Draught
CDコンポがいつの間にか死んでいた時の悲哀。
「よし、出ろ」
目隠しが外されたのは意識が回復してから体感時間で3時間後。
私たちは広間に集められた。何処かの施設の中のようだ。
それまでにだいたいの事情は掴めた。
まず、博士に飛ばされたさきは現世ではないということ。
現代にあんな未舗装の道で下手な馬車。奴隷風ファッションなんて流行らないし、この施設。木と漆喰でできている。
建築には詳しくないが、奴隷を入れる施設ならコンクリくらい使えばいいのに。
植生はどうだろう。杉の木が生えている。違和感ないな。
太陽は一つ。雲の流れは西から東。
おかしくはない。
だが、私たちを載せてきた男たちは髪が青かったり赤かったり。
着色?若いもののセンスはわからんな。
一人だけフードを目深くかぶりしゃがんでいる。線が細い。女性か?
自分自身だ。まず、樋口一曹としての記憶がある。博士を燃やさないといけない。説明くらいしろ。
そしてもう一つ。誰かの記憶がある。マイピクチャーとかマイムービーの欄からマイメモリーを開いてみたら“higuchi”というのと“unknouw”があるみたいに。
それはもう、当たり前のように“unknown”がある。
身長体重は違和感なし。筋肉がちょっと多い。嬉しい。
赤髪の男がこっちを向いた。
「なにを言っているのか理解できんだろうが言ってやる。言葉が分からん自らを恨めよ。貴様らには今から殺し合いをしてもらう。勝ち残った者はいい待遇で働けるだろう。運よく生き残ったものは働けるぶんありがたがれ。死んだら埋めてやる。感謝しろ」
えらく唐突だな。“unknown”フォルダから情報を探そう。
自身の記憶とごっちゃになってないのは嬉しいな。博士は燃やすのから炒めるに降格してあげよう。
あった。これはなんというか、効率がいい。
奴隷同士を闘わせ、上から順に優秀なのを買っていく。戦奴隷用らしいが。
いったいこの“unknown”の持ち主はどんな人物だったんだろう。一杯奢りたいな。
おお、武器がきた。奴隷の商品価値を下げないために刃引きしているのか。
治療にも金はかかるもんな。
....大型ナイフでいこう。
自衛隊では博士付きだったけれど射撃と格闘戦の訓練は毎日欠かさなかった。
相浦の陸上自衛隊西部方面普通科連隊に仕込んでもらったものだ。
運動音痴な博士を守る最後の盾の役が期待されていたから実力が必要なのだ。
実戦は経験してないが。
なぜこうなった、どうしてこうなったなんかを問うのは今ではない。
頭を切り替える。西普連の教官の言葉を思い出せ。
赤髪の男が戦闘開始を言い渡す。
(稼働目標、残り7体、近接武器のみ。..........Lets,Rock)
突貫、右手のナイフを逆手にもちかえ姿勢を低くする。
十一時方向目標一つ。
右足に力を入れて加速。左でみぞおちにエルボーを叩き込み、そのまま左の拳を一閃させた。
人差し指と中指の先を親指で押さえ、親指の頭を薬指と小指で軽く包む。付きだした人差し指と中指の関節が凶器となり、顎の砕ける鈍い音を響かせる。
まわりでも戦闘は続行中。
(フリッツ兄さん式で目標一つ撃破。残敵、4体)
次の標的は、こちらに背を向けたハゲだ。
音もなく接近。手刀だと楽だが殺すのは外聞が悪い。
ナイフの峰で喉を潰す。
相手が悶え苦しんでいるのでみぞおちに膝を叩き込んでやる。気絶しやがった。
残敵、1。
誰とも関わらなかったフードを目深にかぶっている奴だ。
武器は手斧と手斧。
斧が好きなのか。鉈がいいのに。
鉈はいいぞ。斧より早く薪を割れる。
重量バランスも斧みたいに端によってないから取り回しが楽だ。
なによりかっこいい。
目標、十二時方向。距離、6メートル。
すぐ近くに障害物、無し。
来た。速い。
右斧の一撃をマトリックス回避。
そのまま倒れ込みつつ蹴りを放つ。
左斧でガードされるがそのすきに距離を取る。
右足を前に、左足を下げる。半身になってナイフは目線。
もう一度突っ込んで来る。
右を下げつつ左足を地面に引っかけ、槍を手にする。
石突で牽制、相手は転んで回避。
フードが取れた。
そこにいたのは美少女だった。
(いまだ)
今こそ好機、こちらから突っ込んで行く。
右に槍を構え、左のナイフは奇襲に備える。
しかし彼女は、右斧で槍の穂先を弾きあげ、左斧を投げてきた。
石突とナイフでガードするも重い一撃、たたらを踏んで何とか耐える。
距離、3メートル。
あと二歩で槍の間合い。
それを一気に詰め、槍で右斧を絡めとり、奪う。
だがそれを気にした様子もなく彼女は槍を掴み、引っ張る。
思ったより力が強い。
そもそも斧に振り回されていないのだから力はあるのだ。
槍を手放し左のナイフを逆手にもちかえる。
決着をつける。
「時間だ」
これから戦闘も終盤だというのに赤髪の男が終了を宣言する。
うん。今ならこいつら皆殺しで脱出可能だわ。
まぁやらないがな。