マッチングアプリを始めた俺、安居酒屋でサシ飲みする友達が一番好きだった
「っあー......」
カーテンの隙間から入る朝日が目に痛い。
昨日は飲みすぎた。
俺が幹事だったから仕方ないが、予定外の三軒目まで行ってギリ終電帰宅。
二日酔いではないものの、かろうじて20代の身体には流石に堪える。
スマホを開くと9時を少し回ったところ。
平日は6時に起きていることを考えるとよく眠った方だ。
眠りすぎた体にはなかなか力が入らず、ベッドに寝転んだままスマホを開く。
『昨日はありがとうございました!』
『ソウマ先輩ご馳走様でした』
そんなお礼メッセージが大量に届いているのを見て、大変だったがみんなに声をかけてよかったと充足感に満たされる。
お礼が欲しくてやっていることではないが、やはり感謝されるのは嬉しく、こんな調子で何度も幹事を引き受けていたらだいぶ手馴れてしまった。
ありがたいことに職場でもそのスキルは発揮され、諸先輩方、上司にかわいがってもらえているのでwin-winと言って差し支えはないだろう。
全員に返信し終えると、伸びをしながら立ち上がる。
いつもより遅起きだから日課のランニングはサボってもいいかな、とほんの少しだけ低きに流れようとしたが、いやいや次に彼らに会うときにだらしない自分ではいけないとウェアを手に取った。
―――――
いつもの如く、あってないような昼休み。
朝コンビニで買った焼きそばパンに齧り付いてPCの画面を睨みつけていると、突如飛んできた同期の朗らかな声。
「俺とうとう彼女できちゃいましたっ!!」
「えっマジ!?」
「抜けがけすんなよなー」
目の前の仕事は気になったが、それ以上に同期の報告に興味を惹かれ、自席から離れて彼の隣の席に座る。
わらわらと周囲の同僚も集まって来た。
男が多い職場で、外見に無頓着な人から、結婚して地に足のついた生活をしているしっかりした人まで幅広くいるが、総じてこういった話題では盛り上がる。
どこか学生時代の延長のようで、こういう空気感がこの職場を気に入っている理由の一つだ。
どこで捕まえたんだよ?どんな子?という質問責めに、ドヤ顔でアプリ!と答えて写真を見せつける幸せ者。
正直に言う。
羨ましい。
つい最近サークル時代の友人たちの近況を聞いたせいだろうか?
大学時代、非モテ同盟を組んでいたようなやつらもちゃっかり彼女がいたりしたし。
そりゃあ俺だってかわいい女の子、きれいなお姉さんは大好きだ。
彼女は欲しい。
けど、今まで付き合ったこともなければ手を繋いだこともない。
当然Dだ。
こっちのアプリは可愛い子多いけど会えなくて、これは課金したらめっちゃ便利、マジでオススメ!
一瞬飛んでいた意識が、同期の熱量高めの出会い方講座で引き戻される。
別に絶対に彼女が欲しいわけじゃない。
......ちょっといい人がいないか見てみるだけ。
自分のプライドを守るためにそんな言い訳をして、彼の勧めるアプリの名前をしっかりと記憶した。
―――――
話には聞いていたが、男性は何をするにもお金がかかるらしい。
登録はしてみたものの、できることのあまりの少なさに愕然とする。
無料ではわずかないいねと、数回のやり取りができるのみ。
カメラロールを漁っても漁ってもいい写真などなく、同窓会で一枚だけ撮っていた集合写真をなんとか切り抜いてプロフィールに設定、文章なども真剣に考えた挙句のこの仕打ち......。
力が抜けそうになったが、せっかくここまでやったんだし、と気になる女の子を選ぼうとするも、カメラ映えする華やかな場所で笑っている写真ばかりでは正直全員同じに見えてくる。
悩んだ挙句、とにかく顔が可愛くてプロフィールが優しそうな子に狙いを定めていいねを送った。
まあ、そんなすぐにうまくいくとは思ってない。
何事もすぐには花開かない。まずは種だけ蒔ければいいのだということにして、さっさとアプリを閉じた。
―――――
