針金の鳥
「危ないよ。ローリー」
「不要です!ーーー」
真横で二人が言い合っている。
…そうだ。私はこの二人と市場を歩いていたんだ。
短剣を使うか使わないかでまだ、揉めているらしい。
いつのまにか短剣を買った露天は遥か後方にーーー
まてよ。風の精霊に、悠然たる大翼の元にいたはずだ。
「用は済んだかい?」
「また、胡散臭い話ですか?」
ふと、モリビトが言い。ローリーが胡散臭そうにする。
「君も会いたいかい。確かにこの辺りの宗教は彼らを崇めていることが多い」
「不要です。探聖者様には神の奇跡がついているのです!」
「奇跡か…」
あの大きい鳥のように
あれは何だったのか。言いようからすると、助けてくれるつもりの様だったが…
いいや、それよりも
何者なんだ?
モリビトを視界の端に捉える。見ていると勘付かれないように“魔王を探している”
言葉通りではなくその先に生臭く物騒な気配を持った言葉だった。
ぐるりとローリーの目がこちらを見据えた。あ、狙われた
「ええ、野人が護衛についてからは見せていただいていませんがそれもうすごいんです」
ちょっと狼狽えながらも答える。
「奇跡ってどんなの?」
「諭すんです。探聖者様は優しくお言葉をかけて異形の魔物どもを自ら引かせるんですよ!凄くありませんか?」
なるほど?童話のようにという事だろうか?
どちらかというと、宗教が好きな説話の類に近いような気がする。事実なんだろうか?
でも精霊いるしなあ。なんか物凄い超常の力も見ている。ただ一点、どうにも胡散臭い。
言葉を失っていると運良くローリーは市場から何かを見つけてきた。
「そうだ。貴方も女の子なんだからお洒落を楽しみましょう。こんな金属細工はどうですか?勇ましい感じが素敵ですよ」
「う、ん?」
赤い獅子(なのかな?)を中心に何やら装飾をされたどデカい髪留め。
ゴテゴテしてるな。趣味が悪い。
勿論言わなかったが
モリビトは退屈そうに言った。
「趣味がいいとは言えないね。そんな『ゴミ』より草刈り鎌や革手袋、にポーチなんてどうかな」
ゴミ呼びにローリーは眼を吊り上げる。
「毎度毎度、森の中を移動するわけでもないでしょうに。そんなんだから野人なんですよ。それより見て下さいこの木彫りの髪飾りを」
今度は打って変わって地味な、というより素朴な髪飾りを持っていた。
どことなく繊細な彫り物のされた髪飾りだ。
「へえ、どことなくキャッチーな紋様だね」
「はい。コレは神の紋様にございます。唯一にして至高、大いなる光にして導きーーーー」
あ、長い。
「へえ、そんなんだねえ」
屋台の店主が呟いた。
「ご存知なかったと!」
ローリーは目を剥いた。
「いや、森の向こうからやってきた装飾品だよ。内容までは知らなかったな」
「なるほど、ではコレを機に入信なさるのはどうですか」
目が血走ってますよローリーさん。
「い、いやよく知らないし遠慮しておくよ」
長くなりそうだ。
何となくモリビト見ると、どこか遠くを見ていた。
「なんだろうね。アレ」
アレ?
バサバサと何かが羽ばたく音が聞こえた。
いや、羽ばたくと言っても異様に大きく。そして“数が多い”
まるで大群の様に
「あれは…」
「古い魔物に見える。だけど、繁殖の魔王の手勢は基本的に城に引きこもっていると聞く。本当に何だろうね」
見ている角度は違うが見覚えのあるシルエット、化け物にこの世界に送り出されて、追いかけられて、それから見た。
魔王の吐いた魔物の一つに杭のようなものに翼のついた生命
カンカン!カンカン!カンカン!カンカン!カンカン!
カンカン!カンカン!カンカン!カンカン!カンカン!
