宰相の試練と、公爵夫妻の連携
私たちの協力体制は、帝国の内政に目覚ましい成果をもたらした。公爵様の献策により、復興計画は順調に進み、国民からの信頼も高まっていた。
しかし、その成功は、宰相である公爵様の兄にとって、面白くないものだったようだ。宰相は、弟の権力が、自分を脅かし始めていると感じていた。
ある日、公爵様に、宰相からの緊急の呼び出しがあった。私も、護衛として、そして妻として、彼に同行した。
「ロキサーニ。お前の最近の成果は、見事だ。だが、それは、お前の婚約者、ルイジアナ殿の軍事的な知識に頼りすぎているのではないか」
宰相は、執務室で、私たち二人を前に、冷たい口調で言った。
「兄上。ルイジアナは、私の妻であり、私の最高の協力者です。彼女の知識は、私の理論を現実的なものにしてくれる」
公爵様は、毅然として答えた。
「口答えをするな。いいか、内政とは、机上の論理と、民衆の心理を理解することだ。剣術など、何の役にも立たない」
宰相は、書類を私に突きつけた。
「これは、辺境の領地、ヴェリタス領の領主からの嘆願書だ。連日の大雨で、農作物が壊滅的な被害を受けた。復興のための物資と資金が必要だが、国庫には限りがある。お前の理論で、この難問を解決してみろ」
ヴェリタス領。それは、戦場から遠く、公爵様も私も、ほとんど情報を持っていない領地だった。しかも、資金が限られているという、非常に難しい問題だった。
「お前一人で解決しろ。ルイジアナ殿の助言は受けるな」
宰相は、私たちを試すように言った。彼は、公爵様が、私なしでは無力であることを、証明したかったのだ。
公爵様は、その挑戦を受けた。
「承知いたしました、兄上。三日以内に、最適な解決策を提示しましょう」
公爵様と私は、公爵邸に戻ると、すぐにヴェリタス領の資料を集め始めた。
「ルイジアナ。兄上の言う通り、今回はあなたの助言を求めるのは卑怯だ。私の力だけで、この問題に立ち向かいたい」
彼は、そう言ったが、私は、公爵様の傍を離れなかった。
「公爵様。私は、あなたの妻です。助言はできなくても、あなたの傍にいて、あなたの考える姿を見守ることはできます」
私がそばにいることで、彼の集中力は高まる。彼は、私の存在が、彼の精神的な支えになっていることを知っていた。
公爵様は、集めた資料と、内政の知識を駆使して、解決策を模索し始めた。
ヴェリタス領は、穀倉地帯だが、水害の常襲地帯だ。物資を送るだけでは、根本的な解決にならない。
彼は、徹夜で考え続けた。私も、彼のために、紅茶を淹れ、疲れた彼の肩をマッサージしてあげた。
二日目の夜、公爵様は、疲れ果てて、執務室のソファで眠ってしまった。私は、彼の寝顔を見つめながら、そっと、ヴェリタス領の地図を広げた。
地図を見て、私の脳裏に、ある光景が蘇った。それは、戦場で、水魔術を駆使して、魔族の軍勢を足止めした、ある場所の地形だった。
ヴェリタス領の地理は、その場所と酷似している。
「これだ……」
私は、閃いた。
公爵様が目を覚ますと、私は、彼に優しく言った。
「公爵様。あなたの理論には、地形の視点が欠けている」
私は、助言はしなかった。ただ、彼の思考の方向を変える、ヒントを与えただけだ。
公爵様は、私の言葉に、すぐに地図に目を落とした。そして、数分後、彼の翡翠の瞳が、輝きを放った。
「そうか! 治水工事だ! ヴェリタス領の地形は、治水魔術を応用すれば、水害を防げる構造になっている!」
彼は、私を抱きしめ、喜びを爆発させた。
「ルイジアナ。ありがとう。あなたのその洞察力は、私にとっての羅針盤だ」
公爵様は、限られた予算の中で、治水魔術師団を派遣し、水害を防ぐための魔術的な治水工事を行う、という解決策を、完璧な理論でまとめ上げた。
三日目。公爵様は、宰相の前に立ち、その解決策を提示した。
宰相は、その完璧な理論と、実行可能で、根本的な解決策に、言葉を失った。
「……見事だ、ロキサーニ。お前は、もはや、私の庇護など必要ない」
宰相は、初めて、心から弟を認めた。
公爵様と私は、顔を見合わせ、静かに微笑んだ。彼の知性と、私の実戦的な洞察力。私たちは、一人では解決できない難問を、二人で乗り越えたのだ。
宰相は、私の顔の傷を見て、以前のような嫌悪感を示さなかった。
「ルイジアナ殿。あなたは、弟に、真の強さを与えたようだ。これからも、ロキサーニ公爵家と、帝国のために尽力してほしい」
私は、宰相の言葉に、深々と頭を下げた。
私たちの愛は、公爵様の権力と、私の立場を、確固たるものにしたのだ。




