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傷跡の聖女~武術皆無な公爵様が、私を世界で一番美しいと言ってくれます~  作者: 夏野みず


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婚約と、貴族社会の冷たい視線

 公爵様からの突然の求婚は、帝都の貴族社会に大きな波紋を呼んだ。帝国最強の女傑であり、顔に醜い傷を持つ一兵士、ルイジアナが、名門ロキサーニ公爵家の公爵夫人になるというのだ。


「公爵様。本当に、私でよろしいのですか」


 婚約指輪をはめてもらった夜、私は、改めて彼に尋ねた。指輪は、彼の瞳の色と同じ、美しい翡翠の石がはめ込まれていた。


「何度も言わせないでください、ルイジアナ。私の愛は、本物です。あなた以外に、私の妻は考えられません」


 彼は、私の傷跡にそっと口付けた。その優しさが、私の心を温める。


 だが、現実は厳しかった。


 公爵様は、婚約を発表した後、私を連れていくつかの社交の場に出席した。その場での貴族たちの視線は、冷たく、そして侮蔑に満ちていた。


「あれが、ロキサーニ公爵の婚約者? 見るに堪えないわね」


「顔の傷もそうだけど、あの粗野な立ち振る舞い。公爵家の品位は地に落ちた」


「武術だけが取り柄の女に、公爵様は騙されているのよ」


 私への悪意に満ちた囁きは、私の耳に容赦なく届いた。戦場で「化け物」と呼ばれても平気だった私が、今、その言葉に、心が引き裂かれるような痛みを感じていた。


 私が傷ついているのを見て、公爵様は、私の手を強く握った。


「ルイジアナ。気にすることはありません。彼らは、あなたの強さを恐れているだけです」


「ですが、公爵様。あなたの評判が……」


「私の評判など、どうでもいい。それよりも、あなたの笑顔が見たい。あなたが、この傷を誇りに思えるようになってほしい」


 彼は、私を守ろうと、常に私の傍にいてくれた。


 そんな中、宰相である公爵様の兄から、私に対して呼び出しがあった。


 宰相は、公爵様とそっくりな顔立ちをしていたが、その瞳は冷酷だった。


「ルイジアナ殿。私の弟をたぶらかすのは、いい加減にしてもらおうか」


 宰相は、冷たい紅茶を飲みながら言った。


「あなたのような、傷だらけで家柄も知れない女が、ロキサーニ公爵家に嫁ぐなど、帝国の恥だ。弟には、すでに名門貴族の娘との縁談がいくつか来ている」


「宰相様。私と公爵様の愛は、本物です」


 私は、毅然として答えた。


「愛? 馬鹿馬鹿しい。あなたは、弟の護衛だ。それが、あなたの分をわきまえた立場だ。これ以上、弟を惑わすようなら、軍からあなたを解雇し、辺境に追放することもできる」


 宰相の言葉は、私にとって、まさに死刑宣告だった。公爵様から離される。それは、私の全てを奪われることだった。


「私は、公爵様を愛しています。彼の護衛として、そして妻として、生涯彼を守り抜く覚悟です」


「ほう。守り抜く、か」


 宰相は、皮肉な笑みを浮かべた。


「では、一つ試してみよう。あなたが、本当に弟に相応しいか。明後日、公爵邸で舞踏会を開く。貴族中の貴族が集まる場だ。そこで、あなたが、公爵夫人として遜色のない振る舞いができるか、見極めさせてもらう」


 それは、私にとって、屈辱的な試練だった。戦場で剣を振るうことしか知らなかった私に、優雅な舞踏会の作法など、身についているはずがない。


「あなたの醜い傷は、化粧で隠すように。ロキサーニ公爵家の顔に泥を塗るな」


 宰相の冷酷な言葉を背中に受けながら、私は公爵邸に戻った。


 公爵様は、私の顔を見て、すぐに事態を察した。


「兄上が、何かひどいことを言ったのですね」


「……舞踏会で、私が公爵夫人に相応しいか、見極めるそうです」


 私は、無理に明るく言ったが、声は震えていた。


「舞踏会など、気にしなくてもいい。ルイジアナ」


「いいえ、公爵様。私は、あなたの妻として認められたい。あなたを愛する気持ちに、嘘偽りはないのだから」


 私は、初めて、自分の弱さを乗り越えようと決意した。


「公爵様。どうか、私にダンスを教えてください。私が、あなたの傍にいるに相応しい女性であることを、証明したいのです」


 私の真剣な眼差しを見て、公爵様は、優しく微笑んだ。


「承知いたしました。私の愛するルイジアナに、社交界の全てを教えて差し上げましょう」


 その日から、公爵邸の図書室は、私たち二人の秘密のダンスホールに変わった。


 不器用な私に、彼は、根気強く、優雅なステップを教えてくれた。その手は、優しく、そして、私を包み込むように暖かかった。


「あなたの強さは、その体術にある。それを活かせば、ダンスは、誰よりも優雅になるはずだ」


 公爵様の教えは、的確だった。私は、彼のリードに従い、初めて優雅にステップを踏むことができた。


 その夜、鏡に映る私を見て、公爵様は言った。


「ルイジアナ。あなたは、世界で一番美しい。あなたの傷は、愛の印だ」


 私は、鏡に映る、優雅なドレスに身を包んだ自分を見て、少しだけ、自信を持つことができた。傷跡は隠さなかった。私の誇りだからだ。


 舞踏会の日、私は、公爵様と手を取り合い、貴族社会の中心に足を踏み入れることになる。

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