咎人の街
子供の死体を退けて道を開ける。
人気のなく血や死体で溢れた通りを抜けると、がやがやとした声がする広間が見えてきた。
広間といっても街門近くの屋台の通りが集中しているからのようで、むしろ見た感じは狭い
とはいえ、少し見上げれば凶悪なクロスボウがある。憩いの場というわけでもなさそうだ。
人が多いのは避難場所だったのだろうか。どっちかと言うと処刑場って感じだが
「探しましたよ」
ふらりと探聖者の男が現れる、
「そっか。人が集まってるのは何?」
「ええ、非難場所と一時的な指揮所があるようでして、町民は民兵として戦闘の開始次第で集まれるようにしているようですね」
ふうん。大概の住民はいる様に見える。
「案外、領主様は人気なんだ」
「人気というより初代領主が戦功によって成した領地ですから、ある種の結束が最初から盛り込まれているのでしょう」
なんとなく、ぼぅーとしていた。
疲労か。目まぐるしさの代償か。いずれにせよ
「ねえ、どこに向かうんだっけ」
「咎人の街にございます」
「物騒な名前だね」
「そういうものです。どうも武勇伝の様なものなのでしょうから」
「ねえ」
私はなんとなく疑問に思った。ストレス環境下が少し緩んだ事で気が緩んでいたのだろう。
「君はどこから来たの」
「はい?」
「君の事よく知らないなって」
探聖者は面食らいながらも解答を出して行く。
どこか説明口調で、あまり拘っている様には聞こえない。
「探聖者…はええっと、いわゆる外務官の様なものでして、聖女教領域の聖人もとい神の御座に行く事が許されるものを探す役職です」
「大変な国だね」
「いえ、国という概念は『否定』されています」
「え?」
国家の概念がない教えという事だろうか?
そういえば、聞いた事がある。古い宗教の一部にはそんな傾向が見られるって
疑問が増えた。
顔を見ながら次の言葉を言おうとする。
すると、探聖者は目を閉じるーーー
気に障ったのだろうか。
ピシャリ、と探聖者は言った。
「“急がなくてはなりませんが、私に任せてください”」
なんて?
「そうだね」
私はなんの衒いもなくうなづいたのだった。
ふわっとした違和感はすぐに無くなった。
「ん?」
モリビトは何か違和感を感じる。
「どうかなさいました。野蛮人特有の儀式か何かですか」
「違うよ」
モリビトはローリーの頭をぐちゃぐちゃと撫でた
「強いていうなら疲れてたのかな」
「どうでもいいですけど、ぐちゃぐちゃにするのはやめろ。ああ、よれよれに直すのにどれだけ面倒な事になると思って。だから、やーめーろー」
「いいじゃないか。騒動も落ち着いたし、宿でゆっくり直せば」
もにょりとローリーが顔を歪める。その前に
「いいえ」
探聖者は何くわぬ顔で言ったのだった
「早々にここを出ましょう。略奪に巻き込まれでもしたら面倒です」
ーーーー
それから、一行は舟墓の町をすぐに出た。
本当にすぐだ。
私に持ち物なんてなかったし“それに私も急いでいたから”気にも止めなかった。
モリビトやローリーもあまり多くのものは持っていなかったらしい。旅人の知恵という事だろうか。
街道はどうにも直線距離からは海よりに湾曲した道を行くようで、少し時間がかかるようだった。
それでも森からの移動を考えると微々たるものだろう。
ピー
どこか平和に笛の音がなる。
「おめえら。退いてけろ」
モリビトに釣られて振り返ると荷馬車の青年が止まっていた。
街道の道である程度、安定した舗装の施された道は荷馬車が二台並べるか少し怪しい大きさだった。
どうにも邪魔になっていたらしい。
モリビトが代表して答える。
「コレは悪いね」
「おう。そだ。おめえら、咎人の街までか?なら乗ってくべ」
「いいのかい?」
御者台の商人は抜けた歯で笑った。
「いいべいいべ。舟墓の街んとこがどうも混乱してて関所で足止めくらったからなあ」
ああ、そうか早く出たのは止められるとはあくしてたからか。
ことばに甘えた一行は次々に乗り込む。
荷馬車はどこか土臭い匂いで土汚れが酷くついていたカバーの付けられた覆いは農作物が乗っているらしい。
モリビトが礼を言う
「改めて、ありがとうございます」
「いいっていいって、んじゃだすべ」
ばっちいー。と言わんばかりにローリーが顔を顰めたがどうやらモリビトと正反対の場所に立っているので大した問題にはならなかった。本当に気を付けなよ。
