野戦陣地
それから1日ほど歩かされた。
囚人のように囲まれての徒歩、どうやら騎乗生物の類を使う文化はないようだ。
逃げようかとも思ったが、モリビトが特に囲まれている。義理はないが情はある。と言うか戦える奴がいた方が結局は安全だろう。
音に聞く騎馬兵の出現も鞍を発明するまでは生まれてから馬に親しんできた騎馬民族の寡占状態だったと聞く。
戦火都市国家郡では見かけたがここでは発明も流れもしていないということだろう。
初めてこの森にやってきたときには想像も付かなかったが、どうやらキノコの森は一部だけのようで、オークが多くなるにつれてまっとうな森が広がっていた。
森を通り抜けてひらけた場所に出る。
すると、オークの集落が視界に現れた。
印象としては戦場とそう変わらない小さな集落だった。
いくつかの廃材か何かでできた家々が立ち並んでいる。
奥には大きな他とは違い大きめの平屋がある。反対の遠目には何かの石壁が存在している。
畑の類は確認できない。
ここにはないと言うことかそもそも農耕の文化はないのかもしれない。
すえた臭いのするバラック小屋のような家屋を通り少し大きい平屋に呼ばれた。
用は目通りをしてもらうという話だ。
「見るがいい。ニンゲン、オークの3種長がお会いになる。平伏して喜べ」
平屋まで道案内をしていたオークがその宣言をしていた。
そう高々に示した上座には、オークが三体座っていた。
どうも、他のオークとは違い布のようなものを身体に巻き、頭には冠というか金属類を巻き付けている。
前に進み出て片膝をついたモリビトを真似て似た仕草をする。
「えー顔をあげよ」
3種長の一人が立ち上がると進み出る。
やけに硬い布で房飾りのついた布を纏っている。
よく見たら絨毯だ。
「オークの長の一人たる儂が生まれるよりも古き数百年以上前、魔王との戦いが続いていた。未だ終わらぬ戦いにより多く穢れ無く誇らしく逞しき我らも卑劣なまでの攻撃と野蛮な者たちと共謀した魔王により困窮しこんにちまで追い詰められた。旅のものよ。北に起こった先の戦いでは大層オークの命を救ってくれたと聞く。ありがとう。勇敢なる旅人よ。ひいてはその武勇、我らがオークと共に振るって欲しい」
「承知しました。王様」
モリビトは澱みなく答える。
そして何かをいわれるまえに続ける
「我ら3人の寡兵でありますが、旅の者。勇猛なるオークの軍勢には不要かとお見えしますが、前線にて身を寄せましょう」
オークの3種長の一人が鼻を鳴らす。
おそらく、遮らなけれあ喋っていたのだろう。
「いかにも、過言で貴様等如きには役不足よ。愚昧なお前たち“2人”が我らの栄光あるオークに役立つ方法など他にもあるだろう」
人数が足りないし、何をいっているんだ?
カスミは理解できなかったが、ローリーは今にも唾を吐きそうだった。
笑ってモリビトは返した。
「わかりかねます。我ら“3人”男にございますゆえ」
「な、に?いや、長髪は女の容姿のはず」
発言したオークの3種長は何やら慌て出す。
「そういう民族もありまして、分かりづらいことでございましょうが“聡明な”オークの長とあろうものが二度も見過ごすことはありますまい」
「ならば、剥げばよい。…いや、なんでもない」
ぎょろりとオークは腰の武器に触れ…おそらくオークにとってもひどい失言をしたのか手放した。
絨毯を着た3種長のオークが進み出た。
この話は終わりと言いたいのだろう。
わざわざ立ち上がり、目の前で言ったのだ。
「それでは旅のものよ。あとのことは将軍グルグアンダンに聞くがいい」
そうだ。見たことがある。
ヤンキーが囲うのと同じ威嚇だ。
将軍と呼びかけたのちに現れたオークの後ろについていくと
オークの国から徒歩1日もない近くオークの砦があった。
どこか薄汚れたと云うよりはヒビ割れただろう。ほとんど生の木材で補強された石造りの廃墟であった。大昔には作る技術があったと主張していたのだが、モリビトが南方砦と言っていた辺り戦火都市国家群の製作なのかもしれない。
国に近づくにつれオークは遠巻きにするようになっていたが、砦と呼んでいた陣に入ると、一定の区画を一人のオークが指差した。
元は家畜を置いていた一角だとか
オークが着ているのはしっかりとしているが縫い目はほつれている古い服だ。着づらくないんだろうか。
「俺がオークの将グルグアンダン、ダ。貴様らが使えるのかは知らなイ。だが、砦から出るな」
前に出たモリビトが言う。
「分かったよ」
「キノコを見つけたら駆除シロ。アレは砦を崩ス。お前たちはまず、もう一人のニンゲンと共に近隣の森のキノコを駆除してもらウ」
「へえ、気をつけるよ」
近くの森は普通の木々だったのは駆除しているのだろう。
「ふん、わからン。あのオークにあるまじき豚がなぜニンゲン如きを良しとするカ」
もう一人の人間?
