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書く猫 『御主人』と『アッシ』

作者: Hanzo

アッシですかい?アッシは猫でやす。


猫が文章を書くはずがないって?

そんなこと言っても書けるもんはしょうがないでやしょう。それに、書くも書かないもアッシの勝手でやしょ?

もう一つ言わせてもらえるなら、世の中にゃあ数えきれないほど猫がいるんでさぁ。一匹位、そんな奴がいたっていいでやしょうよ。


何々?百歩譲って、そんな猫が居るのは良しとしようって?その猫が、何故文章を書いてるんだって?

いやいや、それこそアッシの勝手じゃないでやすか。

アッシは自由な猫。ワンコロどもみたいに、やれお座り、それお手、ほれ伏せ、と芸をしなければおマンマを頂けないってわけでもないんでやすぜ。

・・・まっ、最近は芸をして“良いね“なんて物を貰って、それで金を稼いでる御同輩もいるっちゃいるらしいんでやすが・・・。おっと、話がずれてしまいやしたね。

実をいうと、アッシの飼い主は“ニート“なんてもんを生業としてやしてね、寝ている時とメシの時以外はパソコンっていうあの機械の前にかじりついてる事が多いんでさぁ。

そんでその膝の上の特等席にアッシが寝転んで、その様子を見てるってのが何時もの日常ってやつでやしてね。

そんなのが五年も続いてみてごらんなさい。猫だってキーボードで文章を打って見たくなるのが人情ってもんでやしょうよ。


何処でパソコンの使い方を覚えたのかって?

さっきも書いたように、ご主人の膝の上で五年間も見てたら覚えちまいやして。こういうのを人間の言葉で“門前の小僧、習わぬ経を読む“ってんでやしたっけね。

・・・とまぁそういうわけで、アッシはパソコンで文章を書けるようになったんでさぁ。

納得していただけやしたか?あっそう、よかったでやす。


何?最後に?猫が文章書いて何するんだって?

あんたも根掘り葉掘り聞きやすね・・・。

別に、これといって何にもしやしやせんが?

徒然なるままにってやつでさ。気儘な猫のすることでさぁな。


まっ、しばしお付き合いくださいやし。










そうさね、まずはアッシの日常の話をしやしょうか。


大抵の日、御主人よりアッシが先に起きやす。

御主人はパソコンから見れる”ネット”なる物で情報収集をしてるのが常でして、お休みになるのがかなり遅いんでさ。アッシも出来る限りお付き合いしてはいるんでやすが、半分位は御主人の膝の上で居眠りしてしまうんで・・・。

なので大体はアッシが起きるのが先になりやすね。



まずアッシが起きやすと、御主人の掛け布団の上から起き出して欠伸を一つ。そんでもって前伸び、後ろ伸びをググッとやりやす。

それから顔を二,三度、前足でゴシゴシ。これでアッシの準備は完了でやす。


次に御主人を起こしに取り掛かりやす。これがなかなかの手間でして。

まずは、御主人の顔面にアッシの鼻を押し付けやす。

アッシの鼻はホンノリ湿っていて大概の人、例えば御主人の父上や母上なんかはこれで飛び起きられるんでやすが、御主人はこんなもんでは起きやしやせん。

続いては、アッシの手で御主人の頬っぺたを撫でるんでやす。

ここで注意するのが、決して爪は出さない事でやす。御主人はアッシの掌、所謂肉球は大層気に入っておりやすが、爪で引っ掛かれる事は大層に嫌がりやす。勿論、爪を出して頬を引っ掻けば御主人は飛び起きるんでやすが、その後は機嫌が悪くなるので非常事態以外は使う事を禁じておりやす。

以前、アッシが寝ぼけて爪を出したまま御主人のほっぺを引っ掻いてしまった時は、御主人は臍を曲げてしまって一日遊んでくれないどころか膝にも乗せてくれやせんでした。注意、注意っと。

さて、ここまでやっても、まず御主人は希にしか起きやしやせん。よくて「うーん・・・」とか言いながら寝返りをうつだけ。

最後の手段は御主人を舐めるのでやす。

アッシの舌は御主人のとは違いザッラザラになっておりやすので、御主人は大抵これで起きてくれやす。

たまにこれでも起きない時もありやすが、そうなれば最後の最後、”あれ”をやる事になりやす。


”あれ”ってなんだですと?

“あれ“とは、御主人の寝ているベットの横のゴチャゴチャと人形を置いた棚からダイブする事でさぁ。

これをやれば、ほぼ百パーセントの確率で御主人は起きやすが、これにも注意がありやす。それはダイブの降下地点でやす。

一度、御主人の股間にワンポイントダイブして御主人にこっぴどく叱られたことがありやす。

あれは申し訳なかったでやす。雄としての御主人を終わらせてしまうところでやした。


何?最初から舐めるとか、ダイブとかをすればいいだろうですと?

