魔王についての考察
魔王城、サタンの部屋にあたしはいた。
白い、高級そうなテーブルとイスが置かれているけど、あたしは座らずに近くに立っていた。
いつでも逃げられるように、だ。
まあ、逃げようと思っても逃げられない可能性の方が高いけど。
「我が妃よ、式はいつがよい?そなたの希望日に合わせるぞ」
サタンが目を爛々と輝かせながら、そんなことを言っていた。
はえーな、おい。プロセス完全無視かよ。
「えーと、式っていうか、あたし、結婚する気ないんで」
「え………?」
「むしろ、お断り? みたいな……」
「ふ、ふはははは。な、な、な、何を言っておる。サタンの妃だぞ?これ以上の名誉はないのだぞ?」
明らかに戸惑いの顔を見せている。ああ、きっとこの人、フラれたことなんてないんだ。ちょっと、かわいそう。
でも、まあ、フりますけどね!
「勝手にさらっといて、何言ってんだか。全部が全部、あなたの思い通りになると思ったら大間違いだから。あたし、結婚なんてしません」
「いや、だって、もう、式場とか予約しちゃったし……」
すんなよ! バカか、こいつ。
「サタンの妃って、誰もが憧れるもんだって、聞いてたし……」
そう言って、小動物のようにふるふるとふるえだし、泣きそうな顔を見せている。
ヤバい、こいつ、母性本能くすぐるタイプだ……。魔王のくせに……。
あたしは、顔を見ないことにして、ここぞとばかりに言ってやった。
「サタンの妃に憧れるのは、魔女だけよ。たいていの女の子は、白馬に乗った王子様に憧れるんだから」
たぶんだけど。
まあ、あたしの場合はそんな男がいたら、おもくっそ笑い転げるけど。
「………」
サタンが何も言ってこないので顔を向けたら、すっげー泣きそうな顔になってた。
ぎゃああああっっ!!
やめろ、その顔!!
「余の、何がいけないのだ?」
「全部よ、全部!! その、同情を誘うような目、自分は絶対に正しいと思い込む思考、欲しいものは力づくで奪おうとする神経、その全てが嫌!!」
あたしは、顔を見ないようにして言ってやった。
無理やりこんなところまで連れてこられたんだから、それぐらい言って当然っしょ?
「おまけに、魔界の王との結婚なんてこれっぽっちも考えたくない。反吐が出るわ。はやく勇者に倒されてこの世から消えてちょうだい」
「うう、ひっく……」
だから泣くなああぁぁっ!!
まるであたしが悪者みたいじゃないか。
「……そこまで、嫌われておるとは。ひっ、ぶひっ」
こ、この人、ほんとに魔王なの? すっげー、泣き虫なんだけど。
「サタン様!!」
その時、バタンと部屋のドアが開いて、超巨大な女が現れた。
でっけー。10メートルはあるぞ、たぶん。
黒いレオタードのような水着に、黒いマント。長い艶やかな黒髪をなびかせた、やけにエロティックな女性だ。
人間でいったら、30歳くらい?
知的な印象を受けるキャリアウーマン的な顔立ちをしていた。
「もしかして、泣かされたのですか!? 人間の小娘に」
ズンズンと中に入ってサタンの前に近づいていく。歩くたびに地面が揺れた。
人間の小娘に泣かされる魔王ってのも、どーなのよ。
「おのれ、人間風情が! サタン様を泣かすとは!」
言いながら、腰にぶら下げた剣を抜く。
なんなの、この人……。いや、この悪魔……。
「塵も残さず消滅させてやろうか、ああん!?」
こ、怖っ!! 顔、怖っ!!
般若みたいな顔してるんですけど!!
思わず逃げの態勢を作る。
これこそ、まさに悪魔と呼ぶにふさわしい姿。
こいつ、サタンより強いだろ絶対。
「よいのだ、サキュバス。その人を殺してはならん」
それを制したのは、涙をぬぐったサタンだった。
あ、泣き止んでた。
「ですが、サタン様」
「よい。余が少し急ぎすぎたのだ。愛は、徐々に深めていくもの。彼女の意向を無視した余に責任がある」
お、意外と物わかりのいい魔王じゃないですか。
自分の意にそぐわない者は皆殺しっていうイメージがあったのに。
案外、人間の王子よりも礼節をわきまえてるかも?
「サタン様がそうおっしゃるのなら」
チン、と抜き放った剣をしまうサキュバスと呼ばれた悪魔。
こんな怖そうな人を手なずけてるなんて、やっぱ魔王だわ。
「すまなかったな、ミモザ姫。式のことはいずれきちんと決めよう。それとは別に、今宵、ディナーをともにどうだろうか」
ディナーと聞いて、あたしのお腹が大合唱を奏でだした。そういや、ここに来てから何も食べてない。
「ディナーだけなら……まあ」
パアッとサタンの顔が明るくなる。喜怒哀楽のわかりやすい人だ。
「よかった! 今宵は料理長が腕によりをかけた魔界のフルコースなのだ。毒蜘蛛の煮出しスープに、一つ鬼の脳みそソテー、オーガの丸焼きに……」
「丁重にお断りいたします!!」
最後まで聞かずに、あたしは即答した。
「え、いや、だって、さっきディナーだけならって…」
またオロオロと泣きそうになるサタン。
もう、可哀そうだとは思わん。
「人間の食えるもん出せや、ゴルァ!!」
目の前で、サキュバス顔負けの啖呵を切ってやった。