舟墓の町
舟墓の町と呼ばれるのはかつてあった魔王との大規模な戦闘の時代に魚の合成物のような魔物が大量に打ち上げられた事に由来するらしい。
どうにも魔物を運搬するために呼吸ができもしない地上まで進出してきた事で死体の山が集積し墓場の様だと名前がついたのだ。その後、魔物の群れが引き上げ湾口の大きな街へ続く宿場街となったと聞く。
宿場町とは交通の要所に存在する集落だ。
通信用途や旅人の寄り付く旅籠の集合である宿場とその周りにできた町を呼ぶ。
森を出てすぐ南に存在する舟墓の町には北東に湿地の国に通じる森、北西には古くに分離した帝国があるという。
湾口の大きな街を咎人の街といいそれが南だとか
戦闘の時期には物資の集積場だったらしく今は交通路の中間地点として変わった様だ。
森を挟んで飛び地となった北端を除いて戦火都市群の北に属する町であり、この辺りの主人は傷血騎士侯というらしい。
それにしても物騒な名前だ。
特に覚えはないのだが、戦地の跡地だからだと言われれば納得はできるかもしれない。
一行は宿の一つに男女で二つ部屋を借りた。
同室のローリーは探聖者様がどうのこうのと言って直ぐに出ていってしまった。
モリビトは既にどこかに消えているし、探聖者は何やら用があるらしい。
私も…何しようかな。
というか、ここからどうしようか。
取り敢えず、なんらかの面倒を見てくれるというならばこのまま同行することになるだろう。
あの化け物は結局何をするつもりだったのだろうか。
私を殺したかった。だったか。
なんのために?
アレの初めに言っていた事はゲーム。どう考えても詭弁だが
殺すだけ、放置しても良いとするならば、アレの目的は私がここにいる時点か読んだ時点で達成されているということになる。
ふと、水が欲しくなり顔を上げると水差しがあった。
コップに注ぐと一気に呷る。
冷やされていないひどくぬるい水が喉にとぷりと貯まる。
ダメだ。頭が回らない。
そもそも今必要なのはなんだ?
何がわかるのかと何ができるのかだ。
そうだ。鎧虫のような魔物の類がいくらでもいると言うのなら
私は知らないが忘れているだけで私のいた世界にもいたのだろうか。
だとすれば一体、なぜ消した
いる場合はどうだ。近いものを考えればいい。
熊のようなものだ。
どこからともなくやってきて、私の首を容赦なく虐殺できる存在。
そうだ。一体どうやって生きていた?
なんらかの生存手段があったのか。それとも…食い物だった?
正気か
気が狂う。というのは気のせいだと思うが、息苦しくなって逃げるように部屋から出た。
曲がり角を曲がって宿の下り階段に足をかけた時だった。
布の塊が詰まっている。
狭い階段に押し込めたかのように挟まったモノはモゴモゴと蠢き内側から崩れた雪のように横幅広く眼球が覗く。
布の塊はノロノロと壁に手を立てて言った。
「ふーふー、失礼。先に通していただけるかな」
まるで巨大な布だと思った。次に人よりも巨大な壺を包んでいるのだと
「すまないが、先に通していただけるかな。何せ、この体格だ」
言われるがままに狭い通路を横に張り付く。
「ああ、助かったよ。商談でね。少しばかり早く着くようにしているのだ。ふう、息苦しいな」
巨大な生き物はフラフラと歩いていった。
あれはなんだったんだろうか
階段の隙間から溢れ出しているかのようだった。
関わることは無いだろう。いや、異世界なら多いのかも知れない。
異世界、そう。異世界の人間など測れるわけもない。ましてや怪物など
にしても、なんて異様な風体なんだ。
ーーーーーー
声が聞こえる。
路地の方からだった。
「神様の持ってたやつ」
「ええ、そうです。私は彼のように貴方達のお役に立てる事がないか。忠実な神のひつ、うっ」
泥の塊を投げつけたらしい。
「やーい。やーい。嘘つき禿げだ。嘘つき禿げには髪の毛を、ドロドロとれない髪の毛を」
けたけたと子供達は歌う。
歌っては直ぐに泥の塊を投げつけた。
泥から弾けて飛んできた物を拾い上げる。
石?
