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北の岬

『北の岬へようこそ!』


 今、オレたちはそう書かれた看板の前に立っている。

 北の岬。

 かつて大陸の王女とこの辺りに住む漁師が恋に落ち、このどこかから湧いている泉を通って密会をしていた場所だという。

 さすがにその場所への道は標されていなかったが、看板にはやけに瞳の大きい男女のイラストが描かれていた。


「なあ、バドロス。この場所で間違いないのか?」


 バドロスによれば、この北の岬から別の大陸に通じる泉があるらしい。それが王女と漁師との密会伝説へとつながってるそうなのだが……。


 さっきからそれらしき泉が見当たらない。


 目の前に広がるのは青い海と青い空、そして落ちたら確実に死ぬであろう断崖絶壁。

 いったいどこにそんな泉があるというのだろうか。


 当のバドロスは地図を広げながらうんうん唸っていた。

 やはり伝説は伝説か。

 あきらめかけたその時。

 バドロスは明るい声で「わかりましたぞ!」と叫んだ。


「アルス王子! どうやら『北の岬まんじゅう』は、少し西のミズーリという町にあるようです!」

「なにが!?」


 え、なにが!?

 もしかしてこの人、どこでまんじゅう買えるか探してたの!?


「い、いやバドロス。なんでまんじゅうの話題が……」

「安心してくだされ、メリルどの。ミズーリに行けば北の岬名物『北の岬まんじゅう』が食べられますぞ!」

「やったッス! はやく食べたいッス!」


 元凶はキサマか。


「バドロス、そんなまんじゅうのことよりも、他に重要なことあるだろ」

「重要なこと?」

「アルスおうず、それは『北の岬まんじゅう』よりもッスか?」


 重要だろ。

 っていうか最優先事項だろ。


「その泉を通ってミモザ姫がさらわれたんだろ!? だったらすぐに追わなきゃ!」

「だああああああー! そうだったッス、バドロスのだんな!」

「そう言えばそうでしたなメリルどの! すっかりまんじゅうのことで頭がいっぱいでした」


 騎士団長!?

 ちょっと問題発言ですよ、騎士団長!


「ということで、『北の岬まんじゅう』はまた今度にしましょうメリルどの」

「あうう、食べたかったッス、『北の岬まんじゅう』……」


 そ、そんなに食べたかった?

 普通に興味わかないんですけど、北の岬まんじゅう……。


「それでアルス王子。大陸に通じる泉はどこに?」

「いや、さっきからそれを聞いてるんだけど」

「なんと! 私はてっきりアルス王子が導いてくれるものと思っておりましたぞ!」

「なんで!?」


 なんでオレなの!?

 地図持ってたの、バドロスだよね!?

 北の岬の泉を通ってたって言ったの、バドロスだよね!?

 なんでオレが率先して案内しなきゃならないの!?


「ほら、アルス王子。こういう場合、勇者が全身から金色の光を放って道を指し示すというのがテンプレではありませんか」

「無理無理無理無理! オレ、普通にパンピーだし! 王子という肩書以外、なんの取り柄もないし!」


 って、自分で言ってて悲しくなるわ。

 改めてオレが姫の救出に向かうなんて場違いにも程があると思った。


「またまたご謙遜を。ここはひとつ、全身から金色オーラを放って泉を見つけてくださりませ」

「できるか!」


 いちいちツッコミを入れていると、メリルが「アルスおうずー!」と叫びながら大きな岩の隙間から手を伸ばしているのが見えた。


「ここに洞窟の入り口らしき穴があるッスよー!」


 呼ばれて行ってみると、確かに怪しげな穴が地面にぽっかりと空いていた。

 背の高い雑草に囲まれて見えなかったが、どうやらずっと下まで続いているらしい。


「おお、さすがメリルどの! よく見つけられましたな!」

「へへ、バドロスのだんなに落とし穴でも作ろうと思って適当な場所を探してたら見つけたッス」


 洞窟の見つけ方がエグいぞ。


「さ、さようですか……」


 バドロスの顔も引きつっていた。


「……にしても、見つかってよかったですなあ」


 コホンと咳払いをしつつ、バドロスが警戒しながらオレの背中にピタッとくっつく。

 なるほど、落とし穴に落ちる時はオレも道連れってわけね。


「ささ、アルス王子。中に入ってみましょう」


 言いつつ、グイグイ押してくるバドロス。


「お、おい。押すなよ」

「押してません」

「押してるだろ」

「押してません」

「グイグイ押してるじゃないか」

「芸人の押すなは押せと教わりました」

「オレ、芸人じゃないんですけど!?」


 ツッコミを入れてもグイグイ押してくるバドロス。

 こ、こいつ……。意外とビビりなんだな。

 まあ、オレもちょっと怖いけど。

 だって、洞窟って気持ち悪い魔物とか出そうなイメージあるし。


 スライムとか出たらどうしよう。

 本でしか見たことないけど、ネバネバしてて超気持ち悪いんでしょ?

 あと、数か月も風呂にも入ってないようなゴブリンとか、オークとか、そんなのもいたら嫌だし……。



 とか思っていると、メリルが率先して中に入っていった。


「二人ともビビりっスねー。こんな小さな洞窟、なんもいないっスよー」


 さすがサバイバル術に長けた格闘技マスター。

 ズンズンと奥のほうまで進んでいく。

 オレはすかさずたいまつに火をつけてメリルのあとに続いた。そのあとをバドロスが続く。


「メリルどの、少しでも何か発見したら大声を出してくださりませ。わがはい、一目散に逃げ出しますから」


 逃げるなよ……。

 にしても、大柄な男が肩を縮ませて歩く姿はどことなく愛嬌がある。


「大丈夫、大丈夫。こう見えてもメリルは格闘技の世界チャンプだから。よほどの魔物じゃない限り、負けるなんてことは……」

「ぴぎゃああああぁぁぁ!!!!」


 瞬間、前を歩いていたメリルが悲鳴を上げた。


「ひいいいぃぃぃぃぃーーーーッ!!!!」


 ついでにバドロスも悲鳴をあげた。


「メ、メリル!?」


 たいまつをかざすと、目の前にいたはずのメリルの姿が消えていた。


「メリル!? メリル!」


 なんだ!?