・・・解ってないでやすな。

そんな事はゲスのすることでやすよ。何事も手順を踏まないと・・・。

アッシは様式美に拘る猫でやすよ。


まあこんな感じでアッシと御主人の一日が始まるんでやす。


御主人を起こしたアッシが、まずする事。それは用を足すことでやす。

御主人は部屋の隅っこにアッシのトイレを設置してくれていやして、アッシはそこで朝の用を足すのでやす。


・。


・・。


・・・。


ふぃー・・・。


用が済んだ後は行儀よく埋めやす。他の奴等は知りやせんが、アッシはトイレの外に砂を撒き散らすなんて下品な真似はいたしやせん。

アッシは行儀見習いが行き届いた猫でやす。

・・・飼って頂いた時分に、加減を誤って砂を撒き散らして御主人に悲鳴をあげさせた事がありやしたが、あれは良い教訓になりやした・・・。あの時の御主人の拳骨は痛かったでやすなぁ・・・。


さて、そんなこんなをしているうちに、御主人が寝間着のスウェットから部屋着のスウェットに着替えたら朝飯の時間でやす。


御主人は朝飯を部屋で食べやす。というか、ご飯は基本、自分の部屋でアッシと二人で食べやす。

御主人の母上が毎朝お勤めに出る前と帰ってきた時に、アッシのご飯と一緒に御主人の部屋の前にお膳を置いてくれているのでやす。

御主人も父上や母上と一緒にご飯を食べれば良いのにとアッシは常々思っているでやすが、”ニート”という生業は相当忙しいらしく、御主人は起き抜けすぐに大抵パソコンとニラメッコしていやして、そのままの体勢で朝御飯を食べるのでやす。そうでなければ、”ラノベ”か”マンガ”という資料を読み漁りながらでやす。

”ニート”というお仕事は、情報収集を片時も欠かせない大変な仕事なのでやす。


そして朝飯が終われば御主人は本格的にお仕事に取り掛かりやす。”コントローラー”なる操作機器を持って「今日は〜〜〜のクエストに行くぞ」とか「今日からイベントだからガッツリやらねば」とか「今日は新しいフィールドに行くぞ」と言ってる時もあれいってば、「今日、新刊の発売日じゃん。ネット注文せねば。」とか「〜〜〜の限定が出てるんだな。これは買いだな」と言っていたり、「うぉ、荒しが来てやがる!」とか「こんなフザケタ掲示板は荒らしてやる!」と叫んでいるときもありやす。

まこと、”ニート”とは多様な生業でやす。


その間、アッシが何をしているのかといえば、大抵の定位置の御主人の膝の上なのでやすが、時たま、そう時たま、二階の御主人の部屋の窓の外をぼうっと眺めるのでやす。

特に春や秋なんかのお日さんの光が燦々と降り注ぐ日に、御主人の窓辺に並べたコレクションの人形と並んで外を眺めるのはとてもいい気分でさぁ。


青い空、そこに流れる雲。そこを切り裂くように、ゆっくり飛ぶ飛行機。

窓の前の電線に止まるカラスやスズメやハト。たまに飛んでくるトンビ。

道行く車に行き交う人々。


いくら眺めていても飽きやしやせん。でもアッシは自分の身分を弁えた猫でやす。

アッシの定位置はやっぱり御主人の膝の上でやす。最後にはそこに寝っ転がり、一日の大半をそこで過ごすのでやす。


・・・たまに御主人が屁をこかれやすが、そこは我慢。

アッシは身分を弁えた猫でやす。

アッシも”大”の時は御主人に臭い思いをさせてやすから、おあいこということで・・・。


そうやっているうちに時間が過ぎ、御主人の母上と父上が帰って来て、御主人とアッシが晩御飯を部屋で頂き、御主人が”ネット”を眠くなるまで見て、二人で深夜にベットに入りやす。


そんな風にアッシと御主人の一日は終わるのでやす。


えっ?昼飯?食べないでやすよ?

