城の中で
広い世界が広がっていた。大きな島と内海を挟んで囲うように大陸に広がる世界ーーーー世界が狭まった。
私は…誰だ?
んん
「おお、おお」
ふわりと肌が空気に触れる感覚
生存を感じてなんだか声が漏れる。
ここは何処だ。城?ならば転生先は聖騎士団長ウィリアムか
いや、それにしては禍々しい。
ダンジョンの中か。ならきっとハンターの、いや魔物殺しのマーダーの方か。
いや、案外剣闘士ゴルドの過去…
いやいやいや!何が起きてる?
「おー。…お?」
窓に近寄る。
黒ずんだ地面に、時折声を荒げる稲妻の曇り空。
どこからともなくドス黒い煙
ブハッと煙のように、水蒸気が…いや、煙だ。
生臭い。毒々しいエグ味と酸を直接浴びたような気持ち悪さ。
温泉街、ありえず、工業都市は…いや毒々しいわ
振り返ると巨大な扉があった。
鈍い鉄製、或いはそれに準ずる金属で光を反射して部屋の中身が写っている。
それより気になるのが
写っているには可愛らしい女の子。
何処か見慣れたような親しみを感じる顔だ。
だが、見覚えがない。誰だお前
リアルネカマ?
「んな!」
ーーーほう、着いたか。よかったよかった。
「あの時の爺さん。これは一体なんなんだ」
冷静な自分が告げる。むしろ、なんと返されたかったのだろうか?
ーーーんっんーそういってものう。ランダムじゃとは伝えていたような気がするしのう
不満があると解釈したのか。声の主は上手を気取り何かしらはぐらかし始めた。
脳をフル回転させる。自分がどういう状態だったのか?
覚えていることは?あの空間、そう。ゲームだ!テレビゲームだといっていた。
それでも誰だよこの娘!
「近いヤツって言ってたし、駄目だって言ってたし、魔王城に生えてくる人間いねえし、明らかに瘴気まみれだしそもそも誰だよコイツ」
ーーーラブラブキャッキャちゃんじゃ。ぶっちゃけどうでもいいし、名前はまだ決めておらん。
「は?」
名前を、決めてない?決まってるじゃなく
こいつ、まさか自分でキャラメイクできるのか?話が全く違うんだけど
ーーーうむ。元はおるぞ。魔王の四天王、スコルピアじゃったか?
身体に纏っている衣類を見下ろす。何らかの黒い獣皮にファー
ボンテージお姉さんじゃん。
扉の反射を見る。
ロリ可愛い女の子じゃん。
…ボンテージだけど
広義の意味でのボンテージではるけど十分ファンタジックで…つまるところ
人前にこれで出るの…?
そもそも、女の子で
「お、お前。戦乱で生理とかは負担が大きいって納得してただろうが!」
ーーー確かに、のう。じゃが、儂の事じゃないのじゃよ。いわば“それがどうした”!
明らかにニヤニヤした口調でドヤ顔が透けて見えて鼻息を荒くしながら愉悦に浸るように忌々しがってるのを安全圏から眺めているクソ野郎の頭蓋をブチ抜く方法を考えても思いつかないので妄想しながら
ーーーまあ、良いではないか。お前は輪廻の和から逃れ、ワシはお前をそこに送れた。ではワシはここで、のう。おおそうじゃ、助言についてじゃがさっさと城から出る事を勧めるぞ。何人も棒立ちでやられておるでな。うむ。コレで義理は果たしたの。
気配のようなモノがすぐに消え去った。
「ちょっと、待て!」
何を言うかを思いつく前に空中に手を伸ばした。
引き止めて何をするつもりだったんだろうか。
テスの調子ならば手掛かりがなくなってもおかしくなかった。少なくともそう思っていた。
いずれにせよ。手のひらは当然の如く空を切る
偶然にしても、最低なタイミングで扉が開いたのだった。
小さな身長から繰り出された掌と指は顔面に伸び眼球にぶち込まれた。
必然的に、その人物の身体をくの字に曲げさせた。
ッッッーーー
本当に、偶然だ。
「あの、すみません」
反射的に声をかけたが、よく思えばさっさと逃げるべきでは
案の定、すぐに立ち直ると、腕が飛んでくる。
「お前は」
思わず後づさりして結果的に躱した。
掌を握ったり開いたりしている。
「う、ぐぅ。その服は姉者の、意味不明な」
物騒…、いやどうなんだろう。
現代社会でも殴り返されるだろうか?血の気が多かったらそうなるかなあ。
男は顔を顰めながら向き直る。
「そうか…姉上まで行ったか。お前は獣だな」
大きなため息を吐くと、腕を上げ、ミシリミシリと肉が分かれる。
肉の内から現れた鋏をーーーー殺す為の武器を差し向けた。
「初仕事だ。我らが母が為、天佑派共の湧く前に獣の類は殺す」
ぎょっと殺意を感じ取る。
思いっきり身を屈めると尖った針を持つ槌のような尻尾が眼前を流れていく
と言うか誰だこれ?聞いたこと無い。
ゲームにいた?いた!いた気がする
あの武器は…スコルピアと同じ…コピペエネミーか!