ガタン、ッタ、ダン、ガタッ
「…酷い揺れ」
今度は私である。
でも、許容できる範囲だ。車慣れしてると酔いそうだけど
ちらりと眼を向けると御者台はあっちで盛り上がっているらしい。助かった。
「車輪は木、ちょっと古いですね。クッションもない。農村からみたいですし採算に合わないんですよきっと」
ローリーが苦笑して言う。
ついでにバネもないね。
「でも急いでたから、助かったよ」
返答を聞いて目を丸くして言う。
「あら?なにかありましたか」
そりゃ
「そりゃ」
なんでだっけ、何かしら焦燥感を感じていたのだけは事実だが
いいや違う。
『早々にでましょう』
探聖者をみやる。すると、真っ暗な影を覗き込む事になった。
落ち窪んだ骸骨のような目、どこか冷淡で人間を見るようには思えない。悪夢の模ったような黒い眼窩。
「ああ、もしかしたらこの辺りに縁があったのにすっかり忘れているだけなのかもしれませんわ。ねえ、なにか思い当たる節はございませんか」
「やめなさい。子羊よ」
「え、探聖者様」
そんな言葉も聞き逃して一つの疑問を考えていた。私は何を急に急いでいた?。
ー
ーー
「んだべ。近頃また、戦いになりそうでなあ」
「そうだね」
「ん?どうかしたか。旅人さん」
「いいや、戦禍を逃れる方法を考えていたんだよ」
馬車の後方に眼を向けていたモリビトは商人に向き直って笑った。
ーーーーー
馬車が止まる。
ざわざわと、人の声がする。
どこかに指示をだしているようで、兵士だろうか
「おうついたべ。ここが咎人の街だ」
「そう。ありがとう」
モリビトが例を言ってローリーが出立の準備をする。
荷物の持ち出しを手伝おうとすると探聖者がやんわりとやめさせる。
触っちゃまずかったかな。
どこか疎外感を感じるが
「だからさあ…」
「規則だ…」
「知るかよ。場所が足りねえんだよ…」
何かの言い合いが微かに聞こえる。
「あのお。ここに止めるんですかね」
「んだべ。大概ここで、同じ時期に来て許可も貰ってる。野菜おろすだけだから使うなら後にしてけろ」
「いえ、困るんですよねえ。ここはウチの連中が使わしてもらうこと人っていまして、そういうわけですのでどっか行ってくださいね」
「いや、取引の間だけだべ」
「こっちは数が多いんですよ。すべこべ言わずに退けってこった。」
「ここは領主の管理だ。交易上の待機場所として定期的に使う奴には許可制で開放されてる。退くのはそっちだべ」
「それはオレは知らねえよ」
「いや、だから」
すぅと男は息を吸うと
「おおーーーい。ここに異教徒が邪魔してるぞー」
「は?な、なにをいきなりいうべ」
なんだって、
そう言おうとしたのも束の間にガヤガヤと人が集まってくる。
それだけならばまだしも刃物だ。日常に使う手斧、手製の槍、戦争に出向いていたのか古びた武器を持ったものすらいる。
「まだいいてるのか」「話はついたのに」「これだから、…は」「どうせ居なくなったのに」「異教の神を信仰しているから」
「街の名士はみんな改宗したのに」「神の奇跡は確かにみたぞ」「古い権力にしがみつくクソッタレめ」「金か?やっぱり金なのか」「舟墓からきた魚屋も背信者だったし」
見渡すと頭上で揺れる影があった。
見せ物のように狭苦しい鉄の棘が肉を刺し貫き血と肉を溢しながらぶら下がっている。
それの顔は絶望を浮かべている。
人間の男だった。
なんだここは
身を守る力がなさそうなローリーの近くにより、短剣2本の位置を確かめる。
モリビトが商人を馬車に引き込み弓矢を物陰で構えている。
そんな中、探聖者が進み出た。
すると、何かの道具をかざし大きな声で話し始めた。
「我々は舟墓の街からつい先日出てここにつきました。見ての通り私は正しき神に仕えるもの。無体な真似はやめていただきたい」
「法衣を着てるぞ」ざわ「聖女教の探聖者か」ざわざわ「舟と人のシンボル」ざわざわ
続けて探聖者は言った。
「君たちの中に我が友、ヴェイの居場所を知っているものがいたら報告ねがいたい」
「神様の願いだ」「ああ、入信が認められる」「助かる。助かるんだ。楽園に連れて行ってもらえる」
ヒートアップした群れが湧き上がる。
一体、なんなんだろうかコレは
ーーーー
「ですから、奴らは」「しかしですなあ」「納得するか」