御主人の母上は勤めに出てて居やせんし、そもそも御主人は料理など出来やしやせん。

どうしても腹が減った場合は、御主人はポテトチップなる物かカップ麺なる物を食べておりやす。あれはあれで乙なもんでやすよ。

へ?何でお前が味を知ってるのかって?そりゃあ、ご相伴に預かっていやすから♪


まあ、取り合えずそんな感じで普段の一日が終わるのでやす。










御主人とアッシの出会いの話をしやしょうか。


あれは雨が降る日でやんした。歩けるようになったばかりのアッシは、母ちゃんのおっぱいにしゃぶりついとりやした。

当時の事はそんなに鮮明に覚えてないのでやすが、優しくて暖かい母ちゃんに抱かれて、雨が降っても濡れない快適な寝床の中、子供のアッシはとてもいい気分でやした。


・・・と突然、小さな人の手がアッシを掴みやした。小さな手に掴まれたアッシは、ミーミー泣くことしか出来やせんでした。 急に雨が当たるようになって、冷たくて吃驚したのを覚えておりやす。


「可愛い!」


「可愛いね!」


「ふわふわ♪」


「ふっわふわだね♪」


「飼いたいな・・・」


「飼いたいね」


「飼おう!お母さんにお願いしてみようよ!」


持ち上げられたアッシの頭の上で、そんな会話が交わされたように思いやす。

唐突にアッシは、何だかフワフワした布切れに包まれやした。

土の匂い、砂の匂い、汗の匂い、酢豚の匂い(当時は酢豚なんて知りやせんでした。御主人の所にきて酢豚という物を知りやした)、洗剤の匂い・・・・。

妙な匂いばかりだなと思っていると、突然アッシはその布切れの中でグチャグチャに揺さぶられだしやした。


今になって思うに、あれは子供の服に包まれて運ばれてたんだと思いやす。でも当時はそんな事も解らず何もする事が出来ず、母ちゃん、母ちゃん、とミーミー泣くだけでやした。


二十分程すると揺れは収まり、アッシは明るい光の元で抱き上げられやした。突然の眩しい明かりに、アッシは目がシパシパしたのを覚えてやす。

目が馴れてくると、そこは見たことも聞いたこともないような場所でやした。アッシを連れてった子供達の家だったんでやんしょう。

そこには子供逹の母親とおぼしい、おっそろしい顔した女の方が立ってやした。


「駄目です!」


その女の人がアッシを見るなりキーキー声で叫びやした。

・・・そのでっかい声にアッシはビビって、ちょいと粗相をいたしたのは内緒でやす。アッシが子供の頃の事でさぁ、笑わないで下さいやし・・・。


「・・・せっかく拾ってきたのに・・・」


「・・・可愛いよ?・・飼っちゃ駄目?」


さっき威勢よく”飼おう”と言った声が萎れてやした。


「家では飼えません。そこら辺に捨ててらっしゃい」

・・・残酷な話でやす。母ちゃんと一緒にいた子猫を連れ出した挙げ句、”戻してらっしゃい”じゃなく”そこら辺に捨ててらっしゃい”。

だけど今にして思えば、そうならないと御主人には会えなかったわけでやすから、縁とは不思議なもんでやすな。


母親に叱られた子供逹は渋々とアッシを色んな匂いのする服に包むと、アッシの体を上下左右に揺さぶりながら運んで行きやした。


その時のアッシはいい加減頭に来ておりやした。勝手に母ちゃんから引き離されて、母親が駄目と言ったから捨てる。

当時のアッシは礼儀がなった猫ではありやせんでした。なので知ってる限りの罵詈雑言を叫びやした。


ミーミー。(ふざけんなよ!母ちゃんの所に戻せ!)


ミーミー。(やってやろうじゃないか!かかってこいやー!)


ミーミー。(たま取ったるぞ、ごらぁ!)


ミーミー。(お前らなんか×××の○○○○じゃ!)


・・・おっと、放送禁止用語を言った事まで言う必要はなかったでやんすな。

兎も角、アッシは子供逹に置き去りにされるまで罵り続けやした。


少しすると、アッシは地面に降ろされやした。

降りしきる雨の中、場所はアスファルトの上。知らない建物が立ち並んだ住宅街でやんした。

時刻は既に夕方から夜に移ろうかという時間でやした。


今でも覚えておりやす。

アッシはその時、初めて自分を連れ去った子供の顔をまともに見たんでやす。


子供は小学生低学年の女の子と幼稚園高学年の男の子でやした。


・・・二人は泣いてやした。降ってる雨に濡れたんじゃありやせん。雨とは違う水が二人の両目からボロボロ出とりやした。

・・・二人ともメソメソと泣いてやした。


・・・さっきまであんなにスラスラ出ていた文句が、アッシの喉の奥に引っ掛かって出なくなりやした。涙なんかを見せられたら、いくらアッシが小さい時分といえど、何も言えやしないじゃないでやすか・・・。


二人は泣く泣くアッシをそこに置き去りにすると、振り返り振り返り行ってしやいやした。

右を見ても左を見ても誰も居やしやせん。雨は降り続いておりやした。

今更ながらに、せめて雨を凌げる所に置いてくれなかった事を恨みやした。

でも今は恨み言を言ってる時じゃありやせん。アッシはこの状態から生き残らなければいけないのでやす。


意を決して、アッシは泣き出しやした。泣いて鳴いて哭いて・・・。

今のアッシなら、この逞しい足でピョイっと雨が当たらない安全な所に避難するでやすが、歩き出したばかりの子供のアッシでやしたから、それしか方法がありやせんでした。


みー。(誰か!)


