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魔王のたぶらかし  作者: 暖炉炬燵
1章 意識に囁く者
10/16

波の音がする。

 視線の先には、厳しい尖塔と間の柵が海の波に流されぬように立っている。

ああ、牢獄のようだ。と言い表せられるが内側ではなく外に向けだ防備だ。

どちらも戦闘用で厳重に弩が設えてある。反面、怯懦が見え隠れするように内陸側の防備は軽い。

 「つい。来ちゃった」

モリビトは呟いくと背負った巨大な弓を指でなぞる。

 戦火都市国家群の生まれの人間は悪いものは海に浮かぶ魔王の島から来ると思いがちだ。


咎人の街は、元々軍港だ。

正確には戦闘が終わった後に引いていった魔王に歯向かうために用意された備えだ。

厳密には軍港として使われたことはなく。

あまり、知られていない事だが、戦火都市国家群は魔王に勝ったことがない。

 が、引いていった。その怯えのためにこの街ができた。


 あの娘が、突然行方をくらませた。

探聖者がこの地の探聖者ーーーややこしいが肩書きが同じなのだーーーに聞きこんだところ、見ていないと言っていたそうだ。

 気になって単独行動したが実際に探したが、見つかることはなかった。

どちらかというと武器を集めているとか人を集めているとかなにやらきな臭さが増しただけであった。

「無事だといいけど、うん?」

海から何か舟を引き上げている。

 水夫達だ。

漁船だろうか?この港は平常時は港として使われているようだが、乾かす為だろうか?。それとも修理か?

どちらにせよ。軍港だけあってあまり乾かし易い平坦な場所はない。


「うん?」

 大きい?舟がだ。

あの大きさの舟を漁船に使う?


 戦闘用だったのかもしれない。そう思いながらもモリビトは近寄り出す。

 それにあの出っ張りは、生き物のようで


舟が目を開いた。

 魔物?!


魔物が大口を開けると、内側から鎧虫が現れる。

 人よりも巨大な魔物に水夫は何かする暇もなく踏み潰される。


モリビトはモリを拾うと、素早く顔面に突き立てる。

 狙いを付けた攻撃は鎧蟲を捩じ伏せるが、そこで気付く。

同じ舟の魔物が大量に着陸している事を

 いつの間にか鎧蟲が、いや誘導翼針も飛んでいる。

舟の魔物自体も、擬態させていたのか爪を地面に立てて立ち上がった。

その背には誘導翼針が連なっている。


 ジリジリと下がりながらも嫌な影に気付いた。

 海からだ。開け放たれた外柵に、一際巨大な船の魔物。

海母馬。そんな名前の魔物だったか。


 どうやら、アレの中に小さな海坊馬が現れてくる。


 大弓を肩から下ろす。

矢はない。そもそも人の腕で弾ける張力ではないのだ。

それでもこれで遠投を撃ち込めば、余計な事をされる前に船底を破壊すれば一網打尽に沈むだろう。

が、騒々しいほどの甲殻を鳴らす音がする。


 鎧蟲が威嚇している。そしてジリジリと距離を詰めようとしている。

 おかしい。戦闘を開始するような行動がない?

大体、湾の塔は見張り台の役目もあるはずだ。まさか、誰もいない?

