憧れの人
この春僕は星雲高校へ入学した。
ぼろくて古い校舎に狭い校庭・・・そして何よりとてつもなく低い偏差値。
偏差値75の僕はあえて、このなんの魅力もない高校へ入学することを決めた。
それはこの学校には憧れの人がいるからだ。
インターハイの100メートルの決勝でぶっちぎりで優勝した高校生最速の男がこの学校にいる。
僕はあの走りに憧れ、この学校に入学した。
入部届に名前を記入した。
中野宮武志これがぼくの名前だ。
ついに憧れのあの人についに会える。
今思い出してもあの時の走りは最高に素敵だった。
現役高校生最速の男 油藤為雄さん。
ついにあの人に会うことが出来る。
・・・がどこにもいない。
グラウンドにも部室にもいない。
会いたい・・・挨拶したいのに・・・。
「あの・・・油藤先輩って・・・」
「そんな奴いたっけ?」
「えっ?ゆとう?しらん!」
「知らない・・・?そんな確かにこの学校だってテレビで・・・」
「あーあれじゃね?あれ?確かあいつ・・そんな苗字じゃなかったっけ?」
「あーあー!!そうだそうだ!!あいつだ!!あげせん!!あげせんの事だ!!あいつ苗字ゆとうだったよ」
「あげせん?」
「そう!あげせん!あげせんってどこにいった?」
「あげせんならこの時間食堂だろ?」
この時間に食堂・・・?夕方4時・・・食事の時間じゃない。
「だよね揚げ物補充してるはずだな」
「揚げ物補充?」
「そう揚げ物を常に食べ続けてるからさ、揚げ物を食べ続けている先輩、揚げてる先輩、略してあげせんだからさ」
どういうことだ全国大会で優勝した時のインタビューで
「食事には誰よりも気をつけてます。やっぱり身体が資本なんで」
って言っていたはずなんだけど・・・揚げ物を食べ続ける・・・新しい身体づくりの方法なんだろうか?
食堂へ移動する。
食堂は空いていて人がいない。
そりゃそうだ、こんな夕方の中途半端な時間に食事をするやつなんていない。
奥のテーブルに異常なデブがいた。
テーブルの上には山ほどのから揚げ・・・こんな時間にあんなに食ってるからデブなんだ。
そんなことより油藤先輩は・・・いない・・・あのデブと僕しか食堂にはいない。
まさか・・・まさか・・・ね。
「あの・・・この辺で油藤先輩って見かけませんでしたか?」
勇気を出して聞いてみた。
「んががおごごおだどあだおあ」
口の中いっぱいの揚げ物のせいで何を言っているのかはわからない。
こんな人に聞いたのが間違いだった。
食堂にいる・・・が聞き間違いだったかもしれない。
もう1回部室に戻ってみよう。
「まて!」
立ち去ろうとする僕をデブが呼び止めた。
「俺だ!俺が油藤だ!高校生最速・・・だった油藤だ」
えっ・・・全然別人なんだけど・・・テレビで見た姿はストイックに鍛えられた肉代にさわやかなヘアスタイルだった・・・でもあいつはデブだし禿げだしさわやかさのかけらもない。
絶対に別人なはず別人だ別人であってくれ
「あっやっぱりいた。中野宮!あげせん居たろ!」
そんな・・・やっぱりこの人が・・・油藤先輩・・・いやでもこんなになっても最速でいてくれるなら・・・。
「油藤先輩走れますよね」
「無理!!歩くだけだって膝が痛くてしょうがないのに走ったら膝クラッシュしちゃうよ」
「走れない・・・先輩しかもその頭・・・」
「あーこれね、やっぱり揚げ物って皮脂で毛穴詰まるっぽくてさ、あっという間に剥げたよね」
「剥げたよね・・・じゃないですよ。僕の憧れた先輩はどこに行ったんですか?こんなぶよぶよぶよの体になって・・・膝が痛い?知りません!走ってください」
「無茶苦茶いうね・・・俺を殺す気か?君のあこがれた高校生最速記録はいまだ破られてないしそれで十分だろ」
「いやだ走ってください。先輩の走っている姿を身近に見るために偏差値75ある僕がわざわざ、くっそ偏差値の低い高校へ入学したんですよ」
「さらっとひどいことを言うね・・・今学校中の生徒全員をディスったよ」
「立て!!!立ち上がれ!!揚げ物から離れろ!!」
油藤先輩を揚げ物から引き離す。
元に戻してやる元に戻してやる!あの頃の油藤先輩に強制的に戻してやるんだ。
こうして油藤先輩ダイエット計画が始まった。
まずは監視・・・絶対に揚げ物は食べさせない!!
家に1人で帰すわけにはいかない。
僕の家に泊まらせたいところだけど僕の家は残念ながら狭い。
僕が油藤先輩の家に泊まることにした。
「今日からしばらくお世話になります」
先輩の両親に礼儀正しく挨拶をした。
茫然としていたが挨拶はしたので中に入る。
しかしやはり環境か・・・両親ともにデブだ。
こんな時代だけどはっきり言ってやるデブだブタだ。
「お母さん・・・今日の夕食のメニュー聞いてもいいですか?」
「ええ・・・今日は為雄の好きな山盛りの唐揚げ・・・」
「下げてください・・・あっ僕は食べます」
「何をいつ待てるんだよ中野宮君僕の大好きな唐揚げ食べるに決まってるじゃないか」
「食ってんじゃねぇ」
怒りこいつが食うことに怒りを感じる。
あんなに憧れのひとだったけど・・・。
おびえる家族をよそに食べ物を取り上げ運動をさせ体を作り上げていく。
少しづつ細マッチョの肉体が戻ってきている。
「油藤先輩戻ってきてますよ」
「ふふっ無駄だよ」
「何?なんで?なんで不敵に笑うんですか?」
「俺は食う、食うよ必ず食ってやる」
そしてその夜僕は見てしまった。
暗い部屋で先輩とご両親の3人がただひたすらに何かを食べていた、手づかみで何か白い物体をひたすら食べていた。
ラード・・・油だ油を食ってやがる。
その姿は妖怪、完全に妖怪だった。
僕は怖くなり走って逃げ出した。
その日以来油藤先輩はただ太っているだけじゃない。
全身から油を噴き出させる能力が追加され進化した。