ミー。(助けて!)


折からの雨、おまけにもう日が暮れようとしてやした。人っ子一人通りゃしやせんでした。

しかし、誰かに気付いて貰って、子猫の愛らしい外見でメロメロにして、庇護欲を掻き立てて保護してもらわなければ、当時のアッシの生きる道はありやせんでした。


・・・あざとい?狡い?


はんっ!死んじまったら人生終わりじゃないでやすか!自分の持てる武器を駆使して何が狡いんでやすか?


・・・だけど、そんな武器も使うための人が居なけりゃ意味が無いんでやした。


みーみー。(可愛い子猫ですよ!)


ミーミー。(ここに可愛い子猫がいますよ!)


みゃーみゃー。(寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!)


ミャーミャー。(可愛い可愛い子猫ですよ!)


・。


・・。


・・・。


ぎゃーぎゃー!(おいおいおい、誰か居ないのかい!)


ギャーギャー!! (誰かいるんなら出て来やがれ!!可愛い子猫だって言ってんだろうがよ!!)



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



どれくらい時間が経ったでやしょう。日はトップリと暮れてしまっていやした。

アッシはもう精も根も尽き果てて、搾りカスのような声しか出やせんでした。


ひゃーひゃー


ひゃーひゃー


ひゃー


ひゃー・・・・


もう意味ある鳴き声どころか、声自体も出やしやせんでした。


・・・ああ、死ぬのかも。そう思ってヘタリ込んだ時でやした。

アッシは暖かい手に持ち上げられたのでやした。


「うっさいぞ、糞猫。家の前で騒ぐな。ゲームに集中できん」


雨でずぶ濡れとはいえ、こんな可愛い子猫を捕まえてのその様な言い種、失礼な奴だなと当時は思いやした。


見ると、目の前に髭面のモジャモジャ頭の男の顔がありやした。アッシは僅かに残った体力で、この無礼な男に悪態をつきやした。


ひゃー(うっさい不細工・・・。何か文句あっか・・・。)


その男は何も言わず、じっとアッシを見詰めていやした。

と、唐突にその男は、優しげな声で喋り出しやした。


「・・・お前、一人か・・・」


何か返事をしなくては。そう思い、アッシは力を振り絞って鳴きやした。


ひゃー


「・・・」


ひゃー


「・・・お前、生きたいか」


ひゃー


「・・・」


ひゃー


「飼わないけど、元気になるまで家に置いてやる」


ひゃー


「飼うんじゃないから、名前は付けないぞ」


ひゃー


・・・これがアッシと御主人の出会いでやした。


え?全然ドラマチックじゃない?

いやいや、出会いなんざ、こんなもんじゃないでやしょうかね?










「おーし。来た来た♪」


御主人は先ほど届いた段ボール箱をガサゴソと開けておりやす。

何でもレーザーポインタを買ったそうで。


何でそんな物を買ったかって?

それが聞いてくださいよ。パソコンで見た動画サイトにレーザーポインタの出す光を追いかけ回す猫ってのがありやして。アッシでそれをやりたいがためだけに、そんな物を買ったらしんでさ。

御主人てば子供でやすね〜。


ちら


アッシがそんな物・・・


ちらちら


追うわけが・・・


ちらちらちら


ないで・・・


・。


・・。


・・・。


うっひょ〜う♪


・・・はっ!つい追いかけてしやいやした!

う〜、アッシは我慢が出来る猫でやす!もう追いかけやせんからね!


ひゅん


我慢でやす・・・。


ひゅんひゅん


我慢・・・。


ひゅんひゅんひゅん


が・・・。


ひゃほ〜いい♪


・・・駄目でやす・・・。

アッシは我慢が出来ない猫でやした・・・。とほほ・・・。


ちらちら


ひゃっほ〜〜〜い!!