 致し方なく弓を背負い直しモリを構えたまま引き下がる。

逃げた方がいい。数が多すぎる。

 そもそも、誰がやるのかは知らないが落とされることを考えた城塞都市だ。

陸からは攻め落とし易い。考えるべきではない。


 とにかく。

すぅーと息を吸い込む。


「魔物が出たぞー!」

そうコレだけだ。沈黙を挟み、人々の悲鳴が聞こえる。

魔物被害の多さ、恐怖心と実害からのパニックへの移行。

 問題はあるだろうが、コレで対処すべきものが来るならばそっちの方がいい。


ここでできる事はこれだけ

 大声に反応したのか鎧蟲が突撃態勢に入る。

 身を翻し、街中へと退避する。

目的は探聖者やローリーの場所。まったく長く共にいると情が湧く。


 風の声に耳を澄ませる。

風切り音だけが聞こえる。

風の精霊は気まぐれだ。偏在して同じ時間を彷徨っている。

おそらく、その時々に何を重要視しているのかも多分よくわかっていない。


 踏み込んだ道に血の滲む跡が増える。

できれば何がいるのとか教えて欲しかったのだが

 ちらりと、死骸を睨め付ける。

誘導翼針というよりも擦り潰した跡だ。

 ならば別の侵入口があると考えるのが自然だろう。

そこまで荒らされているなら早く脱出するべきだが、数が少ないなら始末するべきだ。

来る方向が違えば逃げる方向を間違いどうしてもネックになってしまう。


「ローリー?」

あの後ろ姿はそのはずだ。

 しかし、その娘は地面にしゃがみ込み何かをしているが、なんだ?人が倒れている。


 その側で見知った男が吊るされている。

丁度、こちらを向いた探聖者の顔は泡を吹いていたのだ。

明らかに首を絞められている。あの男は探聖者の同門という男


 最後の一人が接近に気づいて顔を上げる。

アレの仕業か?


