プロローグ
瘴気の立ち上る島の中央、城に生えたように見える巨大な肉の塔。
今も魔物を吐き続け怨嗟の声を上げている物を繁殖と頭につけて魔王として呼ばれる。
その関係性から、わかるように魔王が先で城が後、実情的には逆で肉の塔のような魔王に併設して城を作ったのだ。
人間を押し潰し圧殺するために、奴等の武器について学ばねくてはならない。
かつて魔王の守護として生まれた魔物は積極的な戦闘機会を持たなかったゆえか思索を巡らせる機会があったのかそう考えた。
そして、最初期にはサンレイカセイ王国による反撃もあったものの次第に反撃の手を断ち切り、一方的な制圧に成功するようになった。
人の武器と対応を知っていたから、だと言われている。
当時の彼等にとっては画期的な事であった。
元々、人への無性の悪意から生まれているからなのか初期の魔物は獣と変わらず、道具に対する対抗打は殆どもたなかったのだ。
どのようにして、魔王と意思疎通を図ったのかは分かりかねるが、それ以降の魔物は人を殺す程度の弓矢では貫けず人を破る程度の剣では刃が立たぬ重戦車、鎧蟲が生まれ、門を破壊するために岩をも砕く大顎もぐら、鎧蟲を空に上げるために大空烏賊が生まれた。生木の防御を崩すために糸菌虫を作った。
そうした実績は建国派と呼ばれる最古の派閥によるものだそうだ。
敗者の技術など不要と一蹴した者達もいるようだが、文字通り戦争を変えるほどの戦果を上げた。
そうして、建国派は巨大勢力となった。
決して見通せぬ奈落のように魔王の殺戮を支えてきた。
現代、数を減らすまではだが
城のバルコニー、ある日の魔王の御前のことであった。
蠍の爪を持つ男ーーースコルパスは平伏をしていた。
近年、いかな関係かはわからないが外なる魔王からの干渉により離反する魔族が多くなっている。
スパルコスの姉に当たるものもまたそうだった。
「…」
くぷくぷくぷと塔に設けられた口を動かし瘴気を吐き出す。
この何も返さぬ魔王に嫌気がさしたのだろうか?
スパルコスは思う。
実際、以前の大戦においては魔王の下知があり、そして命があったから撤退したと聞いている。
故に建国派は魔王の命を待つ事をある種の命題にしている。
しかし、その魔王が黙して返さないならばその命題に何の価値があるのだろうか?
意味のない悪辣な慣習に成り下がったのではないか。
生まれた要因と目的はさておき、何かしら存続のために手をうつべきではないのか?
天佑派のように、外からの干渉をいい機会だとうごきまわったほうがいいのではないか?
不安が満ちていた。
だからこそ、若く常に近くに侍るスコルパスがせたのは動揺であった。
「殺せ。奴らを殺せ。南西の森の豚を殺せ」
ーーーー
「へっくしゅん」
ローリーのくしゃみに二人してギョッとする。
ぺこぺこ、しているが確かに仕方がない。
粉臭いというか、きのこが多いというか。
そもそも、木々よりも菌糸類が多い。
しかも当然のように大きい。そして、これまた権利ですと言わんばかりに地を埋め尽くしている。
ファンタジーで言うところの、というより童話の魔女が奇怪な薬品をぶち撒けたような光景である。
一行としても、その程度なら面白いだけだし、カスミとしても異世界だなあ。多分楽園にもないなあ位で住んでいた。
「参ったな。アレ、このキノコの根っこを荒らしたりしないよね」
巨大キノコの上で隠れている現状でも後生大事に巨大な弓を抱えているモリビトがボヤいた。
鎧蟲だったか。眼下には蟻の大群のような黒々とした魔物の群れが溢れていたのだ。
もちろん、同行者二人とも撃ってみてよなんて言わない。刺激する訳にはいかないし、大体コイツは矢の方は持ち歩いていない。
「荷物どうしようか」
視界の端でまだ木々、キノコが繁殖していたけどかろうじて生い茂っていた場所に引っ掛けていた荷物が転がっている。