・・・そんな運動会は、御主人が飽きるまで延々と続くのでやした・・・。とほほのほ・・・。










ぱりょぱりょ・・・さく


御主人は食後のデザートに蜜柑を食べとりやす。

この匂いは何時になっても慣れやせん。このつーんとした匂い・・・。

アッシは顔をしかめやす。


「ん?どうした、お前」


・・・御主人、今だけはアッシに近寄らないで下さいやし・・・。


「・・・もしかして、苦手なのか?」


御主人?何でそんなに悪い感じで笑ってるんで?いやいや、手をワキワキして近づかないでくださいやし。


「ふふふっ♪」


怖いでやすよ、御主人!いや、いや、いやーーーーー!


「ほーれ、ほれ♪」


止ーめーてー!


「・・・冗談だよ」


・・・ほっ。悪い冗談でやすよ、御主人。


「これはどうだ?」


御主人がアッシの前に手を付き出しやした。


何でやす?


アッシは興味の赴くまま御主人の手の匂いを嗅ぎやす。


ぷしっ!


御主人の手には蜜柑の皮が握られていて、アッシが近づくのに合わせてそれが握り潰されやした。


ひょえっ!


アッシは蜜柑の皮の汁で目潰しされ、必死に前足で顔を拭いやす。


「あっはっはっ!」


御主人〜!酷いでやすよ〜!


・・・御主人はサドでやす・・・。










ふー、極楽極楽♪


何でやすか?

アッシは今取り込み中でやすが・・・。


何?取り込み中だけじゃ解らない?

面倒くさいでやすねぇ・・・。アッシは今、ブラッシングの最中なんすよ。構わないでくださいやし。


そこそこ・・・。そこでやすよ・・・。


「めっちゃ毛が抜けるな、お前。めんどくさい・・・」


ああ!?御主人それは言いっこなしでやす!体の構造なんすよ。定めなんすよ、習性なんすよ、季節の巡りなんすよ〜!

面倒がらずにやってくださいやし~!


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ふぃ〜、ありがとうございやした。すっきりしやした♪


「・・・見ろ、こんなに抜けた。何か出来そうだな」


御主人、アッシの抜け毛で何か作るんでやすかい?言っちゃなんですが、アッシの毛ですぜ?そんな大層な(もん)は出来やしやせんぜ?


「羊毛フェルトって作り方のホームページがあったよな?」


やっぱり何か作るんで?


「おっ、あった。丸めるだけでいいのか・・・。ほうほう・・・」


御主人はアッシの抜け毛を手にパソコンとニラメッコを始めやした。

アッシはそれを横目に毛繕いでやす。

御主人、横道にずれてやすよ。今日はゲームのイベントがどうとか言っていやせんでしたか?


「おお!出来た!」


もう出来たんで?何を作ったんでやすか?


「じゃーん、お前の毛で作ったボールだ」


・・・ボール?


「ほうれ、取ってこい」


御主人はアッシの毛ボールを投げやす。


おおう!ボール、ボール!


アッシは部屋の中を右へ左へパンチしては、転がったそれを追いかけやす。


「あははっ、楽しそうだな♪」


御主人、これ楽しいっすよ、楽しいっすよ!


・・・こうして夜がふけるのでやす。









「あれ?」


ある日の昼過ぎの事でやす。始まりは台所のストック棚を覗いた御主人呟きでやした。


「ポテチがない・・・」


ありゃ、ポテトチップが無いんでやすかい?母上が買い忘れたんでやしょうね。

しょうがないでやすよ御主人。ポテトチップは諦めましょうや。ご相伴に預かれないのが残念でやすが・・・。


御主人を慰めるために足元にすりすり。


「・・・ちっ、しょうがねぇな・・・」


そうそう、諦めが肝心でやすよ。ささっ、部屋に戻って仕事の続きしやしょうよ御主人。「今日こそ、あのフィールドのボスを倒すぞ!」って、今朝気合い入れてやしたよね。


御主人は未練たらたらな様子でお部屋に戻りやす。アッシも尻尾を立てて後に着いていきやす。


さて、部屋に戻ったら、アッシは何やら(しも)の方が催してきやした。では、ちょっと失礼して・・・。


おや?


御主人、お忙しいところ失礼しやす。アッシのトイレが一杯でやすよ。申し訳ないでやすが、砂を変えていただけやせんか?


にゃーん


「お?トイレが一杯なのか?・・・しょうがねぇな、変えてやるから待ってろ」


まことに申し訳ないでやす、御主人。お手数おかけいたしやす。


「・・・おりょ、トイレ砂のストックもねぇじゃないか・・・。・・・しゃねえ、買いに行くかな・・・。ついでに俺の昼飯も買うかな」


おっ!お買い物でやすな!アッシもつれて下さいやし!