 異常な状態だ。

着くまでに考えるまでもない、救助のためにあの男を跳ね飛ばさなければ

「おっと」

風が頬を叩き、実際に音が響く前に騒ぎ出す。

押されるままに軸から避ける。

 仰ぎみれば宙から襲いかかるのは巨大な肉の鞭だ。

桃色から紅色の人の頭ほどあるミミズのような舌

 唾液が滴り、レンガ製の立派な建物が叩き潰される無惨な音が響く。

舌が戻っていくのを追うと、壁に張り付いた巨大なイボガエルが見つかる。

「フログニクス、ソレは頼みましたよ。止めを刺さなければなりませんから」

「ああ、任されたよ。スパルニクス。何もできていないからな」

カエル?随分巨体の魔物だ。

それも喋れるのか。知恵のある個体はたまにいると聞く。

 持ったままのモリを構える。

ならば、向こうの男もまた魔物か。確かに、上半身のガタイが良すぎる。何か隠しているな。


 まずは

ふっと、カエルが飛び降り来る。

頭上だ。先制攻撃という事だろう。


 後ろに下がりながらも身体を捻り上方、モリを突き出す。顔面だ。

ぐにゃりと肉が曲がるが肝心の皮を破る。だが、モリは絡め取られた。

 脂肪だ。多すぎる。出血はしたが

「無駄よ。このフログニクス、伊達に図体がでかいわけではない。我が体力と再生力の前にはこの程度の傷は無力だ」

そのようだ。

 傷自体は塞がっていないが、動きに支障があるようには見えない。

そのうち出血死するのもまた期待はできない。

 モリ自体はまだ抜けていないために、深く差し込めば急所をつけるかもしれないが…動き回る以上はと言ったところか


 剣を抜く。

「無駄と言ったのが聞こえないのか?」


腕だ。狙うのは四肢を刻み、放置する。

 体力がありすぎる。相手なんて…

「ち、違うんです。貴女を殺すつもりなんて、立ってください。わ、わたっ私は、どうすれば」

ちらりと、横目で捉えたのは倒れ伏す女だった。

 旅の同行者だ。最後の一人で、確かに短いが確かに知り合い。

腹には短剣が突き刺さり瀕死の重症だろうか

まだ呼吸器官が動いている。幸いにも水の精霊の力を借りれば生き残らせる事は簡単だ。

にしても

「あの子が絡むと、時間を掛けられなくなる」

太い腕の叩きつけ

 行動が遅れたせいだが、どのみち四肢を落とすのはやめだった。

くぐり抜けることすらせず、モリビトは腕に張り付いた。


 無理矢理に登りモリの石突に触れる。

触れるだけでいいのだ。

 何せ

「渦巻け、区切れ。盛れ、爆ぜよ」

精霊に呼び掛ければ爆発的にモリが食い込み頭蓋を破れる。


「な、んだと…貴様、精霊の魔法だと」

巨体のカエルがふわと、力を失い倒れていく。

 巨躯の倒れた後には何処か険しい顔をした男が上げていた手を下ろし、手に持っていた短剣を捨てた。

支えを失ったように法衣の男は崩れる。

必然的に、法衣の男がくびり上げていた探聖者は落下していた。


 泡を吹いていたはずの探聖者は土気色で血を流し死んで、いや死にかけていた。

その隣で法衣を着た男が立ち上がる。

「き、貴様。私になにをした」

 その男が尋ねた黒衣のスパルニクスはこちらをジッと見ている。観察している。

コイツは、どの程度戦える。

半死人が二人、全く猶予はない。

「正直、驚きました。なるほど、その強弓は音に聞こえた火の精霊の闘弓術。貴方はどうやら無視できないか。何せ、烏合の衆が集まる前に混乱は鎮めておきたい」

「聞いているのか。スパルニクス!」

「やかましい。唾を飛ばすな」

法衣の男が唾を吐いて声を高めた途端、腕を無造作に振り払い殴りつける。

が、法衣の男もまた抵抗し掴む。

 怒りに燃える男は法衣の下から刃物を抜き振り上げる。

 ーーーーそして自分を刺したのだ。

 唐突な自害。

なるほど、アレは魔物の仕業か。

 しかして、何かはしたのか服のガタイが崩れていた。何かが蠢いているかのように

「やれ、慣れたつもりでしたが」

 気にしてはいなかった。むしろ、口舌に割り込める方がいい。

モリビトは剣を突きの体勢で突貫したのだ。

わからないが、何かされる前に、殺る。

 先に始末して仕舞えば悩む理由はないのだ。


スパルニクスは異様な速さで消えた。

 足を撓めたわけではない。

腕だ。肉を黒い甲殻が覆い六つの腕が現れていた。そのうちの二つがまるで空中に取っ手でもあるかのように身体を頭上に『引っ張り』そしてローリーのそばに着地する。

「ひっ」

ローリーは悲鳴を漏らす。

「満ちよ。ふさげよ」

探聖者にふれ呟く。

できる範囲から行おうと、治るかはわからないが

水の精霊は願いを聞き入れ修復を行なったのだ。

「う。ああ、モリビトですか助かりました」

ふらふらと、起き上がった。

 おそらく、貧血を起こしているだろう。精霊に願いを通せると言っても人の願いを届けるのは相当に遠く。曲解やあるいはそもそも十分に手を借りられない事もある。その点、死にかけてた割にケロリと回復してると言ったっていい。なんなら魔物だと言われても信じるだろう回復力だ。うん?

「ええ、よかった。そこの野蛮人相手では話も出来なさそうだ」

「魔物ですか」

モリビトは身体を横にずらしながらも内心ほっとしていた。弁論は上手くない。それに隙があれば倒せるだろう。

 しかし直ぐに動きは止めた。魔物がローリーの首に触れたのだ。殺すぞと

「ええ。フログニクスが貴方を伺いましたね」

「ああ、そうでしたね」

「その同盟、今もう一度約束してくださいますね?」

「に、逃げてくださいませ。私一人など拘っても仕方がございません!んぐっ」

 スパルニクスは腕の一本を引き上げる。

何が起こったのかローリーは黙らされる。

 隙か?

 スパルニクスの腕は直ぐに下ろされる。

「けほっけほっ」

 探聖者は今、ローリーに気付いたかのように見ると呟いた。

「ああ、そうでしたね。子羊よ。ところで誰でしたっけ?」

ローリーの瞳が大きくなる。

「わ、忘れられて、もしや首を絞められた時に」

「いいえ、違いますよ。子羊よ。ただ、この世界の下らない教義に感銘を受けるような。薄っぺらな人間などどうだっていいものでしょう?そういえば、あなたの名前も知りませんでしたね…」

ローリーの動揺の後に、スパルニクスは笑う

「ふ、ふふふふふふ。あははははははははは。ああなるほど、道理であの脳筋フログニクスが簡単に不関与を引き出せるわけです。なんて碌でもない。ならば問題ありませんね?」

