第10話 二十年前の学校は夏でも冷房がなかったんだよ
宣言通り翌日も朝からギルドへと向かった。
さいたまギルドは大宮駅前にあるので、電車で行ったのだが、最寄り駅のホームで電車を待ってる時が本当に熱い。暑いではなく熱い。まだ朝だっていうのに、七月ってここまで暑かったっけ? 異世界はもっと夏でも涼しかったし、俺が地球に昔いたころもここまでじゃなかっただろ、地球マジやばい。
並んでる人の体温がむわっと上ってきてきついほんと、しかも電車の中も人でぎゅうぎゅうだから冷房の力があっても体温でムワムワだし、人口密度マジやばい。
もはやダンジョン以上の地獄の試練を乗り越え、現代的な服装の人達の雑踏を歩き、通りも異世界とは違うなあと思いつつ、朝からやってる飲み屋やチェーン店のうどん屋の横を通り過ぎ、俺はギルドへと到着した。
「おはようございます……あっ、昨日の新人の……天沼さん!」
「おはようございます、昨日の受付さん」
ロビーの受付には昨日と同じ人が。
昨日も朝から晩までいたけど、よく働く人だ。
しかしこれで話すのも三度目、顔も覚えたな。
ギルドの受付でPCを操作しながら仕事をしているのは、二十代半ばくらいの女性。白いシャツに濃紺のベストをあわせ、リボンタイをつけている。これがギルドの制服なのかな。
「今日も朝からダンジョンですか? やる気満々ですね」
髪は柔らかな栗色のボブで、きっちり制服を着こなしているが、浮かべる笑みは自然体で堅苦しくない、感じのいいくるくるした目をこっちに向けている。
「楽しくなっちゃったんで。にしても暑いっすねー、ダンジョン入る前から疲れちゃいましたよ」
「わかるっ、最近エグすぎですよね。好きなだけギルドで涼んでいってくださいね、うぇっへへ、暑さでふらふらでダンジョン行ったら危ないですから」
本当にそうだ、ダンジョン行く前にホカホカの体を冷やしたい。
サロンの王侯貴族のようにゆるりとしていこうではないか。
「そういえば、ダンジョンのことは講習でわかったと思いますけど、ギルドのことはもうお知りですか?」
しばらくゆるりと立っていたら受付嬢さんが話しかけてきた。
「あんまり詳しくは。やっぱり事務作業してる時ってお喋りしたくなりますよね。俺も苦手だったなあ」
「いや、めちゃくちゃカウンターの眼の前で突っ立ってられたら、話しかけないのも逆に気が散るからですよ。普通向こうの椅子とかで休みません?」
だってここがエアコンの冷風が直撃するから……。
まあ、冷えるまで話すのもやぶさかではないよね。たしかにギルドには興味がある、講習はダンジョンの歩き方メインでギルドについては最低限覚えるべき機能以外は教えられなかったし。
「じゃあ教えてください。俺はてこでもこの一番涼しいスポットを動かないんで」
「動物園のしろくま並に暑さに弱いですね。まあ私も暇ですし、いいですけど。それに口を動かしてる方が手も捗るタイプなんですよねー」
マウスとキーボードをカタカタやる手は止めずに、受付嬢さんは俺にギルドの成り立ちについて教えてくれた。
ダンジョンが現れた初期――あらゆることの整備が整っていなかったので、誰しもが野放図にダンジョンに入っていた。
だが、さすがにそれでは色々問題が生じるし危険なので、初めてダンジョンができてから三年後、最初のギルドが作られた。それから徐々にギルドを拡大していき、ダンジョン出現から五年後には、すべてのダンジョンがギルドと紐付けられるようになった。日本国内は日本ダンジョン協会という組織が運営しており、ダンジョンが新たにできるとそこにギルドがあらたに一つできることになっている。
入口の管理、ダンジョン初心者のサポート、ダンジョン内で見つけたものの買取や保管、必要なものの販売といったことがギルドの主な業務で、ダンジョン啓発運動やダンジョン教育などもやっているらしい。公民館や小中学校に出張することもあるそうだ。
「そういえば、ギルド以外じゃダンジョンで見つけたものって売れないんですか?」