「いや、待って、コピペエネミーさんまって」
「コピペエネミー?何を言ってるんだ貴様は」
ていうか、尻尾は?!尻尾が、こっちのメインウェポン(尻尾)がないんですが!
「虚言か…学習する前に殺す」
みしり
頬の肉が“千切れる”
喉の奥からは人外である事を象徴する何かの器官が覗く。
麻痺ブレスだ。
いや、こいつは知らないけど
スコルピアの攻撃の一つだ。
そもそも人型形態は外皮に過ぎないし
ーーー
誰だっけ!?
「…話し合おう?」
ーーーふむ?あれじゃろ弟じゃろ。反抗期かのう?
スコルピアの、と言うかちょっと通りかかっただけのエネミーなんて覚えてない。
ひどく上擦った声も、対照的に冷静な弟君は同じく冷たく振る舞った。
「貴様、詐欺師が元か」
風を切る音
全力であとづさっる。
蠍のような尻尾、が振り切られ鎌首をもたげた。
スコルピアは蠍の身体を下半身に持つ魔物。
そういえば、どっかのダンジョンに上位互換がいたはずだが、スコルピアとは別のダンジョンだったはず
なるほど、そういえば同系列のコピペ魔物がいたか…
剣鋏が目の前を掠る。
「貴様…戦闘経験者か。戦士か、武芸者か、多少上等なごろつきか。下賎な獣無勢にしては厄介な。だが、」
触れたかのように刃物の感覚が滞留する。
どうするべきだ?逃げるべきか?
いや、逃げるべきだ。だが、背を向ければ切られる。
どうやって出る?出口は二つ、冷たい通路、そして頑丈そうな扉。
扉は引き戸である以上開けている間に撃たれる
「その身体には慣れていまい」
男は腰を低くすると、突貫した。
しめた!
今なら横を抜けて、外へ
扉のない通路に
「な」
ひゅん
素早い風切り音に身をすくめる。
だめだ。
思った直後に全力で転がった。
逃げることはわかっていたかのように剣を振るい手を出していた。
「しぶとい女だな。随分ちゃちだが、権能か?」
槍のような尻尾が掲げられる。
苛立ち混じりの突きだーー
更に転がって回避する。
ガッシャアアアアン
強烈な轟音を鳴らし、“背後の扉”が吹き飛ぶ。
重厚な扉も無いならば…
素早く扉の内側に乗り込んだ
「チッ、上手くいかんな!」
苛立ち紛れに吐き捨てる声が聞こえる。
大丈夫だ。尻尾の射程は部屋同じくらいの…
何かが空を裂く感覚を受ける。
「ゴフっ」
尻尾だ。突き刺さってるのは
壁に叩きつけられる。
タタラを踏んで前に蹌踉めくと
城のようなバルコニー
頭上は暗雲の空、地獄のような熱気に、呻くような死者と、かじかむ凍気が混じり合う。
「あれ、なんだ?」
いや、なんだっけの方が正しいのか?
遥か先に黒く薄暗く渦巻くモノが見えた。
暗雲の彼方、先細りしていく危険な理外
渦巻く肉塊は下大きく尖塔のように立っている。
ドクンドクンと不気味に渦巻きながら、生きていた。
目も鼻も、口もなく。生きていた。
叫びを聞いたような気がした。
滑りとした表面各所から、“口”が開く。
そして吐き出した。
それは殺す為の角を持つ翼竜、より多くを殺す為の爪牙を持つ猪のようなもの、翼を持つ身体が中央から分たれた締め殺す海蛇………息を吐く様に現れた。
化け物の群れが瞬く間もなく生じる。
それは姿形は違えども一様に殺気を向け、私に殺到した。
魔王
ーーーー全ての敵
「ッッ!」
咄嗟に身を躱す。
生き残る道は?ない
両者魔物。前門は多すぎる。
蠍の魔物の方がマシだ。
振り返ると、駆け抜けようとした。
だがそこには追いついてきた異様な姿の男がいた。
化け物の数匹が新たな獲物に喜ぶ様に嗜虐心を見せて、男にも襲いかかった。
仲間じゃないのか?
溢れた化け物を無造作に何かの器官を握りつぶすと魔族は呟いた。
「…醜かろう。我らが母は、理性なき魔物無勢を吐き続け、あまつさえ怨嗟を吐くのだ。ああ、死にたい。ああ、殺したい。私を傷付けるものを赦さないと、涙ながらに荒れて嘆くのだ。故に我らは理性的でなければならぬ。ーーー獣が知恵をつけたような貴様等は特にな」
残骸を投げつけてくる。
タタラを踏んで偶々通り過ぎた。
「ぅ?」
魔王から生み出された化け物はあの魔族にも襲いかかっているのだ。
だが、それでも“強い”
両の剣鋏で裂き、化け物を刻み投げ捨てる。
その尻尾は未だ使われず
尻尾だ。振り切られる。
「う、ぐ」
腹に刺さって
いや、針は刺さってない。
フィニッシュを決める為の巨大な武器、それは動きづらくなるアドバンテージでもあるが同時に大振りと言うことでもある。
逃げ切れる?
