中編
そんなわけで白金家にお邪魔する事になった。見るからにして二階建ての普通の一軒家だ。
「この辺って結構静かだな」
「家の周りは落ちつけるんだ」
住宅地の中にある一軒家だ。何の変哲もない。白金が玄関の扉を開ける。
「ただいまー」
無気力そうな声が玄関とその先の廊下へと伝わる。廊下から何かしらの声が聞こえた。
「お母さんがいる。他は今のところ誰もいないから」
「お前の家って兄妹とかいるのか?」
「お父さんとお母さんとあたしで三人暮らし」
白金は首を横に振って答えた。
「一人っ子なのか?」
「そうなる。上がろうか」
白金につれられる形で俺たちは玄関へと上がっていった。二人でリビングに向かったら、そこでは肩まであるウェーブがかった茶髪の中年女性がテレビを観ていた。
「お母さんだ」
白金が紹介するも、母親とされる女性は二人の存在に気づいていなかった。
「気付いてないみたいだぞ」
「むむ……」
白金は母親の肩をちょんちょんと突いた。
「はっ、あら?」
娘に気付いた母親はさっとテレビの音量を下げた。
「鈴音お帰り。一緒にいるのは……ボーイフレンド?」
「はうっ」
母親の一言で白金は顔を赤くしてしまった。
「いえ、違いますよ。自分はただの友達です。ちょっとお邪魔しています」
「そう、友達っ、友達の杁島だ」
焦りながら俺を紹介してくれた。
「杁島君かあ。どうもよろしくね。今からお茶を入れてくるから」
白金母は台所へと引っ込んでいった。
「じゃ、あたしは着替えてくるからここでゆっくりしてて。そこに座っていいよ」
ソファを指して白金は出て行った。立ったままもアレなのでソファに腰掛けることにした。散らかっている様子のない綺麗なリビングだ。だが、窓際には割れた基板やスピーカー等の何らかの部品が無造作に置かれていた。
「お茶が入ったわよー」
お盆を手にして白金母が再び現れた。
「ありがとうございます」
「お菓子もあるから良かったら食べてね」
お茶とともにどら焼きを差し出した白金母は、隣の椅子に座った。
「杁島君って鈴音と同じクラス?」
白金母が聞いてきた。
「はい、そうです」
「それがきっかけで友達になったの?」
「そうなりますね」
「最初は結構つんつんしてたでしょ?」
と白金母は言った。言われてみると確かにそうだ。白金に今年初めて話しかけた時も態度が素っ気なかった。これだから友達がいなかったのだろうか。
「あの子、別に他人を嫌ったりしないし、むしろ友達を欲しがってるの。でもちょっと特別な子というのもあるから、距離を置きたがってもいるんだわ」
「そうなんですか。特別な子というのは?」
「大したことじゃないわ。あの子から直接聞けると思うから。でも杁島君なら、直にわかるかもしれないなあ」
直に分かるとはどういう事なんだ、と白金母に聞こうとしたとき――
「杁島、お待たせ」
階段を下りる音がしたかと思ったら、私服姿の白金が登場した。デニムのオーバーオールに白の長そでTシャツと、背丈の小さい白金にはぴったりの服装だった。
「一緒に下に降りよう」
「この家には地下があるのか? 結構広いんだな」
「うん、地下の倉庫を探してほしい」
お茶を飲み干したあと、俺は白金に倉庫へと連れられていった。階段の下にある扉を開くと、地下へと続く新しい階段が現れてきた。それを下った所に倉庫があった。
「ここが白金家の倉庫なのか? あの家からは想像がつかないくらいの広さだけど」
うちらの教室並みの広さには木製の棚が数本と段ボールの山があった。段ボールや棚からは電化製品の部品らしき基盤やコードがちらちらと見えていた。リビングと同様、こちらも割ときれいに片付いている。
「ここを片づけるには相当気合い要りそうだな」
俺は素直な感想を口にした。
「うん、結構大変。杁島は棚を探して」
そう言われて、俺は頑丈そうな木の棚を調べ始めた。内部の表面はぼこぼこで、木が随分と変色しているところから、かなりの年代物だと思う。埃がないところからすると、ここもつい最近整理されたみたいだ。ゲーム機、CDプレイヤー、ノートパソコン等、様々な機械が新旧混ざって収められている。
「これはもしかして……」
様々な機械に目を通していく中、ラジカセらしきものを見つけた。
「もしかしてこれじゃないよな?」
俺はラジカセを引っ張り出して、白金に見せた。白金は首を横に振った。
「探してるラジカセはもっと大きい。スピーカーの部分が大きくって銀メッキになってる」
そう言って、白金は段ボールの中から年代物のラジオを取り出した。
「これに結構似てる。探しているものはカセットテープも再生できる」
白金が手にしているラジオは、銀色の角ばったフォルムに大きなスピーカーがついていた。そんなに特徴的なものではなさそうだ。
「言いたい事はなんとなく分かった。でもなんでラジカセを探してるんだ?」
「お父さんからの誕生日プレゼント。五歳の時にもらった」
「ふむ、ラジカセが好きなのか?」
女の子へのプレゼントがラジカセというのは変わっていると思う。
