘れてた」


 忘れるなよ。


「実はな、アーメリカ王国のミモザ姫が何者かにさらわれたらしい」

「………」


 …………は?


 オレの聞き間違いだろうか。

 ミモザ姫が、なんだって?


「父上、今、なんと?」

「だから、ミモザ姫がさらわれたそうだ」

「さらわれた? 誘拐されたのですか?」

「他にどんな意味があるというんじゃ」


 いや、ないけども。


「どんな組織がさらったのですか?」

「いや、いかんせん、情報が錯そうしておってな。正確にはわからんのじゃ。近くにいた者の証言によれば、黒マントを羽織ったイケメンがミモザ姫を抱きかかえて連れ去ったらしい」


 イケメンのくせに、女をさらうのか。


 嫌な時代だ。


「今、FBIが総力をあげて行方を捜しておる」


 世界最高峰を誇る情報組織FBIまで動いてるとなると、どうやら本当にただごとではないようだ。

 それを忘れる父上もどうかと思うが。


「アーメリカ王国ではリンカン国王がミモザ姫救出のため軍を動かしているらしい」

「それは、由々しき事態ですね」

「そこで、だ。我がイタリアーナ王国も、隣国として黙っているわけにはいくまい」


 そう、交流こそあまりないが、アーメリカ王国はここイタリアーナのお隣の国である。


「それもそうですね。騎士団を派遣しましょう」


 我がイタリアーナ騎士団なら、足手まといにはならぬだろう。

 しかし、父上はかぶりを振った。


「それはできん。うかつに兵を派遣しようものなら、この機に乗じて攻め込もうとしてるのではないかと疑われかねん」


 それは考えすぎではなかろうか。


「そこでワシは考えた。兵は送れない、しかし誠意は見せたい。ならば、王子のお前が行けばいいのではないか、とな」

「はあ!?」


 オレは思わず大声を出した。


「おぬしがミモザ姫を救出してくれれば、丸くおさまるんじゃが……」


 何が丸くおさまるんだ。

 第一、オレが行ってどうにかなるわけでもあるまい。


「これが、さらわれたミモザ姫の写真じゃ」


 そういって一枚の写真を手渡した。


「!!!!」


 オレの身体に戦慄が走る。 

 なんてこった。かわいいというレベルをはるかに超えている。


 ウェーブがかった金色の髪。大きなまつ毛に大きな瞳。ぷっくらとふくらんだほっぺに小さな唇。

 白いドレスに身を包み、微笑む姿はまさに究極の天使だった。


「ネットで拾った画像じゃ。拡大コピーして、部屋にも飾っておる」


 リンカン国王が聞いたら、激怒しそうなセリフだ。


「わかりました。オレが行きましょう。何ができるかわかりませんが」

「おお、行ってくれるか!」


 行きたくないけど。

 でも、こんな美少女がさらわれたのだ。救ってやらなければ。


「こんな時のために、新しいメイドを雇っておいてよかった。今後のためにも、おぬし専属のボディガードをつけようと思っておったのじゃ」


 ボディガード……?

 新しいメイド?


「紹介しよう、メリルじゃ」


 横から姿を現したのは、さっきの田舎娘だった。


「あ、あんたボディガードだったのか!?」

「さ、さ、さ、さっきは失礼いたすますた、アルスおうず!」


 おうずってなんだ、おうずって。


「おお、なんだ。もうアルスは彼女を知っておるのか」

「知ってるというかなんというか、さっき会ったばかりです」

「ふ、ふ、ふ、普段はメイドとして働いてますけど、いざとなったら王子のボデーガードをするようにと国王様よりおおせつかあ、おおせつかわ、おおせつかか………」


 うん、がんばれ。


「この娘、総合格闘技世界大会でチャンピオンに輝いた強者じゃ。格闘技に関しては右に出る者はおらんぞ」

「本当ですか!?」


 とてもそうは見えない。


「はっはっは、とてもそうは見えぬだろう。しかし、本当じゃぞ。たとえば、ここにあるロープをヘビに見立てて投げてやると……」


 あなたは小学生ですか、父上。


「メリル、メリル」

「はい、なんでございましょう」

「わっ、ヘビ!!」

「へ、ヘビ!!?? ぎゃーーーー!!」


 彼女の渾身の一撃が投げ出されたロープに炸裂し、そのロープはそのまま父上の顔をかすめ、玉座の間の壁を突き抜けて空の彼方に消えていった。


「と、ま、まあ、こうなる………ごふ」


 父上、顔が真っ青です。


「ああ、壁が! 申し訳ねっす! 申し訳ねっす!」

「あ、いや、いいんだ。ちょうど風通しもよくなったし」


 よくないだろ。


「まあ、これで彼女の実力もわかってくれたはずだ」


 危険度がね。


「そういうわけだから、メリル。アルスのボディガード、よろしく頼むぞ」

「へい、がってんしょうちのすけでごぜえます! よろしゅう、アルスおうず!」


 この娘は言葉づかいからなんとかしよう。

 オレは本気でそう思った。


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