ふと、モリビトは思う。

 そういえば、探聖者はこの国の民ではなかったな。

ふわっとした霧が晴れるように、脳が冷えるようにモリビトは理解した。

何度か、似たような冷えを感じたような。

「ああ、ソレよりも」

探聖者が全てを無視すると、ローリーのそばに近寄る。

「おっと、近づくのはやめていただきたい」

言いながらもスパルニクスは後退さる。

ローリーの側、倒れ伏した女の元に近寄った。

もう既に動いてはいないようで、事切れているのだろう。

「ああ、死んでしまった。なんということを」

「た、探聖者さま…」

「これは、なんということを」

「言っておきますがーーー」

 スパルニクスは口を開く。ローリーを指差すと

「刺したのはこの娘です」

「ち、ちがっ」

ローリーの口が突然に綴じられる。

 探聖者の目線が女を刺した刺し傷に向けられる。

「ああ、ああ、なんてこと!なんてことをしたんだ。この阿婆擦れがっ貴様など」

 一言ごとに、探聖者の声は荒げられていく。

懐から杖を出し、先の静止を無視して近寄る。

そして、ローリーを殴りつける。

「貴様など貴様など、くだらないことに惑わされただけの小娘が!実在する神を殺すなど、私がこの私がどれだけ求めていたと思っているんだ!死ねっ、死ねっ死ねっ!」

 スパルニクスが完全にローリーから離れる。

その瞬間を狙い。突貫した。死体を飛び越え、カルト宗教の旅人をすり抜け、魔物の首を取る。

スパルニクスもわかっていたのか甲殻を使い防いだ。

「これであなた一人です。どうしますか?どうやら、そのナマクラでは私は殺せないようですが」

じりじりと、互いに睨み合う。

 その時、視界の端でだった。

杖を振るう聖職者のその向こう。ある死体だ。


 どっと蹴り上げられたように倒れ伏した娘が跳ね上がる

身体の中央、脳天から股にかけて、線が走る。割れているのだ。

内側からまだ新鮮な体液が溢れてくる。


内側からソレが立ち上がる。

顔は獅子、筋骨隆々とした人型。

 その顔には笑いが浮かんでいる。

小さな肉から、不釣り合い極まりない巨躯が垂直に飛び出す。

 

獅子頭人身の怪物は自らの『抜け殻』に手をかけて口に運び、食った。

 人間大の大きさの肉塊が丸々なくなっていく。


腕を振った。

 何もないところでだ。ソレはともかくとしてなんとなく察していた。

助走だ。


ドッン

 次の瞬間、飛び上がった痕跡すらなく着地とともに探聖者を見下ろしている。

「お、お前はなんだ」

「喜べ景気付けのくじだ。私が跳躍し貴様が前にいた」

「なにが言いたい?!」

怪物は探聖者を無造作に払い除けると、赤い霧だけが残る。

 砕けた?もげた?千切れた?いいや、爆散だ。

膂力敏捷ともに人智を超えている。


 獅子の頭を持つ者は笑う。

ああ、紛れもない。魔王だ。


「悪くない。調子は良い」

魔王だ。

 モリビトは笑んでいた。恐怖?狂気?いいや、戦意だ。

わかった時点でモリビトは笑みを抑えられなかった。

探していた。因縁はない。だが、あれを殺すようにと生まれ育った。それだけは事実だ。

突進して剣を突き出す。しかし、魔王は全く気にも留めない。

 防御姿勢も防御動作すらも取らなかったのだ。

狙い通り剣先は腹に当たった。

 そして臓器を傷つける事なくまるで、幼児が玩具の剣で大人を刺したかのように止まった。

刃を一切通用にしない耐刃性、しなやかに受け切る肉の柔軟性。

そこで魔王は目を細める。どこかを見るように

 気にも止めていない。

「が、希望を持つとは不遜なやからだな」

なんの話だ?

 魔王は踏み込んだ一歩、踏み込んだ。

まるで台風であるかのような烈風が吹き荒れ、吹き飛ばされる。

地面に叩きつけられながらも見上げると、獅子頭の魔王は建物を破壊していた。

手刀が建物を貫き、肩が建物をまるで腐った木であるかのように破壊していく。

「が、ぐ」

スパルニクスの喉元にその指先は食い込んでいる。

 逃げ出そうとしていたのか。

「ん、のお離せええええええ」

腕による叩きつけ、足による蹴り、もがけど、その腕は離れない。

 しまいには、スパルニクスは人間に擬態した皮を破り昆虫のような牙と6本腕の爪を出現させて滅茶苦茶に叩きつける。


 魔王は笑う。

まさしく笑止

手刀の食い込みを外した。そして、重力に従って吊り下げられる前に、その腕が十字に切られる。

 十字の動作に倣うようにスパルニクスの甲殻ごと四つに分断されたのだ。

昆虫のなんとも言えない肉からは体液が溢れかえった。

「が、がはっ」

 魔王は振り返ろうとし、また眼を細めた。

「ほう、逃げられると、私と会った無力を知らずに希望を見るか?」

 来る!

