精霊の廟
少しだけ変えました。
コロサレススからマルティンクルム
前のはなんか呼びづらかったので違和感があって
ふと、生臭い風が吹いた。
魚市場にいるのは関係なくはないだろうけどそれよりも近くには海、正確に陸地に囲まれた内海があるらしい。
魔王の棲家があり私が泳ぎはじめた城だ。
いつの間にか塞がっていた傷が軋む。どちらかと言うと、体温を奪われたことが記憶には鮮やかであるが
「どうしたんだい?顔なんて顰めて」
振り向いた時に、何かを見つけたのかモリビトはにんまりと微笑んだ。
正直、気持ち悪い。
赤い獅子の旗が掲げられた市場の一角だ。
どうやら十字路の境らしくある程度種類ごとに出店されている様々な即席の小屋が並んでいる。
「そういえば、武器とか持ってる?」
「持ってないよ」
「そういえば身軽だったね」
じゃあ、君“達”の武器の類くらい見ようか?
防具はうざったいだろうしいきなりきても動けないかな?
とモリビトは事もなげに呟いた。
武器?面食らったが、確かに、物騒だからだろうか。
ローリーは口を尖らせると
「いいえ、ローリーには勿論、貴女にも必要ありません。なぜならば探聖者様は神の加護をお持ちですから」
「それはどうかな。君は何度も怪我をしているし戦いにだってなっている…ほら、この手鎌なんて草刈りにもつかえるし便利じゃないかな?」
土産物屋なのか。装飾施された刃物を手に取る。
先ほどのままローリーは難色を示すと非難した。
「それでどうやって本業の戦士と戦えと?あと、嘘つきの戦火都市群の開祖よりは信が置けます」
鎖鎌にして刃物を受けられるようにしたらいいんじゃないかな?いや、溶接の事なんてなんて知らないけど脆くなるかな
などと思っていると、モリビトは苦笑して不思議な事を言った。
「諸侯、悪意を捨てよ。か」
「何それ?」
「精霊に愛されたと言われる戦火都市群の祖が言ったとされる言葉だよ」
「胡散臭いです」
ローリーは嫌悪すら滲ませて吐き捨てた。
「事実悪党なんて腐るほどいますし、当然の如くここの都市国家なら私掠団でもありましょう。いえ、むしろ入れ食いで奪い合っているでしょうに」
「でも、当時はかなり支持された。何せ」
モリビトはそこで一つ息を吐くと、感情が読めない笑みを口元に浮かべた。
「国の起こりがかつてこの地に合ったマルティンクルム王から譲られたものらしいからね」
「殺し合って勝ったよりも外聞がいいからでは?さもなければ領土の大半であった豊かな土地を捨てて、“あの”不毛の山岳になど行くはずもありません」
ふっと、視線が露天の土産屋を捉えると、モリビトは短剣を二つ買った。
「ともかく、魔物だけじゃなくて人にも使うだろうから短剣くらい持つといいさ。…はいローリーも」
「む。いらないと…」
片方は私に渡し、もう片方は、するりとローリーの衣服の中に押し込んだ。
すぐにローリーはドエロ原人がどうのと、騒ぎ出す。
女の子の服に手を突っ込むのは酷くないかな。しかも刃物だし
それにしても、人間にか。
二人を尻目に短剣の刃を抜く。
この辺りの意匠なのだろうか?赤い獅子の装飾が施された刀身だ。
コレが、あの鎧蟲に刺さるだろうか?
話に聞くテレビゲームならどれだけ刃渡りが短くても、むしろものによっては特効すら持っているが…どもにも図体が大きい魔物に、肉を通して急所まで刺さるのだろうか。
「どうしたの。ああ、その獅子かい?」
「うん」
一瞬の緊張ののち、慎重にうなづいた。
なんとなく慣れている。自然な動作だったはずだ。
知っていて当然ならば、ある種の蔑視を受けるかもしれない。
いや、寄るべない今、価値が低くなるのは避けたい。
「火の精霊だよ。変化する者、人と交わり強弓を嗜んだ精霊としてこの辺りでは信仰が厚い。闘弓術っていう古武術まであるくらいだよ。ほら、あれ」
緊張した脳で指刺した方向を見る。
店の壁掛けにポツンと大きな弓と交差して短槍が飾られている。人がギリギリ引けそうなくらいの。羽はないが弓矢だろうか?