戦火都市国家群とはかつて在った国の後継国家だ。
伝え聞いたところによると魔王と戦い地形が変わるほどの戦禍ののちに勝者として都市を建て、その連合となった。
建前は以前の方式では魔王に破られたのだからということだ。
建国者は言った。“諸君、悪意を捨てよ”
事実、当時の王国では武器を捨て、利益活動を禁止し、それでいて魔王が攻撃するまでは大きな問題を起こさない。どころか不満も飢えもなかった理想郷に近かったとされている。建国時期に至っては遥か昔以上のことはわからない。
カリスマがいたらしいが、一体どういう国だ。
「紀律伯の娘よ。どう思いますか」
「紀律伯の娘、我らに与しなさい。悪い事は起こりませんよ。ええ貴方が素直ならば」
「貴様等、脅しているつもりか」
だとすれば、かつて同じ場所にあった。その…なんとか、とやらの建国者は今のここを見て何を思うのだろうか。
あと、誰一人として私の名前を呼ばないのはどうなんだ?
かつて戦働きで手に入れたからとやけに物騒な名前の地名が多いのはそのせいだろうか。
「そんなことはございません。傷血騎士侯の妻といえ、所詮は外のもの。事実、今の今まで政の席もありませんでしたがゆえ」
ふっふっふふふ
嫌な笑いだ。早く帰ってなんか食べたい。
この都市国家では議会制を採用している。
採用しているっていうか変更する余地がない。
どんな形でも利権が生まれるから当然だが、ほっとけば腐るだろう。
こほん、後ろで高位の使用人が仕切れと促してくる。
本家から来たという話だ。私は知らなかったが、家令が高位で傷血騎士侯の手のものだというから来た。
そしたら、なんか死んでいたのだ。
何か言われるから口には出さないが、離れに軟禁じみた形でいたし知るわけがないのである。
「あーそれでは、紳士の皆様方。今巷で暴力行為まで始めたカルトの対応についてですが…」
ふぁーあ
欠伸が漏れた。
そういえば後継者指名されてないな。
喫緊かといえばそうだが、この前はお茶会の日時設定だったし、その前はなんだっけか。
ちなみに私に子供はいない。妾の数も知らない。
どーするんだろうな。何もできないけど
「ーーーーおや、まだ終わっていないのかな。スパルニクス」
私が欠伸をして弛緩した議会が更に緩んだその瞬間、いつからいたのか大男がはいってきていた。
ここは2階、地上階に通じていないバルコニーからだ。みりみしりと窓枠が悲鳴をあげる。
私はただ息を呑んでいた。ああ、誰かの手のものなのかな。と
ふうふう、言いながら張り詰めたタルのような異様な風体の男。しかし、何よりも異様なのはその頭
すぐにでも弾け飛びそうな男だった何より頭部だ。
ヒキガエルのように幅広い異常な頭部。
否であった。
男が自らの頭を隠す布を引き剥がす。
その広い顔にはイボの異様なまでに生え茂ったヒキガエルの顔があった。
「ーーー急ぎすぎではないかね。フログニクス」
使用人が唐突に切り出した。
有力者たちは目を吊り上げる。
「ふう、良いではないか。そもコチラも良い結果をえられた。たった一人安全を確保するだけで我らの行動を黙認すると…いつまで化けの皮をかぶっておるのだ?」
「ワタクシより、良い条件ですね」
「ほう?ではそちらは」
「結構日時は未定ですが、占領後に反対派で集会を行う事を承認させられました」
「大丈夫かね。それ」
ふうふう。という息を吐きながらタルのような男は不安げな声を出す。
使用人の姿をした男が何かを返すまえだ
「貴様等、なんのつもりだ」
警備司令が声を荒げる。やたらと見栄にこだわる男だ。いうことを聞かせる場合は感謝状でも送ればいいってことくらいしか知らないが。
使用人ーーースパルニクスなんて名前だったのかーーーはため息を一つ吐くとぼやいた
「まあ正直。もう少し煮詰めるつもりでしたが、兼ねてより聖女教から布教を行っていたこともあって十分ひっくり返るでしょう」
それでも短いですが、そう呟きながらも執事は続ける。
「き、」
「うるさいですねえ」
警備司令は口を利けなくなった。
特に何かされたわけではなく。青ざめ引き攣った顔に唾液が滲んでいる。
何をされたんだ。
なんだこれ、めんどくさい。まあいいか。そもそも、アレだ。なにか意見を通すための議会パフォーマンスかもしれないし
あっ
顔を机に叩きつけられる。
私だけではない。