ひどくけたましい音が聞こえた。
そう、緊急のサイレンの様な
唐突に尻餅をついた。
出店の男がカウンターを乗り越えてぶつかったのだ。
わっと、耳障りなほどの声をあげて全ての人々が逃げ出しはじめた。
「邪魔だ。何、塞いでんだ!」
何するんだ!苦情を言う暇もなく男は去って行く。
「じゃ、行こうか」
飄々と騒ぎも機にも止めないモリビトの差し出した手を、出されるがままに掴み返した。
いつのまにか退路を確保していたのか路地から声がかかった。
「こっちですよー」
ローリーが手招きしている。どこか呑気に
その背中に影が差した。傘のような皮を広げたようなー
「あ」
「あれ?」
ローリー、少女の体が宙に浮いた。
一匹の鳥の様な魔物が投げつけられた剣に貫かれて地に落ちた。モリビトがやったのだ
だが、二匹だ。上空にもう一匹
もう急降下してきて片方が掴んだのだった。
すぐさま、モリビトが短剣を投げつける。
だが、すでに遠くに動いていた魔物には届かない
モリビトは見てとって指を振る。
すると、短剣が方向を変えて魔物を追尾し出すが、時期にどちらも見えなくなってしまった。
もしかして、私が遅れたせい?
無力なものだな。
腹立つ声だ
モリビトが撃ち落とした魔物から刃を引き抜く。
「“脚がある”」
…なにを言っているんだ?
「鳥だからじゃない?」
モリビトは頭を横に振った。
「いいや、嘴まで“開く”。古い文献によると遊動翼針、ああこの魔物の事でね。嘴は裂け目のない針、脚部は無く。その身は剛毛かつ逆さの棘、刺されば最後弾け飛んで死ぬ。殺す為だけの魔物というか兵器だ。コイツには嘴ーーー口も脚もある。生きているんだ」
不可思議なことを、なぜか断言するような口調だった。
ただ、その中身は当然の話だ。魔物であろうとも生きている。
「その」
彼が無表情のまま振り向いた。
「その文献が間違っていたというのは」
「かもしれないね。でも、遊動翼針の死体を目の前に転がして解剖したそうだよ。そもそも“繁殖の魔王”の魔物は皆、食事も生殖も、勿論生きる事もできない。内臓もないし、製作者が興味もないだろうね。アレは関わって無いだろうけど、という事は大戦より後の野生種か。どうやって作ったのやら」
“繁殖”の魔王なのに?
その疑問は呑み込んだ。今は関係ない。そんな事よりも
「悪い慣れだね。路地だからって空を警戒してなかったんだ」
剣を抜くと、モリビトは告げた
「ごめん、先に逃げて、僕は追いかけるよ」
返答も聞かずにモリビトは行ってしまった。
そうだ。逃げなくては、いやどこに?
私の背中にも影が差した。
くわあくわあ
嘴と細長いその眼球に咄嗟に短剣を差し込む。
生々しい感触と溢れる血液に一瞬怯んだ。
激痛を感じたのか鳥は飛び立つ。
血みどろの短剣を片手に呆気に取られるのも早々に
焼きついたように離れない細長くギョロ目の鳥顔
急降下してくる。
転がるように回避する。
地面に接地する前に飛び去って行く。
くわあくわあ
どこか間抜けでどこか不吉な声
嫌な感じだ。
どうにも目をつけられているかのようで
思わず屋根の下に逃れた。
残念ながら頼りない仮設の天幕だが
何かを掴んだ。
「うわ」
どうやら魚の露天だったようだ。
空に気を取られてたとはいえ嫌な気付き方をした。
微妙に生臭い。
くわあくわあ
声で現実に引き戻される。
そうだ。それこそ魚の様に食われる側なのだ。
対応法は…とにかく速い。
細いワニの顔に翼竜の翼、空からの串刺しに長けた魔物、だが、それが分かったとしてどうだと言うのだ?
仮に理解していたとしてもボタンを選んで対処方法を知っているわけでもない。体力はどうだ?既に何度も動いている。届く術も知らない。なんて無力ーー
「ふう」
いやいっそこの天幕に引きこもっているのはどうだろうか?
安全で、良い。何も起きない様にずっと閉じこもって過ぎるのを待てばいい。
関わらなければそれでいい。
そっと、街中を伺う。
誘導翼針が空を飛んでいる。
冷静になってみれば、他の建物にもチラホラと人が居た。
アレ以外の魔物は襲ってこないのだろうか?