どうにもこのキノコは様々な物に寄生して繁殖するらしくルートを見つけてさっさと移動することがセオリーらしい。
一番近くの城塞都市でそう教わった。
「食べ物はキノコを削っていけますし、気にしないでいいのは救いですね」
「いや、たしか殆ど栄養にならないんじゃなかった」
どっちにせよ。足場を崩すのは反対である。
のだが、
コレだけの魔物の行き先が問題なのだ。
武器とあの蟲や他の魔物の撃ち合う音に悲鳴、鬨の声。つまるところ
視界の先には明らかに戦闘を行っている勢力がある事だろう。
「この辺りって、あの最後の都市国家以外に何かあるの」
モリビトに問い掛ける。
「うーん。この森を国境線にして猛き王朝とか言われてた国があると言えばあるけど、戦火都市国家群との交易はなかったはず」
そう。としか返せなかった。
「仕方がない。迂回しようか」
割って入って保護を願うのは論外、何されるかわからないし
「わわ、おちっ」
どうもキノコが脆いのか。鎧蟲が行軍でぶつかるたびにローリーが悲鳴を上げる。
「どうするのか。そろそろーあ」
めき
と音を立てて菌糸類特有の柔らかさを発揮すると倒壊していく。
転がり落ちた先には魔物の前
じいっと目が合うような。知能ってあるのかあーできれば見逃して欲しいなあー
モリビトが抱えていた大弓を落とすように地面に下ろす。
唐突に抜剣すると顔面の装甲が緩い箇所を抉る。
その間、鎧蟲は反応できなかった。
だが、数が数で、どれだけ攻撃が早くても時間が止まるわけでは無い。
カチカチ
と威嚇の音が鳴り始めた。
「逃げるよ」
ローリーが弓を拾ったのを確認すると、短剣を抜剣し、真反対
つまり、随分戦闘をしていると思われる方向を向く。
「どこへです!」
「戦闘してるところ、多分大規模だしここで囲まれるよりはマシ」
「わ、わかりました」
抜いたはいいものの短剣くらいで致命打を与えられる構造はしていないだろう。
ダメージが与えられない。躊躇なく狭い道を選択する。
しかしキノコは脆い。
乗り込んでくる魔物が世にも簡単にバリケードを破壊してくる。
振り返るとモリビトはついてきていた。
「もうちょっと」
乗り込んだ戦場では
魔物と戦う“生物”がいた。
人間ではなかったのだ。
牙を生やし、隆々とした身体つき、酷く脂肪を貯めた首を切断するのは骨が折れるだろう。
醜悪な顔はそれらの眼前の魔物よりも遥かに凶悪な面であり、それでいて弱かった。
何体もの鎧蟲が転がるように突進する。
黒光りする甲殻が地面を均しながら突撃する様はどうにも恐怖を誘う。
猪のような頭をした男が巨大な鎧蟲に轢かれる。
打撃には強いのだろうが、何度も鉄の塊に轢かれ続ければどうにもくたばるだろう。
彼等にとっては幸いな事に陣の正面から入ったらしい。
必死の防御を見る限り、横から喰らってたら総崩れだろう。
轢殺死体の中、ローリーを連れて走る。
チラリと確認すると再度の突撃姿勢に入ったようだ。
柵を立て、岩や丸木の盾で陣を補強しているのがわかる。
このままじゃ通り抜けられない。
鎧蟲が跳ね、突撃を始める。
だが、補強の前と同じく壊れる瞬間を狙おう。
バリケードに最前線の鎧蟲がぶつかる。
バリケードが崩壊し二列目の鎧蟲が突破を図った。
滑り込んだ。
「なんだ?」「女だ。ニンゲン!」「捕まえればふえら」「言ってる場合かよ!」
バケモノの奇声が聞こえる。だが、
「ローリー!止まらないで」
「ひええ」
気が緩んだのかローリーが横転する。
手もとから大弓が転がる。
さっと通り抜けたモリビトが大弓を拾い上げると、猪頭の槍を奪いしゃがみ込んで構える。
何かに狙いを定めると射撃した。
足元だ。正確には走行中の甲殻の合間。撃ち込まれた槍が鎧蟲を軌道を変える。
文字通り丸めた甲殻を玉突き事故のように軌道をずらして転がっていった。
「う、うをおおおおおおおおお!」
吠えた。猪頭が突進始める。
轢き潰される?