翌朝、体内時計はしっかり働いていたようで6時のアラームが鳴る少し前に目を覚ます。
時間を確認するため手に取ったスマホに見慣れないアイコンの通知がきているのを見て、自分が昨夜何をしたのか思い出した。
「『emiさんからいいねされました』...?」
そんなに期待はしていなかったが、早速反応があったことに嬉しさを隠せない。
寝ぼけ眼のままアプリを開き、届いているメッセージを確認する。
定型文かもしれないが、もう少し話してみたいという内容に自然とにやける。
決してがっつかないようにと自分を抑えながら、返信をしたためていった。
デート自体の記憶は正直ない。
久々のデートで失敗しないようにと気を張っていたせいか、何を話したかろくに覚えちゃいない。
とにかく自分は恋愛下手で、最後の恋愛なんて高校時代。
しかも告白して、「友達としか思えない」と振られたっきり。
そんなの恋愛にカウントできないって言われても仕方ない。
大きな失敗はしないように心がけたし、もちろんお相手に財布を出させるようなこともしなかった。
少し話が仕事の話ばかりになったかもしれないが、それくらいなら許容範囲だろう。
emiさんがずっと笑顔でいてくれたこともあり、手応えを感じていた。
どこかで聞き齧ったマナーとして、帰りの電車ですぐにお礼のメッセージを送る。
あの雰囲気からすると、すぐに返事があって次のデートができそうだと夢見ていた自分は特大の甘ちゃんだ。
結果から言えば、夕方になっても夜になっても返事はなかった。
何かが気に食わなかったのか、それとも元々一度だけのつもりだったのか、そんなことはもうどうでもいい。
やっぱりマチアプなんてこんなもんだ。
割り切ってはいるもののほんの少し惨めな気持ちになり、手慰みにSNSを開く。
友人たちの日々充実していると言わんばかりの写真が並ぶ中、一枚の写真が目に止まる。
見覚えのある赤提灯と店の名前。
投稿者はツグミで時間は15分前。
いつもなら見るだけ、してもいいねのスタンプまでなのに、今日ばかりはこのもやもやをなんとかしたくて勢いのままメッセージを送ると、すぐに着信が返ってくる。
こういうところ、こざっぱりしたツグミらしい。
『今どこー?』
「家だけど、20分もあれば行けそう」
『わかった〜、待ってる〜』
先ほどのくだらない失敗を、誰かに笑ってもらって早く消化したい。
その一心でツグミの待つ店へと足を早めた。
―――――
「で、返事がこないんだけどこれブロックされたのかな......?」
「まあ...あるあるじゃない?恋が始まってもないんだからそんな落ち込まなくても...」
「頭ではわかってても少しは期待するって!」
食い気味に主張する自分に、ツグミは引くどころか大笑いしてジョッキを煽っている。
若者から中年まで思い思いに酒を楽しむ店内では、俺たちが大きな声を出したところで気にする人はいない。
「まー何やらかしちゃったかはわかんないけどさ、ソウマはちょっと色気が足りない...のかもね」
つまみを追加しようとメニューに手を伸ばしながら、ごくごくフラットなトーンで放たれた言葉。
本音を挟みつつもプライドを傷つけないような言い方をしてくれたのがわかった。
「とにかくいいやつなんだけどさ」
いいやつ、友達。
心の中にずっと引っかかり続けていた言葉だ。
いいやつより悪い男のほうが女性に受けるというのは、これまでの経験で理解できてはいる。
だからといって、悪い男になれる性分でもない。
「てかそんなショック受けるくらいなら、もう少し力抜いていけばいいんじゃない?」
「そんな器用なことができたら苦労してない」
「会うの1回目なんでしょ?適当にやればいいのに。変なところで律儀なんだよなあ」
「......せっかく会ってくれるんなら楽しかったって思ってほしかったんだよ」
emiさんに知ってほしかったわけではない、むしろ気づいてほしくはなかった。
