砂漠の町 2940年
七年に一度現れる砂漠の町がある。
現れる期間は一年間。
その町が現れない六年間は、時が止まっている。
同じ年に生まれた赤子が、その砂漠の町では五歳、他の地では三十五歳に成る。
長生きして先の世の中を知りたい人が多く訪れるが受け入れられる人は少ない。
また、出ていった人で戻れた者はいない。
春先の風の強い日に現れ、風と共に消える。
ある年、行商人が店仕舞いをしている所に、町を出たいという男が話しかけてきた。
「事情が有ってこの町を出たい、連れて行ってくれないか。」
金の入った袋を見せながら、自分と隣の女を指さして頼む男。
「まあ、連れて行くのは良いが、駱駝はそちらで用意できるかい?水と食料はどうする?」
袋を受けとる行商人。
「どれも有る、問題ない、」
「事情は聞かないが、面倒な事に巻き込まないでくれよ。」
袋の中身を確認してから行商人は笑顔で男の背中を叩く。
「事情は聞かないと言ったが、ひょっとしてあんたの生まれはこの町の外かい?」
「いや、違うよ。……嫁もそうだ。」
「へぇ、もったいねえ。この町に住みたい奴なんて沢山いるのに。」
「普通の狭い町さ、良いことなんて無いよ。」
何か嫌な事でも有ったかの様に、うんざりした口調で男は言った。
「なあ、あんたの今住んでる家に俺が代わりに住めばこの町に受け入れられるかな?」
行商人は期待を持って聞いた。
「多分無理だな、同じように試した人で成功した話は聞いたことがない。結婚して子供ができても駄目だった人は多い。」
男は行商人の目論見が叶う見込みがないことを告げる。
「そうか、じゃあ諦めるか。俺たちは明日の朝出発するから、日の出までにここに来てくれ。」
「分かった、宜しく頼む。」
夫婦は荷物を取りに戻って行った。
行商人は道中、男から町の話を聞き出すことに夢中だった。が、新しい話はほとんど聞けなかった、商売の間に聞いたことばかりだ、現れては消えることと時間の流れが異常なこと以外は本当に普通の町なのだ。新しい話といえば、実は夫婦ではなく駆け落ちだったという話だけで、行商人は道中の半ばで聞き出すことを止めた。
砂漠の町が消える頃に再び訪れた行商人は、今度は親子に町から出たいと話しかけられた。珍しい事が続くとは何かの吉兆かと思ったが、今回は町が消えるまで居るために来たので断った。最近発明された映像球という装置で消える経過を撮影するのだ。町が現れるときは危険なので撮影に向かない。現れる途中の半透明の町の人や物と重なったままでいると、一年間融合したまま過ごすことになるからだ。
その春最初の強風が吹いた。行商人は映像球を取り出して撮影を始める。
砂漠の町は消え始める、強い風の中、風に当たる部分から徐々に、人々や建物の色が薄くなっていく、まるで風に色が削られるように。町が消えた砂漠には、受け入れられずに残された人々の嘆く声が響いていた。
最後の段落のイメージが思い浮かんで、それを書きたかった話です。
脳内の映像を言葉で伝えるのは難しいですね。