「うん。でも初めて貰った機械だから大事にしてた。それが最近欲しくなって探してる」
思い入れのあるものなんだな。俺はそう考えて、ラジカセ探しを再開した。
ここの倉庫は綺麗に整理されている、と思ったら割とごちゃごちゃになっている棚が多かった。本を本棚にしまうのは得意だけど綺麗にならべるのが苦手、そういうタイプの人が整理したんだろうな。
「もう全部探したが見つからないぜ」
ラジカセなんてそんな小さな代物じゃないだろうと思ってあらゆる機械を調べたが、意外に時間がかかってしまった。棚の中がごちゃごちゃしている事に加え、それだけ調べた棚の数が多かったのもある。
「うう……」
白金も段ボールを調べつくしたようだった。この様子だと見つけられなかったみたいだ。
「なあ白金。他に心当たりのある場所ってないか?」
「よく分からない。あるとしたら……あたしの部屋とか」
白金の最後の台詞だけボリュームが下がった。
「白金の部屋か……」
俺が入るのはちょっと気がひける。というか今まで女の子の部屋に入った事が全然ない。
「あの、杁島にも手伝って欲しい。あたしの部屋に入って欲し……はうっ」
「ああ、分かった。さっと探すか」
白金もこっちも緊張していた。彼女に案内されて、地下から二階へと上がっていく。『すずね』と可愛らしい文字が貼られている扉の中に入っていった。女の子らしく、寝具や蛍光灯の傘等のインテリアは水色を基調としており、ぬいぐるみもいくつか置かれていた。しかし、リビングと同じく、ここにも機械の基板やネジ等の部品が勉強机に散らばっていた。割れてしまった基板や、曲がってしまった機械の外装なんかもあった。
「工作が好きなのか?」
「……! あ、うんっ。まあそんなところ。あまり得意じゃないけど」
それにしても基板を派手に壊している。白金ってそこまで不器用だったっけ?
「それじゃ、杁島は高いところを探してくれる? あたしだと手が届かないところが結構ある」
と白金は言って机周辺を探し始めた。確かに白金にとって手の届かないところはいっぱいありそうだが、俺にとっても高すぎる部分がいくつかあった。例えば、部屋の入り口からすぐ左にあるクローゼット上部に扉がある。俺なら背伸びしてなんとか扉を開けられるが、中を探すのはきつい。
「分かった。白金、何か踏み台とかないかな? 俺でも届きそうにない所があるんだ」
「踏み台になるもの……」
白金は部屋全体をきょろきょろと見回した。そしてベッドの下にある、銀色でとても堅牢そうな箱を発見し、俺の前に引っ張り出した。黒い取っ手つきのその箱は、白金を中に入れて持ち運べそうなくらい大きい。
「これを使っていい」
「ありがとう」
早速俺は箱を踏み台にして、クローゼット上部を探した。中にはブラウン管テレビやらミニコンポやらが埃を被って眠っている。見た目からしてあまり使われていないようだ。コンセントを挿しても動くだろうか。
舞い上がる埃で咳き込みながら機械を下に降ろすと、奥からダンボールが現れた。それも降ろして、中身を調べると、アルバムが三冊入っていた。
「これは……」
無意識に俺はアルバムを手に取る。
「ダメーっ!」
すると、瞬く間もなく白金がアルバムを奪い取った。
「見ちゃダメ! 見たら死ぬ、呪い殺される!」
顔を赤らめ、アルバムを必死に抱きしめながら白金は早口でまくし立てる。
「ああ、分かった。見ようとしてすまんな」
突然の白金の行動に驚きながら、俺は謝った。彼女は涙目でアルバムを抱えたまま動かない。
そんなに恥ずかしい思い出があるんだろうか。そういえば、昔の白金ってどんな感じなんだろう。今よりは小さいはずだからもしかして、竹の中にいるかぐや姫くらいの大きさだったりして――
「なんか失礼な事考えてた?」
膨れっ面で白金が俺を見つめた。さっき考えてたことは黙っておこう。
「いや、考えてない。それよりラジカセ探しを再開しようか」
釈然としないまま、白金はアルバムをベッドの下にしまい、机周辺の探索を再開した。俺も銀色の箱に乗って、クローゼット上部を覗いた。
「これは……」
ダンボールがあったところの奥に、銀色の四角い機械を発見した。年代物の銀色のラジカセだ。
「白金、もしかしてこれか?」
埃を払い、そのラジカセを白金に見せた。
「これ、これだ! ありがとう」
白金はラジカセを手にして、ひしっと抱きしめた。改めてラジカセを見ると、とても不細工に見える。白金の親父はこんなものをクリスマスプレゼントにしたのか。それでも白金にとっては思い出深いものなんだろうな。
「……結構すぐ見つかった、ね?」
しどろもどろになりながら、白金がつぶやいた。
「だな。良かったな」
それからの会話が続かない。何を話せばいいんだろう。えっと――そうだ、リビングにでも行くか。
「あの、杁島……一緒に散歩しない?」
俺が提案をする前に、緊張した面持ちで白金が言った。早く居心地の悪い空気を変えたい俺には断る理由がなかった。