攻撃力と速さに特化した魔物、ただし地面に突き刺さり顔面の潰れた死体がたまに見つかる。
いわば、特攻魔か
くあくあぁ
永遠と気の抜けた声を出す魔物は屋根の下に潜ってからずっと回遊していた。
ふと、魔物を追いかけていた視界に建物と人が映り込む。
そうか。建物の防御力を貫通できないんだ。
鳥の鳴き声を聞きながら、ふと思った。
どこか満足感を得ながら一つうなづく。
そうだ。ここにいれば安全…だ。
うなづく自分の、その真横にはダンゴムシの様な甲殻を持った生き物が居た。
いや、目が合った。
“鎧蟲だね”
モリビトが森で言っていた言葉だ。
ダンゴムシのような甲殻に筋骨隆々とした脚部。
鎧蟲
森で見たそれよりも甲殻は美しく黒々と艶めいていた。
だが今、目の前に存在するソレは、生き物というより鋼でできた新品の鎧で、機械的であった。
その両脚が撓められる。
思いっきり飛んだ。
酷く木材の柱が軋む音、金属質な道具が潰れる鈍い音に陶器が割れる音。
激しく物が壊れる音がする。
鎧蟲は粉砕しながら屋台の中に突っ込んだ。
…っ
来る。二度目だ。
鎧蟲は向き直り
くわあ。くわあ。
そしてそのまま視線は通り過ぎた。
興味をはじめから持っていなかったように
石造りの建物へと向かったのだーー破城槌を持った兵士のようだ。
壊す気なのだ。
再び、頭上が影に覆われた。
だがそれ以前に、反応していた。風切り音だ。
耳をかき乱す音に身を投げ出して、立ち上がって曲がってきた魔物をも躱していた。
誘導翼針、鳥の魔物だ。
酷く心臓がうるさい。なんて運が良かったんだろうか。
だが、ジリ貧だ。
短剣に触れる。間合いが遠い。
角材や何かしらの石材で殴れないかと、考えた。いや、見えてからでは遅いだろう。
そもそも、自分から近づきたく無い。
間抜けな鳴き声が聞こえる。
もう一度の飛び上がりが見える。
つんのめって、また一度、避ける。
他に何か逃げ切る手段がいる。
防ぐ手段だ。防ぐ手立てが欲しい!
そうだ。屋根だ。石の屋根、それなら躱せる。
風を切る音に急かされてすぐ隣の石造りの玄関に飛び込む。
「う」
咄嗟に入り込んだ家、は扉が残っているだけの残骸でしかなかった。
動きを止めると、幸運な事に酷く急角度で襲撃してきた魔物を避ける事となった。
…やっぱり、衝突するのを避けている。
頭の片隅が呟く。
固いものにぶつかるのは不味いのだろう。そりゃそうか。
青天井となった廃墟、アーチの玄関に、空が素通りする通り
逃げ場所がない。
その事実を認識した。
ーーー酷く無力だな
できる事は、逃げることだけ
いいや、それが難しいのだ。だから、今に無力と感じたのだ。
ではどうするのか?
倒す?どうやって、使える武器なんて落ちている物、…あとは
いまだに握っていた武器の感触を確かめる。短剣くらいのものだ。
そもそも、アレは殺していいのか?
そうだ。やっちゃいけないんじゃないか?この世界の、いやこの辺りの常識もわからない。
何も、わからない。そりゃそうだ。仮に倒せるとして、そもそも倒していいのか?例えば、そう。そうだ
こんな事何度もあって、或いは権威を持った誰かがこのコミュニティでの示威として使うつもりだったら?
残念ながら、常識とは言わずともわかるから常識なのだ。だが、同時にコミュニティが少しでも変われば大枠で同じコミュニティであろうとも、例えば年齢層が変わるだけでも、よくわからなくなる。
ああ、前置きがーーーチュートリアルが足りない。意味がわからない。私はどこにいるのだ?