誰かが隣を走り抜けた。
「こら」
ある子供に拳骨を落とす。
「ああ、すみません。あら!神様の僕ではありませんか。ああ、この子達はなんて失礼な事をしてしまったんでしょうか。大きな町では多いのに、全く困った子ですこと。おほほ」
「ええ、ええ。気にしておりませんよ。我が友がこの地にて布教をしているようでして、お子さんの様子を見るにどうやらご存知のようだ。どうです。お役に立てることはありますか?」
「さあ。お上の考えている事はわかりませんわ。それに話に聞く戦乱の時代と比べたら、よっぽど幸せにございます。それに、必要ならこの子達…は馬鹿で無能ですけど、きっと何処かには優秀な子もいるでしょうから次の世代がなんとかしてくれますよ」
女性は手を叩き、名案だと言い出した
「そうだわ。この子を引き取ってくださいませんか。探聖者様に楯突くなんて、殴ったら覚える筈なのに覚えないなんていても仕方がありませんわ。神の加護がなければ人にあらず、きっと神のご加護のもとならば獣に等しいこの子達も善良な羊になれます。きっと咎人の街ならいい暮らしができますわ。うん、それがいいわ。そうしましょう」
女性の急な思いつきと、強制的な決定を聞いて押さえ込まれている子供がもがき始める。
黙り込んでいた子供達も顔を顰めた。
どうにも碌でもない話なのだろう。
「ほうそうですか。それでは言っておきましょう。子供が来るだろうと…」
ふと、探聖者と目があった。
「申し訳ない。私は旅を急ぐ身、咎人の街には我が友もおります。そちらの方へ送られれば」
「あら、野盗にでも身を落とさないかしら、この子達は取り柄がないですもの」
「この、このっ」
押さえ込まれていた子供が逃げ出す。
振り返った。子供達と目があった。
「げ、大人だ。禿げの仲間だ。嘘つきの仲間だ。逃げろ逃げろ。意地悪魚屋の手下だ」
そして、直ぐに別の方向へ逃げいていく。
「あ、こら待ちなさい」
「誰が待つもんか。今に精霊様があんな気触れは始末してしまう。このファッションババア」
女性も追って行った。
暫く留まっていたが私自身も釣られて動き出した時、探聖者と目が合った。
人々が散り台から降りてくるとどこかに紛れていく。
私も移動しようとしたところでいつの間にか違う服装になっていた探聖者がすぐ隣から話しかけてきた。
「奇遇ですね。ここでお会いするとは、てっきりお二人方についていったものかと」
「なんとなく出てきた所なんだ」
「そうですか。ところでいつから?」
「最後の方かなきっと」
「それはそれは、ところでこの辺りにはお詳しくないでしょう。実は私めは少々用事がございまして案内することができません。ですので、向こうの」
そこで探聖者は大きく腕を上げて指を刺す。
「市場の方に向かわれてはいかがでしょうか。あの二人もいる場所でしょうから」
でも、お金ないしなあ
「この辺りの金銭がありませんかね?ではこちらをどうぞ」
探聖者は布袋を握らせて、去って行く途中に一度振り向いた。
「そうそう、私がここにいたことは同行者には“秘密”にしておいてくださいね」
…そうだね。秘密にしておかないと
彼は、言って早々に宿屋の方に向かった。
ーーーーー
なにをしてたんだっけ?そうだ。
連れの二人と合流すると話していたんだった。
ざわざわとした鈍い賑わいをききながら物思いに耽る。
ふと、片手に持っていた重い布袋を手に疑問に思った。
誰とだっけな。
ぼうっとしていたからか。
風のように薄い服の誰かが布袋を持っていってしまった。
「やあ、きみ」
だが、走る必要はなかった。
正面から唐突に現れた男が、スリの腕を捻りあげて無造作に捨てたのだ。
まさしく流れ作業であり熟れている。
「君もきたのかい?」
モリビトが一つ笑うと、指の間に挟まれていた串焼きを差し出した。
何の肉だろうか?
自然と受け取るとなんとなく口に運ぶ。
残念ながら冷えていてブニブニした感触であった。
「全く。貴女は!ぼやぼやしすぎですよ。その有り様では財布はおろか身ぐるみまでどこか行ってしまいますからね!箱入り娘ですか!貴女は!そんなにぼんやりしているのなんて…旅に出たばかりの頃の私もですね」
「箱入り娘だったのかい?」
ひょっこり現れた少女はそのまま突然しゅんとした
モリビトがローリーに問いかけた。
「野人がっ穢らわしい。話しかけないでください!」
「あはははは、そうだねえ。君は可愛いねえ」
じゃれつくジャジャ馬をなんなく、いなすモリビト
ローリー、宗教者らしい聖探者にべったりしていたが、モリビトとは案外仲がいいのかもしれない。
いや、人がいいのか。言動的には見下しているようにも見えるが
「そういえば、君の名前って聞いてなかったね?」
なんと名乗ろうか?
たしか化け物によると、身体の名前であるスコルピアと名乗るのが自然だろうか
「…」
「うん?」
そうだ。なんとなく。記憶の奥底で人の声がする。
…
「ううん、カ…」
そこで言葉に詰まった。
記憶の奥底ではいつの間にか獅子の顔を持つ男が座っている。
血のついた爪を舐めて、すがめた目で今の私を睥睨する。
口が嘲り動いた。む りょ く だ な
誰だ?アレ
肉食獣の様な嘲りに怯むのを感じる。
「しょうがない。だね」
ふと、男性の声で気が付いた。
「よくある事ですわ。人の処遇などソレゾレ、何であったのかもそれぞれ。でもですわね」
そうだっけ?さっきまで覚えていたような。
何を言おうとしたのかな?
砂地から一粒を、と言うよりは物がごちゃごちゃして欲しい物が見つからないような気分だ。
ローリーと目が合う。女性は笑う
「でも、私。きっと貴女とは仲良く慣れると思っておりますの」
それは無理だよ。
ローリーの顔を見て、なんとなく思い巡らす。
何か物足りなくて、何か言おうとして
「あら?コレは探聖者様のお財布ですわ」
ローリーが未だモリビトの手元にある布袋を見て声を上げた。
「おや?彼にしては気が効くね」
「言われずとも、探聖者様は最高の気遣いチャンプで神すらも介護を頼む達人ですぅー」
「そうかい?君、風邪を引いた時はほっとかれてたよね?」
「大したことながなかったのです」
「あと傷口が膿んで破傷風の…」
「アレは試練です。熱うなされている中、神のご加護の中耐える試練にございます」
モリビトが何か言うのも流れる風のように、ローリーは行きましょうと歩み出す。
「僕が処置しなければ死んでたけどね」
モリビトは肩をすくめたのだった。