売り物には見えない。
すると店主がにこにこ話しかけてきた。
「詳しいねお客さん」
どこか楽しそうにモリビトは聞く。
「店主さんも使えるんですか」
店主は変な事を聞かれたとばかりに眉を吊り上げる。
「え?いいや、引けもしないアレ使うくらいなら弩でいいだろ。まあ、でも戦火の誉れには違いねえわな人に引けない大弓と短槍はどこにでもあるわけだし」
そっとモリビトの顔を伺うと
モリビトは少し驚いた顔をしていた。
彼がどこの出身なのかは知らないが互いに土台が違う様な話し方だ。
沈黙が数瞬、過ぎる。
厄介な事になる前に話を変えたほうがいいのかもしれない。
「ところで、コレで魔物を殺せるかな」
そうだ。あの硬い身体を貫けるとは思わないし、空を飛んでいる魔物に届くとは思えない。
「別に魔物は鎧蟲だけじゃないし携帯できて、かつ初めて触る武器ならこのくらいが限界ってだけだよ。これでも怪我はしそうだけどね。いや、対人なら意味あ……るしね」
一度、何も言わなくなった。
「ねえ、このネックレスいいと思いません。ちょっと作りは安っぽいですけど…」
風が吹いた。穏やかだが、どこか断絶を感じさせる風だ。
ローリーは何かを言っていたが、モリビトが指を1本立てるのを見て押し黙った。
し ず か に
何も言わずともそれは少女に伝わったらしい。
モリビトは手を掴むとふらりと路地へと入っていく。
「どこへ行くの」
「風の強い地。見晴らしが良ければそこでもいい」
大きな階段がある城壁だろうか?
この都市には半端な形の城塞が備わっているが、そのうちの一つだろう。
登り始めたモリビトは唐突に聞いた。
「ところで、君は人間かい?」
「そりゃ…」
よく考えたら、この身体は本来魔物なのか
いや、でも私は人間だったし人間のつもりだ。
ソレ以外にありえない。
「といっても、どっちでもいい。ソレよりもーーーー」
不揃いで歩きづらい階段が終わる。
街のある程度を見渡せる場所に出る。
振り返りながらモリビトは続けた。
「僕は魔王を探している。あの島の魔王とかね」
初めて見たあの城の魔王。
直立する肉のような何か。なんのために
風の音がする。
「いってらっしゃい」
ーーーーーーーーー
「これは」
いつのまにか。日が差し込み湖を湛え涼やかに風の通る森の中、だがそう、確かにここは地下であり目の前の石細工は人工物だ。ーーー遺跡のような場所にいた。
四方には四つの台座、即ち
見上げるほど巨大な蛇、壁画に据えられた両翼、顔の無い獅子、巌の如き亀
「ようこそ」
渦巻く風が言う。
鳥のような目が私と合った。
「そして初めまして、異世界からの来訪者よ」
彼の者は私の背丈を遥かに超える身体を起こすと言った。
「貴方は?」
翼を持つ者、その存在は雄大にして悠久、はるか遍く
私について知っていのは不可解では無い。いかにもそうあって“当然”だ
いや、関係があるならモリビトも知っているというのか?
「否、確かにアレは特別。我らと親しかったものの末裔だ。だが、同時に我らはあまり世に関わるべきではない」
どういう事だろうか
「アレの祖は火と猛り、土と刻み、水と歩み、風と謳う者だった。アレの行いにおいて人の善悪は関知するところではないが、どうにもアレの扱いを見るに良くは思われておるまい。故に我は見ている」
末裔。何かしら、ありそうなのはモリビトか
いや、実情はわからない。モリビトの祖先の名前も当然
「かつて、人の国は一つだった。猛る領域国家、マルティンクルム。アレの祖先は精霊を思う業によって感嘆せしめ、国を割譲させた。…汝らの価値観にしては困ったことの様だが、洗脳されたかのようなその行い事実だ。そして、数百年。権威の時代の飢餓の魔王を凌駕し武器の時代の繁殖の魔王が生まれた。故に我らは汝らとの関わりに否定的だ」
淡々と思い出話を語る老人のように呟いた。
「貴方は?」
「なんだ?」
「貴方の名前は」
「呼称か?この世に精霊は数多といるが、我は風、各所にして刹那に偏在する者、天空そのもの。悠然たる大翼と呼ぶ」
「我がお前の存在を問う番だ。魔王よ。汝らは、この世界にいかな用か」
「魔王?私が」
意味がわからなくて面食らった。
そうだ。この世界で、魔王はあの内海の城にそびえる塔の様なものを指すのだ。
それに私みたいな人間からすると、規模が違いすぎるのだ。
翼を持つ者は佇み、じっと見つめていた。
しばらくすると、もう一度口を開いた。
「そうか。得心がいった。哀れな者よ。お前は、精霊と契約していたのだな。それ故にお前は無力ではない。故に魔王になった」
私の中のケダモノが目を細める様な、見透かされたような不愉快感
翼を持つ者は一度羽ばたいた様な、いすまいを糺した様な、仕草をすると言った
「それならば、この私がお前がこの世界で生きるのを補助しよう。この世界の存在として溶け迎合するならば誰もお前を疎むまい」
それは…、ソレハダメダ。願イニ反スル。
「ごめんなさい」
「なに?」
「貴方がどういうつもりなのかはわからない。でも、それはできないの」
「…そうか。人の世と我等の価値は違う。地域間の人同士でも違う。あるいは偏在する世代でも。世界が違うのだ。何か異なる見識があってもおかしくはあるまい」
再び精霊は羽ばたいた。
極小から今へ。ここから向こうへ。
遍くだ。遍くが掌の内にあるかの様で
「暫くは見守ろう。時が必要であろう故に」




