勘違い
「まぁ、とりあえず風呂にでも入ろーぜ」
ショウゴはそんなことを何気なく口にした。
「………はぁ」
カケミは首を傾げた。
よく見ると、カケミは少し汚れていた。
なので、ショウゴは風呂を提案したのだ。
「ほら、早くいこーぜ!
服は……、まぁ、俺のを貸せば大丈夫だろ」
バシバシと肩を叩きながら、カケミを風呂場へと連れていく。
カケミは無表情だが、どこか怒っているようにも見えた。
「よし、じゃあいくぜ!」
ショウゴが勢いよく上着を脱いだ。
だがカケミは脱ぐのをためらっている(表情から読み取れるわけでは、決してない)。
「どした?」
「……いや、僕はいいんですけど」
ショウゴが声をかける。
カケミはつぶやきながら上着を脱いだ。
「……お前、なんか、胸が膨れてるな」
ぷるんと、キレーな胸が露になる。
白い肌。
見た目が女の子っぽい……。
「……まさか」
カケミという女の子っぽい名前。
透き通る綺麗な女の子のような声。
そして、ショウゴの目の前に存在する、小さめに膨らんでいる二つの胸。
「やっぱり気づいてませんでしたか。
僕、一応女です」
無表情で自分を女と言った。
は?
嘘だろ?
ショウゴは混乱しまくっていて、言葉を発することができない。
「なんなら、調べて見ますか?」
カケミはショウゴの手をとり、その手をそのまま自分の胸に押し当てる……。
マンガなら、ぷにゅんという音が出ているだろう。
柔らかい。
ショウゴが最初に思ったことは、そんなことだった。
ショウゴは、女と付き合ったこともなければ、まともに触れたこともない。
幼なじみというあの子にも、残念ながらない。
ましてや胸を触るなど、恐れ多いことだった。
だが今、その禁断の行為をしてしまっている。
「わかりました?
僕は女なんですよ」
「………あぁ。
物凄くわかった」
ショウゴの顔が緩みまくっている。
それを見たカケミは、ショウゴの手から手を離す。
ショウゴの手は、カケミの胸を掴んでいるままだ。
「……………」
「……………はっ!?
い、いや!これは……っ!!」
ショウゴは慌てて手を離す。
顔を真っ赤にしてあわてふためく。
「………ふふっ」
笑っている。
さっきまで無表情だったカケミが、普通の少女のように笑っている。
「な、なんで笑うんだよ……!」
「いえ、べつに……」
途端に無表情になるカケミ。
「無表情が笑顔に変わった瞬間、カワイイと思った……」
とは、ショウゴはさすがに言えなかった。
「…………」
結局、カケミを女湯の方へ連れていって、事態は終息した(勝手にショウゴが慌てていただけだったのだが)
「………はぁ〜」
湯舟に浸かる。
銭湯のような広さの風呂に一人で入れるのはラッキーだった。
ポチャン…ととなりから音が聞こえた。
カケミが入浴しているのだろう。
「女、だったんだよな……」
ショウゴは湯舟に浸かりながら、後で謝るか、と心の内で決心した。
手ぬぐいを綺麗に畳んで、頭に乗せる。
カケミもこんなことをしてるのかと思い、その光景を想像する。
無表情で湯舟に浸かりながら、手ぬぐいを頭に……。
ショウゴは思わず吹いてしまった。
「さすがにそりゃないか」
「…………」
銭湯のようなだだっ広い浴場。
カケミは体を入念に洗ってから、それをお湯でながす。
そして、ゆっくり湯舟に浸かる。
ポチャン…という音が、かるく耳をくすぐる。
「…………はぁ」
なにをしているのだろうと、カケミはため息をついた。
本当なら今頃、自分は任務遂行中のはず、なのだが……。
「……ショウゴ」
つぶやく。
おかしな男だ。
自らの危険を返りみず、相手を説得するバカさ加減。
なにより、あのお人よしな性格。
私と同じくらいの歳だろうか?
それくらいの年代の男なら、ムリヤリでもその溢れる欲望を女にぶつけると聞いたことがあるが……。
自分ではさすがに異性に見えなかったか、と結論づける。
「……………」
ぶくぶくぶく……。
鼻から下、全身しっかり湯舟に浸かる。
お風呂は嫌いではない。
そんな言い訳みたいなことを思いながら……。
頭の上に乗せた、綺麗に折り畳んだ手ぬぐい。
なかなか落ちないものだなと、彼女は関心した。
「よぅ、変態野郎」
ショウゴが着替え終わると、そこにはアキが立っていた。
浴衣姿でコーヒー牛乳を飲む姿は、戦時中とは思えない。
「アキさん、その呼び方はやめてください。
それに、浴衣だと緊急時、大変ですよ?
せめて洋服とか…」
そう言うショウゴは、一応洋服を着ている。
「なんで風呂上がりにシャツとジーパンでいなくちゃならん。
やっぱり風呂上がりは浴衣でビールかコーヒー牛乳だ」
ショウゴはため息をつきながら、備え付けの冷蔵庫からコーヒー牛乳を取り出した。
今更思ったが、こういう資金はどこから調達しているのだろう?
自分達が金を払っているわけではないのだが……。
「お、と。
嬢ちゃんもどうだい?」
ショウゴは振り返る。
アキの視線の先に、カケミがいた。
短く切られた髪。
そこから覗かせる曇りのない瞳。
艶やかな頬は……、風呂上がりだからか、赤くなっている。
そしてカケミが着ている服はショウゴの……ではなく、この風呂場備え付けの浴衣だった。
悪くない。
だが短髪で子供体型のカケミには、綺麗ではなく、どちらかというとかわいらしく見えるな。
という長ったらしいことを、ショウゴは思った。
「…………」
カケミは無言でこくりと頷く。
ショウゴはもう一本、コーヒー牛乳のビンを取り、彼女に手渡す。
「ほら」
「…………」
カケミは手渡されたビンを両手で持ち、じーっと見つめる。
まさか、コーヒー牛乳を飲んだことがない……?
ショウゴは懸念したが、さすがにそれはなかった。
手渡されてから1分後、彼女はコーヒー牛乳を一口飲んだ。
こくん、と小さな喉が音をたてて動く。
「おいしい……」
カケミの言葉に、アキもショウゴも、他の隊みんなが笑顔になる。
「ほら、飴もあるぞ」
「なにを言う、スルメイカの方が断然ウマイ!」
「じぃさんは黙ってろ」
「あとでトランプでもしよーぜ」
「じゃあ俺は人生ゲームを勧めるぞ!」
ここにいるのはいい奴ばかりだとショウゴは思った。
この中には、下の世界の人間もいる。
そう、すべてショウゴが助けた人達だ。
「…………」
アキは腕を組みながら、ちらっと、横にいるショウゴを見た。
カリスマ性があるのかもな、そんなことを思った。