「うっ…と」
ひどい無力感だ。気付けば身体が硬直していた。
それを狙って魔物は殺しに来たらしい。
壊れた家の中に逃れた。
…ああ、そういえば門の中を通らせれば動きは限定されているのか
そんなことよりも追い込まれたほうが問題だと言うのに
壁に背をつけて周りを未練がましく睨め付ける。
半端に残った屋根、半壊くらいではあるが壊された壁、塀と門。
…実は高速で突進している関係で曲がれないなんてことないかなあ
願いは虚しく誘導翼針は突貫して来る。
「こっのお」
なるべく見切ってーーー勿論、速過ぎるが故に目視なんて論外だーーー身を投げ出して回避する。
楕円を描く角度で鳥の魔物は曲がりながら空へ帰った。
目線でつい追いかけると、沢山の魔物が様子を見ているのが見える。
ずしんずしんと、重い足音がした。
まるで大きな生き物が鎧を着ているかの様な。
成人男性など優に超える体躯の鎧蟲、さっき見たのと同じ個体だろうか?
ああ、そっか。
あの鳴き声は、アイツら連絡を取っていたんだ。
だから、鎧蟲がやってきたのか。
きっとこのまま殺すのは手間が掛かると思って
と言うより更に逃げ場がなくなった。
あの体躯、横幅で突貫すれば狭い家なんて良い的だろう。
短剣に触れる。
なんと短い武器だろうか。
一か八かで刺したところで頭蓋を貫けるかもわからない。
いや、倒したところでこちらも圧殺されるだろう。
やっぱり役に立たないじゃないか
仕方がない。短剣を構えようとして一瞬迷う。
突撃態勢を取った魔物に対して、それは人生の終わりを意味していた。
だから、
取った行動は常に頭にあった。反射的な行動だったのだ。
思いっきり、狭い中を、後ろにかっ飛んだ。
突貫する鎧蟲に対して腕ごと指を伸ばした。
細いものだ。人間なら例えば防刃繊維の鎧すら掻き分けて貫く刃。
肉を破って何かが出てくると言う様な奇妙な確信ーーー
ふわり、と鎧蟲の突貫は届かなかつた。
風?空気?
いいや、距離の守りだ。
世界が拡張された様な異様な歪み。
悠然たる大翼。
その守りだ。
ねちゃり
腕からそんな音がした気がした。
「え?」
まるで肉を割いているかの様に細長い物…そして質感的には薄いモノ
気付いて手元を見ると“刃物”が手の先から迫り出して、それは弾けるように飛び出した。
短剣?黒いグリップに艶を消した刀身。
2本目の短剣。
さっき購入されたそれと違い柄は黒く柔らかく巻かれているわけではなくーーー樹脂だ。
勢いよく飛び出した短剣は鎧蟲の顔面に叩きつけられて、少し怯ませた。
不可解な現象よりもなお意味不明だった。
「なにこれ…」
鎧蟲は仕切り直すと大顎を開き、齧り付いた。
がちんがちんがちん
何度も噛んでいると距離が縮まってくる。
守りが弱っている?
立ち上がると動き出した。
実際はどうかはわからないが、横を潜り抜けていく。
鎧蟲が身を起こし、威嚇を始めるとそのまま倒れ込んでくる。
まるで奇跡的につっかえ棒が挟まった様に潜り抜けられた。
いや、わかりきっている。強いて言うならば精霊の守りだ。
ここからどうする。
もしかしたら、倒せるんじゃないか?
こちらからなら干渉できるんじゃないか?
へらっとしたモリビトと騒がしい娘を思い出す。
上手くいけば短剣でも…
思考が巡り、振り返るのに合わせて腕を振りかぶり獅子の装飾を持つ短剣を叩きつける。
上手く噛み合ったタイミングで鎧蟲の首の節に突き刺す。
「ッツ!」
痛みに反応したのか鎧蟲は身を捩る。
甲殻の内側に引き抜かれて手放すことになる。
そう気づいた途端に振り払われる様につんのめって、私は地面で跳ねた。
地面にぶつかった打撲に顔を顰める。
ぶつかる分にはあの守りは出てこないらしい。
すぐに跳ね起きて黒い樹脂グリップの短剣に飛びつく。
逃走経路を考え出す。
魔物を倒すのは難しい。どうやって逃げる?