ちらり、伏せた顔から目を動かせば多くの議員が同じように額付かされているのが見える。
イボ顔のヒキガエルーーーフログニクスは視界の端で『服』を脱いだ。千切れたというべきか。
すると中からは鱗の様なイボのあるカエルのような肉体が現れる。
身体を猫背にすると一つ、伸びをした。ああ、窮屈な姿勢だった。腰をいわしそうだと
異様な風体、異常な体躯はさもありなん。ヤツは人間はおろか人型ですらなかったのだ。
硬質な音が響く。
ブーツで机を踏む音
目を向けようとすると礼服の靴が見える。
本家の執事だ。
「さて、皆様を拘束し冷たーい牢の中で長らくを過ごしていただく事は決まっております」
ブーツの音はずって響いていた。
壇上となっている上座を通り中座を通り下座の、とは少しズレた紀律伯の娘の席の机で止まった。
「奥様におかれましては、一つお願いがございまして」
「思い出した」
「つきましてはこちらの書類にサインと、それから民衆に向けて宣言を行っていただきたく。何?」
夫の重用していた使用人。
人は上下を作り固まり落ち着くものだ。
故に私は外のモノ、これに媚びることなど造作もない。
「何を、にございますか」
なにか特殊な力を持っているか。
本人そのものの顔をしているかは全てさておき
「あなた。傷血騎士侯の、家に仕えている使用人じゃないわね」
「ええ、…ワタクシ。魔物にございます。」
ブーツが持ち上がり私の頭を踏みつける。
確かにソレは笑った。
ーーーー
沢山の目の中
お茶を淹れる音だけが響く。
「淹れますよ」
「いや、別にもう淹れました」
残念そうに下がっていくイカれた人
なんなんだココ。
モリビトは目の前でぼーぅとしている。
この怪しげな集団について詳しそうなローリーはどこかに出て行った。お祈りがどうとか言っていた。
あっち側だったな。そういえば
「ところで」
モリビトは暫くして話し出した。
「君は」
異様な熱気を帯びた目線を痛痒にもしていない。
なんで、この状況で平然と話せるんだろうか
周囲を気にしている事に気付いたのか口を尖らせてフウっと息を吐いた。
周りに張り付いている狂信者の微かな音が聞こえなくなった。
気になって見渡すと、細かい衣擦れも話し声も、何かを狙う様な悍ましいまでの視線も感じなくなっていた。
そして、眼球がいつのまにか黒く。視線を感じない影響だろうか怖い
「ここを気に入ったかい?」
「落ち着かないです」
監視されているのだろうか。それにしても狂信的というか気持ち悪いというか
「そう。ところであの時の話をしよう」
「あの時?」
目の前の男の顔を見直す。
「舟墓の町での話さ。何せ大所帯だと二人きりの密談は難しい」
「ああ、魔王がどうのって」
「そう。君は何か覚えはある?それとも何知らない」
大きな鳥の精霊の姿を思い出す。
しかし、勝手に納得されたことだけが脳裏に過ぎる。
「いいえ、私にはよくわからない」
「そっか」
再び、モリビトと目を合わせると
私は、なんとなく抱えていた疑問を吐いてみる。
「そもそも、魔王が何かもよくわかっていない」
「見ての通り、としか言えないけど」
…………
二人の間に沈黙が流れる。
やがてモリビトが口を開く。
「見ての通り、人間に対してなんらかの害を与えるものを魔王と呼ぶんだよ」
「その、殺し合いみたいに?」
「繁殖の魔王はそうだね。アレは種を追い詰めて恐怖と悲痛で本能を摩耗させる。本人は完全に破壊するつもりだし、そもそも魔王というやつは大概にして生物の種を根絶することを目的にしているだろうけど」
じっとしているなら触れないのはわかる。
君子、危うきに近寄らず、というか純粋に課題ではないからだ。
ところで
「舟墓の町で見た魔物は」
「繁殖の魔王、の吐き出した魔物の、更に野生化した個体じゃゃないかな。ものによっては生存するようになるだろうけど、誘導翼針はどっちかという武器だし、食事もしない魔物だった」
「この国が、戦火都市国家群がアレを攻撃しないのは?」
「勝てないから」
違和感を感じた。
確かこの国は武功によって建てられた。そう聞いた覚えが薄らとある。
いや、ソレよりも
「貴方は何故、魔王なんてものを狙う?」
「願われたから?」
疑問を述べるようにモリビトは言ったのだった。
「急ぐ用事ってあるかい?」
モリビトはいきなりそう言った。
一体誰に?
