【2話】憧れの魔法と、俺の右腕が制御不能
「買い出しはもう行く?」
「お昼食べてからですかね」
人が好きなのに人類嫌いという変わり者の師匠は、人里離れた山奥にひっそりと家を構えている。
村までは片道1時間。すでに、日は10時を過ぎていた。
日々の潤いである師匠とのランチタイムは、逃すわけにはいかない。
「それなら、もう一汗かく?」
「そしたら、魔術を見てもらってもいいですかね?」
「君は初級だけ使えればいいって、いつも言ってるでしょ? 魔術なんて効率悪いよ」
「でも、もう少しで風の中級がいけそうなんですよね」
「まあ、できないことを知るのも成長だしね。やってごらん」
やれやれといった様子で、庭に備えられた木製の椅子に腰を下ろす。
*
この世界の魔術と体術は、どちらも“魔力”によって成り立っている。
体術は、魔力を全身に巡らせることで身体能力や動体視力を高める術だ。
これだけで、初級魔法の発動よりも素早く動けるようになる。
さらに、身体の特定部位に魔力を集中的に流すことで、腕力や脚力を一時的に大きく跳ね上げることも可能だ。
しかもこの「魔力を流す」という感覚は、少し訓練すれば誰にでもできるようになる。
早くて、簡単。これが体術の利点だ。
一方で魔術は、威力こそあるが発動が遅く、対人戦で命中させるのは至難の業。
初級魔法は火・水・風・土の4属性。訓練を積めば誰でも取得できる。
しかし、中級以上の魔法になると話は別だ。
1属性でも習得には数十年かかると言われている。
更に、熟練の魔術師は総じて魔力制御に長けているため、戦闘では魔術ではなく体術を用いる。
“老練な魔術師ほど、速効性を求めて殴りかかってくる”のは、よくある話だ。
――だからこそ、対人戦では常に体術が主流となる。
師匠が体術中心の教育をするのも、当然といえば当然だった。
それでも俺は、昔に見た――
天と地を割るような、師匠の凄まじい魔法が忘れられない。
俺の原動力は、いつだって師匠なんだと思う。
*
「風の中級魔法、いきます」
風の中級魔法は圧縮した空気を塊として射出する魔法になる。
集中__体内の魔力を感じる。
体内の魔力をすべて右手に集中し、周囲の空気を巻き込むように練り上げるイメージを描く。
右手を中心に空気が圧縮されていく。
そのまま、圧縮された空気を手のひらの正面にさらに集束させて――
「あれ?」
右手が……いや、右腕全体が空気の圧縮に巻き込まれて、ガタガタと震え始めた。
「痛っ、いてっ、いででででででで……!」
完全に制御不能。右手が――もげる!
助けを求めるように師匠を見ると
「だから、君にはまだ早いって」
気がつくと、師匠がそっと手のひらを添えるように俺の右手に触れていた。
すると何事もなかったかのように、暴走しかけていた魔力が師匠の右手へと移る。
師匠の腕の中で暴走した魔力が正常な流れに整えられていく様を見ながら
「魔力量は十分。構築も及第点かな? でも、制御は……0点だね」
そう言って、師匠は俺から魔力制御を奪ったまま、右手を天へ向けて掲げる。
「この中級魔法の制御、私も40年かかった。そして、これが上級。制御には110年」
師匠はさらに自身の魔力を上乗せし、あたりの空気を強烈に吸い上げはじめた。
甲高い風切り音とともに、周囲の草木が師匠の腕を中心に吸い寄せられ、渦を巻く。
枯葉や小枝が俺と師匠の全身にバシバシと叩きつけられる。
「……秋にやるもんじゃないね」
ぽつりと漏らすと、天高く掲げた右手から、圧縮しきった空気の塊を放つ。
「ルイ、耳、ふさいで」
「は? え?」
「耳!!」
「は、はいっ!」
直後、大地を揺らすような轟音が響く。
数秒後、上空から凄まじい衝撃波が襲いかかり、俺の身体は地面に叩きつけられた。
師匠は――まったくの無傷だ。
「いってて……今のって、上級魔法ですよね?」
「うん。圧縮した空気を爆発させる魔法。半径数百メートルは吹き飛ぶくらいかな」
「師匠、ぱねぇす……」
「とにかく、制御は本当に時間がかかるから。魔術にかまけて、体術が疎かにならないようにね」
「師匠の魔術に憧れてるんですけどねぇ」
「ルイが百年以上生きられる算段がついたら、本格的に教えてあげるよ」
そう言って、うまいこと言ったつもりの笑みを見せる。
――いや、別にうまくないけど。かわいい。
「長生きしなきゃですね」
軽口を返しながら、俺は立ち上がる。
「お昼、食べたいものあります?」
「右手、痺れてるでしょ? 私が作るから、休んでていいよ」
「マジすか! 珍し!」
「それと……魔術に関しては、否定ばっかりしてごめんね」
あれ、これはもしや――。
子供の「やりたい」って気持ちを、頭ごなしに否定してしまったことに対する、罪悪感ってやつ?
子ども扱いされるのは正直不服だけど……しゅんとしてる師匠、尊い。
「なんすか! 気にしてないですよ、俺は!」
「魔術が効率悪いの、ちゃんと理解してます! もちろん、体術優先も承知です!」
「うん……体術を優先させたいのは、ルイのためだし。何かあった時に、ちゃんと生き残ってほしいから。私はもう、何も失いたくない」
……その理由を、師匠は語らない。
けれど――誰かを喪った痛みを知っているからこその言葉だと、俺にはわかる。
師匠の教育は、いつだって俺の生存が最優先だ。
――絶対に、弟子を死なせたくないのだ。
「師匠! やっぱり昼、俺が作ります。あ、いや――一緒に作りましょう!」
「ふふ、じゃあお願いしようかな」
たとえ今日が、どんな一日でも。
師匠の過去が、どんな日々でも。
――こうして隣で笑っていられるなら、俺はそれだけで、十分だ。
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次回、ルイと師匠の出会い