つまり同じようにこの森を通り抜けようとした人間がいるのか。
モリビトの横顔を見る。その顔は向こうを向いているがこの森を通った国交は無いと聞いている。どちらかというと人攫いの激戦区だ。
ローリーが袖を掴む。
遠目に猪顔でもわかる程ニヤついているオークがゾッとする視線を向けている。
モリビトに張り付くようにして移動しているがどうにも如何ともし難い。
ローリーが再び袖を掴んだ。
なにさ
指の先には、明らかに悍ましげな黒いカビのついた手枷か足枷かよくわからないもの。
…ーーー
やっぱ関わるんじゃなかった。
視線を持て余し、壁のように積み上がっているバリケードを眺める。
どうにも、あの先に布陣しているのだとか、きっと任務は危険なのだろうな。外様だし、換えなんていくらでも効く。
きっと未来の自分も憂鬱だろな。
今からでも適当に避難しちゃわない?
意見する機会はなかった。なぜならば
「貴公らだな。此度に戦列に加わったのは」
声をかけたのは“人間”だった。
オークの将に目もくれず、3人にモリビト、カスミ、ローリーに対して順番に握手を求めてくる。
反射的に手を返す。その衣装はどこか見慣れない装束だった。
顔を覆う灰色の布に、網のような生地の服。
戦火都市国家郡で見た覚えがない。
「女は辛かろう。広い土地が菌に穢される前からこの蛮族は略奪をこよなく愛する」
どこか同情的な口調ではあるが、当然のようにオークの目の前で貶し始めた。
頭巾から覗く口元は曲線的で、どこか高い声をしている。
「私はウルニース。北の道が塞がっていて通れないとのことでこの戦闘に参加している」
女?声が高い。
そう女性だ。ただ、その面立ちすら肉体が表にでず分かりづらいだけで。
「き、貴様、外に出るなといっただろう!」
ウルニースは、ひょいと将を押し退けた。
むぎゅっと顔に掌を押し付けて余分なものを潰すように
酷く問題のある人物なのだろう。カスミたちよりも前からいるようだが、いつからいるのやら
「北?それなら鎧蟲はいなくなったけど」
モリビトはどこか緊張感のない声でそう言った。
殺気だった。気のせいだろうか。どことなく冷たい気配が覆うのだ。
「ほう、まあありえん話ではない」
ウルニースは肩をすくめた。
「あいにく魔物は見境がない。蛮族でもを使って始末しておかなければ後に面倒になる」
にしても、目の前で蛮族呼びして良いのだろうか。
疑問を溜め込んでいるとふらっと視線が合う。
「どうかしたか?娘」
チラリと猪頭、の厄介者を見る。
忌々しそうに黙っているだけであった。
ウルニースは肩をすくめて確かにオークの将軍の目の前で嘲った。
「ああ、お前たちも過大評価はよせよ。こいつらの知恵なぞ走って奪うだけだ。どうせ指揮一つ取れやしない。まともな生き物ですらないしなろうともしてない」
なんとなくもやもやしてると、重ねて言った。
「倫理的に、言いたいのか?だが、コイツらはニンゲンを捨て駒だと思っているし、そもお前たちにとって内在的な敵だ。ならば、痛罵するのに問題はないだろう。なあに、世の中気に入らないものは敵として遇するのが世の理だ」
ウルニースは笑っていった。
思ったよりも、チラリと横を見れば
ローリーはうへえとでも言いたげになんとも言えない表情をしていた。