だが、それは無意味に終わった。
ドンッ
巨大な槍だ。鎧蟲を貫き、衝撃で中空へと打ち上げた。
呆気に取られる。
そうだ。話に聞く弩か?城壁や櫓にあるソレを見たことがある。
どん、どどどん
槍だ。いや槍ほどの大きさの弩の矢だ。
見上げればいつのまにか櫓や城壁に沢山の人がいた。
どんどんと鈍い音を立てて遊動翼針を打ち落とし、そして牽制していく。
実際に命中しているのはそれ程では無さそうだが、それでも奴らは近づけない。
一度当たれば確実な死亡だからだろう。
あの矢は大きすぎる。飛んで、刺す事以外を切り詰めた身体には重いに違いない。
そうだ。短剣。
モリビトの持ってきた短剣は少し離れた場所に転がっているのが見えた。
どん
また一羽、弩の矢を身体に刺した鳥の魔物が落ちてきた。
今度は目の前だ。
だが、その矢はどこか小さかった。
どこかで折れていたのだろうか?
ーーーー
窓辺の先には市井を一望…そして弩の射程圏内の港街、海に出た所には海岸線を分ける巨人の槍の様な塔が見える。
内海につながる元港街、クーサリア。
大昔には灯台や見張り台として使われていたと言う沖に連なる塔の街だ。
現在、あるいは戦火都市国家群成立以後の時代からは内海に住まう島の魔王の最前線として砦となった。
いつしか互いに矛を交えることは減っていったが作られた街は戦働きの褒美としてある騎士に贈られ傷血騎士侯と言う字と共に任じられた。
祖先は市政など知らなかった。ただ、戦場の振る舞い以外はだが
設備さえ無事なら都市国家群の貴族はどうでも良かったのだ。
仮に騎士一人が内乱で落とされても肉の盾があればやはりそれはそれで良かったのだろう。
蒙昧なケダモノには肉の塊があれば食いつくのだから
やはり戦働きはうまく。それでいて、資料に語られる所によると実際にケダモノと似た振る舞いを行うのが魔物である。
それ故にか内乱を起こしつつも小康状態でこの街は続いている。
咎人の街
今や市井から、窮屈さを表現して呼ばれる街の話である。
とはいえ歴代領主たる傷血騎士侯の評価は低い。市民は今だに都市国家郡の前身の紋章の一部を掲げるほどだ。
最も、領主達は未だに臣下である。正確には名乗っている。
決まっているだろう。王が悪いと言えるからだとも
なるほど、都市国家群が一応のまとまりを持っているのも旗頭ならぬ、槍に吊るされている頭、があるからだ。
実際に成立初期の混乱期は免罪符として不備のたびに王族の首を刎ねていたそうだ。
この有様の国が続いているのは全く奇跡的と言うほかあるまい。
カツン
まるで矢文の様に窓辺に硬いものが突き刺さる音がした。
内容はわかっている。
窓辺に出ると、矢にしては巨大、槍にしては短小
それよりも目を持つ鳥の様なものが刺さっていた。遊動翼針。
その身体には一枚の紙が付けられている。
中身は…おそらく前と同じだ
『ワレワレハ、ケンコクスル。ワレワレハ コウショウノキカイ ト ドウメイヲ テイアンスル。コタエヨ。サモナクバ シンコウヲ サイカイスル。 ヒイテハ スウドメノ ダイショウヲ イタダク』
魔物はどうやら肉にありつくだけの獣ではなくなったらしい。
文面が本当ならだが、いいや、どちらでもいい。
剥き出しの書簡を握りつぶした。
きいきい、と鳥が動こうとする。
慣れたものだ。嘴を開かぬ様に鷲掴む。
「騎士侯様」
部屋の奥、自室と廊下の境に高位の使用人が立つ。
「なんの様だ」
「数日ほど前に北の街道における宿場街が襲撃を受けました。…何かなさっておりましたか?」
執事は躊躇う様に出直す事を提案する。
「いいや、いい」
きいきいと鳴く魔物を握り殺すと壁の陰にほおる。
「して、駐屯の兵だけでは対応しきれないのか?」
恐る恐る使用人は告げる。
「規模が大きい様でして」
「連絡に数日かかったのは?」
「包囲を抜けてくるのが厳しかったようです」
「生きているのかね」
自分でも理解できるほどに唐突に問う。