「まあ一般人じゃ無理ですねー。企業にしろ国の機関にしろ、個人からはまず買い取りません。模造品や粗悪品を高く売りつけようとする詐欺まがいのことが頻発したので、ちゃんと信用できるところしか取引しないんですよ」
「売りたいなら中抜きは甘受する必要があると」
「ちっちっ、その言い方は良くないと思いまーす。必要経費、ですよ?」
まあ理屈はわかる。買い取ってくれる相手を探すのって結構大変だしな。異世界の冒険者ギルドも買取はしてたし。冒険者ランクが上がり顔が広くなってからは、大口相手は直接取引もしてたけど。
「説明ありがとうございました。それじゃあ、冷えてきたし、そろそろ行こうかな」
「あっ、ちょっと待ってください」
受付を立ち去ろうとした俺のストレッチ性能の高いスラックスを受付嬢が身を乗り出して引き止めた。
「どうかしました?」
「今のはギルド全般の話。さいたまダンジョンの話も聞いていきません? どうやってできたか、さいたまダンジョンがどう誕生したか。気になりません? 気になっちゃいますよねえ?」
ふーん、そういうのも知ってるのか受付嬢さんは。
そう言われたら気になってくるな。実用性はなくとも、地球で俺がいない間に何があったのかってことは知りたいよね。
俺が元の位置に戻ると、我が意を得たりと受付嬢さんが瞳を輝かせ、長台詞の暗唱を開始した。
「今から十五年前のことです。日本で二十三番目のダンジョンとして、さいたまダンジョンはその姿を現しました。東口から徒歩二分のところにある『蕎麦もいの』の厨房に転移門が出現したのが始まりと言われています。店主の猪野さんは『いやー、ちょうど蕎麦を踏んでる時でねえ、びっくりして蕎麦の上に尻もちついちゃったよ、ははは』と当時のことを語っています。その頃にはダンジョン発生時のマニュアルが出来ていたこともあり、連絡を受けて速やかに対応し、転移門を覆うように仮説のプレハブが作られ、その後しっかりとしたこの建物が建設されて、さいたまギルドが発足したのです」
淀みなく語られる受付嬢の話は俺にとっては興味深いものだった。
一ヶ月の間にある程度のことはわかってきたけど、まだまだ知らないことの方が多いって再確認するね。
「なるほどねー、そんな事情でここにダンジョンとギルドが。あまり詳しくないタイプなんで、そういう話を聞けるのは面白いです。すごく聞きやすく話してくれたし」
「本当ですか! うれしっです! 受付をやるにあたって、頑張って暗唱できるように覚えて聞きやすいよう語りの練習もしたのに、なかなか聞いてくれる人がいないんですよー、披露したくてたまらなかったんですよー。あー満足したっ」
受付嬢さんは両手をあげて喜びを表現している。
地球のギルドの受付嬢はずいぶんアグレッシブなんだなあ。
「皆さんすーぐに、ダンジョン早く入ろうぜ! って廊下を走って入口に向かうんです。もっと焦らずじっくり、ギルドも含めてダンジョンの歴史を楽しみましょうよ。ねえ」
ダンジョン潜る時に歴史を楽しむ余裕があるかどうかはともかく、焦らずじっくりっていうのには賛成だ。急いでいいことは何もない。どうせ一朝一夕で攻略できるものでもないのに急ぐことは生存率を低めるだけだ。この人はわかってる側の人間だね。
「ふう、すっきり。引き止めてごめんなさい、どうぞダンジョンへ!」
「本当に満足した顔してますね。受付嬢さん」
「え、そんな見てわかるほどですか。うぇっへへ、恥ずかしいですねえ……あ、私は一応こういう名前です」
目を細めて愛嬌のある笑みを浮かべ、受付嬢さんは制服の胸元の名札を指差した。
【海羽 志乃】
「海羽志乃って言います。よろしくです、天沼大樹さん」
「末永いお付き合いをどうぞよろしく……」
「ぷっ、なんですかそれ! それじゃあ、行ってらっしゃい!」
こうして俺は受付嬢海羽志乃に別れを告げて、リノリウムの廊下を進み、転移門をくぐりダンジョンへと入った。
もちろん、体はヒエヒエで。