けどツグミには俺の頑張りを知ってほしくて、モテる先輩にデートプランを聞いたり調べまくったことや脳内で何度も会話のシミュレーションをしたこと、当たり前かもしれないが美容院に行って、予算オーバーだったけどかっこいいと思われたくて有名なブランドのシャツを買ったこと、全部ぶちまけた。
ツグミは俺が話す間、ずっとちまちまとポテサラをつついていた。
「そっか、がんばったね」
俺の長々とした愚痴をあっさりと一言で締める。
傷心しているせいか、深追いしないツグミの優しさが妙に沁みて、けれどしんみりはしたくなくて咄嗟に話題を変える。
「どういう男なら恋愛対象になれるんだろうな?」
「人によって違うと思うけど...まあ年収は高い方がいいよね」
あまりに現実的な条件に、思わずなんだよと突っ込んだところで、ツグミの近くにいる年収の高そうな男性として、とある先輩の姿が浮かんだ。
面倒見のいいツグミは、飲み会ではいつもサラダを取り分けたり、グラスに気を遣うような役回りになっていた。
みんなに分け隔てなく優しかったが、その先輩にお皿を渡すときは指先がいつも揃っていたし、盛り付けだって綺麗だった。
それに気づいたとき、ツグミも難儀な恋をしているものだと少しだけ同情した。
結局その先輩は、むしろよそってくれてありがとう、とニコニコ善意を受け取るような別の先輩とくっついた...と俺はふんでいる。
「ツグミは......健気なところあるよな」
「年収が大事って言ったの聞いてた?」
心のままに飛び出たセリフは、ツグミにとってはあまりに唐突だったようで怪訝な顔をされる。
わざわざ過去の恋愛とも憧れともわからないものを今更蒸し返す必要はない。
「いや、他に大事なところは?」
「うーん、まあ一途な人かな。結婚したらトキメキってなくなると思ってるし。それでも大事に思い合える人がいい」
年収の次の条件にしてはあまりに抽象的だったが、言い方はあまりに真剣そのもの。
お金というのは建前で、こっちが本音なのだろう。
私だけを見てほしいといういじらしさに俺まで切なくなった。
ツグミだって決して鈍いわけではない。
大学時代、自分の思いが叶わないことには気づいていたはずだ。
だからこそ積極的にアピールすることはしなかったのだろうし。
「なるほどな......。俺だって一途な男だと思うんだけどなあー」
一途なだけでモテるなら俺にだってとっくに彼女はできてるはずだ。
そんなつもりで声に出しただけなのに、ツグミがびっくりした顔で目を瞬いていて、自分のやらかしに気づく。
「待って、俺がツグミを狙ってるみたいな言い方になっちゃったけど!」
「いやわかってる、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
慌てすぎて早口で弁解する俺を落ち着かせるように、ツグミは静かな声だった。
しかしほんのり頬は赤くなっていて、熱を覚ますかのように顔の前で手をぱたぱたさせた。
照れを誤魔化すような表情になぜか俺までドキドキしてくる。
「そういえばソウマは大学時代とか、好きな人とか彼女いなかったの?」
ツグミから振られた質問に、ぎくりとした。
かわいいと思うことはあったはずだ。
けれど毎回、目で追っているうちに俺とは釣り合わないと諦めてしまう。
これは憧れであって、恋ですらないんじゃないか。
「もう好きって気持ちがわからなくなってるかもなあ......」
その時は琴線に触れたのに、今では彼女たちの顔は、全く思い出せなかった。
「そうなんだ」
感情の読めない、温度のない声。
ツグミは凪いだ海のような瞳で俺を見つめている。
「好きっていろんな形があるからさ。自分が幸せだと感じるならどんな好きでもいいんじゃない?」
慰めでも応援でもない言い方は、他でもない俺自身の幸せを願ってくれているようだった。
どうして、ここまで素直に人を受け入れられるんだろう。
自分にはない芯の強さに、この人になら弱いところを見せてもいいんだという安心感が湧いてくる。
…いやいや、俺突然どうしちゃったんだ?