にゃーん


「ん?お前も行きたいのか?」


にゃーん


「確かペット同伴で入れるあのホームセンターって、確か食い物も売ってたよな?・・・よし、あそこに行くか」


やったー♪お出掛けでやすよ♪


・・・あっ!ちょ、ちょっと待って下さいやし御主人!用だけ、用だけは足させて下さいやし!


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


御主人とお出掛け〜♪御主人とお散歩〜♪


「何だ、お前?楽しいのか?尻尾をこんなに振りやがって」


もちのろんでやす♪御主人と外を歩くのは久し振りでやんすから♪


アッシは、今御主人の肩の上でリードに繋がれてやす。お散歩でやすからね。普段は家の中を自由に走り回らせてもらってやすが、外に出るとなればリードで自由を奪われるのもしょうがないのでやす。お店に入るにも、アッシらペットは繋いでないといけないって決まりがありやすからね。少々窮屈でも我慢、我慢っと。

アッシは我慢が出来る猫でやす。


おっ、前方に近所の奥様三人発見でやす。女は三人寄ると姦しいとは本当の事でやすね。

喋り声が道の反対側のこっちまで聞こえてきやす。


「・・・見て見て、あれ工藤さん所の息子さんよ・・・」


「息子さん、お仕事は何してらっしゃるの?」


「・・・ニートですって〜」


「・・・あら、そうなんだ。道理で朝の出勤時間とかに御主人と奥様しか見ないと思ったわー。」


「・・・何かそうなるには問題があったんでしょう?」


「・・・何でも高校で、その・・・虐められた・・・とか・・・」


御主人は立ち止まり、奥様方を見詰めやす。

話し難そうになり、終いには黙ってしまう奥様方。


・・・流れる時間、見詰め続ける御主人、居住まい悪そうな奥様方。


奥様方は気まずそうに、その場から去って行きやした。


御主人、近所付き合いの円満の始まりは、挨拶からでやすよ。きちんと挨拶しなきゃいけやせんぜ。

それに奥様方も奥様方でさぁ。いくら御主人の生業が”ニート”で羨ましいからって、あの態度はないでやしょ。コソコソと話すその態度はいただけやせんぜ。

・・・まっ、済んだ事をグチグチ言っててもあれでやすから、行きましょうや、御主人。


にゃおん


「・・・あ、ああっ、解ったよ。行こうぜ・・・」


御主人はアッシを一撫ですると、先程より少し遅い足取りで歩き出しやした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ぴっ「九十八円」ぴっ「三百八十二円・・・五百円に成ります」


レジは何時見ても面白いでやすな。赤い光がぴかっとなると、ぴっというんでやすが、あの中の仕組みはどうなってるんでやしょうな?

そんな益体もない事をアッシが考えていると、御主人がお金を払って荷物を持ちやす。


「・・・これ重いよな。・・・こんなの持って家まで帰るのか・・・」


そりゃそうでやすよ。アッシのトイレ砂、十キロの買ったでやしょ。アッシの物を買ってもらっといて言うのもなんでやすが、三キロの小さな方がよかったんでないでやすかい?


「・・・俺、こんなの毎回母ちゃんに買って来させてたんだな」


おりょ?そういえば御主人がトイレ砂を店で買うのって、今回が初めてでやすな。

御主人の買い物といったら、ネット通販か近所のコンビニでしかしやせんでしたもんね。


「・・・考えたら、母ちゃんは今年で五十なんだよな・・・」


そうでやすよ。ご年配の方は気遣わなけりゃいけませんぜ、御主人。


「・・・もういい加減こんな生活止めなきゃな・・・」


・・・?母上を労るって話が何で今の生活に関係するんで?


にゃん


「・・・お、おお。帰って飯食うか。お前のトイレの砂も変えてやるからな」


ありがとうございやす、御主人。帰ったら大放尿でやす♪


トイレ砂を抱えてヨロヨロする御主人とアッシは、昼下がりのポカポカ陽気の元、家路への道を歩くのでやした。










今日は朝から御主人の様子がおかしいんでさ。

何時もなら、アッシが擦り寄ろうが、体の上に飛び乗ろうが、わざと床で冷やした前足で顔を触ろうが、こんな時間には寝床から出てこないはずなんですがね・・・。


それが今日は目覚まし鳴らして六時半に飛び起きてるんでやすよ?ねっ、変でやしょう?


おかしな行動はまだ続きやす。

いつも朝起きても寝る時もスウェット姿で、着替えるお召し物もスウェットの御主人が、何を血迷ったのかワイシャツを着てネクタイを締めスーツを着だしたんでさ!