「いいえ、特には神の存在は何よりも優先されます。なので、暫く私たちも滞在してますね」
振り返るといつのまにか探聖者が入ってきていた。
気付けば、初めに張られた結界は消えていた。
「それなら、場合によっては彼女も連れて行けばどうかな」
「ええ、そうですね。素晴らしい。まさしく、そうしましょう!」
探聖者は手をたたい手喜ぶ。
「なんだか、元気だね」
「そうですか?ああ、そうだ。“ハトバ”さん。ここにいる私の友は、宗教…そう福祉活動をやっておりましてここでお暮らしになるというならば是非会っていただければ」
探聖者は振り返って言った。
「ああ、うん」
そうだ。とにかく、危険を排除してどう転んでもいいようにしないと
ーーーー
冷たい廊下へ出ると指さされた方向へ向かう。
そのうち地下への階段が現れて、ヒヤリとした空気で私を迎えている。
この建物はどうやらあの宗教法人が所有している建物であり、探聖者の友人と言っていた人は半地下の一室にいるらしい。
が、一体どこなのか。
疑問はすぐになくなった。
奥から身なりのいい男が歩いてきたのだ。
「おや、貴女が案内ですか」
「いや…」
違う。
言おうとした時だった。
腕を掴まれた。
目の前じゃない壁からだ。
「っ」
そのまま、壁だと思っていた場所に引きづり込まれる。
手というより腕を噛まされて声を出すことを禁じられた。
ボロ布を纏った男だ。死んだ男の目がコチラを無感動に覗き込んでいる。
「コチラだ。同盟者スパルニクスよ」
傍から現れたのは法衣をきた男であった。
隠し扉が完全に開き半地下の一室に身なりのいい男を招き入れる。
「お返事をいただきましょう。我々としては直ぐにでもと言いたいところでして」
「構わんとも、だが別の探聖者がきた」
無口な男と私を放置して、何事もなかったように男たちは話を続ける。
扉が閉まり壁に戻る。
すぐに外の光は失われた。
ーーーー
「探聖者ですか」
「ああ、忙しい時に。奴隷共の処置と搬送を求められたのだよ」
禿げた男は頭を撫でて顰めっ面で言った。
死んだ目の男は気を使うでもなく乱暴に運び、何度も引きづられるように移動する事になった。
こいつなんて言った。奴隷?。
ヤバい。危ない。逃げ出さなくては
そうだ。アイツらなら、確かに探聖者と名乗っている。
そもそも、守られるかは別として宗教家という奴は大概にして道徳の規範、奴隷と流血を批判する。
つまり、助かる可能性はある。はず
「それならばフログニクスが取引をしました」
「ほう」
「は?」
だっと、音を立てて壁に叩きつけられる。
「黙っていろ。このクソ忙しい時に…いや、お前。他に私に会う予定があるものはいるか?」
「…しらない」
意図が理解できないながらも言葉を出す。
「ちっ、もう少し優しくしてやるべきだったか。まあいい。数人いると聞いてはいたが、どっちにせよ。他は断る」
「ほう、いいので」
「構わんさ。後の利を大きくする。加えて首根っこを抑えることが容易ならば尚更な」
「それはそれは我々の、で?」
「いいや、この国の間抜け共だよ」
プッ
真後ろから笑う声が聞こえる。人をバカにした失笑だ。
やはり無力だな。卑しい奴め。思いもしない信じもしてなかった希望にすがるなど実に滑稽
声に体を強張らせる。
すると、担いでいる男もまた暴れることを警戒したように緊張が走る。
くくく、積荷のようだな。人ではなく。ただ運ばれ、放られ、死体のように転がる。実に〝無力な物だ〟
思わず睨見つけようと後方にーーー声の聞こえた方に視線を向ける。
コツコツコツ、硬い靴が廊下を踏む音がする。そしてその上には礼服を着た傲然とした男…その頭はーーー
「ついたぞ。ここならば密談も容易だ」
鼻で笑うような法衣の男の声が聞こえる。
