ルイジアナの過去と、公爵様の孤独
シュナ団長との一件以来、公爵様の警備体制は、より一層厳重になった。私自身も、警戒を怠らないようにしていた。
公爵様は、相変わらず穏やかだったが、時折、遠い目をして、物思いにふけることがあった。
ある日、午後の茶会に招かれたとき、私は思い切って彼に尋ねた。
「公爵様。あなたは、いつも穏やかで、優雅です。ですが、時折、深い悲しみを抱えているように見えます。何か、私にお話しできることがあれば……」
公爵様は、手に持っていたティーカップを静かにソーサーに戻した。
「ルイジアナ。あなたは、鋭いですね」
彼は、少し寂しそうに微笑んだ。
「私の過去について、少しお話ししましょう」
公爵様は、宰相の弟として生まれたが、幼い頃から武術の才能が全くなかった。剣を持てば手が震え、体術を習えばすぐに怪我をする。
「父は、私に、立派な騎士になって欲しかった。兄のように、剣で帝国に貢献して欲しかったのです」
だが、彼には、その才能がなかった。
「私には、剣も、武術の才能も、何一つなかった。代わりに、魔術の理論と、内政の知識だけがあった。父は、そんな私を、出来損ないだと、人前で罵倒しました」
彼の声は、静かだったが、その言葉には、深い孤独と悲しみが込められていた。
「周りの貴族たちは、私を嘲笑しました。『ロキサーニ公爵家の恥』だと。唯一、兄だけは、私を庇ってくれましたが……」
その話を聞いて、私は、初めて公爵様の心の奥底にある孤独に触れた気がした。
私は、戦場で「傷跡の聖女」として恐れられ、孤独だった。彼は、豪華な公爵邸で、「出来損ない」として、静かに孤独を抱えていたのだ。
「公爵様。あなたの武術は、確かに不器用です。ですが、あなたの魔術の理論は、どの宮廷魔術師よりも優れている。そして、あなたの内政の知識は、宰相に匹敵する。あなたは、帝国にとって、かけがえのない存在です」
私は、心の底からそう言った。私の言葉は、嘘偽りない真実だった。
彼は、私の言葉に目を見開いた。
「ルイジアナ……そんな風に、私を言ってくれる人は、今までいませんでした」
「それは、皆があなたの才能を見ていないからです。剣だけが、強さの証明ではない」
私は、彼の前に進み出た。そして、そっと、彼の頬に触れた。
「あなたの強さは、その心にある。どんなに嘲笑されても、帝国のために尽くそうとする、その強い意志にあります」
私の指先が、公爵様の柔らかな頬に触れる。この行為が、どれほど無礼なことか、私は分かっていた。だが、抑えられなかった。
彼は、私の手を取り、自分の頬に押し当てた。
「ルイジアナ……」
公爵様の瞳が、潤んでいるように見えた。
「私も、あなたの過去を聞かせてほしい。あなたが、戦場に向かった理由を」
私は、自分の過去を語り始めた。
私は、元々、貧しい村の出身だった。魔族の襲撃で、家族も村も全て失った。その憎しみと、生き残った者としての責任感から、剣を取った。
「私には、もう何もなかった。だから、命を惜しまず戦えた。戦うことだけが、私を人間たらしめる唯一の手段だったのです」
そして、あの傷を負い、戦線を離脱したこと。
「私は、もう誰にも愛されないだろうと思っていました。この醜い傷は、私の存在を否定する印だと」
私がそう言うと、公爵様は、私の手を強く握った。
「違います。私は、あなたの傷を愛しています。それは、あなたが、誰よりも強く、誰よりも優しかった証拠だからだ」
「愛……ですか」
「ええ、愛です。私は、あなたを、一人の女性として愛しています、ルイジアナ」
彼の告白は、あまりにも突然で、あまりにも率直だった。私の心臓は、激しく脈打った。
私は、自分の傷跡を隠すように、彼の目から逃れようとした。
「そんな、お言葉は……公爵様。私は、あなたの護衛です。そして、傷だらけの女です」
「護衛であろうと、傷だらけであろうと、関係ありません。私が愛するのは、この世界で最も強く、最も優しく、そして、最も孤独だったあなたの全てです」
公爵様は、立ち上がり、私を優しく抱きしめた。
その腕の中で、私は、初めて、心の底から安堵した。私の孤独と、彼の孤独が、一つになったような気がした。
「あなたの傍にいさせてください、ルイジアナ」
「公爵様……」
私の目からは、一筋の涙が流れ落ちた。それは、戦場では決して流さなかった、安堵と、愛の涙だった。




