ミモザという姫(byミモザ)
めんどくさい、という言葉がぴったりな日だった。
急にお父様が
「狩りに行ったらどうだ」
なんて言うものだから、思わず「いいですわね」って即答してしまったのがいけなかった。
「お前ももう16歳。国の姫として積極的に外交をせねばならん年頃だ」
その理屈はわかるけど、なんでそこで狩りという選択肢が出てくるのか意味不明。
あれか?
隣国を狩れって意味か。
「ミモザよ。狩りとはいえ、相手は凶暴なクマかもしれん。国中から傭兵を募って警護させるから、安心して狩ってこい」
と、お父様が言った時はマジで卒倒するかと思ったわ。
クマって……!
クマって……!!
あたしゃマタギか。
「いやん、お父様。そんなにわたくしのこと心配してくださるなんて。感激ですわ」
「はっはっはっ。ミモザのためなら、たとえ火の中水の中。ドブの中にだって潜れるぞ」
そのまま沈んでしまえ。
「ほれ見ろミモザよ。お前の護衛のためにたくさんの傭兵が集まりおったぞ」
お城のバルコニーから覗くと、中庭の大広場におおぜいの野蛮そうな人たちが集まっていた。
その眼は、ギラギラと輝いて異様な光景だ。
「来ておる来ておる。強そうなのがたっぷりと。どうじゃ? 圧巻じゃろう」
「え、ええ……」
別の意味でね。
「みなさん、キモ……お強そうで」
「はっはっは、そうかそうか」
どいつもこいつも筋肉ムキムキのマッチョマンばかり。
すっごい汗臭そう。
マジ無理だわ、これ。
「うおおお、ミモザ姫だ! ミモザ姫がおられるぞ!」
中庭の一人がこちらに気が付いて指をつきつけた。
すると、中庭に集まっていた彼らが一斉にこちらを見上げた。
「ミモザ姫えええぇぇぇ!!!!」
そういって手を振る筋肉集団。
うっわ、キモい!
この集団、超キモい!
ひきつった笑みを浮かべていると、お父様が隣でささやいた。
「ほれ、手を振っておあげなさい」
言われるがまま、ぷらんぷらんと手を振りかえすと、
「ひゃほーーー!!!!」
と歓声が上がった。
……うん、嫌悪感しか抱かねえ。
「ところでお父様。狩りって、もしかしてあの方たち全員と行くのですか?」
「はっはっは、安心じゃろう? あれだけの傭兵が護ってくれれば」
「まあ!」
……殺す気か、このハゲ。
「でも、あなた。護衛でしたらアルバート一人でじゅうぶんじゃありません?」
そのとき、お父様の隣にいるお母様がおっしゃった。
ナイスつっこみ、お母様!
「そうですわ、お父様。こんなにも大勢引き連れていったら、逆に獲物が逃げていきますわ」
「う、うむ……それもそうか」
むしろ、人間も逃げていくだろう。
どう見ても山賊どもの集まりだ。
「じゃが、ミモザよ。せっかくこれだけ集まってくれたのだし、このままお帰りいただくわけにもいくまい」
いやいやいや、お帰りいただけよ。
あたしゃ、大歓迎だよ。
「おお、そうじゃ。いいことを思いついた。騎士団長のアルバートと戦って勝った者が護衛につくというのはどうじゃ?」
それ、あんたが試合を見たいだけだろ!
なんて心の中でツッコむあたしを無視してこのオヤジは勝手に話を進めてしまった。
「うん、それがいい、そうしよう。お集まりの諸君! このたびはミモザのためにお越しいただき、感謝する。しかし、いかんせん人数が多くてな。選抜試験を実施しようと思う」
「ええーーーー」という不満の声が上がる。
おとなしく従え、ブタども。
「選抜方法は、簡単じゃ。ここにいる騎士団長のアルバートと戦い、勝った者が護衛となれる。それ以外は認めんから、そのつもりでな」
その言葉と同時にバルコニーからひょいっと姿を見せる赤髪の騎士。若干22歳にして、騎士団をまとめる凄腕の剣士。端正な顔立ちに、クールな表情で宮廷内でもファンが多いらしいが、あたしは知っている。
彼は、生粋の美少女アニメオタクである。
休日の日は、自室で撮りだめしていたアニメの編集にいそしんでいるのだ。
その事実を知ってから、あたしは距離を置くようになった。
というか、ドン引きした。
アルバートは、ひょいっとバルコニーから身を乗り出すと、華麗に着地した。
「アルバート、がんばって」
あたしが声をかけると、彼はクールに答えた。
「お任せください、ミモザ姫。このアルバート、負ける気はさらさらございません」
そう言って片目をつぶってみせる。
いや、ウインクはいらねえだろ、このナルシストオタクが。
「ひい、ふう、みい………」
アルバートは、降りたと同時に集まった傭兵たちを数えはじめた。
「うん、これならなんとかなりそうだ。全員でかかってくるといいよ。どうせ群れなきゃ何もできない雑魚なんだから」
「んだと、ゴルァ!!」
アルバートの挑発に集まった傭兵たちが殺気立つ。
ああ、あんなこと言って……。
負けたらどうしてくれんのよぅ!