そもそも無理に恋することないよ、と言ってふっとツグミが微笑むと、さっきまでの緊張感は嘘みたいに消えた。
急に周囲の喧騒が耳に入ってきてうるさいくらいだった。
それから、俺たちはぼそぼそと他愛のない話をした。
頭の中では、ずっと先ほどのツグミの言葉を反芻している。
俺が幸せでいられる関係とはどんなものだろうか。
ドキドキするのは楽しい。
でもそれ以上に気を遣って疲れる。
それだったら、背伸びしなくていい、今の姿を認め合える関係がいい。
一緒に笑って、一緒に泣いて、手を取り合いながら歩んでいきたい。
そこまで考えた時、隣に並ぶ相手の顔がずっと浮かんでいたことに気がついた。
それがいつからだったのかはわからない。
けれど、こんなふうに誰かとの未来を思い浮かべたのは初めてだった。
ツグミはほろ酔いでいい気分なのか、うっすら笑みを浮かべながらカマ焼きの骨を取ろうと格闘している。
こういうなんでもない日が、やっぱり好きだ。
少しでも酔いを覚ましたくて、お冷を一気に飲み干してから口を開く。
「ツグミ、聞いて欲しいんだけどさ......」
遠回りな言い方をする俺を不思議そうに見つめるツグミ。
…こんな話をするのは勇気がいるんだ。
否定されたらと思うと怖くてたまらない。
そう不安に感じたところで、いや、ツグミなら最後までちゃんと聞いてくれるはずだと思い直す。
…これまでだって、そうだったじゃないか。
今の思いをありのままに伝える覚悟が、ようやくできた。
「一緒にいて、穏やかな気持ちになれる人がいい。美味しいもの一緒に食べて笑い合ったり、仕事で辛いことあったら隣りで愚痴聞いたりさ」
一度想像すると、どんどん日常の風景が浮かんでくる。
おかえりと優しく笑う姿、俺のちょっとしたミスに、もう!とふざけながら怒る姿、そして歳をとっても仲良く手を繋いで歩く姿......。
背筋を伸ばし、手を膝に乗せる。
こんな大事なことを今ここで言うのは、世間的には間違ってるかもしれない。
でもこの機会を逃したらもう勇気は湧いてこないかもしれない。
だから、俺はツグミに言う。
「俺、ツグミと一緒にいたい。今だけじゃなくて、これから先も、ずっと」
全く予期していない言葉だったのだろう。
太めの凛とした眉毛が一瞬ぴくりと動いた後、緩慢な動作で箸を置いた。
ツグミは俺を見つめたまま目を何度か瞬いてなんと話そうか逡巡しているようだった。
「............本気?」
今ならまだ引き返せるよ、とでも言うかのような、冗談にも聞こえるトーン。
「うん、本気」
もう迷いはない。
即答すると、ツグミは悲しいような困ったような顔で目を瞑った。
「っ、いまそんなこと言われても......」
今この告白をなしにしてほしくないという一心で、チャンスを乞う。
「今はなにも返事しなくていいから。素面の時にもう一回言わせて。その時に返事をください」
ぬるくなったジョッキの外側を、大きな水滴が伝った。
―――――
「んーっ.....」
カーテンの隙間から日差しが軽やかに差し込んでいる。
昨日はそんなに飲むつもりじゃなかったのに、予定外の出来事があったせいか飲み過ぎてしまった。
いつもの癖でスマホを開くと、3件のメッセージ通知。
『ツグミ、昨日はありがとう』
『酔っていたから信じられなかったかもしれないけど、俺は本気です。デートしてくれませんか?そこで俺の思いをもう一度伝えさせてください』
『よろしくお願いします』
メッセージの時刻は朝7時。
真剣な連絡を送るには早過ぎる時間で、なにやってんのと思わず吹き出す。
少しだけ赤らんだ顔で、でも瞳はいたって真剣に、一緒にいたいと口にしたソウマ。
思い出すと顔が火照ってきて、隠れるように布団にもぐる。
朝になれば忘れていると思っていたのに。
適当に流そうと思っていたのに。
唐突な告白だったが、実際、心は揺らいでいた。
あんな真正面から求められたのは初めてだった。
しかも、ずっと一緒にいたいだなんてプロポーズのような言い方をされて。
昨日まで、ソウマを恋愛対象として見たことはなかった。
けれど、いざ告白されてみて、ソウマは私の条件に確かに当てはまりそうな人だと気づいた。
アプリのデートで入念に準備をしたという話を思い出す。
不器用なところはあるが、間違いなく誠実で、一応仕事だって立派なところで働いている。
「一度くらいなら.....デートもありかな」
今は名前のない淡い気持ち。
それがなんかのか確かめるために、ソウマに会いたいと思った。
この作品はnoteにも掲載しています。