爆風が吹いた。肉体が吹き飛ばされる。ふと我に返ってローリーを探す。黒い蜘蛛のような魔族の破片、アレじゃない。何かの肉片、探聖者でもない。瓦礫いいや、人間ではない。


 直ぐに地面に叩きつけられる。

魔王は、どこへ?

全身の痛痒を感じ、刺さった物を引き抜くが瓦礫だ。

  空中にいた時には気づかなかったが、建物を破壊して進んだのだ。

ーーーー

「紀律伯の娘よ。共にきてもらおう」

 杖を突き、痩身。それでいて声は強く。あと唾飛ばすな。

かつて、この傷血騎士侯の国家が正常に機能していた時には警備隊長を務めていた男だ。

 能力があるのかは正直わからないが、なんでかは知らないが牢屋から抜け出す道を把握していて尚且つ人を集めて行動を起こせる力はあるらしい。

「小娘無勢でも旗頭くらいにはなる。旦那の後を継ぎ復讐と正統な社会のために貢献してもらおう」

ふふふ

 ふと笑うのはどこかの組合の長だ。

正直、覚えてられないが、道路あたりだったか。

 寝ぼけた頭に沢山の声高々な声が聞こえる。

ああ、既に決定されているという事だろうか。

そんなものだろう。

 スパルニクスなどという男に取り入ってなんとか助かる事になったが、どうにも魔族二人が館から姿を消した。

それを好機と見て脱出したのだろう。

大昔には攻め直す事を想定して陸から侵攻しやすく作ってある。

大方地盤のあるこの場所ならば使い安く次の支配者になれると踏んだのだ。


一つため息をついて立ち上がる。

 まあ、仕方がないか。

なんだかんだで見張られている気がするが、目の前の暴力から抜ける手段がない。

奴らは多少残すつもりだったシェルターに逃げ込まなかったのが運の尽きだ。

「行きましょう」

「これで安泰ですな。魔族より人。戦火の誉れは我らと共に」

「名はどうしましょう。解放軍とでも」

「まかせます」

興味がない事をあしらう。本当にどうでもいい。

 ドアを開ける。

歓声が私を迎える。

 彼らは一体どんな条件でここにいるのだろう。

わかり易いのは死なないため、だろうか。なるほど、他に方法はないだろう。

次に利を得るため。逞しいと言えるのかもしれない。が、この手の輩は碌な統治をしない。

最後に誇りのため、愚かという人もいるだろう。だが、同時にコミュニティに属するならそれは絶対的に正しく満足感を得られるだろう。頭が腐っていなかったらだが、一応彼らを守るのが私の役割という事になるのだろうか。

 難しいし、期待されてすらいないが

ちらりと、後ろの生臭い奴らを見る。

 元々、誰も住みたがらない土地だったそうだが、碌な奴がいない。

靴音を立てて扉の先に踏み出す。


そして、世界は終わった。


 実際には終わっていない。ただ吹き飛ばされた。

暴力的な突風のように

それは現れ、轢殺していったのだ。


 風のように天井を打ち、壁を打ち、地面を打つ。

ただの人の目では何も捉えられないが、それ確かに豪奢であった建物を一瞬の後に廃墟へと変えた。

「ほう。驚いた。実に驚いたぞ。貧弱にして惰弱、ああ、若きかな。若い者ほど弱くなるというやつだ」

 邪悪にせせら嗤う怪物が

「最も、尊敬すべき御老公様が多いようだがな」

当然のように我らの真っ只中に現れた。そんな中でも警備司令は全くためらわない。

 即ち、号令と

「かかれ!魔物は一匹だ。囲んでなぶるのだ」

本人は身を翻しての逃走。

 紀律伯の娘の反応するまもなく。

鬨の声が轟ぎ、数十を超える剣や槍、斧に、モリ、農作業用の桑までもが殺到する。

 しかして、なぜ?