いつのまにか床の材質が変わっていたのか底冷えする廊下を進んだところで
明かりを見た。酷い匂いと共に
「さて、お客様には悪いが先にこっちの処置だ」
肌が粟立つ。視線だ。情欲、羨望、あるいは恐怖。媚に諂い同情。
押さえつけられている現状から目を上げれば、たくさんの男がいた。
皆一様に黙っている。
いや、数人口を開いているのを見た。
だが、何故だ?音がしない。
禿げた法衣の男は嗤って、“その器具”を見せた。
私の顔は何かしらの固定具に縛り付けられて口を開かせられる。
「奴隷は舌を抜くもんだ。余計な事を漏らされたら困るってわけだ」
法衣の男は器具で舌を掴む。
「んぐっ」
暴れようとすると、掴んできた男に肘を叩き込まれ黙らせられた。
「ご安心を回復の奇跡はある。奴隷の舌は切り落としておきたい。一般のヒトモドキは文字を解する知恵はないんでな。同じヒトモドキでも自らの意思で従う信徒の方が価値は高い」
「早めに頼みますよ」
「勿論。調印がいるんだろう?表側に出しても伝わんねえけど、裏の人間には伝わるやつがね。それに血が付いちまうからな。直ぐに事を起こさせてもらう」
「それは重畳」
「さて、女は本国送りだ。最後に言うことはあるか?」
罵倒。
しかし、舌は引き出されていて何も言えない。
「くくく、まあ言わせねえよ。万が一も聴こえねえだろうがな。何せ、お前はこの後従順なメスになってもらう」
嘲りだ。弱きを甚振るのが楽しくて仕方がないと嗤っているのだ。
そりゃそうだ。危険ではなく完全に与える側となる畜生のような愉悦は所詮ケダモノである人間には堪えきれない愉悦だろう。
「まずはうどの大木どもに犯させる」
法衣のハゲは器具で奴隷を指差す。
浅ましいほどの欲望と抑圧の捌け口を求める顔と目が合う。
ニチャア
「次に指を潰す。足を圧迫し、首で吊るせば、水に漬ける。眠たくなれば光を当てる。それでも犬みたいに騒ぐなら逆さ吊りだ」
悍ましい事を次々に告げる邪悪な悪魔に
不思議と、ああ拷問の前準備なんだと理解ができた。
この世界であの初めに会った化け物が私に見せた通りだ。
私はアレの仮想上で何度も死んでいるのだから、ただ語られるだけの事が大したことになるものか。
まずは恐怖を煽る。
彼らの場合は自白をさせるのではなく心を折るために、つまり抵抗されたくないと言う事だろう。
だから、私は拘束器具をしっかりと観察すればいい。
ベルトだ。革製か。
身体を固定する。人間用の拘束具。
その固定方法は上半身ごと縛り上げる形だ。
だが、どうにも滑りがある。油だ。
血を弾くように?それとも革のメンテナンス?どっちでもいいしよくわからない。
わかるのは私が、今の私は何故だか、怪我を恐れていないと言う事だ。
「では、尊厳とはお別れだ」
法衣のハゲの顔は見えない。
だが、ナイフの振り下ろしだけはよく見えた。
ブチぃ
切れる。
肉に食い込む指の握力。そうだ暴れたならば厄介になるだろう。
だから私は身動きして、押さえつけられるタイミングで肩を突き出した。
壊れる感覚がする。
外れる程度か?
もがき、身体を丸めようとする。
反射的な行動で、また暫く蠢く。
掴みが緩んだ。
「では、浅はかな猿どもよ。お楽しみの時だ」
足で台に引っ掛け
「何?」
するりと抜け出す。
驚いている礼服の横をすり抜けると廊下を走った。
逃げる事を考えた私の足は気づかないうちに床の材質の変化を理解する。
戻っているのだ。あの部屋から、表側に
「ま、待て。クソ奴隷がっ邪魔だ。信徒に見られてはならん!」
何人か見ている方もいるようなので報告させて貰います。
ストックが切れたので失速すると思います。
やってみると、意外と難しいですね。とはいえ、一区切りつくまでは続けるつもりです。