あたしはハラハラしながら事の成り行きを見守った。
「ふふふ、アルバートのやつ、自信満々じゃの」
お父様が心底楽しそうに目を輝かせている。
あたしは本気で殴ろうかと思ったけど、懸命にこらえた。
仮にもあたしは一国の姫。おしとやかにしなくては。
「なめんじゃねえよ、兄ちゃんよお。いいだろう、ここはオレ様がサシで勝負してやる」
ずいっと前に出てきたのは、体長2メートルはあろうかというほどの巨漢だった。
絵に描いたような立派なモヒカンで、「ひゃっはー」とか言ってそうな大男。
見るからに悪人だわ、こいつ。
「兄ちゃんよお、ひとつ提案があるんだけどよお」
ひゃっはー(←名前わかんね)が何やら提案しようとしていた。
「もしオレ様が勝ったらこの試験は終わりにしてミモザ姫の護衛はオレ様だけにしてくれよ」
はあ!?
何言ってんのこいつ!?
馬鹿!?
馬鹿なの!?
んなのダメに決まってんじゃない!
あんたに護衛されたほうがよっぽど危険極まりないわよ!
と、思っていたらあろうことかアルバートは「いいよ」とあっさり了承してしまった。
少しはこっちの意見を聞けっての。
当然、黙ってないのは他の連中だ。
「ええっ!? 何言ってんのお前!」
「ずりいよ、それ!」
「みんなで行こうって言ってたじゃんか!」
そんなこと言ってたのか……。
「じゃかあしい! こういうのはな、早いもん勝ちだって相場が決まってんだよ!」
「どんな相場だよ!」
場が混乱する中、アルバートは冷静に言った。
「みんな、安心して。僕がこいつに負けるなんてこと、あり得ないから」
「おお、あなたこそ勇者だ!」
いつの間にか、立場が逆転しとるがな。
「てめえ、なめやがって!」
ひゃっはーが怒りに身を任せて大剣を抜いた。
やだ、野蛮。
ひゃっはーは
「ひゃっはー!!」
と叫びながら(ほんとに言った!)アルバートに襲い掛かると、彼はひょいっと身体を浮かして華麗にその攻撃をかわした。
「な、なに!?」
アルバートは空中で一回転すると、きれいに地面に着地した。
あまりの鮮やかさに、みんなが見惚れている。
「スローすぎてあくびが出るぜ」
アニメオタクのアルバートが、タンタンと華麗にステップを踏みながらそんなことを言った。
あんたはどこぞの世紀末救世主か。
「な、なめやがって! うりゃ! この! でい!」
アルバートは、怒りに狂ったひゃっはーの振り払う大剣をことごとくかわしていた。
すごい、あの速さを冷静に受け流してる。
「ぜえぜえぜえ、あ、当たらねえ……」
「君の動きは単純なんだよ。筋肉の動きでどこに何が来るかというのがよくわかる」
「これならどうだ!」
叫ぶと同時に、ひゃっはーがアルバートに体当たりをかました。
「ひっ!」
思わず、あたしは小さい悲鳴を上げる。
まさに一瞬だった。
筋肉の動きなど見てる余裕もないほどの速さでひゃっはーは突進していた。
あれでは、アルバートも避ける暇もない。
でも、うずくまったのは巨漢のほうだった。
見れば、体当たりでぶつけようとした肩のあたりに大きなくぼみができている。
「真正面からつっこんでくるのは、自殺行為だよ」
腰を落とし、剣の柄を突きだした状態でアルバートは固まっていた。
突進していった巨漢の肩に剣の柄がめり込んだのだ。
もしも、あれが剣の刃先だったら巨漢は自分で突き刺さって死んでいただろう。
やっぱり、アルバートは強い!
「お見事です、アルバート」
バルコニーから声をかけると、彼は下で深々とお辞儀をした。
ん~、眉目秀麗、剣の達人のアルバート。
あれでアニメオタクでなければ、最高の騎士なんだけど…。
あたしは心の中で大きなため息をついた。
つづくと嬉しいです。