進んでいない刺さっていない。

 喉、顔、腹。眉間、鳩尾、肝臓、股間。ましてや目までもが何一つ傷がついていない。

狼狽だ。者共の中で動揺が広がる。


 躊躇いの空白の中、怪物の視線が、すぅーと動いた。

「どこへ。行くのかね」

獅子頭の怪物はせせら嗤うようにそれに顔を向ける。

「う、狼狽えるな!かかれえっ」

 逃走していた警備司令だ。

引き返す直前のように外に通じる道を塞いでいる。

どよめきは瞬く間に大きくなった。

 ああ、ダメだな。素人の紀律伯の娘でもはっきりとわかる。

兵士の間には困惑と怒り動揺が走る。

「くははは。いやなに、安心するがいい。外部への扉二つ、隠し通路3つ、通気口に、ああ崩れた隠し通路もか。なに貴様等の浅知恵など我が前には軽い軽い」

 一頻り嘲ると、獅子頭は更に言う。

「こんなところに裁縫針があった」

 紀律伯の娘の部屋にあったのだろう。

使用人がたまに使っていた古い針だ。

 人の指はおろか筆の一本ほどの太さだ。

一体、なんのために?

「この一本で貴様等を相手しよう。一度でも触れられたら逃してやる。もっとも、遥かに長い槍を持ってこの小さな物に下されるとしたら貴様等はどこへ行っても何もできまい」


ごくり

 誰かが唾を飲み込むおとが聞こえる。

それでも誰も動かない。

「か、かかれっ。どうしたやらんのか」

 老人は吠え続けている。

それにも、どこか困惑したような。戦闘などという極限状態にはあるまじき空気で疎に仕掛けようとする。


 魔王は背に空の片手を回し律儀な程に武器、というか裁縫針を構えて見せ

腕をしならせて、払い。何千と突き、進んで打って、削り、怯ませ、突き、そして突き、更に突いて、刃すらない針先で鈍く切り捨てた。

 眼球、神経、痛覚、関節。あっという間に10を超える人間が殆ど何もできず大怪我をした。

あるものは眼を失い。あるものは苦痛で狂い。あるものは四肢を損壊し、眼球を切り開かれ、そして何より、針の刺突で首を落とされたものもいる。

「なんだ。残念だ。アレほど有利不利をハッキリさせてなお何もできぬか?」

 更に魔王は身を屈めて、針を走らせる。

砕けた建物の残骸が砂煙となり、そして治まった頃には多くの者が倒れて、いいや重要臓器を損壊させて死んでいた。

魔王は両手を広げ、笑った。

「困った事だ。手加減してやったのに簡単に死んでしまうではないか!」

カッと侮辱に怒りする。

 何人かが同じだったのか。警備司令だった老人が襲いかかる。

あまりにもあっけなく。頭部がここまで飛んできて、老人の目と合った。

「ひっ」

 流血に思わず声が漏れる。

鈍い音を立てて、関節から文字通りにバラされた老体が転がっていた。


私は、というとそろーりそろーりと、部屋の隅に移動していた。

 だって無理だし

扉につく。後ちょっと

 ぎいと扉が開く。あ、気付かれるかも

咄嗟に振り向くとあの魔王はいなかったのだ。

「どこへ行くかね?」

真正面からその声は聞こえた。

今さっき開けた扉、その向こうに魔王は立っていた。

「ひ、」

気付くと私は尻餅をついていた。

「人が我を消す事は叶わず、人が我より勇き事は叶わず、人が我より理知に富む事は叶わず、人が我を倒す事も叶わず、故に人が我を超える事は叶わず」

「ひ、人じゃないなら…」

「いかにして用意するかね?無力な人よ」

わあ、無理だぁ

 ただの女は腹這いになって全面的に降ったのだった。

「よかろう。最期はこの地で朽ちるがいい」

魔王は何処かへと消えていったのだった。


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