ローリーを掴むみ。辺りを見渡す。直感的に判断する。
アレなら硬いし丈夫だ。
倒れていた鎧蟲の死骸の下に隠れた。
踏みつける音と、鬨の声。
頭上で酷く揺れる中、二人して丸まっていた。
暫くすると、音が悲鳴に変わる。
だめだ。埒が開かない。
移動したほうがいいかもしれない
「ちょっと、見てくるよ!」
「お気を付けて!」
這い出ると、そこは確かに戦場だった。
あいにくと霞が知っているのは人間同士の殺し合いであり豚の怪物と虫の怪物が殺し合う血生臭い合戦なんて知ってすらいないが血生臭いランパというか、なにより血でくぐもった笑いがどうにも気持ち悪い。
これは手の出しようがないな。
猪頭ならば傷を付ければどうにか出血死を狙えるかもしれないが、鎧蟲には傷をつけるので精一杯、というより落ちている武器を使わねばならないだろう。
モリビトのように大型の武器を揃えておいた方がいいかもしれない。
霞は思った。
そもそも短剣を持ち運んでいる仕組みは再生を抑えて一の腕の中に押し込んでいるだけだ。
当然というべきか初めは痛いし、なんなら神経まで切った。
見かねたというか、その位ならあっていいよね。と言い出した精霊によってできるようになっていたのだ。何か追加で要求されそうで怖い。
解決が慣れとか技術ではないのが残念な点だが、生々しいものの仕込み武器を付けやすい要因であったであろう。
いずれにせよ。あれだけ走り回っているなら過ぎ去るまで待った方がいい。
大体、重量で踏まれて死ぬだけだろう。
すごすごとローリーの元へ戻ろうとする。
引き攣った顔のローリーと目が合った
何事?
「なんか。ぎしぎし言ってます…」
何が?というか鎧蟲がだろう。
どうやら体重に耐えられなくなってきたらしい。
「…でよっか?」
少しの迷いで決断する。
つまり、轢かれる恐怖と戦う事になるわけで
向こうのキノコ森まで、というかモリビトは無事だろうか?
そう思った直後だった。
歓声ががった。
掲げられている先にはモリビトが何故かいる。
どうにも目立ちやすい容姿で活躍したらしい。
「猪頭が勝ったのかな」
「猪頭?」
きょとんとされた。ごめん、わかんない。
「鎧蟲じゃない方なんだけど」
「多分、オークだと思いますよ。初めて見ますけど昔はいっぱい居たとか」
ひょっこり顔を出したローリーが告げる。
重要なのかは敵対的かどうかなんだけど
「でも、戦火都市国家群の成立前の話ですから古代の事らしいです。むしろ生き残っていたんですね。オーク」
大規模な殺し合いがあったということか。
たしか、繁殖の魔王が現れたのもそのあたりだったはず
死体の下に隠れていると急に明るくなる。
臭い以外は完璧な我が家が
なんてやつだ。モリビトめ…
ではなくオークの猪顔と目が合う。
ふご、と鼻を鳴らすとオークは言った。
「さっきの英雄と一緒にいたニンゲンダナ。魔王を倒すのに協力してクレ」