使用人は恭しく頭を下げたまま、一切の躊躇もなく答えた。
「存命にございます」
「では吊るせ。職務を全うできなかった非は、その輩にある」
「はっ承知しました」
「それと戦さ支度と動かせる兵を数えよ」
「承知しました」
全ての問答において曇りの一つ感じない“正答”を行った執事が去っていく。
執事が指示を行う声が聞こえる。
人は首を求めるものだ。弱者の或いは悪目立ちする勝者の。人は奪うものだ。弱者のように正義を盾に。王の首を吊るしたから纏まった様に
そこに正解も不正解もなく。あるのは愉快不愉快、常套外道くらいのものだ。
奴等がいるからまとまっていられる。
そうだ。都市国家群の諸侯はよく知っている。赤い獅子の欠けた紋章を見やる。かつてこの世で最も偉大な王を戴いた国の名であったサンレイカセイが今や秘境の一つの名前であるように
そうだろう?今や跡形もない王よ。
やがて身を翻し部屋を後にする。
しれたことだが、火急の用事を優先しただけだ。彼は自分自身が首となるのは御免なのだ。
誰もいない廊下を少し目を吊り上げて騎士侯は歩む。こんなものだったか
疑問を内心のうちに黙殺すると玄関、外に続く扉を開ける。
そこには既に兵士共が立ち騎士侯を迎えるように待っていた。
外へ出ると彼は眉を寄せた。
すでに直立する兵士がいるではないか
いいや、兵士と言っても正確には傭兵だ。
そもそも常備軍と言うのは金がかかる。衛兵程度ならまだしも軍団とするには厳しいだろう。
直立不動など期待していないし、求めてもいなかったが…
横に吊るされている人間をチラリと見ると、正面に移動し宣言をする
「貴君ら、よくぞ集まってくれた。私と貴君らの絆、末長く続く賛美すべき我らが盟約に置いて貴君らに戦いと、そして祝宴への出席を願おう…ーーー」
なんだ?気持ち悪い。
契約への賛美もなし
そうだ。目が一度たりとも動いていないではないか。
「ーここに吊るされている罪人を見よ…ーー」
喉だ。一度も呼吸のために揺れていない。
どこか自身の声が震え始めているのを感じる
「かくして、貴君らの奮闘を期待する所存である!」
ーー息が、上がっている。
なんだ。微動だにしない。まるで人形の中で一人芝居をしているかのような。芝居の科白を大声で話ているかのような。
ぱちぱちぱち
酷くおざなりな拍手であった。
「いやあ、お見事お見事。私共としましても、あまり侵略だの浸透だの云われて面倒な思いはしたくない。ですのに、酷く手間取らせて下さって、ーーーいいわけありませんなあ」
「貴様は、」
使用人だ。貴族は使用人の顔を見ないし、目を合わせない。
だが、確かにさっき準備を命じた使用人の男が、傲慢にニヤニヤと首すら垂れず嘲りながらも立っている。
「勇ましい。貴方に残念なお知らせがございます。神が貴方の首を望んでおられる。だそうで」
「なんだ。それは」
「さあ、宗教者の考えることはわかりかねます」
「…」
コレはつまり敵対すると言っているのか
「ですが、同盟者が首を望みそして、この地の混乱を望んでいる。悲しいですな。下等な貴方が同盟者として我々の要望を聞き入れれば我々は無意味な流血を見なくてもよかったのに」
大業に手を挙げ悲しさを全身を使って表現する。使用人が腕を下げ切る前に
裂帛の咆哮を上げる。
「者共、ヤツを殺せ!」
「いいでしょうとも!」
目の前の“使用人”の男が声を上げる。
あっけに取られる。次に腹に刺さった刃にも同じくして
「な、なんだ」
「んんん。言ったでしょう。『いいでしょう』と」
使用人の男が嘲ると、肉体を多くの刃が貫く。
「ご。おっ」
「ネタバラシをさせてぇ頂きますと、こういうものにございます」
使用人の、いいやそうだと思っていた男の皮が裂ける。
口が裂け、黒い牙を出す。
肩が裂け、触脚がむき出しになる。
額がひとりでに割れ、目が増える。
最後には人の筈の手が“化けの皮”を摘み肉から引き剥がす。
黒い肉体、昆虫の体。
「このワタクシ、魔物。にございますば」