アッシは御主人の見慣れない姿と嗅ぎ馴れない防腐剤の臭いに、思わず後ずさりしてしまいやしたぜ。


どうやら御主人の独り言を聞くに、これから就職の面接とのことらしいんでさ。


「よし、ニート脱出!俺はやれる!」


とか


「俺は今日から生まれ変わるぞ!」


とか叫んでる御主人には悪いんですが、ニートってそんなに悪い職業だったんすかね?飼っていただいた五年間の事しか知りやせんが、今までの御主人は立派な”ニート”でやしたよ?それが悪かったと言うんですかい?

それに今までの御主人の生活を見るに、アッシもニートとさほど変わらない生活でやしたから、アッシの職業もニートになるわけで・・・。


・・・御主人、アッシの事も否定ですかい?


そんなアッシの複雑な心境も知らない御主人は、八時になると整髪料を髪にたっぷり塗ってウキウキ出かけやした。




三時間後、御主人が帰って来やした。今朝のあの浮かれた雰囲気は何処へやら、下を向いてスゴスゴと帰って来やした。

察するもなにも、就職面接は駄目だったようで・・・。

御主人はスーツ姿のまま、ベットでふて寝してしやいやした。

落ち込んでる御主人には悪いんですが、アッシは御主人と共にまた”ニート”を続けられることが嬉しくって、御主人の背中に頬擦りして添い寝してしやいましたぜ。


御主人、別に職業ニートで良いじゃないでやすかい?一緒にニートでいやしょうぜ。

なんならニートって生業を極めやしやせんか?ご一緒しやすぜ、御主人!










・・・忌まわしい時期がやってきやした。アッシはこの季節が嫌・・・・。

ううううあおーん!・・・失礼、嫌いでやす。


今のは何だって?・・・あの、その、は、発情でやす・・・。本能に抗えないなんて、自分の分を弁えた猫のはずのアッシでやすに・・・。

この季節は”あの”匂いが何処からともなくやって来て、やって来て、やって、・・・。

あおーーーん。・・・やって来て、こうなるんでやす。

とほほ・・・。


こうなっしまうとアッシにはどうすることも出来ないんで・・・。

アッシの中の何かが、こう出ていこう出ていこうとして・・・。

ああおあおおおーーーーん!っとこの通りでやす・・・。面目ない・・・。

こんな状況、アッシの問題だけで済ませれればいいんでやすが、身近で暮らしている御主人には堪らないらしく・・・。


「うっさいぞ、糞猫!もうお前は下に預ける!集中できねぇ!」


”ニート”という集中力を必要とするご職業の御主人は耐えかねて、とうとうアッシは御主人の父上と母上の住まう一階に預けられることになりやした。本当にご迷惑おかけします・・・。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「・・・」


あおおおーーん!


「・・・」


うあうあおおん!


「・・・」


ぎゃおおおんーん!


御主人の母上は黙ってアッシを撫でてくださいやす。この時期は撫でてもらうと少し落ち着くんすよね。ありがたや、ありがたや。

因みに御主人の父上は黙って新聞を読んでらっしゃいやす。


あおおあおおん!


「・・・」


ああっ、そこそこ!痒いとこに手が届くっていいでやすね〜。


「何故こんなの事になったのかしらね・・・」


母上が呟きやした。”こんな事”ってアッシの事で?・・・本当に、ご迷惑おかけします・・・。


うあおあおあおあおーん!


母上が優しく撫で続けて下さいやす。


「どうしたらいいのかしら・・・、ね?」


母上がアッシに問いかけやす。どうしたらって、この飛んでくるフェロモンが無くなれば、直ぐにでも収まりやすよ。少しの間だけ辛抱してくださいやすか。


おああああおんん!


「私、あの子に何をしてあげらたらいいのか解らないのよ、可笑しいでしょ?我が子なのにね・・・」


あの子?御主人様のことでやすか?母上はご飯作ったり洗濯したり、御主人に十分にされてると思いやすよ。


おあおあおあわあにゃああん!


「でも、あなたが来て、少しづつだけど、あの子が変わってきたたわ」


アッシでやすか?何だか知りやせんが、アッシの存在がお役にたっているなら、お世話してもらっている事に少しは報いれるってもんでやすよ。


「昨日なんて何を思ったのか、『・・・肩揉んでやろうか』なんて言ったのよ」


お?ご年配の方を労る精神が芽生えやしたね。アッシの思いが通じたんでやすかね。


「・・・この前なんて、急に就職するなんて言い出して・・・」


御主人が面接行って駄目だった事っすよね?

御主人は立派な”ニート”っていう職業っすよね?母上は”ニート”に反対なんすかね?