 なにが起こった!?

 慌てて周囲を見渡すも、メリルの姿はまったく見当たらない。


「メリル! メリル!」


 大声で呼びかけてはみるものの、返事はなかった。

 いったいぜんたい、メリルの身に何があったんだ。


「ア、ア、アルス王子……、これはもしやTATARIというやつでは……」


 ブルブルと震えながらバドロスが言う。

 ここイタリアーナ王国では古くから不吉な現象が起こるとTATARIの仕業とされている。

 その実態は悪霊の呪いとも死神の力ともされているが、定かではない。

 一説によると人の思い込みによるものだとも言われているが……。


「こうしてはおれません! アルス王子、わがはい、さっそく霊媒師を呼んでまいります! 決して逃げようとしているわけではありませんぞ! 仕方なく、仕方なーく、呼びに行くだけでありまして……」


 いや、それもう逃げる気満々のセリフだろ。


「ではこれにて!」

「待て待て待て待て」


 慌てて呼び止める。

 オレはふと、メリルが消えた地面のあたりを調べてみた。


「バドロス、これ……」


 そこには、うっすらと小さな水たまりのようなものが見えた。


「おや。アルス王子、漏らしたのでありますか?」

「違うわ!」


 メリルはこの水たまりの上で姿を消した。

 ということは、この水たまりに入るとどこかに飛んでいく、ということなのかもしれない。


「ほら、バドロス言ってただろ。この北の岬には別の大陸につながる泉があるって。それがこれなんじゃないか?」

「は!? これ!? このアルス王子のお漏らしのような水たまりが!?」

「お漏らし言うな」


 泉というからてっきり大きなものを想像していたけど、よくよく考えたらそんなに大きな泉があったらたくさんの動物たちが知らず知らずのうちに行き来していて大騒ぎになっているだろう。

 だとしたら、このような小さな水たまりが転移魔法となっていて別の大陸につながっているという可能性もある。


「そもそも転移魔方陣って、人ひとりが通れるような大きさしか作れないはずだし、太古の魔法使いが残した遺物だとしたら洞窟の奥にひっそりと残っていても不思議じゃないだろ?」

「むう、たしかに……」

「まあ、実際に試してみたほうが早いか」

「ま、ま、ま、まさかその上に立つので!?」

「だって、メリルはこの上で消えたわけだし」

「おやめくだされ! 誰のお漏らしかもわからぬのに!」


 だからお漏らし言うな。


「だって他に確かめようがないじゃん」

「アルス王子がやられるのであれば、このバドロスが先にやってみせますぞ!」


 そう言ってオレの肩をつかんでずいっと前に出るバドロス。

 おおう、この男もやるときは率先してやってくれるんだな。


「バドロス、あまり無理しなくてもいいんだぞ?」

「何を申されますか! ここは率先してやってこそ男であります!」

「そうか。さすがはアーメリカ王国の騎士団長だ」


 バドロスは水たまりの前に立つとオレの方を振り返って言った。


「アルス王子、もしわがはいの身に何かあったら、故郷の母と祖母にヨロシクお伝えくだされ」

「ああ、わかった」

「あと妹と弟にもヨロシクお伝えくだされ」

「ああ」

「それから、おじとおばと姪と甥といとことはとこにも」

「あ、ああ……」

「それと近所のおじさんとおばさんとおじいちゃんとおばあちゃんと……」

「多いよ!」


 多いよ、伝える相手が!

 そこは家族でいいだろ!

 途中から家族じゃないやつも増えてるし!


「それから友人のサーヴィスとペンターとルイスとカーディア、それとマッキンリーとジョーゼフと、えーと……」

「もういいよ! オレが先にやるよ!」

「おや、そうですか」


 変わり身早いなっ!

 絶対オレが言い出すの待ってたよ、こいつ……。


「アルス王子がそこまでおっしゃるのであれば仕方ありますまい。ここはお譲りいたしましょう」


 なんでこんな男が騎士団長をやってるのかまったくもって謎だ。


 ……まあいい。

 オレは深呼吸して水たまりの前に立った。


 うん、いざとなるとやっぱりちょっと腰が引ける。


「なあバドロス、オレがこの上に立ってもし異常があったら素直に引き返してくれよ?」

「無論、そのつもりです」


 無論なんだ……。


 オレはさらに数回深呼吸した。


「……じゃ、行くよ」


 意を決してピョンと水たまりの上に飛び乗る。

 すると次の瞬間、目の前が真っ暗になった。


「───ッ!?」


 同時に空中に放り出されたような感覚。


 こ、これは……!


「落ちてるのか!?」


 暗くてよくわからないが、どうやら暗闇の中を真っ逆さまに落下しているらしい。


「アルス王子ー!」


 はるか頭上からバドロスの声がかすかに聞こえたが、それはすぐに消えた。


「のわあああああぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」


 オレはそのまま濁流に飲み込まれたかのようにぐるんぐるんと身体を回転させながら遥か彼方の空間へと飛ばされていったのだった。

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