撒いて…城の外に出て
そうだ。ここは…“外”だ。
身体の力を抜く。
また、殴られた。しかし、打ち上げられる慣性から逃避せずに
外へ、飛び出した。
ーーーー
ぐつぐつと、何処か嫌な音を立てて黒い液体の側を通る。
早く魔王城の地形を思い出すのだ。
だが、出血で頭が回らない。身体を動かさなければ
ーーー驚いたのう。この城で化け物と出会って生き延びるとは
「この声は」
剣呑な声、いやそう思っているだけなのか。
兎にも角にも酷く不快な声がする。
ーーーおお、儂じゃよ。お主の大恩人、□□□□□じゃよ
「…嬲り殺しになって、誰が喜ぶか」
ーーーお主としてはアレに抵抗できない身体に不満があるようじゃな
暫く、狂った地上の黒い泡だけが悪臭と共に湧き出ている。
ーーーんーそうじゃのう。そんなにも嫌がるというならば一度死ねばどうかね
「は?」
何を言っているんだ。
ーーーキャラメイクというやつじゃ。ほーれ安心しておけ、こっちで捕まえてやつからのう
ああ、そうか。この身体を脱ぎ捨ててもう一度…
もう一度、死ぬ?
ゾッとした。なんだかぞわりとする嫌な感覚
ーーーどうした。はよ。死ぬが良い。ワシがゆるそう
断る理由がない。否定する証拠がない。超常の力はすでに観測済み
「ねえ」
ならば、手当たり次第しかない
「あの男が言っていた。獣って何?」
ーーーさてのう。そういう枠組みがあるのではないか
「また、って言っていた」
ーーー何かの見間違いじゃろう。そもそもお主は獣なのかね?
もちろん、違う。私の知るところによる獣は人間外について指す言葉だ。
“何人も棒立ちでやられておるからのう”
確かな記憶ではない。さらりと言っていただけのような自身でも根拠と頼りづらい言葉
しかしてそれが意味する事とは
何人かいてその全てが死んでいると言った趣旨の言葉であるような。
「…」
獣は“ゲーム”に出てきた言葉なのかもしれない。
そうだ。忘れているだけで、なんて
「ねえ、ゲームの名前なんていうの」
ーーーそれは転生の衝撃で忘れているだけじゃよ。
すごく違和感がある。
小石というよりも石畳と畳と気張りの床がマトリックスのように混じったような。
ああ、そうだ。くだらない事だ。
「聖騎士団長のウィリアムはある騎士道物語の敵役、魔物殺しのマーダーはネット小説、剣闘士ゴルドはバラエティで昔見たコロッセオの例え話。全部、私がこの城でそうじゃないかと思った人だけど、同じゲームはおろか同じ作品には出てこない。ねえ、この世界はなんのゲームなの」
画風が違う。印象が違う。思想が違う。
全てのキャラが何かしらで、例えばパーティゲームで集まっている。などと言われればおかしくはない。
でも、何よりも
ーーー…まあ、良いか。どうせ、この世界でそう長くは生きられまい。
私は、テレビゲームをやった事がない。
ーーーともあれ、死んでほしくてのう
「殺される覚えなんて無いけど」
ーーー当然じゃが忘れてもらった。人は感情を持って生きるもの。感情があるが故に無気力な命に哀惜を抱く。ならば感情を持たれるのは厄介じゃ。無駄にしぶとくなるからのぅ
ーーーどうじゃろうなぁ。かつてのお主がしぶとくとも、今に強力な個体に追われて、果たして果たして、死なざるか
嫌な予感、車が接近するかのようなーーー
咄嗟に転がった。
ドン
重いモノが飛び上がって着地する。
直撃は避けたが、馬鹿げた重量が軽い身体を吹き飛ばした。
ゴツゴツした岩が刺さる。
凶器を翳しふらりと鋼の如き尾が持ち上がる。
その肉体はいつのまにか人間の構造を逸脱しており、甲殻に覆われている。
「ふん、興が削がれる。随分と逃げてくれたな。獣は邪魔だし、散々だが後の悪因となりよりはマシだ」
…殺される?
尾の先端毒針から、なんらかの液体が垂れ始めた。
空気に触れて悪臭と蒸気となる。ーーーー毒だ。見るからに
不味い。逃げ場所は?
来た道は追いつかれる。目の前は論外、海辺で、城に塞がれていて、真っ当な脱出路…は無い。
いや、真っ当では逃げられないのだ。
「っ…」
一息に黒々と揺蕩う暗がりの中
海に飛び込んだ。
酷い冷たさだ。皮膚を撫でる暗い水が、身体から温かい物を引き摺り出していく。
内海の塩水が傷に染みる。
無理は承知だった。
蠍の魔物は内海の海を見下ろして言う。
「…海に殺されるのを選んだか。まあ、いい。海魔共に食われる。いや、魔族を食った獣なら殺せるかね?いずれにせよ出血した生物が海で長生きできるわけもなし」