リスクを伴う職業だからでやすか?御主人がパソコンに向かいながら、「やばい、やばい!」って連呼してやすもんね。


うあわおわおわおんん!


「ねえ、これからもあの子を見守ってもらえる?」


母上はアッシを撫でながら、アッシに問いかけやした。

そんな事、聞かれなくても当たり前でやす。アッシの特等席は御主人の膝の上なんでやすから。


うあおおおおおおおんをん!


アッシの声が静かな居間に響きやす。


・・・何時も思うんすけど、御主人の父上って無口っすねぇ。










いや〜目出度いでやすな〜♪今夜は無礼講でやす!


何が目出度いかですと?

よくぞ聞いてくださいやした!御主人の就職が決まったんでさぁ♪これで御主人もリスキーな”ニート”を辞めて堅実に稼ぐ事になるんでやす♪

まあ、就職といえどアルバイトでやすが、御主人も父上も母上もニコニコでやすから、それでいいんでやすよ。


なので今夜は家族みんなでパーティーでやす♪ご馳走が食卓の上に所狭しと並んでやすよ♪


父上が御主人にビールを注ぎやす。母上は御主人の好きな唐揚げを持って台所からやって来やした。

おっ、アッシには鮪の刺身でやすか♪では、遠慮なく♪


「賢一、ありがとうね、ありがとうね・・・」


母上が食卓に座るなり、御主人にお礼を言いながら涙を流していやす。

御主人が”ニート”から足を洗ったのを一番喜んだのが、何を隠そう母上でやした。

アッシは”ニート”という職は良いもんだと思いやすが、母上の心配も解っていやしたから、こうなって良かったんでやしょうね・・・。


・・・。


べ、別に御主人と遊ぶ時間が少なくなるなーとか思ってないんでやすからね!?


「母ちゃん、就職しただけで泣くなよな」


髭を剃って男前が上がった御主人が、母上を慰めていやす。そんな御主人の目にも光るものが・・・。父上も目頭を押さえていやす。・・・アッシも貰い泣きしそうでやす。


「・・・そうね、お祝いの席に涙は似合わないわね。さっ、お父さんも食べましょう」


しんみりした空気を母上が追い払いやした。机の上の三人が手を合わせやした。

それじゃ机の下のアッシも、いただきやーす♪


・・・しかし父上って、本当に無口でやすね・・・。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


御主人は馴れないビールを飲んだせいで、ベットに倒れ込んで寝てしまいやした。

今日はもうネットでの情報収集はしないんでやしょう。・・・いや、これからはもうパソコンを触る事自体が減るんでやしょうな。


御主人は”ニート”を辞めやした。

アッシとの触れ合いの時間も減るでやしょう。


・・・変わっていくんでやすよ。良くも悪くも・・・。

これからも変わってゆくんでやしょうなぁ。

アッシは此処にいるおかげで、その”良い方に変わる瞬間”を見ることが出来やした。


アッシは神や仏なんざぁ信じやしやせん。

・・・ですが今この瞬間だけは信じやす。運命の神様、アッシをこの家に来させてくれてありがとでやす。


外は煌々とした満月の光で満ち満ちていやす。


・・良い夜でやす。


御主人に無理矢理飲まされたビールのせいでやしょうか?今夜のアッシは感傷的でやす。


「お月さま、アッシ達四人家族を末長く見守ってください・・・」


アッシはお月さまに手を合わせやした。


「おっ、お前!?」


・・・ありゃ、御主人が起きてやした・・・。


もしかして、・・・アッシが喋るの聞かれやしたかね?










ヤバイでやす・・・。アッシを見る御主人の疑いの目線の度合いがヤバイでやす・・・。


あの日、アッシは人の言葉を喋っているのを御主人に聞かれてしやいやした。

猫界では、人の言葉を人の前で喋るのはタブーなんでやす。

過去、人前で喋ったり二本足で歩いたばかりに、妖怪として殺された先達の教訓を耳にタコが出来るほど聞かされていやしたのに、油断してたでやす。


・・・これはもう、しらばっくれるしかないでやすね。当分は普通の猫として暮らすでやすよ。

なので、この話はここでおしまいでやす。

また、アッシの疑いが晴れて書けるようになったら、また書くでやす。

短い間でしたが、ありがとうでやす。それでは、また会う日まで!


「お前、俺のパソコンになにしてんだ!?」


逃げるでやんす!!




アッシの性別・毛並み等はわざと表記しませんでした。(作中でメスの習性とオスの習性が混じっているのは意図的にやりました)

読んでくださった方が猫を飼った経験があるなら、アッシをその猫さんに置き換えてお楽しみ下さい。

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