夜の侵入者と、公爵様の決意
公爵様の告白を受けてから、私の心は、戦場での規律から解き放たれつつあった。彼を愛している。その事実が、私の毎日に、彩りを与えてくれた。
しかし、公爵様を狙う影は、依然として潜んでいる。
ある深夜、私は微かな異変を感じ、すぐに飛び起きた。屋敷の周囲に張っていた魔力の結界が、僅かに揺らいでいる。
「公爵様!」
私は、眠っている彼を揺り起こした。
「ルイジアナ? どうしたのですか」
「侵入者です。それも、かなりの手練れ。すぐに着替えてください」
公爵様は、私が焦っているのを見て、すぐに事態を理解した。彼は迅速にローブを羽織り、私と共に部屋を飛び出した。
侵入者は、三人。皆、漆黒の衣装に身を包み、顔を隠している。彼らは、短剣と魔術を併用する、プロの暗殺者集団だった。
「公爵様は、お下がりください。ここは、私が引き受けます」
私は、愛用の長剣を抜き放った。月の光を受けて、私の剣が鋭く光る。
一人目の暗殺者が、音もなく私に斬りかかってきた。私は、それを体術でかわし、一閃。男は、血を吐き、壁に叩きつけられた。
だが、二人の暗殺者が、同時に魔術を放ってきた。炎と雷の魔術が、私目掛けて襲いかかる。
私は、剣を鞘に戻し、体術で魔術をかわしながら、暗殺者の懐に飛び込んだ。一瞬の攻防。二人の暗殺者を、私は素手で気絶させた。
「見事だ、ルイジアナ!」
公爵様は、私の戦いぶりを、息を飲んで見ていた。
だが、最初の暗殺者が、意識を回復し、公爵様に向かって突進した。
「ロキサーニ公爵、死ね!」
男の短剣が、公爵様の胸を狙う。間に合わない!
その時だった。
公爵様は、手に持っていた古代魔術の書物を、暗殺者に向かって投げつけた。
「静まれ、空間よ!」
彼の口から、詠唱ではない、強烈な魔力の波動が放たれた。古代語による、短く、強力な魔術。
暗殺者の周囲の空間が、一瞬だけ、歪んだ。その一瞬の隙に、私は剣を抜き、男の肩を斬りつけた。
男は、悲鳴を上げ、その場に倒れ込んだ。
「大丈夫ですか、公爵様!」
「ええ。ありがとう、ルイジアナ。あなたのおかげで、助かりました」
公爵様は、肩で息をしていた。彼の魔術は、攻撃には使えなかったが、防御と攪乱には、絶大な効果を発揮した。
「公爵様。今の魔術は……」
「古代魔術です。攻撃に転用するのは難しいが、空間を歪ませる程度なら、すぐに使える」
彼は、私に微笑みかけた。それは、不器用ながらも、自分の力で私を守ろうとした、彼の強い意志の表れだった。
翌朝、私たちは、捕らえた暗殺者たちを宮廷騎士団に引き渡した。しかし、シュナ団長は、私の手柄を快く思っていなかった。
「ルイジアナ殿。貴女の実力は認めよう。だが、あなたのやり方は、あまりにも粗野だ。貴族の邸宅を血で汚すなど」
シュナは、またしても、私を貶めようとする。
その時、公爵様が、静かに一歩前に出た。
「シュナ団長。私の命は、ルイジアナによって救われた。彼女の剣技と、その強さに、私は心から感謝している」
彼は、シュナの目を真っ直ぐに見つめた。
「私は、ルイジアナを愛している。彼女の傷も、強さも、優しさも、全てを愛している。あなたのような、つまらない貴族の品位など、私にはどうでもいい」
公爵様の、毅然とした、そして強い決意が込められた言葉は、その場にいた騎士たちの間に、衝撃を与えた。
「公爵様……」
シュナは、顔を真っ赤にして、何も言い返せなかった。
公爵様は、私の手を握り、騎士団の前で、私を抱き寄せた。
「ルイジアナ。私は、あなたを、妻に迎えたい。傷だらけの聖女を、私の公爵夫人として、迎え入れたいのです」
その告白は、私の世界をひっくり返した。
私は、彼の胸の中で、静かに涙を流した。
「公爵様……私で、よろしければ」
私の人生で、初めて、戦場以外の場所で、生きる意味を見つけた瞬間だった。




